title:『

狂想ドデカフォニー


文字数:93787文字(93786)
行数:6604行・段落:2503
原稿用紙:235枚分(400文字詰)
1章:VV   ★2章:帆翔   ★3章:産声   ★4章:迫間   ★5章:緩歩   ★6章:墜地   ★7章:うばう   ★8章:狂想   ★9章:二つは一つ   ☆→writing

狂想ドデカフォニー:第八部

第七部:うばわれたもの。へ←          →第九部:2つが1つにもどる時へ

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狂想ドデカフォニー 《もくじ》
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俺は天界の命令で異界に来ていた。
ここでは天使の力が思うように行使出来ず、取り乱すことばかりだ。
傷ついても、いつもの治癒能力が働かないようで、どこか治りが遅い。

あろうことかこの俺が、この世界ではもう既に傷だらけになっていた。

鏡に映してみても、どことなく情けない。
いつもの自信もどこかへ消えてしまっていた。

俺は天界の任務で、天界から消失した安定装置を見つけて持ち帰らねばならない。
天界は極楽地獄とかいうサイトの影響からか、時折不安定さを見せて、
以前より多く、異界に繋がるようになっていた。
そしてその拍子に異界から妙な物が落ちてきたり、逆のことも起こっていた。


これもまた極楽地獄と関連があるのかは定かでは無いが、
近頃、神界からの光が一定ではなく、局所化している。
そして、光そのものが弱まってもいるようだ。

そんな理由もあり、今の天界にとって、安定装置により天界全体にまんべんなく
エネルギーを行き渡らせることは天界の住人全体に関わる重要なことだった。


俺の他に天使たちが5人同行していたが、どの天使も慣れない状況に苦戦しているようだった。

俺は、上級天使のアスタネイトから予め治癒の力が込められた羽を持たされていた。
どれほどの効き目かは知らないが、上級天使がくれたものだ、恐らくすごい代物なのだと推測できる。

治癒の羽は俺たち6人分、何故か俺が代表して所持している。
ようやくアスタネイトも俺の存在を認めつつあるということなのか。

ダンテは薄ら笑いを浮かべたまま、他の5人の天使を後ろの方から追いかける。
5人とは、赤髪の女性の姿をした天使、アルベ。
青髪の男性の姿をした天使、ソッテ。

そして半天使ヴァイオレットと、歌天使のりんご。

りんごは自ら手伝いを志願し、ヴァイオレットはダンテと兄弟という理由からか、同行させられている。

おまけに部門違いのローザの姿まである。

天界、ティラ・イストーナ・セルミューネのダンテの居る階層では、
幾つかに別れた部門のどれかに所属し、上司からの命令を受けて天使としての仕事をしている。

人間界を保護・観察する部門では、守護天使として多くの天使が人間界に派遣されていたり、
誕生や死を司る部門では、予定になかった不審な死が無いか、天界に戻らず魔界に堕ちていないかなどを調べている。

ローザは人間界部門、俺は審判や所々の調査を行う部門に所属している。



ただし、アイツだけは違う。

そう、あの、半天使。


奴は、天界の厄介者だ。天界の殆どの惨事はコイツが原因だと言っても過言でない。
少なくとも皆そう思っている。

そんな奴が何故こんな重要な任務に加わることになったのか。

その事に皆違和感や疑念を持っているだろうが、
誰もそのことに触れようとも、関わろうともしない。

俺も奴の周りに蠢く胡散臭い思惑や闇には関わりたくはない。
というより、多かれ少なかれ奴がこの天界に存在することで、
俺の地位を大きく脅かすことになるだろう。

天界に居たいというのなら、せめて大人しくしていて欲しいものだ。



そんなことを考えながら、小石と砂まじりの硬くて冷たい地面の上を慣れない足取りで踏みしめる。

天使がどうして空を飛ばすに歩いているのか。

それは天使が異界に来た時の掟。
異界では異界の風習に染まること。
目立ってはならない。秩序を乱してもならない。
大きな歴史に関わることに関与してもならない。

・・・そういうことだ。


しかも、運悪く安定装置が物質化してこの世界に直接的な影響を及ぼしている可能性が高く、
天使たちは秩序に則り、人間のような肉体によって天使としてではなく、
1人の人間として異世界に関与せねばならなかった。




先ほどから回収すべき装置についての情報収集をしているが、一向に収穫がない。


天使たちの顔には僅かに疲れの色が見え隠れする。
ふと辺りを見渡すと、あばら屋が何軒か立ち並んでいる。
古い街道をまっすぐ進んでいたところ、どうやら小さな村に辿り着いたらしい。

黒く湿った木材が年月を経て歪みを覚え、その隙間から中の様子がちらりと見える。
麻のような布を巻いた人々、植物で染めた文様が独特だが、既に使い古されその文様も鮮やかさを失っている。

壁の隙間から見えた少女と目が合ったが、恐怖を一瞬宿した後すぐに顔を逸らしどこかへ行ってしまった。

俺達の姿がこの世界に紛れきれていないのだろうか。
それとも何か外敵に怯えているのだろうか。


外には割れた桶や何かの道具らしきものが放置されていた。

目に映る景色のどこからでも、"貧困"の2文字が見て取れた。


しかし先程の少女の瞳を通じて感じたことは、

貧困よりも更に深刻な"恐怖"が、彼らを強く支配しているということだ。



そういえばかなり前に立ち寄った町で、兵士たちによる略奪行為が横行していると耳にした。
兵士たちは皆戦争で国を失った者達だそうだ。

ここではそういう者たちが溢れ返っているらしい。

異界に着いてから、賢明に情報収集を試みてはいるものの、一向に収穫がない。
一方で天使たちは疲弊し、陽は傾き始めている。

俺自身も余裕がなくなってきており、自ずと口数が少なくなる。

ましてここは異界の地、慣れない環境と、ここの住人の警戒や拒絶で皆一様に元気を失っていた。


俺は地面に落ちた何かの破片に視線をやった。
その時、荒屋の物陰からコト・・と音がしたので、
俺は思わず音の方向に走り寄っていた。

日が暮れる前に、僅かな情報だけでも欲しい。
それに、ここは天界ではない。
安全に休める場所も自分たちで確保しなければならない。

天界のように、休息の時は自動的にその天使が最も調和し治癒出来る寝床へ
運んでくれるシステムではないのだ。



そこにいたのはさっきとは違う子供だった。
今度は男の子だ。焦げ茶の特徴的な巻き毛があった。
しかし血相を変えて飛んできた俺の顔を見て、
化け物でも見るかのような恐怖を帯びた目つきでこちらを見上げている。
近くには水を汲むための桶らしきものがあった。
桶の材木は年月を経て赤黒く歪み、その歪みによって隙間があちらこちらにある。

そしてその桶の中には衛生という概念すらないであろう妙な色をした汚水が僅かばかりある。

そのあまりの汚らしさに俺は思わず嫌悪の色を示しそうになった。
が、賢明に生きる目の前の命に非常に失礼だと思い、咄嗟に誤魔化す。


俺はとりあえず、相手の恐怖を少しでも和らげる為に、
出来るだけ腰を低くした姿勢で相手の目線より自分の目線が低くなるようにした。

そして精一杯、微笑んでみせた・・。


・・・・・。


だが、相手は無反応だった。

間もなくして突然姿が見えなくなった俺を探して、ローザがこちらへやってきた。

そして俺と目の前の少年の気まずい空気を瞬時に察知して、俺の間に割って入った。

「あそこにね、ちいさなお花が咲いてたの。
何て言う名前か知らない?」

ローザは不意に、俺たちの目的とは何の関係もない質問をその少年にした。

ローザはなかなか良くできた和やかな微笑みで訊いたが、少年の表情は強ばったままだ。

ローザは少年と同じ目線に立ち、自分たちが困っていて助けて欲しいこと、
自分たちが兵士ではなくただの旅人であることを少年に伝える。


少年はほんの少し、警戒を解いたようだった。


少年はとても小さな声で話をしてくれた。
少年は俺たちがここに来た目的である、安定装置の場所は知らないようだった。

ただ、この村が多くの略奪に遭ったこと、沢山の村人が死んだこと、
若者が奴隷として連れていかれたことなどを教えてくれた。

たくさんの、あまりに多くの残虐なものを見てきたのだろうか、
その少年の瞳はあまりに人を信用していなかった。

その証拠に、俺がいくら優しく聞いても少年は答えない。

ローザが他愛もない話を交えながら、楽しそうに話すのを聞いていて、
やっと少年もローザだけには少し話をしてくれる程度だった。しかも消え入りそうな小声でだ。


・・どうやら俺は、こういうのには向かないらしい。
人にモノを尋ねるときは、これからはローザに頼むのが賢明だな。


北へ少し行ったところに小屋があるそうで、そこなら泊めてもらえるかもしれないという情報も手に入った。
この村での宿泊は不可能なのかローザに聞いてもらったが、誰もこの村で余所者を泊める者などいないらしい。

しかし、先ほどの少年も、その前の少女も、まるで骨と皮だけのようにやせ細っていた。
しかもあの衛生環境。この村は・・いやこの世界は果たして真っ当なのか、疑念と不安だけが頭を支配する。


その後、8キロほど北へ進んだはずだが、話の小屋は見当たらず、
代わりに誰もいない1〜2人用の小さいテントがあった。

決して良い環境とはいえないが、辺りは薄暗い森で、
テントはずいぶん前に持ち主がいなくなったのか、人の気配がしない。



2人用テントとはいえ、詰めればなんとか、4人は入れそうな気も・・・しなくはない。

結局、3人ずつ、見張りとテント内で休む天使を入れ替えながら過ごすこととなった。


あらかじめこの世界の通貨に似せた貨幣は天界で拵えてあったのだが、
まさかモノを買う場所が無いほどに荒んでいるとは予測出来なかった。


しかも、天界にいる時のように、常にエネルギーを供給出来ないので、どんどん窶れていく。

代わりのエネルギーを探そうにも、この世界には天使にエネルギーを与えられるだけの高尚なものは見当たらない。


天使の兵として見張りをした経験は何度かあるが、
ここまで疲弊し、休んだ気がしない時間を過ごしたのは初めてだ。

疲れが抜けない。あちこちが鈍く痛むような気がする。

まあそれも、俺だけのことではない。

とっとと安定装置を見つけて帰ればいいだけのこと。

上級天使から頂いた治癒の羽は俺が持っているのだ。
責任を持って、迅速に片を付けなければならない。

そうしてこそ、俺の天使としての出世も見込めるというもの。
一刻も早く、上級天使にならねば。
ルーミネイト様に近づかなければ。
そして・・・・。


俺の、秘密を・・・。



「ダンテーーーー。」

強い決心をしかかっていたところ、タイミングを見計らったかのように横槍が入る。

「見張り交代です。明日に備えて休んでください。」

思わず溜息が漏れた。
こいつはいつもこうだ。肝心な時に邪魔をする。
俺の悩みや願いなどお構いなしといった風だ。

俺の複雑な懊悩など想像もしていないし理解も出来ないだろう。


・・まあ、どうでもいいことだ、とっとと休もう。
半天使にいちいち苛立ちを覚えるだけ時間の無駄だ。


俺はなるべく体を折り畳んでテントに3人の天使が入れるようにした。
違和感がある。なにもかも。

ゴツゴツとした冷たい地面の感覚。湿気を含んで劣化した妙なテントの臭い。他の天使と空間を同じくして休むこと。



まるで人間のようだ。

人間はこんな窮屈で息苦しい生活をいつもしているのだろうか・・。


とても窮屈でならない。


しかし、無理矢理にでも寝なくては。俺たちがこの異界で活動するために用意してもらった体が保たない。*




色々と考え事をしていたはずが、気づけば朝になっていた。
天界の光とは違う鋭い光が、容赦なく俺の神経を刺激する。
そして何か妙な音も聞こえた。

もう・・・朝か。

それにしても辺りがやけに騒々しい、昨晩眠りに就く時は人一人見当たらなかったが、
このテントの持ち主が帰って来たのだろうか?


そう思い、すっとテントの隙間から外を窺うと、そこには想像だにしない光景が広がっていた。


なんと、見張りだったヴァイオレットとソッテとローザが兵士らしき銀の甲冑を纏った連中に捕らえられていた。

一瞬思考が停止した。
今出ていけば捕まる。相手は多勢に無勢。
しかも俺たち天使はこの世界で思うように力が使えない。


・・かといって、どうしろというのだ?
テントに入ったままでも同じ事。
いや、とにかく今寝ているテント内のりんごとアルベにもこの窮地を知らせなければ!
俺は瞬時にテントにいる2人を起こしてこの事を伝える。
なるべく悟られないよう、小さな声で。

外はざわついている。
ローザたちを捕らえた兵士たちの甲冑の擦れる音が不気味に辺りに響く。

俺は急速に鼓動が高鳴っているのをなるべく静かな呼吸で抑えようとする。


りんごはすぐさま何か魔法を発動させようと準備に入る。

アルベもエネルギーを溜め始めた。

俺は外の様子を窺い、戦略を立てる。

相手はここから見える分だと12〜15人。
今はヴァイオレットの両手を縄で縛っているところだ。

数人の兵士がこちらのテントに注意を向けている、が、あとは捕らえた天使の方向を向いている。

俺は静かに数を唱えた。

3・・・2・・・・・・・・1!


その瞬間、3人のテント内にいた天使がばらばらに外に飛び出る。
テントの入り口はとても狭い。
ゆえにテントごとひっくり返し瞬時に三方向からばらばらに飛び出した。


テントに注意を向けていた数人の兵士たちは、3人同時にばらばらの方向へ飛び出したため、一気に注意がばらけた。

りんごとアルベは端から兵を切り崩しにかかり、俺は回り込んで後ろから兵を倒そうとした。



・・・が、なんたることだろう。


・・・・奥に別の兵士たちがいたことに、
俺は気づけなかった・・・。




潜んでいた兵士たちから距離の近かったりんごとアルベは不意打ちをくらって捕まり、
距離がわずかに開いていた俺は瞬時に防御魔法を張って兵士たちから距離を開けた。

・・・と、その時だった、後ろの方で兵がざわつき、
兵士たちは隊列をすぐさま変更した。
・・そして、そのまま天使たちを連れて立ち去ろうとする。

兵士たちの態度の急変に俺は事態が飲み込めず狼狽し、攻撃をかけるべきか戸惑っていたところに・・


ガッ・・・!

りんごが隙をついて、特大魔法を放った。
兵士の意識が逸れた隙を突いて
ローザも、魔法で応戦する。


ヴァイオレットを助けようとローザがヴァイオレットに駆け寄った。

・・・あと数センチで、届きそうだった。
・・・その時、大きな鈍い音がした。
別の兵士が容赦もなくローザを殴り倒したのだ。

まるで、モノを扱うように。

まるでそれは、奴隷のように。

ローザの血が飛んだ。
その血は目の前にいたヴァイオレットの皮膚を掠めた。

ヴァイオレットは言葉がでなかった。



ダンテは何も出来なかった。


・・・そのままローザは連れて行かれた。
ヴァイオレットたちとともに・・。


あとに残されたのはちっぽけな影。
ダンテは呆然としていた。


どうすべきだったのか、頭が真っ白で、何も浮かばない。


ただヴァイオレットの凍り付くような瞳がダンテの心に張り付いていた。

ダンテは長いことそこに立ち尽くしていた。
四肢はコンクリートのように冷たく強ばったまま。

兵士はとっくに過ぎ去ったというのに。

動くという反応が起きなかった。


・・しかし、足元でした呻き声で、ふいに我に返った。


・・・・・なんだ?





・・・・・下を見ると・・・、そこには、
丸くうずくまってうめき声をあげる天使りんごの姿があった。


さっきのローザの光景といい、今のりんごの姿といい、
なんて惨たらしいのだ。


まだこの世界に来て間もないというのに、ここまで命を命とも思わないのが、
天界以外の世界ではふつうのことなのか・・?






「おい・・・だ、大丈夫か・・・。」

ものすごく頼りない声で、ダンテが声を掛けた。

りんごは何か返事をしようとしたが、苦しそうに呻くことしか出来ないようだった。


ダンテは治癒魔法は専門外で、手当もろくに出来ない。
天界の救護班たちが集う癒治宮へ行こうものなら、速攻で追い出されること必至だ。

ダンテはまた頼りなく声をかける、が、りんごは苦しそうにしていて、ダンテの相手をするどころではない。

こういうときのダンテはとことん無力だった。


とても苦しそうなので、どこか暖かい場所へ運んでやりたかったがそれも諦め、
代わりにその辺の落ち葉を集めて布団代わりにかぶせてやった。

今ダンテに出来ることはそのことぐらいだ。


・・・・りんごの回復を見守っていて、ふと、治癒の羽の事を思い出す。

・・・今こそ使うべきかと思い、取り出してはみたものの・・・。


・・・・なぜか躊躇われる。


天使が4人も捕まってしまった。
安定装置の場所すらわからない。


しかもまだ、異界に来たばかりなのだ。


・・・・こんな来て早々使ってしまったら・・、本当に大事なときに取り返しのつかないことに・・・。



ダンテは波のように押し寄せる不安を必死で振り払った。
だが今の深刻な事態がダンテに"責任"という2文字を重く突きつけた。

こう静かだと、しかも目の前に怪我人がいて治すことすら出来ない自分を見ていると、
己を攻める言葉しか浮かんでこない。


とはいえ、怪我人をこんなところに放っておくわけにもいかない。

ダンテはいつも蔑んでいるヴァイオレットのように、もやもやと憂いを抱えて座っているしかなかった。


数日して、幸いにもりんごに回復の兆しが見えた。
・・・が、代わりにダンテは痩せこけていた。

その辺で見つけた食べ物は、自責の念もあって殆どりんごにやったので、自分はあまり何も食べていないのだ。



りんごはそれに勘付いてか、申し訳なさそうにしていた。
微かに話すゆとりの出てきたりんごが、か細い声でゆっくり話しかけた。
「・・・こうしてまた言葉を紡げることは奇跡と祝福の賜物です・・、そしてあなたのお陰です。

ですが・・・・。」



「・・・俺のことはいい。だが、すまない、ローザたちを助けるのに協力して欲しい。」


「もちろんです・・でも、それには万全な状態で臨まねば・・またこの間の二の舞になりかねません・・。
・・なにか、策を立てて、味方を増やしますか?」


「・・・そうだな・・・、そもそもこの世界のことについての情報が少なすぎる。まずは情報を得ねばならん。」


りんごはそれを聞いて、ゆっくり起きあがった。
ダンテが慌てて止めようとしたが、情報を集めるくらいなら出来るとりんごは言った。



何はともあれ、食糧が無くては話にならない。
出来れば安全に寝泊まり出来る場所も欲しい。

そして情報を得たい。となれば自ずと行く先は人の多い都心部ということになる。

ただ、兵士に捕らわれたということは、都心部は危険と隣り合わせでもある。

とはいえ、捕らえられた後ローザたちに何をされるかわからない以上、事は一刻を争うのだ。


とりあえず、ダンテとりんごは人の気配のしそうな方向へとひたすら歩いていった。

辺りには人っ子一人おらず、焼け野原や荒野が続いている。

情勢が不安定で、内乱や戦が多いのかもしれない。

・・・とんでもないところに来てしまったものだ・・。



いつも、安心できない。命の保証がない。


それがこんなにも心をすり減らしていくものだとは知らなかった。


この世界の住人がみなやせ細り、不信感を抱き、瞳に光が宿っていない。

ダンテもこの世界に長くいると、ああなってしまいそうだと思った。


荒野をずっと歩いていき、山を越えたところで、景色がぱっと開けた。

西の方に都市があるのがうっすらと見える。

あそこまで何キロあるかわからないが、とりあえずそこを目指すことになった。

西陽で都市が雌黄色に輝いている。
なんとも幻想的な風景だ。

そんな美しい場所を目指して歩いていると、自ずと力も湧いてくるようだ。


ダンテとりんごの足取りは些か軽くなった。

都市に近づくにつれ、主要な道路から馬車が出入りしているのが確認出来た。

中に兵士たちが乗っていることもあり、ダンテたちは隠れながら進んだ。


都市に着くと、通行手形を求められた。

実はこういう準備はしてきており、通貨と身分証明のものを門番に見せた。

門番はてきとうにそれを見ただけで、すぐに通してくれた。

後で知った話だが、ここは商人の町ということと今は戦時中で混乱しているため、
地方に人員が割けず、通行審査が簡略化されているのだそうだ。

逆に、主要な都市はスパイなどの進入防止のため、通行が普段より厳重になっているのだとも聞いた。



ここの住人は、最初見た人間たちよりは裕福そうで、そこそこまともな体つきであった。

最初の村の住人のように貧困からか皮膚が黒ずんでところどころに出来物が出来ているということも無いようだ。


「・・・よし、ここなら寝られそうだ!」

ダンテの目が輝いていた。

今までよほど辛かったのだろう、と横でそれを見ていたりんごは思った。

少し緊張しながら宿屋の亭主に貨幣を見せると、これまたすんなり通してくれた。

「見ろ、屋根があるぞ、腕も伸ばせる・・!」

いつになくはしゃぐダンテを見て、りんごは静かに微笑んでいた。


シーツはところどころ継ぎ接ぎがあり、少し臭いもする。
が、テントの時の独特な臭いに比べたらこんなのは微々たるものだし、何より体に羽織るものがあること自体が素晴らしい。

持ってきた貨幣が通用しそうなので、ダンテとりんごはその貨幣で夕飯を食べ、再び宿に戻ってきた。

そしてあることに気づく。


「・・・・・なんだ・・?さっきからやけに物音が・・・。」
「ダンテさん、おそらく壁が薄いのです。」


ゴトッゴタッ、と乱暴な音が壁の向こうから聞こえてきた。
隣の部屋の宿泊客が帰ってきたらしい。

しばらくして酒のようなものを酌み交わし、盛大に騒いでいるようだった。

「・・・・お、俺の・・・安穏が・・・静寂が、・・・安眠がっっ・・・!」
嘆き悔しがるダンテをりんごがゆっくりと宥める。
「・・・落ち着いてください、ここには寒さを凌げる屋根や布団もあります。
それに夜になれば隣も寝静まるはず。」

小声で喋るダンテとりんごとは逆に、壁を隔てた向こう側から無遠慮な大きな声が聞こえてくる。
数人の荒くれていそうな男たちが会話しているらしい。

男A
「ガーーッ、しかし聞いたか?ヨォ!?
オッレム枢機卿が暗殺されたらしいが、裏で糸を引いたのはあの王妃って話じゃねえか!ナァ!?」

男B
「フゥーッ!こぇえこええ。枢機卿の主治医が毒を盛ったとかで罪を問われて死刑だろ?」

男C
「それが俺たちとなんか関わりあんのかよ?」

男B
「バカ!俺たちの契約がナシになったのはあの暗殺が原因なんだっての!」

男A
「お隣サンに仕掛けようとした戦がオジャンだってな!」


ダンテ「・・・・・・・・・・。」

会話の一部を盗み聞きしていたダンテは黙って地図を取り出した。
実は夕方の腹拵えのついでにこの世界の情勢を知ろうと、地図と本を購入し、住人に話も聞いた。


ダンテの開いた地図を、りんごも黙って覗き込む。

「・・・ここが、今いるウギュナ領サマイテの町。
・・・そしてここはロンバヌ帝国の支配下にある。」
ダンテが聞き込みした話をもとに地図上で情報整理を始めた。
「・・・はい、それで、お隣から聞こえてきた話ですと、ロンバヌ帝国にはオッレム枢機卿という方がいて、
その方が暗殺された為に隣国への戦争が無しになったと・・・。」

ダンテ「・・・・隣国とはどこのことだ?」

壁から聞こえる話はすっかり違う雑談になっており、情勢に関する有力な手掛かりは得られそうにない。

りんご「・・・隣国は、4つあります。」

地図に拠ればロンバヌ帝国の周りには西にハズラ国、東にプットル国、南西にヤンゴン国、南東にイピ国がある。

そして北には、標高の高そうな山の絵が描かれていた。


ダンテ
「とりあえず、ローザたちはロンバヌ帝国に連れて行かれたということか・・兵士の身なりからして、
なかなか良い鎧だったしな・・。」

りんご
「わかりません、領主の私兵ということも考えられますが・・。」

ダンテ
「どちらにせよ、動機がわからないな。なぜローザたちを連れ去ったんだ・・?」

りんご
「安定装置のことと、何か関係があるのでしょうか・・。」
ダンテ
「安定装置・・?」


・・・そういえば安定装置についての情報は皆無だ。
しかしあれは、なかなか力の強い代物で、この世界でうまく機能するのかどうかはわからないが、
その装置の周辺に本来この世界にない影響が出ている可能性はある。

「連行された天使と安定装置・・・。」

・・・・ダンテはしばらく考え込んでみたものの、今の情報だけでは何も閃かない。


「よし、ロンバヌ帝国の首都を目指そう。ここからそう遠くない。」

それを聞いてりんごが少し不安そうな顔をした。
無計画に足を踏み入れて自分たちまで捕らえられたらどうするのかと、言いたげな顔だ。

ただ協力者を探そうにも、皆戦で疲弊していて、誰かを手伝う余裕など無さそうだ。

貨幣も多めに準備はしてきたものの、貨幣に変換する元となるエネルギー体が尽きれば
貨幣に変換できなくなって飢えてしまう。

いざとなれば、このエネルギー体を食糧に変換することも可能ではあるが、
このエネルギーは元々貨幣変換のために用意されたものなので、とても変換効率が悪いのだ。

なので、ダンテとしてはなるべく貨幣として使うためにとっておきたいらしかった。

唯一言語に関しては殆ど困ることがなく、
この世界で主に使われている言語は肉体を纏う際にすでにインプット済みだ。

無策で首都を目指すのはある意味とても危険な行為かもしれないが、この町で何日手を拱いていても、
事態が改善する気がダンテにはしなかった。

今いるサマイテの町は首都ロッカから南西に位置するらしいので、
大通りを辿って北東に進めば、迷わず首都に行けるということも、すでに聞き込み済みだ。

ダンテとりんごは出きるだけ食糧と旅に必要な備品、そして薬品を買い込みサマイテを出発した。


道中、また兵士の姿が見えたので、ダンテとりんごは慌てて布で顔を隠した。




兵士はそんなことなど気にも止めず行ってしまう。

そもそも顔を見られたら捕まるのかもわからない。
隠れる必要があるのか疑問だが、ローザたちが捕らえられた以上、慎重に行動すべきだと考えた。


・・・・が、道中何度も兵士とすれ違うが、誰もダンテたちの方を見ようともしない。

皆一様に、せかせかと先を急ぐように通り過ぎてしまう。

馬らしき生き物に乗っている兵士が殆どだというのもあるかもしれないが。


道を歩いていると、旅人から気になる話が飛び込んできた。


隣国のヤンゴン国との戦で最近、奇妙なことがあったらしい。

不死身の軍団、といって、最近起こった戦で戦ったヤンゴンの兵士が、いくら戦ってもピンピンしていたんだそうな。
戦という絶望が支配しがちな場で活力と希望に溢れた目をしていたらしい。

旅人は傭兵を志願して首都に行ったのだが、戦から逃げ帰ってきた兵士の話を聞いて、考えを変えたらしい。


いくら戦っても活力と希望に満ち溢れ、ピンピンしている。
・・・・・そう、まるで安定装置の力だ。

あれ自体は天界ではエネルギーを満遍なく行き渡らせる為に使うのだが、装置自体に膨大な光のエネルギーが組み込まれている為に、装置の影響でそんなことが起こっても不思議ではない。


ヤンゴン国か・・。
旅人の話では単一民族からなる武術に長けた国だと聞いた。

ヤンゴンに向かうべきか、このまま首都に行くべきか。


ダンテは思案を巡らせる。
が、ローザたちの命がかかっている以上、安定装置は後回しにするほかない。


ダンテたちは引き続き、ロンバヌ帝国の首都ロッカを目指すことにした。

先ほどいたサマイテの町が首都ロッカからそう遠くないせいか、道は非常に整備されており、通りやすかった。
だがその舗装ゆえに、馬車のや騎馬の交通頻度が高く、道の端を気を配りながら歩くことを強いられた。


首都ロッカに着くまでに5日ほど野宿をしたが、
野宿に乗り気ではなかったダンテも、5日目には大分慣れたらしく、文句の数が段違いに減っていた。

りんごは相変わらず辛抱強く、文句一つも言わず耐えていた。

ただ、りんごはその口数の少なさと忍耐ゆえに、何かと抱え込むことが多いのか、ダンテより体調を崩しがちであった。

りんごが体調を崩す度、ダンテは自分の文句の多さが原因かもしれないと少し反省した。


しかし幸運なことに、首都に着く手前5キロほどのところで、気のいい商人が馬車に乗せてくれるというので、なにか裏があるかもしれないとは思ったが、2人ともとても疲れきっていたし、商人の人相がそう悪くないようだったので、遠慮なく乗せてもらうことにした。

道中商人からいろいろな話が聞けて、とても役だった。
さすが商人というのは、様々な情報を握っているものだ。
最新の政治情勢から物資の流通具合、物価の値動き、些末な噂に至るまで、幅広く情報を入手しているようだった。


商人のお陰もあり、関所が厳しいと言われていた首都ロッカにも難なく入ることが出来た。


この世界に来てすぐ、荒廃した大地と屍、そして飢えた住人ばかりが目に飛び込んできた挙げ句、間もなくして仲間の天使が殆ど捕まってしまった時は絶望したが、

こうして誰かに助けられると、この世界も少しは捨てたものじゃないと思えた。

道中で様々な情報をくれた旅人、商人、物を売ってくれた市場の男性、宿に泊めてくれた中年の女性、

すべての小さな恩が積み重なって、

やっとここまで来られた。


はじめの絶望的な不遇によって、もう半ば、諦めかけていた。
だが小さな恩が積み重なると、なんとかこうして、首都まで辿り着けるものなのだと、

それが少し不思議だった。


最悪の場合、うまくやらねば関所で捕らえられることも想定していた。
その手前で兵士に捕まるかもしれないことも。


しかし想定していた最悪の事態は何一つ起こらなかった。


一方で、想定していなかった悪いことは起こるものだ。


ダンテは首都ロッカに入って間もなく、スリに遭った。
手持ちの貨幣と食糧が一部無くなっていた。

あまりの鮮やかな手口に、気づくことすら出来なかった。
いつ盗まれたのかもはっきりとはわからないが、恐らく大通りを歩いていた時だろう。
大通りは人も多かったが、何より目の前に飛び込んできた巨大で荘厳な城に圧倒されていたからだ。

城に目を奪われていたダンテたちは、確かにスリにとっては格好の餌食だっただろう。

商人の町サマイテは活気はあったが、スリが横行している気配はなかった。ただ運が良かっただけかもしれない。

だがここは違う。
気を抜けばスリにも遭うし、ぼうっとしていれば、妙な物を買わされたりもする。
騙しや窃盗が横行しているのだ。

まして、スラム街に行くと、この世界に来て最初に見た住人と大差ないほど痩せて見窄らしい格好をした人たちがいて、
一方で富裕層の住宅街に行くと、これまた見たこともない高価そうな衣やアクセサリを身につけて、スラム街の住人とは天と地ほどの差がある暮らしをしている。

都心部というのは、対局的な強い光と闇とが混在するような場所なのだろう。


「・・・・さて、」
ダンテは目の前に聳え立つ仰々しい装いの城を見上げた。
「・・・・どうやって乗り込むか。」
「逃走の為の道具は買い揃えました。ですが・・」

りんごはダンテに頼まれ、盗賊御用達の煙玉や爆薬、隠しナイフなど道具一揃えを買い込んでいた。
ダンテはその間に情報収集をし、城への進入手段を探っていた。

現在は情勢が不安定で戦も多いため、傭兵として入るのが最も自然だという結論に至った。

「酒場で以前城の牢屋に入れられていたという男を見つけて、おおよその牢屋の場所を聞き出してきた。」
そういってダンテが紙を広げる。
牢屋には、ローザやヴァイオレットたちが捕まっている可能性が高いからだ。
「まあ、場所が聞き出せた代わりに、随分高額な酒代を払わされたがな。
情報が信用ならないからお前も同行しろと言ったんだが絶対にイヤだと拒否されて・・。」
ぶつぶつと言っているダンテにうっすら微笑んでりんごが一言。

「情報がいただけて、よかったですね。私たちはとてもラッキーです。その情報が正しければですが。」

「ああ、まあ念のため、傭兵として城にいた奴の情報も聞いてみたが、さほど間違ってはいなさそうだ。
だが酒代は無駄になってないぞ。収監された奴の情報は抜きん出て精細だ。

まず、牢屋に見張りが来るのが鐘3つと鐘5つ半の時。」


ダンテが弁明と説明を始めた。

鐘3つ、すなわち午前10時頃と午後3時頃だ。

見張りは2人1組で来るらしい。
ほかに常駐で2人ずつ牢屋3つごとに見張りがいるらしい。

戦時中なら混乱で警備が手薄になるかもしれなかったが、生憎先日の暗殺事件で戦争が中止になってしまった。

当然傭兵ごときが牢屋に行かせてはもらえない。
何か理由を作るか、もしくは途中で城の兵士に扮装する必要がある。

・・・もしくは・・。

ダンテは考えを振り払って話を続けた。
「・・それと、城に乗り込むにはこちらも戦力がいるだろ。」
「はい。」
ダンテは徐に懐からブレスレットを取り出す。
「この国の南東にイピという国があったのを覚えてるか?」
「・・ええ。」
「そこは魔術に長けた国なんだそうだ。その国から流れ着いた物品が市場にあった。
今は情勢が不安定で異国の品は値段が跳ね上がっているそうだがこの際仕方あるまい・・。」

「これは・・魔力増幅装置ですか・・。」
りんごの手にあるダンテから手渡されたブレスレットは怪しく光っていた。
「この世界で作られたものだから完全に調和はしないだろうが、俺たちの力の増幅に役立つだろ。」

ダンテはその他にも珍しい魔法の品を沢山見せた。

そして一通り品物の説明をした後、小さな溜息をついてダンテは詫びを入れた。

どうやら予算的にも、話術的にも、ダンテとりんご以外の仲間を見つけることが難しかったらしい。

そもそも、城に乗り込むなどという極めて危険な目的に賛同者などそう易々と見つかるはずもない。
金で雇えば協力者も見つかったかもしれないが、その分の予算を物品の買い込みに使ってしまったらしい。

そもそも、ダンテもりんごも一匹狼タイプで、人と連むのを好まない。
つい本能的に、協力者より、自己を守るための道具を優先してしまったのだろう。

「やれるだけのことをやりましょう。」
りんごはダンテに安心させるように、穏やかな微笑みで返してくれた。

ダンテはもともと苛烈な性格で、一人でも躊躇なく城に乗り込んでしまうところがあるのだが、今回はりんごがいるため、いつものような向こう見ずな行動は出来ない。

ダンテはそう思い、急き立てる想いと焦りを抑えていた。


「今から城に乗り込むか。」
ダンテが低い声でそう囁いた。
が、返事がすぐに返って来ない。
ダンテは違和感を感じふとりんごの方を見上げた。
りんごはうつむき何かを考えているようだった。
そして、こう口を開いた。
「もう1日だけ、待っていただけませんか。」
ダンテは予想外の返答に一瞬目を丸くしたが、何か思うところがあるのだろうと、なにもきかずそれを了承した。


資金は限られている。そして、ローザやヴァイオレットたちがいつ殺されるかもわからない。いや、もう既に・・。

ダンテはぐるぐるぐるぐると悪い予感に苦しみながら、焦りを必死で抑えていた。


1日余分に時間を取ったことは正解だった。
何事も焦るといけない。
ダンテが買い込んだ道具に一部不具合が見つかった。
ダンテは昨日の市場で物品を良いものと交換することに成功した。
せっかくの貴重な資金で買った命綱でもある火薬や煙玉やロープなどが不良品では、助かるものも助からない。

りんごは街に聞き込みに出ているらしかった。

ダンテは今日の決行に備えて早めに宿で休むことにした。
しばらく宿で寝ていたが、りんごがドアを叩く音で目が覚める。

気がつくと、りんごが真剣そうな顔でダンテの横に立っていた。
「来ていただけませんか。」
りんごがそう低くつぶやいた。

眠気がまだ残る状態で、ダンテは宿の階段を下り、宿の裏の道を奥へ進み露地裏のようなところまで歩いた。

そこにいかにも何かありそうな男たちが数人いたので、ダンテは瞬時に戦闘態勢をとった。
それを慌ててりんごが制止する。
りんごによれば、一緒に城に同行してくれる協力者を捜していたんだそうだ。
俺だって昨日協力者は探したが、見事に断られてしまった。
・・・・なぜこうも違うんだ。

不服な気持ちを押し隠して、ダンテはりんごの説明を聞く。
どうもこの人間たちは、牢屋に家族や仲間が捕らわれているらしく、
この混乱時に冤罪や理不尽な罪で投獄された家族や仲間を救出したいんだそうだ。

協力者の1人がこう話した。
「3日後、南方の国境付近にあるオップの村に傭兵を派遣するらしい。
普通傭兵は城1階の中庭付近にある寄宿舎辺りしか出入り出来ないんだが、今日王が直々に傭兵にお言葉を下さるんだ。」
別の男が話す。
「俺ァずっと傭兵してたが、前回の戦争の前に王の挨拶があったのが確か2階の広間だったな〜。」

牢屋へ通じる道はいくつかあるが、
2階へ行けるとなると、2階東側の階段から通路を通ってさらに地下へ行くのが手っとり早いだろう。

ダンテたちは城に入り牢屋まで行く順序を男たちと確認しあった。

そして、各々準備が出来次第ばらばらに傭兵として入城することになった。

2人きりに戻ったダンテが、りんごに問うた。

「・・・あいつら、信用出来るのか?」
「・・・わかりません、ただ、重要なことは何も話してはいません。」
りんごは、自分なりに口の堅そうな人間を選んだと話した。
そして動機が比較的誠実そうな人間を選んで声を掛けたのだという。

「・・・まあ、奴らに過度な期待は禁物だな。」
ダンテはそう言い、城を目指した。
りんごも後に続く。
万一何かあった場合に備えて、入城する際はダンテとりんごは2人で行動すると決めていた。

魔力増幅装置をいくつも身につけた今、たった2人、だが、2人なら、なんとか最悪の状況でも切り抜けることが出来るかもしれないという算段からだ。


2人の鼓動は今までにないくらい高鳴っていた。
もし入り口で捕らえられたら・・・ローザたちを救出することがとてつもなく困難になりうる。

念のため変装はしていた。
りんごは髪を切り、土で肌の色を黒くしていた。
メガネはこの国では貴族以上の人間しか身につけられないほど貴重らしく、これくらいの変装しか出来なかった。
とはいえ服装もあいまって、一目でりんごだとは気づきにくい。

ダンテは髪の色を黒く染め、顎髭を生やしてみせた。
どこからどう見てもダンテとはわかるまい。

城の前の大きな門で、傭兵として来た旨を門番の兵士に伝える。

するとまもなくしてゆっくりと門が開いた。
・・・と、同時に、門の奥に夥しいほどの兵士がいるのが目に飛び込んできた。

今まで兵士が通る旅に顔を隠したり身を隠していたというのに。

ダンテたちは背筋が冷たくなったが、ここで引き返すわけにはいかない。

兵士たちは忙しいらしく、大勢いる兵士の中から下っ端のような兵士が1人こちらに来て粗っぽく傭兵の寄宿舎に通された。
数時間後に王からの挨拶があるから身なりをきちんとしておけ、とそう言われた。

傭兵の寄宿舎にも相変わらず兵は沢山いた。
正直、あまり生きた心地がしない。
ダンテたちはそう思った。

この数の兵士を相手にすれば、さすがに増幅装置を身につけまくったダンテとりんごでもどうなるかわからない。


とにかくなるべく2人は存在感を消し、身を潜めるようにして傭兵たちに混じっていた。


2人とも、必要以上に、不自然に無言だった。


岩のようにじっと、傭兵の集団の中にいた。
傭兵たちの色々な雑談、不満、喧嘩の声が空間を彩った。
時々、兵士がやかましい!と怒鳴りに来た。

取っ組み合いを始めた傭兵もいた。騒ぎに気づいて兵士たちが傭兵の取っ組み合いを引きはがして怒鳴った。

その間もずーーっと、りんごとダンテは大人しかった。
元より個人主義で寡黙な2人だ。
どうしても必要でなければ話すこともしない。
クールであり、ドライでもある2人はある意味相性が良いかもしれない。

ふつうはこの辺でヴァイオレットやローザが茶々を入れてくるんだが・・・・

ふとダンテにそんな想像が過った。
慌ててそのイメージを掻き消す。

俺は・・・・半天使を助けたいわけじゃない。
ただ、俺には責任がある。
俺は任されたんだ、装置の回収を。
そして託された、任務に同行する天使たちを。
そうならば、俺はチームの指揮者として、何としてでも全員の天使を無事に連れ帰らないといけない。

「・・・それが俺の、責務だからだ。」

言い訳のように、ダンテがぽつりと呟いた。
りんごは静かにその独り言を聞いていた。


バン!
それまでの空間を切り裂いたのは兵士だった。
「傭兵ども、今すぐ広間へ向かう!王からお言葉を賜る。ゆめゆめ失礼のないように!俺についてこい!」
迫力のある大きな声で、兵士が叫んだ。

さっきまでのざわめきが嘘のように静まり返り、兵士たちに促され傭兵たちは整列して兵士の後についていく。


来たか・・・!

ダンテは目を見開いた。

りんごも緊張を隠せないようだ。


傭兵に紛れて、ダンテとりんごも広間のある2階へ向かう。


1階の入り口とは違って、大分兵士の数が少ない。

・・・さて、ここからだ。

傭兵の群衆からりんごはすぽっと抜けて、すかさず柱に隠れる。

ダンテも後から群衆を抜け、向かい側の柱に隠れた。

傭兵の群衆の中で、誰かが暴れ始めた。
廊下にいた兵士たちのうち数名が、何事かと傭兵の群衆の方へ向かう。

その隙にダンテとりんごは東の牢屋へと続く階段へ向かう。

階段近くの兵士を隙をついて気絶させる。
ダンテは左側、りんごは右側。
絶妙なコンビネーションだった。


密かに群衆から抜け出していた協力者の男4人がダンテたちと合流し、気絶した兵士の鎧を身に纏う。

りんごたちも同じように物陰に隠れて素早く鎧を身に纏った。

城内ではその材質と構造から1つ1つの音がとても響きやすい。
だが、協力者の男が群衆の中で騒ぎを起こしてくれたため、兵士を気絶させた音や鎧を身につける時の音が騒動でうまくかき消された。

東階段へと続く残りの兵士を気絶させ、鎧を剥ぎ、兵士を物陰へ隠した後、
牢屋へと続く階段を兵士らしい凛然たる態度で降りる。

階段を下りていくと温度が徐々に冷たくなり、湿気を帯びてくる。
豪奢な階段は段々と粗末な作りに変貌し、妙な臭いが鼻をつく。

拳ほどもある頑丈な鉄格子を後ろに、牢屋の門番である兵士がこちらを捕らえた。

「何者だ。所属部隊を言って許可証を見せろ。」
「緊急の用だ。すうききょうの件で急ぎ尋問せねばならん。とっとと通せ。」


ダンテが冷静に、そして高圧的に言い放った。
その気迫に押されてか、門番の兵士たちは怪訝そうな素振りを見せながらも、ダンテたちを通してくれた。


鉄格子の入り口をくぐった瞬間、すぐさまガシャン、と扉を閉められる。
一行は危機感を募らせながらも、牢屋の先へ進んだ。


兵士に扮装したダンテたちは各々牢屋の中をくまなく探す。
協力者の男が小さな声を上げ、ダンテの背中を小さくつつく。
どうやら助けたい仲間があの牢屋にいるらしい。


しばらくして他の協力者も家族や仲間がいるらしい場所を合図して訴えた。



・・だが、

一番奥の牢屋まで進んではみたものの、ローザやヴァイオレットたちの姿が見当たらない。


おかしい。
城に進入する前、この国の紋章を見たがローザたちを連れ去った兵が乗っていた馬と同じ紋章が描かれていた。
そのため、ダンテとりんごは他の可能性を捨てて、この城の進入に賭けたのだが・・。

なぜいないんだ。
そもそも推測が間違っていたのか、

他の場所に連れ去られた?


ざわつく胸を抑え、作戦を立て直すためダンテは一旦牢屋から出ようとする。

それに納得しなかったのが協力者の男たちであった。
引き返そうとするダンテを見て、
男たちが抗議の目を向けた。

今にも飛びかからんばかりの勢いである。

その不自然な態度に、牢屋にいた兵士たちの視線が一気にこちらを向く。



そこにりんごがさっと割って入り、こう小声で言った。
「必ず助けます、信じて下さい。」

彼女の真剣で意志のこもった言葉に、男たちの不信感が少しやわらいだ。

一行は再び、背筋を正し、整列していかにも兵士らしく牢屋を引き返す。


冷静さを取り戻してきたダンテはふと、近くにいた兵士にこう尋ねてみた。

「紫の髪のこのくらいの身長の人間はこの牢屋にいないのか?」

「ああ、それなら特別監獄です。」

特別監獄・・・?
この牢屋以外にも別に牢屋が・・?
・・いったいどこに?

とはいえ流石に場所まで尋ねては怪しまれてしまう。


ダンテは疑問を一旦飲み込んで、牢屋の入り口へと足を進めた。
窓もなく、じめじめしてあまり長居したくない場所だ。
歩く鎧の音だけが地味にこだまする。

ようやく入り口の鉄格子が見えてきた。
ダンテは鉄格子の内側から門番の兵士に声をかける。

門番の兵士はゆっくりと鉄格子の扉を開けてくれた。

一行は冷や汗をかきながら、扉が開くのを待った。

「ご苦労。引き続き見張りを頼む。」

ダンテが放った言葉に門番の兵士は無言だった。
その沈黙で余計に脈が上がるのを感じながら、一行は牢屋を後にした。


牢屋の近くに物置部屋があるのを見つけ、一行はその部屋で作戦を練り直すことにした。

辺りは埃だらけで、柄の折れた箒や痛んだテーブルなどが置いてある。

これならば人が来る心配もない。


部屋に入るなり、男たちが抗議の声を上げた。

「なんで助けねえんだ!俺の家族が牢屋にいたんだぞ!!約束を破る気か!?」

ダンテは左手で額を抑える。

こうなるから嫌だったんだ。
自分以外の誰かがいると、協力してくれる分には役に立つが、いちいち仲違いの危険性が孕んでいる。
目的が食い違えば優先順位も食い違う。
性格が違えば手段も食い違う。
それがいちいち争いの種となり、仲違いの種となり、目的達成を阻むのだ。
統率された軍とは違う厄介なところだ。

ダンテは何ら弁明もせず、諦めたようにそっぽを向いている。
それが余計に男たちの不信感を生む。

見かねたりんごが再び割って入った。


「城の入り口付近にいる夥しい数の兵士を見ましたか?
今は昼です、仲間や家族を救い出すには相手にする兵士の数が多すぎます。

・・・せめて夜になれば、夜勤の兵士のみになってくれるのではないでしょうか。」

それを聞いて、協力者の1人が言った。
「ああ、じゃあ夜になるまでここに隠れてりゃいい!」

「夜になったら牢屋を襲うんだな!」
別の男が言った。

そこへダンテが口を挟む。
「俺たちの仲間はあの牢屋にはいなかった。俺があの牢屋を襲う義理はないな。」

一瞬沈黙が漂った。が、すぐに別の男がこう言った。
「じゃあ、俺たちであの牢屋を襲う。お前たちは特別監獄とかを襲撃すりゃいいんじゃねえか?」

人相は性格を表す鏡というが、
その提案をした男は他の男に比べて冷静そうな顔つきをしていた。

約束が違うとひたすら抗議する面々と違い、冷静に両者の間を取り持ってくれた。


りんごは、このちょっとした違いが、将来世界を左右する人物となる可能性を秘めていることを知っていた。
大勢の人間の中にあってより聡明で冷静な部類の人間がいずれはリーダーとなり人々を指揮する人間となってきた歴史をいくつか見たことがあった。

彼女は場に翻弄されるだけの人間とは違う何かを、その男に感じた。


「だが・・・特別監獄の場所がわからん。」

ダンテの問いに、りんごは手持ちの地図を広げた。
宿屋にいた折、近くの高見台に登り外側からの城の図を描いていたのだ。

どの部屋がどこにあるかまではわからないにしても、
外側から見える城の構造だけでも作戦を立てるのには大いに役立った。

「ここに城があって、これが高見台、こちらには塔があります。」

「塔・・?そういや重罪人は幽閉塔に入れられるとか聞いたことがあるな。」

その男は傭兵を長くやっており、傭兵をやっていると兵士を伝って城や国の情報が入ってくるんだそうだ。


「政治犯もだろ。謀反の首謀者とか昔お姫様が継母殺害未遂の容疑で塔に入れられたってのもあそこじゃねえか?」


さすがに協力者が多いと情報も手に入りやすいのか、とダンテは少し感心した。


「塔か・・だが、兵士の数や警備の厳重さ、内部構造についての情報が何もないな。」

「ですが、今晩彼らが牢屋で仲間を助けるとなると、その騒ぎ以降は警備が一層厳重になってしまいます。
やるならば同時にやるのが良いのでは?」

「そうさな!お前等が塔で一騒ぎ起こしてくれりゃ、俺も家族を助けやすくなるってもんだ!」

急に乗り気になった協力者の男たち。

食糧もあまり余分に持ってきていない為、何日もここで過ごすのは大変だ。
そのうえ、気絶させた兵士が起きれば進入に気付かれ、警戒が強まってしまう。
万一に備え、気絶させた兵士が発見されないよう、また容易に目覚めないよう魔法を掛けてきて正解だった。

本当は気絶させた兵士たちをもっと人目のつかない場所に運びたかったが、近くにこのような物置部屋も見当たらず、苦肉の策で魔法を掛けた。
とはいえ所詮はまやかし。
もって半日とちょっとだろう。

時間が経てば経つほど食糧も尽き、兵士たちに気付かれやすくなる。
まして協力者の男たちが今晩牢屋を襲撃すると言うのだから、その後の天使たち救出は一層難しくなるだろう。

仕方なく、ダンテは決意することにした。
時期を待っていれば、戦争や内紛に乗じて特別監獄に進入するチャンスは出来るかもしれない。

だか、その時、天使たちが無事という保証はどこにもない。

りんごとダンテはこの時のため、いざという時のために、魔法の行使を最小限にとどめてきた。
ようやく、今までにためた力を使うときが来た。

天使による必要以上の、とりわけ歴史に関わる異世界干渉は禁じられているが、天使を助けるという目的ならば、致し方あるまい。


夜更けを待って、一行は行動を開始した。

まず、戦力的に勝っているであろうりんごとダンテが特別監獄へ行き騒ぎを起こす。
その騒ぎで警備が手薄になったのを見計らって昼間の牢獄へ協力者の男たちが家族や仲間を助け出す。

逃げる際は入り口からではなく、中庭へ抜ける水路から逃げる。
牢屋へと続く進入経路のひとつで、長年傭兵をやっていた男が知人の傭兵から聞いた情報だったが、
昼間の中庭はそれなりの数の兵士がいるためかえって危険だったのだ。


ダンテはゆっくりと物置部屋の扉を開けた。
・・・・物音ひとつしない。
かえって不気味だ。

どんなに気をつけていても、鎧の擦れ合う音が城内に響いてダンテたちの位置を知らせてしまう為、りんごが防音魔法をかけてくれる。

それでも、持続魔法は体力を消耗するため、なるべく早く目的地に着かなければならない。

ダンテとりんごは水路を伝って中庭に出て、辺りを見渡した。

大きな月のような衛星と星々が空を彩っている。

湿気の多かった地下と違い、空気が澄んで虫の音が聞こえる。

幸いにも中庭は植物などで隠れる場所が多そうだ。
兵士の数もまばらだ。

深夜まで待った甲斐があった。

辺りは静寂と平穏に包まれていた。


・・・今ならまだ引き返せる。

今なら・・・。


ダンテの心の中に、そんな考えが時折過る。

それを必死で打ち払う。

今ならば、自分だけは無事でいられる。

何事も無かったかのように逃げられる。

すべてを捨てて、すべてに無関係でいられる。



俺はまだ何もしていないし、何も関係ない。

天使たちを助ける義理もない。

そんな弱音が繰り返し、繰り返し、ダンテの頭を流れては、自らそれを振り払う。




そんなことを繰り返しているうち、塔に辿り着いた。
石造りの頑丈そうな建物だ。


見たところ、入り口は1カ所しかなさそうだ。

正攻法で進入するしかない。



りんごは素早く入り口の2人の兵士を気絶させた。

ダンテは自身の迷いによってりんごを助ける間もなかった。

それに感づいたりんごが、大丈夫ですか?と尋ねる。

ダンテはいつもの素振りで、何ともない、と気丈に振る舞う。

りんごはしばらく黙ってから、ダンテにこう囁いた。

「すべてうまく行きます。私たちがそうするんです。」

りんごはそういって力強くまっすぐに目を見開いた。
自分一人で十分だと思ってきたダンテが、妙に元気付けられるのを感じていた。


ー信念。りんごにはそれを感じる。
ー信念か。そういえば、力の強い天使には皆信念があったな。
力の強い悪魔もそうなのだろうか。

中級天使より上になると、信念も相まってか変わり者が多いような気がする。

中級天使の最下位ランクに留まっている俺には、まだ信念というものが足りないのかもしれないな。




りんごを先頭に入り口の兵士を倒した後、
兵士の持っていた鍵を使い、塔内部への進入に成功した。
念のため、入り口の兵士の身分証も拝借しておいた。
昼間許可証を見せろと言われた教訓からである。

塔内部に入ると螺旋階段が続いており、兵士が見当たらない。

重罪人が幽閉されているにしては些か警備が手薄ではなかろうか?

ダンテは不審に思いながらも先を急いだ。
たくさんの階段を駆け上がり、足が痛くなってきた。
そんな時、少し広い空間に出た。

そこには7〜8人の兵士がいるが、なんというか、少しだらけた風だ。

こんな塔にやってくる者は少ないのだろうか。
兵士たちは少し気を抜いているようで、城の入り口の兵士の緊張感とは雲泥の差があった。

この空間の狭さで、このだらけっぷりを見たりんごは、内ポケットの包みを取り出した。

包みの中の粉に火をつけて煙を空間に行き渡らせる。

5分ほど経つと、兵士たちは眠ってしまった。

勿論りんごたちは予め防護マスクを着けている。

「この効果は何分ほどだ?」

眠った兵士を避けながらダンテがりんごに尋ねた。

「1時間ほどです。煙が持続すれば。ですが。」
「あまり煙の濃度が上がると俺たちも睡魔に勝てない。」
「はい、その前にヴァイオレットさんたちを探しましょう。」

防護マスクも完全ではない、煙の一部をりんごたちも吸い込んでしまう。
りんごはこの異世界において音や召喚に関する魔法は使えるが、煙を防御する魔法は持ち合わせていないため、
一定以上煙を吸い込む前に、天使たちを見つけなければならない。

昼間ダンテが気絶した兵士にかけた目くらましと気絶が続く魔法は、市場で買ってきた魔法道具の力を借りたもので、資源に限りがあるためあまり乱用は出来ない。

ダンテは基本的に攻撃系に属する魔法しか使えないのだ。
そのため諸処の小細工は魔法道具に頼る必要があった。


ダンテとりんごは素早く檻の中を見渡した。
昼間の牢屋と違い、人相がいっそう悪そうな人物が多い。
手足が無い者もいる。見たこともない深い傷がある者も。
ここに収監されている人間は何もかもが段違いで、ゾッとする。

収監者の気迫に押されながら、一行は牢屋の奥まで見渡してみた。

だが・・、そこにもヴァイオレットたちの姿は見当たらなかった。

「ダンテさん、見てください。上に続く階段があります!」
そう、塔にはさらに上があったのだ。

ダンテとりんごは急いで階段を上った。

やはり階段が続くとどうしても息が上がる。

兵士は毎回こんな階段を上がり下りしているのだろうか。

しばらくしてまた少し広い空間に行き着いた。

そして同じように兵士が7〜8人入り口を監視している。

この兵士たちの前の通路を通らないと上の階に行けない仕組みだ。
つまりこの兵士たちをどうにかしないと、さらに上へはいけないし、牢屋に天使たちがいるかどうかも確認出来ない。

先程使った眠り粉も、そんなに大量に所持しているわけではない。
あと何回これが続くかもわからないため、出来るだけ節約して行きたいところだが・・。

「・・・後でどんな騒動が待っているかわかりません、ここは魔法の力を温存して、眠り粉で行きますね・・」
りんごはダンテに確認し、ダンテも同意する。

りんごは兵士たちを先程と同じように眠らせ、牢屋の中を確認する。

「上の階に行くほど、収監者の人相が悪くなっている気がします・・。」
りんごがそう言いつつ、牢屋の奥まで隈なく天使を探す。
「・・・はぁ、ここにも、いません。」

「よし、次だ。」

ダンテは先頭を切り素早く次の階段へ向かった。

次の階も、その次の階にも天使はおらず、りんごの眠り粉は尽きてしまった。

両者の顔に、段々と不安の色が見え始め、口数も少なくなる・・。

まだ騒ぎは起きていないだろうが、おそらく午前3時くらいはまわった頃だ。
協力者の男たちは、計画を決行しただろうか。
いくら騒ぎが起きないからといって、3時まで悠長に待つ連中ではないだろう。

夜が明け始めると人の数が一気に増えこちらが不利になる。
どうにかして夜明けまでには天使たちを探し出さなければ。

もう後戻りは出来ない。



そこが最後の階だったようだ。
部屋も一番狭く、造りも少し違う。

妙な香の臭いもする。


入り口に兵士はいたが、数が少なかったため、いつもの気絶させる手法で乗り切れた。

・・・だが。


他の階には無かった妙な扉を開けて入った瞬間、
ガタン、

と扉が瞬時に閉まった。

そして明かりが付いたかと思うと、

そこには夥しい数の兵士が目の前にいた。

罠だ・・・!!!!

そう思うや否や、兵士が一斉に襲ってくる。

あまりの突然の事態に魔法を準備するゆとりもなかった。
数が多すぎて、必死に攻撃を防ぐのが精一杯だ。

持久戦となれば、数が少ないこちらが確実にやられる。

そのうえ兵士同士の息の合った攻撃は見事だった。
一瞬の隙も与えない。

次第にこちらのバランスが崩れてゆく。

りんごが兵士に攻撃をくらい、一瞬仰け反るのを見た兵士がりんごを捕らえにかかった瞬間、群がる兵士に僅かに隙が出来た。
ダンテはその期を逃さず爆弾を放ち、
それを時間稼ぎにして攻撃魔法を盛大に放った。、

一瞬でも良い、何か隙が出来れば勢いを逆転させるチャンスが生まれる。

攻撃魔法はダンテの唯一の取り柄だものな。

そう同僚の天使に言われて怒ったことを思い出す。


だがやっと、ダンテの能力が生かされた。


兵士たちは散り散りになり、敵戦力のほとんどが失われた。
そしてりんごが残りの兵をすべて気絶させる。

ようやく辺りに静けさが戻った。
さすがに今ので外の兵士たちに感づかれたもしれない。

ダンテとりんごは奥へと進む。

ここに居なければ、もうどこを探せばいいのか見当がつかない。
確かに天使たちを攫っていった兵士の馬の紋章は、この城にあった紋章と同じだったのだ。

きっとこの城のどこかにいるはずなのだ。


不安と焦りを抑えながら、牢屋を一つずつ、くまなく探していく。

1つ、2つ、3つ目の牢屋・・・。

一番奥。

・・・・・・いない。


どこにもいない。






ダンテは一番奥の牢屋までくまなく探してはみたものの、天使たちの姿はなかった。



立ち尽くすダンテに声を掛けたのはりんごだった。

「見てください、こちらにも部屋が!」
それはさらに少し階段を上ったところにある部屋だった。
扉には鍵が掛かっている。

ダンテたちは急いで兵士たちの持ち物を調べるが、
鍵らしきものが見当たらない。


鍵は特別な者しか所持していないのだろうか・・。

扉は頑丈そうで、全力で魔法や火薬を使っても、開くかどうかは微妙なところだ。

頭が真っ白になったまま、時間だけが過ぎて行く・・。

「もう壊すしかない!」

ダンテが待ちきれずそう言った。

しかしりんごは何かを考えていた。


「5分だけ、時間をください。」
彼女は静かにそう言うと、何かを真剣に考えているようだった。

りんごは、音で変形する魔道具を取り出し、
兵士たちが持っていた他の牢屋の鍵と睨めっこをしていた。


そして鍵のない扉の鍵穴を丹念に調べながら、音で変形する魔道具を変形させて何度か開錠を試みた。

ダンテはりんごのことをある程度は信じてみたものの、
10分経っても一向に扉は開かない。

たったの10分が1時間のように感じるし、
こうしている間にも兵士たちが大勢で隊を組んで押し寄せてきている気がして、気が気じゃない。
それにこの10分が生きるか死ぬかの境目になることだってよくあるのだ。

・・・・やはり、扉を力ずくでも壊した方が・・!


ダンテの我慢が限界に達し、りんごを扉から押し退けようとした。

・・そのとき。

ギイ・・・。

重く低い音がした。

ゆっくりと、扉が開く。

そして・・・目の前には。


「ローザ!ソッテ、アルベ!」

「・・・・ヴァイオレットさん。」

ダンテとりんごは天使たちの名を呼んだ。

天使たちには惨たらしい拷問の傷跡があった。

ヴァイオレットなどは皮膚が腫れ上がり人相がわからなくなるほどだ。

ローザも傷だらけだ。火傷のあともある。

事を急いだのは正解だった。
これ以上先延ばしにしていたら、誰かが死んでいたかもしれない。

いや、確実に死んでいただろう・・。

だが、ダンテは耳を疑う事実を聞かされる。


「こいつが全部吐いたんだ!」
同行していた天使のうち一人、青髪のソッテがヴァイオレットを指さして言った。

「ちがうの、ヴァイオレットは私たちより集中的に拷問を受けたのよ・・!」
ローザが慌てて庇う。

「それは、この半天使が拷問すれば吐くと思われたからだ。」
ソッテが返す。

「何を喋った?」
ダンテは低い声で、ヴァイオレットに尋ねた。

拷問で顔の潰されたヴァイオレットは何も言わなかった。

「ヴァイオレットは、拷問を受けて以来、私たちにも何も喋ってくれないの。どうか彼を問いつめないであげて。」
ローザは必死に懇願した。


りんごは天使たちのあまりの惨い姿に心が張り裂けそうだった。
だが逃げる時に魔力を残しておかなければならないため、
天使たちの足だけに治癒魔法を重点的にかけた。


「すみません・・・私たちだけが拷問から逃れてしまって。」
りんごがそう言ったが誰も責めはしなかった。

ダンテたちは持っていた鍵の中からサイズと形状の合う鍵を見つけだし、
ローザたちの首輪と足枷、手錠を解錠していく。
幸い首輪や足枷などはほかの囚人と同等のものらしく、すんなりと外すことが出来た。


「もうすぐ夜明けだ!早くしろ!今すぐ城を出るぞ!!」
ダンテが急かした。

「そんな!無理よ!ヴァイオレットは歩けないの!」
ローザが抗議する。

「じゃあそんな奴置いて行け!」
ダンテが焦りのあまりそういうと、
ヴァイオレットの体がぐっと強ばる。

「ダンテさん!」
りんごが強く制止した。

りんごの気迫に押されて、ダンテは態度を変える。

「わかった・・歩けないなら誰かが運べばいいだろ。」

「ダンテさんが負ぶってください。他の天使は負傷していますし、私よりダンテさんの方が力があります。」
りんごはそう言い放った。

ダンテはありえない・・という顔をしたが、りんごがあまりに真剣に怒っているので、しぶしぶ、了承するしかなかった。

そしてダンテがヴァイオレットを背負おうとすると、今度はヴァイオレットが拒否した。

何か言いたそうだがよくわからない。

彼はそこに座り込み、手で僅かに向こうへ行け、の合図をする。

どうもヴァイオレットは自分を置いて行け、と言っているらしかった。

ダンテはしれっとした態度ですぐに背中を向け、本当にヴァイオレットを置いて行こうとする。



ダンテが背中を向けてとっとと先へ行こうとするのをローザたちが引き留めていると・・・・


ヴァイオレットはゆっくり、塔の窓から体を滑らせた。
ソッテがそれに気づき、叫んだ。
ローザがいち早くヴァイオレットに駆け寄る。

ヴァイオレットは窓からゆっくりと落下・・・・
しかけて、ローザが細い右手で落下を食い止めた。

・・・が、ローザの力ではとてもヴァイオレットの重さには耐えきれない。

すかさずりんごが手を貸し、その後でソッテ、アルベも力を合わせ、ヴァイオレットを安全な場所まで引き上げた。


ダンテだけが、一部始終をただその場に立って見ていた。


それに気付いたローザが、今まで見たこともない目をして、こちらに近づいて来た。

「ヴァイオレットは死ぬ気よ!どうして優しくしてあげられないの!」

「死にたい奴は死ねばいい。」

「わからないの、世界にたった一人でも、存在を認めてくれる人が必要なの!」

「それは俺じゃない。俺はあいつが嫌いだ。」

「あなた以外に誰がいるのよ。誰が彼の存在を認めてあげられるっていうの!」

「俺は、あいつがあわよくば死んでくれればいいと思ってるんだぞ。」

・・・・そこで、会話が止まった。
ローザはもはや言い返さない。
その代わり、目が抗議の涙で溢れていた。


「あなたほんとうに天使なの?」

ローザに、最後にそう言われた。

・・・天使?

天使に生まれたから天使なんだ。


悪魔に生まれたからそいつは悪で、
半天使に生まれたからヴァイオレットも悪だ。

俺にとっても、天界すべての天使にとっても。



ダンテとローザが揉めている間に、りんごがヴァイオレットを背負っていた。

「時間がありません、みなさん逃げましょう。」

りんごはダンテにヴァイオレットを背負わせるのを諦めたらしく、小さな体で賢明にヴァイオレットを負ぶっていた。

ローザはそれを見てまたダンテに抗議の眼差しを向けるが、ダンテはこちらを振り返らないまま塔を下りようとしていた。

「リーダー失格ね。」
ローザが捨て台詞のようにダンテの背後からそう放った。

その言葉に、ダンテが初めて反応する。

任務を任されたのは俺で、俺がリーダー。
任務を遂行し、天使たちを無事帰還させるのが俺の責任。

ダンテがローザの言葉に狼狽している隙に、
りんごがさっさとヴァイオレットを背負って先に行ってしまった。

そう、とにかく時間がないのだ。
だがローザとダンテは始終言い合いをしたままだった。
勿論逃げながら。

だが言い合いを続けているせいで、反応が鈍い。

逃げる途中兵士に出くわすが、先頭を走っているりんごはヴァイオレットを背負っているせいで十分に動けない。
そこですかさずダンテが助太刀しなければいけないはずが、
代わりにソッテが参戦してくれる。

ダンテは後から遅れてローザと来る。

とても役に立たないリーダーだ。


螺旋階段が狭いお陰で、一度に大勢の兵士を相手にせずにすんだ。
また行きの際兵士を眠らせておいたお陰で兵士の動きが鈍い。

今のところ援軍は来ていないようだ。

気付かれていないのならば、それに越したことはない。

そう安堵したのも束の間・・・。




「見て!あれ!中庭に兵が集まってる!!」
ローザが螺旋階段の途中にあった小窓を見て叫んだ。

「ちょ、あんな大勢の兵相手に出来ないよ!」
ソッテが慌てる。

「このまま下りたら袋の鼠だな・・」
ダンテが呟く。


「塔の上まで引き返しましょう!」
りんごが突然そう言い放った。


みな一様に、ぽかんとしていたが、りんごの勢いに押され、なんだかわからないまま、急いで塔の最上階まで引き返した。
途中兵士を一掃しておいて本当によかった。

だが、最上階に上ったところで・・。


最上階の部屋で、りんごは自分が身につけていた魔法増幅装置の一部をアルベに装着しはじめた。

「何してんの〜?」
アルベは不思議そうに聞いた。

「アルベさんは飛行魔法が使えましたね。」

「え!あんなのアテにされても困る〜!
この世界、あたしのまほー、ぜんっぜん役に立たないから。」

アルベは赤髪の女性の姿をした天使で、
剽軽でちょっと適当な性格だ。

「ええ、少しでも使えれば何とかなります。たぶん・・。」

「ええっ・・」


そして、りんごは塔の奥の倉庫から緊急脱出用と思しきロープを取り出してくる。
ロープの長さは30メートルほどだ。

「まさか、このロープで脱出する気?でも下には大勢兵士がいるわよ?」

「下には降りません。飛び移ります。」

「飛び移る!?ロープで!?まさかあーんな遠くにある城郭に?」

ローザとアルベはとても不安そうだ。

りんごは次に、塔の最上階に設置してあった大砲の元へ向かう。

「や・・・やな予感しかしないな〜〜」
アルべが今にも逃げたそうにソワソワし始める。

「ローザさん、円形にシールドを張れますか?」
「え・・ええ、それは出来るけど・・まさか大砲の力で・・」

「最後はアルベさんの飛行魔法でどうにかするしかありません。」

「ええ〜〜〜っっ!!?」

りんごの言葉にアルベが驚く。

「時間がない、さっさとしろ。」
ダンテがそれを急かす。

りんごは大砲に弾が入っていることを確認し、高さを調節した後、

ダンテとりんごが持っていた魔法増幅装置をソッテとアルべ、ローザにそれぞれ分けて付けた。


「誰か近づいてきてる!」


扉の向こうで物音が聞こえてくる。

ここへ来る途中、扉を全部閉じて施錠しながら来たのだが。

思いの外到達が早い。


りんごが作戦の概要を話した。
皆が不安げな顔をする。
しかし、やるしかない。
みすみす兵士に捕まれば、何もかもが閉ざされてしまうのだ。

再び、自由になるのだ。

これに、賭ける。


ドォーーーーーーーーーーーン!


砲弾の凄まじい爆音と共に、ロープで繋がれた6人は砲弾の力に身を任せ、
一気に塔の最上階から打ち上げられた。


大砲のあまりに凄まじい威力を、倉庫にあったクッション材とローザの保護魔法で必死に耐え抜く。

天使たちは緩やかに放物線を描いて落下し始めた。

すぐさまりんごが音で変形する魔道具を取り出し、薄く広げてパラシュート状にする。

・・・そのときだった。

数本の矢がパラシュートに直撃した。

塔にいた兵士たちがパラシュートに向けて矢を放ったのだ。



りんごは慌てて歌魔法でパラシュートを変形し直し修復するが、矢の数が多すぎてキリがない。

そうしている間にどんどん地面が迫ってきた!

「この速度じゃやばいっ!!!」

ソッテの叫び声と共に、ダンテとソッテとアルべが3人で力を合わせて激突を回避しようとする。
ローザとりんごは塔から飛んでくる矢の防御に必死で衝突の方へ手が回らない。

そして・・、りんごたちが使った塔の大砲に、新しい弾が装填された。

「大砲の弾が飛んできます!!」

りんごが叫ぶや否や、6人は城郭に打ち付けられた。

りんごは背に負ったヴァイオレットを守りきることが出来ず、ヴァイオレットも城郭の地面に打ちつけられた。

慌ててりんごはヴァイオレットの生死を確認する。
なんとか生きているようだ。

相変わらず顔がつぶれてしまって表情が読み取れない。

りんごは涙が出そうになった。

自分だけが無事で申し訳ない、と、そう思った。

次の瞬間、地面に打ち付けられた6人に無慈悲な弾が容赦なく接近してきた。

砲弾のあまりの速さに、逃げる時間もない!

「アルベーーッ!!ソッテ!ローザ!!りんご!!!」
ダンテの叫び声は砲弾の音に掻き消えた。

弾は城郭を直撃した。

兵士たちがゲラゲラと笑っていると、上官らしき兵士が砲弾を発射した兵士を怒鳴っている。
"いつ戦争となるやもしれぬこの状況下でお前は城郭を破壊する気か!"と。

大砲が打ち込まれたであろう城郭の周囲には破壊された衝撃で粉塵が立ち込めている。

大砲の弾は城郭の一部を破壊し、沈黙を保っている。

塔にいる兵士たちが安堵する影で、粉塵の中からゆっくりと影が動いた。


「・・・おいみんな!無事か!?」

ダンテが辺りを見回すと、確かにそこに、5人の天使の姿があった。
風魔法が得意なソッテが粉塵を舞い上がらせて、兵士たちの目を欺いてくれていた。
アルべは着地と砲弾の衝撃を全力で防いでくれたようで、
その疲労から地面にへたり込んでいる。

ローザは一生懸命着地で出来た傷を癒やしていた。


先ほどの大移動と砲弾の防御で力を使い果たしてしまい、皆ボロボロだった。

だが幸い、塔に兵士が集結していたのと、夜明け前という時間帯のお陰で、城郭側の兵士はまばらで、しかも眠気で動きが鈍かった。

塔から城郭へ乗り移ったのが二時の方向でそこから城郭を伝って北へ約400メートルほど行った先に、城の裏へ出られる出入り口があった。

一番力の消耗がひどいアルベと、補助魔法しか持たないローザを庇いつつ、6人は城の北へと急ぐ。

もう空が白みかけていた。

塔の兵士たちが体勢を立て直して包囲される前にここを脱出しなければ。


「だめだ、あれを見ろ!塔の兵士たちがすごい勢いで北門へ向かっている!!」

「行動が読まれています。別の道は・・」

ダンテとりんごの会話にアルベが加わった。

「ねえ、みて、あれ使える?」

30メートルほど後方の城壁に、小さな楔が階段状に打ちつけられのたものがあった。

昔非常時に使っていた階段だろうか。

「・・・下の方しか無さそうだぞ。」
ダンテが渋い顔で言う。

その楔は城壁の上までは続いていなかった。


「さっきのロープがまだあります!・・!」
りんごがすかさずロープを見せ、ソッテたちにも手伝ってもらい一旦解いてから城郭にくくりつける。
ロープは砲弾や着地の衝撃などで所々痛みかけている。

「・・・そんなロープだけで・・大丈夫なのか?」
ダンテは不安そうだ。

「大丈夫、いざとなったら・・私が保護するから。」
ローザがかなり苦しそうに笑って見せた。

そのあまりの苦しそうな表情に、ローザの力がもう限界だということを天使たちは悟った。

「兵士がもうすぐ北門に到達する!!」
兵士の動向を見張っていたソッテが叫ぶ。

「私が鎹を打ち込みます!ダンテさん、ヴァイオレットさんをお願いします!!」

「は・・なんで俺が・・」

りんごはダンテの返事を待たず、とっととロープを伝って城壁へ降りていった。

途中、壁の石がひび割れた隙間を見つけてはガツン、・・・ガツン、と鎹を打ち込んでいく。

牢屋へ進入する際必要となりそうだと買っておいた鎹が簡易的な足場代わりになりそうだ。

「・・・できました!早く来てください。」
下の方でそう言う声が聞こえてきて、すぐにドボン、と水の音がした。
どうやら鎹を打ち終えたりんごは、城の堀に張り巡らされた堀に飛び込んだらしい。

「・・・はぁ・・、病気でも伝染らないか?」
堀の淀んだ水を見て、顰め面をしているダンテ。
この世界に来て一番に腹痛に見舞われたのもダンテだった。

そんなダンテを差し置いて、アルベがロープへ飛び乗った。
アルベが降りたのを見て、ローザがヴァイオレットを抱えて降りようとする。

ダンテがいつまでも躊躇して降りる気配がない上、
ローザがダンテに何度声を掛けてもヴァイオレットを背負って降りてくれそうにはなかったからだ。

ロープはだいぶ痛んでいるうえ、ローザの保護魔法は限界のようなので、
1人ずつ順番に降りるのが賢明だと誰もがわかっていたのだが・・・。


・・・・・ブチッ。





嫌な音が聞こえた。


ロープのどこか一部が切れたらしい。

ヴァイオレットを背負った状態のローザでは、楔があってもロープ無しでは楔に足を置いておくことは困難だ。

ダンテは慌ててロープを掴んでみる。
「・・・早く降りろ!ロープが完全に切れる前に!」

ダンテが叫ぶが、ローザはただでさえ華奢な体でヴァイオレットを背負っているため思うように身動きがとれない。


「大変だ、兵士の大軍が北門を包囲して、一部がこっちに迫って来た!!」

ずっと兵士を見張っていたソッテが張りつめた声で叫ぶ。

「・・まずい!あんな大軍と応戦する力は残ってないぞ!?」

「飛び込もう!それしかないでしょ!」
ソッテが慌てて城郭から下を見下ろす。

そこには高さ40メートルもの絶壁の城壁と、淀んだ水があった。

「・・・直接この高さから飛び込んだら死ぬぞ!?」
ダンテがソッテを止めようとする。

・・・その時。

ドボン。


大きな水の音がして、見ればローザとヴァイオレットの姿は消えていた。


「・・・よし、お前が先に行け。」
ダンテは冷静に、目を見開いてソッテに言った。

ソッテは何か言おうとしたが、城壁を伝ってこっちへ迫ってきた兵士の雄叫びを聞いて、すぐさまロープに飛び移った。

「・・・そう、それでいいんだ。俺は、俺には責任がある。」


ダンテは半ば諦めたように呟いた。


兵士たちの声がとてつもない勢いで迫り、ダンテの背中を圧迫する。

もうダンテが無事に降りられるだけの時間は残されてはいなかった。

ダンテには兵士に殺られるか、死を覚悟で水の中に飛び込むかの選択肢しか残されていない。


兵士たちがダンテの1メートル以内に躙り寄った。

どうせ捕まり、拷問されるくらいなら・・。


・・・・ダンテは最後の誇りを懸けて、戦闘態勢を取った。


その時だった。

下の方から声がする。

見るとりんごとソッテが布を広げてダンテを受け止めようとしてくれていた。

この高さから飛び降りれば、布だけでは衝撃を吸収しきれないが、
その布の下には水があった。

ダンテは瞬時に右側にいたちょっと臆病そうな兵士に切りかかり、兵士たちに隙が出たのを見計らって、切れかけのロープをすべりおりるようにして伝い、布へ飛び込んだ。

アルベがすかさず、手裏剣のようなものを投げてロープを引きちぎった。

兵士たちが降りて来られないようにするためだ。

その間にりんごとソッテは堀に落ちたダンテを引き上げた。


ヴァイオレットは再びりんごが背負い、6人の天使は近くの森へと逃げ込んだ。

一部始終を見られている以上、追っ手が来るのは時間の問題だ。


兵士たちは戦闘のプロで、こっちは重傷人や戦闘に向かない天使もいる。

その上相手は数で圧倒的に勝っている。

普通に逃げればまず追いつかれてしまう。

だが幸いにも逃げ込んだ森は非常に入り組んでおり、ダンテたちも方角を見失うほどだった。

そして早朝のためか、霧が発生してどこがどこだかわからない。

とても濃い緑の匂いがする。
そこが深い森だということが匂いでわかる。

ダンテたちは、ある程度歩いたところで大きな木を見つけ、その根っこが隠れながら休むのに丁度良いというのを発見した。

だがやはり6人が入れるスペースでは無さそうなため、力を消耗仕切ったアルベとローザとヴァイオレットがそこで休むことになった。

残りの3人は別の岩陰に隠れた。


木々に囲まれて鳥の声が木霊する。

瑞々しい草の香り。

湿気を含んだ風。

今日は雨模様になりそうだ。


りんごはその辺に生えている草を手元にあった植物図鑑と照らしあわせている。

ソッテは岩をソファ代わりにし、上体を伸ばしてもたれかかり休んでいる。

ダンテは片膝に肘を乗せて何かを考えている。

一方木の根にいるローザはすやすやと寝てしまっていた。

ヴァイオレットは意識があるのかどうかさえわからない。
一応生きてはいるようだ。

アルベはその辺の虫を嫌そうに払っていた。



しばらく時が流れて、声が聞こえてきた。
複数の、男の声。緊張感のある張った声。
間違いなく兵士たちだ。

一向に緊張が走る。

アルベは寝ていたローザを起こした。

声は数十分ほど続いたが、しばらくして聞こえなくなった。

ダンテはあたりが静かになったのを見て、すぐに動こうとする。

が、それをソッテが止めた。


アルベとローザは疲労のあまり寝てしまっているし。
りんごの顔もとても窶れていた。

なによりこの迷路のような森を下手に歩き回って、先ほどの兵士たちに出くわしでもしたら元も子もない。



単独で突っ走り、とかく焦りがちなダンテを、いつもこうして周りの誰かが宥めて、沈めてくれていた。



そうあのイコンのように。


天使であっても、この世界においては、ひとりでは何の力も持たないただの人間同然なのだ。


しばらくの間、大人しく木の根のところにいたアルベだったが、木の根はどうもじめじめして虫も多く暗く居心地が悪いらしく、ダンテたちの方に来てもうひと休みしていた。

ローザとりんごは熟睡している。

ソッテもうとうとしている。

皆の睡魔にやられて、ダンテも強烈な眠気に襲われ微睡み始めた。

・・・そのとき。


ガサッと近くで音がした。

ダンテは慌てて臨戦態勢に入り、ソッテも遅れて構える。


しばらく沈黙が続いた。

・・・ガサッ!

再び音がして、草むらからシカのような動物が姿を見せた。

あまりの図体の大きさに、ダンテとソッテは一瞬怯んだ。

ダンテは動物を追い払おうと、攻撃するふりをしてみせた。

その動物はあっさりダンテの動作をかわし、ダンテに猛突進してきた!


慌てたダンテは手持ちの剣で防御しようとするが、動物が素早すぎて追いつかない。

動物はダンテめがけて突進し、ダンテに直撃・・・!!


・・・したかと思うと、ひらりと体をくねらし、ダンテを避けて森の奥へと駆けて行ってしまった。



・・・・近くにいたソッテは呆然としていた。


いまが何時かはわからないが、こんな深い森ならば、夜になれば多くの獣と遭遇しかねない。

兵士から逃げられても、動物にやられてしまっては意味がない。



危機感を募らせたダンテは、現在唯一起きているソッテに見張りを任せ、その辺の地形と方角を調べてみることにした。

念のため、左手に松明を持ち、右の腰には剣を準備してある。

湿気が多いため、通常なら火を起こすのは困難なのだが、
小さな種火を作るくらいならダンテお得意の攻撃魔法を利用できるので、火に関しては困らない。


ただの人間ならばとっくに命を落としていたであろう局面を、天使の力で何度も救ってもらっている。

ふつうの人間に生まれ落ちていたならば、この世界はどれほど過酷であっただろうか。


ダンテはふとそんなことを考えながら、森の地形を調べる。

雨模様のせいで、方角や時刻がいまひとつ掴めない。

あの数十メートルはありそうな高い木に上れば何かわかるかもしれないが・・・・・


「・・・もう高いところはうんざりだ。」

塔から城郭へ飛び降り、城郭から堀へ飛び降り、2度も命辛々高低差を生き延びた今のダンテにとって、
高いあの木を登ろうという気は微塵も起きなかった。



しばらく歩き回っていたが、木の実や小さな川の場所は把握出来たものの、方角の特定には至らなかった。
これ以上深く入り込むと仲間のところへ帰って来られなくなりそうだと感じたダンテは、ローザたちのいる場所へ引き返した。



木の根へ戻ると一番始めに熟睡していたローザがすっかり目を覚ましており、顔色もだいぶ良さそうだ。


正直、城郭から降りる際のローザはとても苦しい表情を滲ませていて、
これ以上魔法を使うと倒れてしまうのではないかという危機感があった。


木の根でヴァイオレットとともにいたローザだったが、アルベたちに呼ばれ、別の岩陰の方へと行ってしまった。


ダンテが木の根に残されたヴァイオレットの方を見ると、
相変わらず生きているのか死んでいるのかよくわからない様子だ。


その変わり果てた姿を見る度に、毎回心臓の奥までナイフを突き刺されたような心地がする。



こうなったのはヴァイオレットのせいだと言い聞かせながらも、ダンテは良心の呵責に耐えかねていた。


腫れ上がり爛れた皮膚、濁った眼球、健康な体では決してしないようなおかしな動作。

そのどれもが彼の受けた過酷な拷問を物語っていた。


そんなときふと、治癒の羽のことを思い出した。



・・これを使えば、この醜い化け物のような姿になってしまったヴァイオレットを元に戻せるのではないか。



彼が元の状態に戻ってくれれば、戦力が一人分増えるうえ、誰かがヴァイオレットを背負う必要もなくなる。



・・・そして何より、ダンテ自身が良心の呵責で心を痛ませられることもなくなる・・。



ダンテは静かに、衣服の奥にしまっておいた治癒の羽の1枚を取り出した。



少しの間羽を見つめてから、やがて決心したようにヴァイオレットへ近づく。

焼け爛れた肌に殆ど覆われてしまったヴァイオレットの目はこちらを見ようともしない。
そもそもダンテを認識しているのかすらわからない。

ただその雰囲気は、ダンテを拒絶しているように見えた。


ダンテは痛みを振り払うように一直線に、ヴァイオレットの心臓に治癒の羽を当てた。



・・・・すると、


真っ白い光がヴァイオレットを包む。

この匂い、光、暖かさ。


懐かしい気配に天使たちが一斉にこちらを振り向く。

見ているだけで、すべて悪いことなど忘れそうな神々しい光。

ささくれだった心も豊かに彩られるような。

どんな邪悪な闇すらも一瞬にして優しく目映い光にとけ込んで、その一部となって輝きすら放つような。

そんな光だった。


光はしばらくの間、各々のストリームを描きながらヴァイオレットを取り巻いていた。

そしてしばらくすると神々しい光が徐々に収まってきた。

光のストリームが徐々に薄くなり、

中からヴァイオレットが顔を見せた。

ダンテは真っ先にヴァイオレットの身体を確認する。

その姿には、きちんと、

あるべき場所に目があり。
鼻の位置もふつうだ。
皮膚も腫れ上がっていない。
髪の毛もきちんとある。
手と、足もちゃんとまっすぐ伸びている。

指もちゃんと5本ある。


きちんと本来の姿に戻っていた。


これが本来の姿。

これが本来の人間の肉体の姿。

なのに、なぜ、涙が出るんだろう。

なぜ、こんなにもありがたく、神々しいんだろう。


ヴァイオレットは黙ってダンテを見つめていた。

物言わないのは同じだった。

近くで見ていたローザは両手で目を覆って泣いていた。
他の天使も天界の懐かしさと目の前の奇跡に目が潤んでいる。


ダンテは無言のままヴァイオレットを見つめている。


天使たちは一頻り感激したあと、
こんなものを持っていたならなぜ早く使わなかったのかとダンテに聞いた。


ダンテは、俺には責任がある、とだけ答えた。


その責任とは、治癒の羽の一番重要な使いどころを見極める、責任だろうか。
それとも天使たちを無事天界まで帰還させる責任だろうか。

あるいはヴァイオレットをこんな目に遭わせてしまった責任・・だろうか。



きれいな姿に戻ったヴァイオレットだったが、何度ローザが話しかけても、他の天使が話しかけても何も答えない。


ローザはその姿を見て、塔の窓から飛び降りようとしたヴァイオレットの姿が重なった。

もしかして・・・、心の傷は癒されていないままなのかしら。

ローザの心がきりきり痛む。



城に捕らわれていた時、ヴァイオレットがぽろっと何かを言ってしまったせいで、そこからヴァイオレットが集中的に拷問を受けるようになった。
でもそのお陰で、ローザたちの拷問が軽くて済んだのだ。


ある意味ローザたちはヴァイオレットに助けられていた。


そのことがあって、ローザもまた、ヴァイオレットのことに自責の念を感じていた。



しかしヴァイオレットは一向に口を噤んだままで、周りにはどうすることも出来なかった。


ヴァイオレットに関しては、しばらく見守るほかない。


大木の前に腰掛けて、ダンテたちは改めて、今の状況を整理することにした。


ヴァイオレット以外の天使たちの話を総合すると、


この世界に来てすぐ兵士に襲われたのは、他国の密偵と間違われたからだという。

そしてヴァイオレットがロンバヌ帝国に話してしまったことというのは、安定装置のことらしい。

そしてヴァイオレットは密偵の疑いを晴らすために、自分が半天使だということと、魔法を使ったりしたところ、より厳重な特別監獄の最上階へ移されてしまったというのだ。


安定装置のことを兵士たちは知らなかったようで、ヴァイオレットから安定装置の話を聞き出した兵士たちは、それがどんなものでどこにあるのかと執拗に拷問されたという。


「・・・それにしても、どうして俺たちはあの時捕らえられなかったんだ?」
この世界に来て間もない、力もまともに使えない天使たち相手に、あの兵力で挑めば全員を捕縛することが出来たはずだ。

なのに、ダンテとりんごだけは助かった。

・・・助かったというより
兵士たちが途中で撤退したお陰で助けられたのだ。


「よくはわからないけど、枢機卿がどうとか・・・頻りに言ってたわよね?」
「言ってたね〜」
ローザとアルベが互いに見ながら言う。


どうも、枢機強の暗殺と関係があるらしい。
何か緊急の事態になって俺たちに構っていられなくなったため見逃してもらったのだろうか。



アルベが言葉を挟んだ。
「それと、イピ、イピって、なんかよく言ってたねぇー」
「イピって何かしら・・?」

天使たちはどうやらイピの密偵だと勘違いされて捕まったらしい。
この世界の情報をまだよく知らないローザたちの為に、
りんごは持っていた地図を広げて説明した。

「私たちが今いるのがロンバヌ国、南西にヤンゴン国、南東にイピ国が、
そして西にハズラ国、東にプットル国があります。」

「戦ってもピンピンしてるって言ってたのはヤンゴンの兵士だったか・・」

ダンテが付け加えた。

「・・どういうこと?」
ローザたちは全く情報が把握出来ていない。

「ヤンゴンに安定装置がある可能性が高いということだ。」
「ヤンゴン〜・・・?南西のこれかナ?・・・あれ、でも・・・・」
アルベが重要なことに気づく。


今自分たちが潜り込んだロンバヌの城近くにあった森は、むしろイピの近くに連なっていたのだ。

この森を抜けて200キロほど南南東に行けばロンバヌとイピの国境付近に出られる。


「ヤンゴンよりむしろイピやプットルに近いよ!」
アルベの指摘に、全員が黙り込んだ。

しばらくして、ローザが質問する。
「・・イピって・・・どんな国なのかしら・・?」


りんごがそれを受けて、徐ろに本を取り出す。
表には世界小辞典、と書かれてある。
城堀の水の中に飛び込んだりしたせいで、紙がよれよれだ。

「慌てて色々買い込んだので、これがあることを忘れていました・・。」

りんごが本を開くと、簡単に各国の情報が書かれていた。
イピは・・・、ヌソン族が8割を占める魔術の国。我が国ロンバヌには到底及ばないが、
魔術体系の確立と魔術に基づいた政治が行われており、その戦闘力も目を見張るものがある。

現在は停戦協定が結ばれており、戦はしていない。


「・・・・だ、そうです。」

一行はしばらく顔を見合わせた。


「いずれにせよ、ここロンバヌにはいられないだろう。」
「・・・そうね、あんな大騒ぎ起こしちゃったし。」
ダンテとローザが言った。

「・・それなら、イピを通ってヤンゴンに行くってのはどうかな?」
ソッテが地図を指差しながら提案する。

「遠回りだが致し方ないな。」
ダンテが了承、皆異論はなさそうだ。


それにしても、この森の詳しい地図があれば良かったのに。
地図はいくつか買っておいたが、世界地図と、この国の地図、そして城周辺のアバウトな地図しか持っていない。
この森がどのくらい深いのか、高度や道などの情報がわからない。

「せめて方角がわかれば・・・」
ダンテがそう呟くと、りんごは何かを思い出したかのように、荷物を整理しはじめた。

本3冊。植物図鑑、世界小辞典、戦場サバイバルの心得の3冊だ。

そして地図が3枚。世界地図、ロンバヌ国地図、ロンバヌ城周辺地図(りんごの手書き)。

あと道具がいくつか。
アルベが回収した切れかかったロープ。
音で変形する道具。
手裏剣のような武器。魔力増幅装置。煙玉。

魔力増幅装置はアクセサリの形態で、はじめりんごとダンテが複数身につけていたが、
監獄塔から逃げる際にヴァイオレットを除く天使たち5人に配分していた。

資金が残り少ない為、これ以上は安易に買い足すわけにもいかない。

とりわけ魔力増幅装置と音で変形する便利道具の値段はほかに比べて飛び抜けて高かった。


道具の力で強くなることは可能でも、それには相応の資金力がいるということだ。


「・・・・あ、ありました!よかった・・。」
りんごが小袋から取り出したのは、青・赤2つの石が入った透明な入れ物だ。
この容器に入っているのは通称方向石といって、この世界のコンパスの役割を果たす。
共鳴磁石の一種で、赤く塗られた石が南、青く塗られた石が北の磁場と共鳴しその方向を向くのだと、市場の店員が教えてくれた。

これらの石は極地付近で採掘される、ロンバヌでは貴重な石で、採掘地から離れれば離れるほど精度が弱まるんだそうだ。
だが北の石の精度が弱まると、それを補うように南の石の精度が強まる為、2つの石を配置していると言っていた。

「・・・そんなものがあったのか・・!」
「手持ちのお金が足りず、1つしか買えませんでした。」
りんごとダンテが別行動をとりロンバヌの首都ロッカで買い物をしていた時にりんごが手に入れたもののようだ。

1人だけでは見落とすようなものも、2人、3人になれば見つけることができる。

魔力増幅装置を買い込んだのはダンテの手柄で、この世界に関する本を手に入れたのはりんごの手柄だ。

2人の行動が天使全体の大いなる助けになっていた。

何はともあれ、このコンパスがあれば、この森を抜けることが大分容易になった。

とはいえ、地形や高低差などがわからないため注意はしなければならないが、
方角だけでもわかれば、最終的にイピを目指すことが可能になる。


「あの〜・・・・。」
アルベがさっきから何か言いたそうだ。
「・・どうしたのアルベ?」
ローザが聞いてみる。



「・・・その顎髭、とれかかってるよ。」
アルベは若干可笑しそうに言った。

それはダンテが変装のためにつけた顎髭だ。
髪の色も黒く染めておいたのが、水に濡れたせいで少しとれかかっている。

りんごも肌の色を黒くしておいたのだが、城堀の水の中に入った時にきれいに元通りになってしまっていた。


「そういえば、塔で会った時誰だかわからなかったよ!」
ソッテがいう。
「そうそ〜、声でダンテたちかなって思ったけど。」
アルベが続けた。
「うふふ、一瞬笑っちゃいそうになったけど、あまりのダンテの真剣さにからかえる雰囲気でもなかったのよねー」
「一秒でも早く逃げなきゃいけなかったしね。」
ローザとソッテがそれぞれに言う。

ダンテはとっさに左手で顎髭を触った後、
すっと横を向いてしまった。

そういえば変装していたことなどすっかり忘れていた。
塔で再会したローザたちの表情が驚きと疑念に満ちていたのはそういうことか。


「お前たちも変装した方がいい。せめてこの国を出るまではな。
城に進入して脱走した以上当然ロンバヌのお尋ね者になっているだろうからな。」

ダンテの忠言を受け、アルベたちは互いに顔を見合わせた。


そしてしばらく考えた後、それぞれ顔に泥を塗ってみたり、髪型を変えてみたりしていた。


森はじきに夜を迎える。今夜は早めに休みを取り明日に備えることとなった。


この世界に来て間もない頃は、毎日泣き言を言いそうになったものだ。
食べ物がないうえ日常的に不衛生。
やっとの思いで食事が出来たと思ったら腹を壊す。
そして至る所に争いの爪痕があり、人々の目は不信感に満ちていた。

こんな世界相手でも何度も危機を乗り越えながらここまで来ると、多少は慣れて来るものだ。


だが一刻も早く、安定装置を回収せねば。

安定装置を悪用した何か致命的な事件が起こる前に・・。


ーー心地よい木漏れ日が瞼を刺激する。

鳥の鳴き声が遙か上空で木霊している。

ダンテたちは無事朝を迎えられたようだ。


朝の森は少しひんやり肌寒い。そして相変わらず湿っぽくて苔の芳しい匂いがする。



一行は目覚めてすぐ朝食を取るため森を移動し始める。

昨日夕方に集めておいた木の実や雑草は全部スープにして食べてしまっていたし、

城に進入する際に買い込んだ非常食も、森にたどり着いた時には殆ど尽きてしまっていた。

武器や鎧は兵士たちのものを借りて何とかなっているが、食料だけは本当に減りが早い。

6人分ともなれば尚更だ。

一行はコンパスを確認しつつイピの方向を目指した。



入り組んだ地形や獣道、長く生い茂った雑草に足を取られながらもなんとか歩みを進めた。

途中ヤンゴンの兵士を何度か見かけて肝を冷やしたが、敵兵のあの鎧の音のお陰で素早く身を隠すことが出来た。


ただどこかに潜伏されて奇襲をかけられると厄介だ。

一行はなるべく通りやすい道を避けて通った。



何日かかけて進んでいくと、深い谷のある崖に出た。
見た限り、左右を大きく分断しており、橋なども見当たらない。



「・・・・どうする?」
しばらく辺りを見渡した後、ダンテが低く呟く。

「ウーン、弓矢でも作る?」
アルベがてきとーに答えた。

「弓矢を飛ばしてどうすんだい?」
ソッテが尋ねる。

「ほらーなんかお城の時みたいにロープとかくっつけてー」
「ロープを伝って渡るの・・?」
アルベのてきとーそうな物言いにローザは少し不安そうだ。

「・・だがロープは一部が切れかかっているんだぞ。」

「それならここに来る途中ロープの代わりになりそうな細い木とかツルとかあったよ。」

ダンテとソッテが言う。


「・・・・ほかにもっと安全な手はないのか・・。」

散々危険な目に遭ってきた反動か、ダンテは乗り気でない。

ぐずぐずしているダンテを見て痺れを切らしたアルベがこう切り出した。
「あ〜みんなだってこんなとこで長居したくないでしょ〜?
ふかふかベッドもないし食べ物だって木の実や草ばっかり!夜は寒いし肩が凝るし・・獣の遠吠えが怖いし。兵士の鎧の音はもっとこわいし!ほかにも」


「わ・・わかった、わかった!」
取り留めなく続く愚痴をダンテが遮った。

「じゃ、あたし弓作るから誰かがロープ作って!ねっ!」
アルベはくるっと振り返ると上機嫌そうにそう言って弓の材料探しに行ってしまった。

「・・はぁ、なんだか奴の思惑にうまく乗せられたような・・」
ダンテは溜息混じりにアルベの背中を見つめた。

アルベの提案を受けて、ソッテもロープになりそうな材料を探しに行く。
りんごは心配してソッテについていった。


ローザはアルベについていこうか迷ったが、一言も喋らないヴァイオレットのことが気になって、その場に留まっていた。


ダンテはアルベが提案した以外のもっと安全な方法がないかと辺りを探っている。


一時間ほどしてアルベとソッテとりんごが戻ってきた。

アルベは弓矢を作り終えており、ソッテとりんごは2人で長いツルのようなものを抱えていた。
ツル?

「見てくださいこのツル、しなりがあって、大人が乗ってもびくともしません。」
りんごがツルを左右に動かしてその頑丈さを見せた。

「俺たちは綱渡り芸など出来ないんだぞ。上から下へ降りるならともかく、重力に逆らって横へ移動するなんて筋力が持つのか?」

「とりあえず1人でも向こうに渡れれば、何本かツルを交互に渡して、簡易ハシゴみたいなの作れるんじゃないカナー?」

ダンテの問いにアルベが答える。

「1人?その1人は誰が行くんだ?」
「それは筋力とバランス感覚に自信のあるヒト〜」

いかにも自分ではない、と言いたげな他人事なアルベ。
そしてアルベの目線がダンテを直撃している。
暗にダンテに行けと言っているようだ。

「・・・・・・・・。」
アルベの視線を無視していたダンテだったが、アルベが如何にダンテが最初に行くにふさわしいかを力説し始めた。
おまけに周りの天使たちにも同調させようとしている。

「・・・もういい!俺が行ってやる。最初からそういう魂胆だろ?その代わりアルベ、落ちそうになったらお前の飛行魔法で助けろよ。」

「えーーん、そんなの期待されても困るぅ〜」
オドケた素振りで驚くふりをするアルベ。

「ほらとっとと矢を放て!」

ダンテに急かされて、弓矢にロープ代わりのツルをくくりつける。


ツルはそれなりの長さと重さがあるので、谷に落ちないように勢いをつけて、向こう側の木に矢を固定しないといけない。


簡単には外れないよう、矢の先端もカギ爪風に工夫した。


「・・・・・・・。」
弓矢を携えて静止していたアルベだが、一向に矢を引こうとしない。*

「・・・・どうした?」
ダンテが遠くで尋ねる。


「これ力足りない。誰か手伝ってよ〜」
ツルの長さと重さに耐えられるよう、大きめの弓矢を作ったはいいが、
アルベの力が足りず、うまく弓を引くことが出来なかったらしい。

急いでソッテが駆けつけて、弓矢を引いてくれた。

ソッテとアルベだけでは重そうなので、ダンテも加勢した。

アルベが細かい指示を出す。
「もうちょい右、あ、ちょっと行き過ぎ。あと3ミリうえ。」

「3ミリ!?」
アルベの指示に右往左往しながらも、ダンテとソッテがそれに従う。

「息が合ってな〜い、矢がぶれるっしょ!」
アルベに指摘されて、一生懸命息を合わせようとするソッテとダンテ。


「・・・・よし今!放して!!」

ビュッッッッ!!


空気を切り裂く音が手前から向こうへ広がる。


一瞬のうちに、ツルが矢に引き寄せられ、もとの場所を離れた。

数ミリ秒経って、向こう側からドン、と重く突き刺さるような音が聞こえた。

・・・とりあえず成功したのだろうか?


皆一斉に向こう側の矢の行方を確認する。

「・・・ウン、・・・・ちゃんと巻き付いて・・刺さったっぽい?」

「アルベのコントロールすごいわね!」
ローザが賞賛する。

「さあ今からダンテの勇士が見られるよ〜」
アルベが茶化すが、ダンテは冷静だ。
「・・・いやだからな、1本でどうやって渡れというんだ?アルベ、お前行ってみるか?」
「丈夫そうだし大丈夫っしょ〜〜」
「そういう問題じゃない!」
「今のギャグだから〜」
「・・・はぁ?」

アルベはもう一度弓を手にした。

「あと何本あればいける?あたしが渡れるよう安全にしないとね〜♪」

「・・・と、とりあえず・・・4本。最低限4本だ。途中でツルが切れた場合を想定するともっと欲しいところだが・・・

・・・まあ、万一ツルが切れて俺が死んだら未来永劫お前を恨んでやるから安心しろ。」

ダンテがダークジョーク混じりにそう言った。

「へいへ〜〜い」
ダンテの言葉を聞いているのかいないのかよくわからない返事をしつつ、アルベは段取り良く矢にツルを括りつけていった。

そして、ダンテとソッテの力を借りてほかの矢も放った。


「そら我らがリーダー!がんばりたまへ!」

アルベが嬉しそうにダンテの方を見つめている。

ダンテはそんなアルベを無視して谷を横断している4本のツルを慎重に見つめた。

ツルの強度を手で推し量り、ゆっくりと体重を乗せてみる。

・・・まぁ、これなら、いけなくもないか・・?

存外頑丈そうなツルを確認してからダンテは慎重に渡り始めた。

・・・だが。

「・・・・うっ・・」

ある程度まで進み、谷が本格的に目に飛び込む状態になると、歩みを進めるのは予想以上に怖いものだった。
ツルの上に慎重に足を置いて進まなければならないのに、足元を確認するために下を向くと、
あまりの高さに足が竦んで思うように動いてくれない。


ダンテは耐えきれず、一旦引き返してきた。

それを含み笑いをしながら呆れるように見つめるアルベ。
文句を言いたい口をぐっと堪えて、しばらく心身を落ち着かせてから、ダンテは再び谷へと向かった。


これは、恐怖心との戦いでしかなかった。

下を見ると本能的に足が動かなくなることがわかってきたので、足元をなるべく見ず、
感覚を頼りに目の前だけを見て進むことにした。

足がツルの感覚に慣れてきた。
幸いりんごが気を利かせて、ツルを太めにしてくれたお陰で足が置きやすい。

しかし4本あるとはいえ、バランスを崩せば即死だ。


・・・今更ながらなぜこんな話に乗ってしまったのかと深く後悔し始めた。


リーダーを任されておきながら、リーダーらしいことが何一つ出来ていないという後ろめたさをアルベに見事に突かれてしまった。


集中しなければならないというのに、
こんな時に限って雑念が百も千も浮かんでくる。

いや恐怖を和らげるには幸いか。


いっそ薄目で進んだら良いだろうか。


とにかく足が竦むということは足が言うことを聞いてくれなくなるということだ。

つまりそのままバランスを崩して転落する事態に繋がりかねないのだ。




ダンテは無我夢中で祈りながら進む。
ルーミネイトの姿が頭を過った。

心なしか両足首が少し痺れてくる。
恐怖を覚えて足が言うことを聞かなくなって来たのだろうか。

大丈夫だ。大丈夫。そう自分に言い聞かせる。

りんごが言っていた言葉が重なる。

"すべてうまく行きます。私たちがそうするんです。”



・・・・。




気がつけばダンテは向こう側にいた。


あまりに無我夢中だったため、途中の記憶があまりない。
ただルーミネイトや天使の守りが共にあるように感じた。

いや、そう信じていた。そうすることで恐怖を和らげるしかなかった。

本当に必死だったのだ。


久々の地面を踏んで痛感したことは、ダンテの足が思った以上にガチガチに固まっていたことだ。

恐怖と緊張で筋肉が強ばっているのだろう。

膝より下の感覚があまりない。

ダンテはその場にへたり込んでいた。
しばらくその場から動くことも出来なかった。

全身の力が抜ける感覚がある。



ああ、地面のあるありがたみを、今になって痛感する。

当たり前のように存在する地面のことなんて、普段は気にもかけないのに。


ダンテはこの揺るがない頑丈な大地にこの上ない安心感を覚えていた。



ダンテが谷に背を向けたまましばらくヘたりこんでいると、突然、背中をつっつかれたような気がした。

ビクッ!と背中が反応し、さっと首だけを捻って状況を確認する。


・・うしろにはアルベがいた。

「・・・は? おまえ、いつの間に・・!」

「ダンテがヘタレてるあいだ〜♪」

アルベがちょっと嫌み混じりに答える。

ツルの強度が案外丈夫そうなので、ダンテが無事渡り終えたのを見て、飛行魔法を補助代わりに素早くダンテの後を追いかけたらしい。

アルベはダンテよりもだいぶ早いスピードで渡ってしまったようだ。

「自分の時だけ飛行魔法とはな・・。」
ダンテがいかにも不満そうに目を向ける。

「いやぁ〜ダンテさまが万一落ちた時のために力を温存しといたのだすよ〜お」

相変わらずふざけ気味の口調でアルベが弁明する。


そのとき、ツルが小さくぎしっと音を立てたので思わず谷の方を見た。

そこにはダンテとアルベに続いてゆっくりとツルを渡ってくるヴァイオレットとローザの姿があった。

この2人はダンテとアルベよりも一層慎重そうに渡っている。

ヴァイオレットとローザの後ろにはソッテやりんごが待機しているが、よくよく見ると、なにやらりんごとソッテが魔法を使っているらしい姿が窺える。

「・・・あれは・・なにをやっているんだ?」
「わからなかった〜?ソッテがツルの揺れを防いでくれて、りんごが足が滑りにくいよう保護魔法をかけ続けてくれてるの。」

「そうなのか・・・」

「それに加えてダンテさまが渡るときはローザも魔法かけてくれてたんだけどなー」

「そ・・そうだったのか・・・・。」

自分一人の力で頑張っていたつもりが、密かにほかの天使に助けてもらっていただなんて。

ダンテは少し、自分に不甲斐無さを感じた。


しばらくして、ゆっくりゆっくりと、ヴァイオレットとローザがダンテの方へ渡ってきた。

それに伴ってスペースを確保するためダンテが後ろにずれる。
ツルの終着地点で思い切りへたりこんでいたためだ。

なんとも鈍い退き方に、アルベが横で苦笑している。
仕方がない、まだ少し足の感覚が麻痺したままなのだから。

そうこうしてるうち、ヴァイオレットがツルの終着地点付近までやってきた。

それを見たダンテとヴァイオレットの目が一瞬合ってしまった。

ダンテは一瞬気まずく思ったが、ヴァイオレットはそっけなく目を逸らした。

そんな微妙な空気の一部始終を眺めていたアルベだが、そのまま何もいうことはなかった。


程なくしてローザも到着する。

向こう側でソッテが渡り始めようと準備していた。


・・・その時。


すぐ近くでキラッと光る何かが見えた。

次の瞬間、夥しい数の兵士がソッテとりんごを取り囲む。

どうやら谷付近で潜伏しており、ダンテたちが渡る姿を発見してこちらまで移動してきたようだ。

どうしても谷付近は見晴らしが良く発見されやすい。


谷を横断するのはとてもリスクの高い行動だったのだ。


りんごとソッテは瞬時に臨戦態勢をとったが後ろは崖、そして兵士の数はあまりに膨大だった。


りんごとソッテは互いに目配せすると、
ツルに飛び乗り、木に括りつけていたツルを切り落とした。


すかさず弓兵が放つ矢をりんごが防御し、ソッテの風魔法で進路を変えた。


ツルに捕まった状態のりんごとソッテはダンテのいる崖の中腹で宙ぶらりんになっていた。


りんごとソッテはロッククライミングの要領でツルを頼りに崖を登ろうとするが、傾斜角度が直角に近いうえ、足を引っかけるところも殆ど無いため、思うように登れない。

登ることに集中すると防御が疎かになって弓兵の矢を躱し切れなくなりそうになる。

崖の上にいるダンテたちもツルを引き上げてりんごとソッテを救出しようと試みるが、
向こう側から飛んでくる矢が膨大で、それを防ぐのにかかりっきりになってしまう。

しかもあろうことかダンテたちのすぐ近くで、同時に何カ所も兵士がツルの橋を架けようとしている。

それを受けて天使たちも数カ所に散らばり、橋が架かるのを阻止しようとした。


そんな混沌とした状況の中で、ひとつの矢が、
りんごたちのぶら下がったツルの上方を貫いた。

ツルの一部が切れ、りんごたちが不安定になる。

ダンテたち崖の上にいる天使は飛んでくる膨大な矢と、橋が架かるのを防ぐのに必死でその事態に誰も気づかない。


そして、その矢に続くように、何本もの矢がりんごいるのツルを貫いた。

ソッテやりんごが必死にツルを守ろうとしても、矢の量が遙かに上回っていた。


ついに、ツルは切断された。



切れたツルを最後に見て、りんごたちは谷の底へと消えていく。



アルベがとっさに飛行魔法をかけようとしたが距離が遠すぎて間に合わなかった。




天使たち皆に冷たい衝撃が走った。


呆然としかけた天使たちだったが、絶え間無く飛んでくる矢と今にも架かろうとしている橋を防ぎ続けなければならない。
思考を止める暇などなかった。


「・・・・向こうの数の方が圧倒的に多い!このままでは数で負ける!」

城を脱出するときはこうして夥しい数の兵士と正面から衝突することは無かった。
そのため辛うじて応戦することが出来た。


でも今は違った。

周到に準備された兵。夥しい数。
天使たちが魔法を駆使することが判明したからか、弓兵の数がやたらと多い。


夜間を狙い、隙をついて脱出したあの時とは何もかも違う。


こちらが負けるのは目に見えていた。


「・・逃げよう!」

アルベが皆に訴えた。


「・・・りんごとソッテは・・・」
ローザが呟く。


「・・今は逃げるしかない!もたもたしてると全員やられるぞ!」
ダンテが気迫で皆を説得した。


アルベは最後に向こう側に数カ所火のついた矢を放ち
逃げた。

湿気が多いため火は思うように燃え広がってはくれなかったが、多少の時間稼ぎにはなった。


橋が架かって兵士たちがそれを渡り終えると対処しきれなくなる。

それまでに何とか逃げ果せなければならない。


皆りんごとソッテのことが頭から離れなかったが、今はどうすることも出来なかった。



「・・・こっちだ、この入り組んだ獣道を進もう。少しは追手を撒けるだろう。」

長い丈の草をかき分けて、天使たち一行は進んでいった。


その日は日が暮れるまで走り続けた。

もう今どこにいるのかなど皆目検討もつかないが、時折コンパスの方角は確認していたため、イピに近づいていることは確かだ。

気がつけば全員無言で座り込んでいた。

体力ももう限界だったし、りんごとソッテを助けられなかったショックで誰も話す気にはなれないようだった。


周囲は背丈の高い草で覆われていて、隠れるには丁度良かったが、しょっちゅう奇妙な虫が姿を現しては天使たちを煩わせた。




「谷渡ろっていわなければよかった・・。」


アルベがぽつんと、呟いた。


辺りは暗くなりかけていた。

皆、何も言わなかった。



沈黙の中、日はゆっくりと落ちていった。




「・・・か、かゆい!」

しばらくしてアルベが耐えきれずに身じろぎしている。

どうやら長いこと草むらの中にいて、何かに刺されたらしかった。


「もう、動きましょ。」
ローザが提案する。


さすがに辺りも真っ暗で、今度は兵士よりも獣の心配をしなければならない。


「・・・生きる、って、大変なのね。天使でいるときは何もわからなかったわ。」

ローザがそう呟いた。

辺りはしんと静まり返っている。
兵士の声も鎧の音もとりあえずは聞こえてこない。

天使たち一行は身を起こし、どこか野営出来る場所を探した。



皆疲れ果てて始終無言だった。

何時間か歩いた末、ようやく野営できそうな少し広めの空間を見つけた。


「俺が見張る。お前たちは今のうちに休め。」
ダンテが少し枯れたような声で言った。

ダンテだけに見張りをさせるのは気が引けたものの、あまりの疲れとストレスのため、誰も何も言わずそこで休んだ。

ここまで逃げてくる途中、ローザが何度も引き返そうと提案した。

だがダンテは断固としてそれを拒否した。

もし引き返して兵士に見つかりでもすれば、それこそ全員が捕まってしまう。


ダンテはその時からある種の十字架を背負っているように見えた。

口では何も語らないが、何か一人で無理をする傾向が出てきていた。


何もかもの責任を、自分一人が持つ。
そうすることで、今までの失態の償いをしようとしているのかもしれない。



天使たちは無事、朝を迎えられた。

しかし一行に活気が戻ることはなかった。

皆口数が少なく、黙々と朝ご飯の支度を始めた。

ある者が木の実などを探しに行き、別の者が水や火、器の準備をする。

この世界に来て何度もこれをやっているため、皆手際が良くなってきた。

一行は火を取り囲んでいつものように朝食を取り始めた。

「最近、木の実ばっかだね。」
アルベがぽつんと呟く。


ローザが同情するようにアルベの方を見る。

ヴァイオレットは黙々とスープだけを見つめて食べている。
ダンテも同様だ。


「アルベが早く森を出たいなんて言ったから・・」
「さっさと食べてしまえ、またいつ兵士が来るかわからんぞ。」
自分を責め続けるアルベの言動をダンテが制止する。


「私、やっぱり戻って・・・」
ローザがそう言いかけるや否や、またダンテが言動を止めた。

そんなダンテたちを後目にヴァイオレットは黙々とスープを食べ続けている。



「スープなんて食べる気分になれない。」
「無理矢理にでもつっこめ。次何時食べられるかわからないんだ。」
落ち込むアルベに厳しい言葉で返すダンテ。


こんな風に朝食の時間は、皆始終暗い雰囲気だった。


それを裂いたのは草の音だった。

突然ガサッと草の擦れる音がしたため、一行はサッと押し黙り音の主を探した。


しばらく静まり返ったその後、
草むらから足の長い男が出てきた。

継ぎ接ぎのズボン、木綿の鞄。尖った帽子。

見たところ、旅人だろうか。

薄汚れていて、見かけ通りの異臭がほんのり男から発せられている。


「あっっりゃ。俺の秘密基地に何か用かい?」

男が話しかけてきた。

天使たちは互いに顔を見合わせる。

まさかこんな深い森で兵士以外の人と出会うとは思ってもいなかったからだ。


「森の外に出るにはどっちへ行けばいいのか教えてくれないか?」
ダンテが男に尋ねた。

「もしかして迷い人さんたち?えーっと森の外ね、こっちの道をいけば8艮弱かな。」

8艮・・すなわち1時間ちょっとだ。


「あのっ・・」
アルベが躊躇しながら口を開いた。


「・・・んん?」

「崖に落ちても、助かる方法ある?」


「崖?この森の崖のことかな?・・・もしかして誰か落ちたの?
・・・ウーーン、どうだろうなぁ。あそこ絶壁だしあんま人近寄らないからね。
崖から落ちて助かったって話も聞いたことないしなぁ。」


それを聞いて、アルベが再び黙ってしまう。



「あ、ごめんよごめん!ダメもとで谷底を捜索してみるとか、崖の植物に捕まって助かってる可能性だって無きにしもあらずだからね?」


「・・・そ、そうかも!」
アルベの顔がぱーっと明るくなる。

そんなアルベをダンテが横で黙って見ている。


「谷底に降りるにはどうしたらいーい?」
アルベが再び質問した。

「んーーー、そうだねー、ホウス川を上っていけば谷底に出られるかな?」

「ホウス川?」

「ロンバヌとイピの国境にもなってるあの川だよー。まあ川の上流に行くのも一苦労だと思うけどねー。」

男は土に図を描いてこの近辺の土地を説明してくれた。

男と別れてから、天使たちは谷底へいくかイピへいくかの選択に迫られた。

男の話では谷底へいくのも一苦労みたいだ。

ローザとアルベが谷底へ向かうことに賛成し、ヴァイオレットはどちらでもない。

ダンテは悩んでいた。

最悪の結果が待っていたら、俺は一体どうすればいい?

俺は何を優先すべきなんだ?

結局、ローザとアルベの強い意志もあり、谷底へ行くことが決定した。


男によると、今ダンテたちがいる場所は谷底よりもだいぶ高度が高い場所らしく、まずは山を下りていくのが安全だという。

山を下り、谷底との差が縮まった地点で谷底に降りていくということだ。
そのための順路も男から聞いた。

ただ谷底付近に人の歩ける道があるのかは不明で、川の上流に行けば行くほど流れも速いため、りんごたちが落ちた崖の底まで辿り着けるかどうかは全く持ってわからない。


そもそも谷底に川が流れていたのなら、りんごたちは川に流されて下流に行ってしまったかもしれないし、落ちる途中で何か植物や岩に阻害されて谷底まで到達していない可能性だってある。


この捜索はかなり無謀だとダンテも感じていた。

だが一方で、ローザやアルベの反対の中、捜索をしないままイピへ向かうことを断行するというのは困難に思えた。

まして最悪の結果になっている様を目撃してしまったら、天使たち一行の精神的ショックはいかばかりだろうかと、
そう考えると、あまり捜索に乗り気にはなれないダンテだった。


ダンテは嘗ていくつかの戦いの最前線に参加してきた。
そしてあまりの惨たらしい現実を目の当たりにした天使たちが自身の光を失っていく様を何度も目撃したことがあった。

天使が天使でいるためには、何より希望と、光がなくてはいけない。

絶望や死は天使にとって存在を脅かす猛毒でしかない。

絶望的な現実によって天使たちが悪魔に浸食され、堕天したり、悪魔の餌食になったり殺されたりする様を嫌と言うほど見た。


ダンテはローザとアルベのわずかな希望が絶望に変わるところを見たくはなかった。

無垢な子供のようにわずかな希望を抱いて、その後待ち受けるかもしれない厳しい現実の可能性は考えない。

そういう意味で、この2人はあまりに純粋だとダンテは思った。


だからといって、2人を止めることも出来ず、ダンテは迷いながらも進むことしか出来なかった。





数時間歩いて、谷の底に続いていると思われるホウス川が見えてきた。

一行はホウス川付近まで降り、川に沿って川上へ進んだ。

最初は足場が十分にあったのに、川上へ進むにつれて、急峻な崖が現れはじめ、それに伴って足場も無くなっていく。


また川の流れも速いので流れに逆らって川上へ進むことも困難だ。


一行は行き詰まった。



「とにかく夜までには探し出さないと!」
アルベはいつになく真剣だ。

「・・・しかし、足場がないな。」

「あのツルの橋を架けたところも急峻な崖だったものね・・。」


「あ、でも崖の中腹にちょっと歩けそうな段差あるよ。」
「・・・まさか、あれを行くのか?」

ダンテは戸惑ったが、ほかに歩けそうな場所もないので、一旦引き返し、崖の中腹に辿り着けそうな道を探した。

途中、少し人の手が入った小道を見つけそこを辿っていると、なんと崖の中腹に出られた。

崖の中腹はお世辞にも足場が良いとは言い難かったが、天使たちはお互いにツルで結び合って慎重に進んだ。

それからどれくらい進んだかわからないが、川の上流に行くにつれて崖の高さが一段と増し、足場も不安定になっていく。

しかし、完全に足場が無くなるということはなく、遂には崖の中腹の広い足場に出られた。

「・・・なんだここは・・?」

「この道って、誰かが使ってた道なんじゃないかしら?
じゃないとこんなにきちんと道が出来てたり、足場があったりしないもの。」

「ウーーン、ていうか、この先洞窟に繋がってるよ?」

アルベが指さした先には、小さい洞穴があった。

アルベが洞窟に入ろうとすると、何かよくわからないまま跳ね返された。

「・・・あれ・・?」

「なんだ・・?どうした?」
ダンテが近づいても、何故か洞窟の入り口まで辿り着けない。


「これって、魔法じゃなあい?」
隣で見ていたローザがそう言う。


「・・・魔法?そういえばこの世界には魔法があるという話だが、俺は今まで実際に見たことはないぞ?」

「魔法が主に使われてるのはイピだって言ってなかった?この魔力増幅のアクセサリもイピのでしょ?」
ローザが左手に着けたブレスレットを指して言う。

「なんでイピ以外では魔法が普及してないのカナー?」

「あ、それ、りんごの持ってた本に書いてあった気がするわ。
なんとかって種族が潜在的に得意なのが魔法で、ほかの種族だとうまく使えなかった・・んじゃなかったかしら?」
ローザが記憶を辿りながらアルベの疑問に答える。

「・・・本か、あの本はりんごが所持していたからな。幸いコンパスと地図は俺が持っていたが。」

ダンテの一言で、場が暗い雰囲気に包まれる。

それを払拭するように、アルベが再び発言した。

「ね!この洞窟入ってみよーよ!」
「・・・は?どうやってだ?俺たちは天使の魔法は多少使えても、この世界の魔法には詳しくないんだぞ?」

「なんとかなるよーー」
そういってアルベは洞窟の入り口付近を調べ始めた。

規則的に配置された石、謎の彫刻、壁に描かれた何かの模様、怪しいものはいくつも見つかった。

「これ壊せば入れるんじゃないー?」
そう言ってアルベが右手で石に触れようとすると、ものすごい力がアルベの手に集まってきて、それは起こった。

「いだっっ!!!!!
なんかすごい力で攻撃された!!」

「そりゃあ・・・安易に陣を解けないようにするのは当たり前だろ。」
手が熱くなって右往左往するアルベをダンテが横で冷静に見て言った。


ピシッ・・

突然何かの音がしたかと思うと、植物が天使たちの足を絡めとっていた。

「・・・・何者だ?」

低く、洞窟の奥で声がした。
姿は見えない。

「か、かいぶつ〜〜〜!!!!」




「いや人だ、声からして。」
再び右往左往するアルベにダンテが冷静に答える。


「お前たち、何故この洞窟に近づいた?」
洞窟の主らしき者が尋ねる。

「いやぁ〜崖から友達が落っこちちゃって、探してるんです〜!」
アルベが慌てながらそう答える。

「・・・崖?この辺は水の流れも速いし崖の高さも類を見ない。落ちたらまず助からない。」

ズバッとそう言われたアルベは言葉を失う。

「それよりお前たち、イピの者か?」

突然そう尋ねられたので、ローザがこう答えた。

「あなたこそ、イピの人?」

洞窟の主は黙している。
しばらくしてまた、声が聞こえてきた。

「お前たち、魔力を持っているだろ。しかしヌソン族ではない。
ヌソン族ならばもっと小柄で背が低い。肌も浅黒い。
お前たちは何者だ?北方民族の混血種か?」


そう訊かれて答えに詰まる天使たち。

「・・・どちらにせよ、ここへ近づくことは許さない。この洞窟の存在を他言することもだ。
もしそれを破ればお前たちには死が用意されている。」

「ねえ、じゃあ、せめて教えてよ
崖から誰か落ちたりしたの見かけなかった?
あとイピへの行き方とか知らないー?」

「・・・・イピだと・・・?」

アルベの問いに洞窟の主の声色が変わった。

しばらく声が途絶えたかと思うと、洞窟の中からフードを被った人物が現れた。

「お前たち、イピへ行くのか?何のために。」

フードの人物の鋭い目がこちらを見ている。

「・・・え?えーーーとぉ・・・」
アルベがちらっとダンテの方を見る。

「王都の知り合いに会うためだ。ロンバヌは最近住みにくくてな。」
ダンテがそう答えた。

フードの人物はしばらく黙していた。

・・・が、しばらくして、フードをとった。

フードの中からは女性とおぼしき姿が現れた。

肌は赤みがかり、背はダンテたちとさほど変わらない。
彼女の言っていたヌソン族の特徴は見受けられなかった。

「イピへ行くのなら同行させてはくれないか?」

その女性は、顔こそ女性らしいものの、声はとても低く、男性とも区別が付かない。

りんごの世界小辞典があれば何の種族かわかったかもしれない。

「おねーさん、ヌソン族じゃないね〜?」
「私は見ての通り、オンズトパスの少数種族だ。」
「オンズ・・・?」
聞いたこともないワードでアルベが混乱している。

「オンズトパスだよ、一時虐殺されたが、今はまたもてはやされてる。なにせヌソン族より魔術に秀でてるからな。」

「えー!!お姉さん、ヌソンのヒトよりすごいんだー?」
アルベがその言葉に食いつく。

「あの、その魔術でソッテとりんごを探してはくれないかしら・・?」

「ソッテとりんご・・?ああ君たちの連れか。・・・まあ期待はしない方がいいが、探すのは容易い。

・・それよりも聞きたいのだが、どうやって国境を抜けるんだ?」

場が一瞬静まり返った。

特に策など無かったからだ。

「まさか、この戦時中に、無策でイピへ渡ろうとしていたのか?」

天使たちは顔を見合わせて黙っていた。

「国境を越えるのってそんなにタイヘン?」
アルベが女に尋ねた。

間の抜けた質問に、女は溜息をこぼす。

「魔力がそれなりに強いから、てっきりイピから来た精鋭部隊かと思ったが、私の勘違いか。
それにオンズトパスを知らんとは、どこの田舎者だ?」


天使たちは苦笑いしたまま黙っている。

「おねーさん国境付近詳しいならいろいろ教えてよー、お姉さんもイピに行きたいなら力になれると思うんだ。」
アルベが潤んだ目で見上げてみる。

その潤んだ目を颯爽と無視し、女は続けた。
「まあ、まずは君たちの連れを探そうか。魔術を行使するための準備を手伝ってくれ。」

ダンテたちは女に言われて材料を集め、模様を描いた。

決められた位置に石を配置していく。

「よし、少し下がっていてくれ。」

女が何かをぶつぶつと唱えると、しばらくして空気が変わった。

天使たちは何が起きているのか全くわからない。

女がゆっくり目を開くと、瞳の色が赤茶色から緑へと変わっていた。

女はりんごたちが落下した崖の方を見て何かをぶつぶつと唱え続けている。


しばらくして独特の張りつめた空気が解けた。

それと共に、女が儀式を終了したようだった。

女はゆっくりと長い息を口から吐く。

天使たちはその緊張した雰囲気の中、しばらく女に話しかけられずにいた。


沈黙が続いた後、女がゆっくりと目を開き、天使たちを見た。

女の瞳はいつもの赤茶色に戻っていた。


「君たちの連れはここにはいないようだ。生死のほどはわからなかった。」

女はそう告げた。

落胆するアルベとローザ。そして少しだけ安堵するダンテ。

一行は女と共に、川を下ることになった。

「お姉さんは、イピのヒトじゃないの?」
「お前たちはロンバヌの住人か?」

質問を質問で返された。まだ警戒が拭えないようだ。
「俺たちはロンバヌの端から来た田舎者だ。お前はロンバヌ人じゃないのか?」
ダンテが淡々とそう答える。
「・・・まぁ、そうだね、私もいろいろあってね。」
女は言葉を濁した。

この件についてはそれ以上話が進まなかったので、アルベが別の話題を振った。

「この木材で簡易ボートを作って川下まで一気に行けば国境付近に出られるんだよね?」

「そんなに簡単じゃない。今は戦時中だから、国境には兵士がうじゃうじゃいるはずだ。
ロンバヌとイピは表面上停戦協定が結ばれているが、そんなものはいつ破られてもおかしくない。」

「ううーー、めんどくさいなぁ、一気にイピまで行けないのかな、転送魔法とかで。」
「その前に、川を下りつつりんごたちを探さないと!」
ローザが横から言葉を挟んだ。
「モチロンその後の話だってー」

「・・・つかぬことを聞くが、転送魔法とは何だ?」
女の問いに、天使たちがまた黙ってしまった。
天使たちが多用している転送魔法だが、人の身の今は転送魔法など魔力が大量に必要すぎて使えない。

そもそもこの世界には転送魔法という概念がないのかもしれない。


「えーっと、なんかぴゅーーっと魔法でイピまで飛べたら楽だなぁ〜なんて。」
アルベが言葉を濁しながら話す。
「飛ぶ?空を飛ぶ魔法か?古代の伝説の話か?」

女の言葉に、また顔を見合わす天使たち。

「半ば嘘くさいあの神話めいた伝説だろ。
かつてオンズトパスが世界の中心だった頃には飛行魔法も存在したというな。
いや、お前たちオンズトパスも知らない田舎者なのに、伝説の話は知っているのか?」

「・・いやぁ〜そういう魔法を小耳に挟んだことがあったっていうか?」
アルベが適当に口ぐらを合わせる。

「まあ、オンズトパスの作り上げた高度な魔法文明も崩壊し、奴隷だった地上の民の反乱でオンズトパスは今や少数種族だ。
昔いくら絶大な栄華を誇っても落ちぶれるのは一瞬だな。」

女は皮肉めいた口調でそう言った。

天使たちは伝説の話も空を飛ぶ魔法の話もまったく何も知らないので黙って女の話を聞いていた。


「ああ、そこの木材はこっちにつけてくれ。」
女の指示で小型ボートが出来上がっていく。

ダンテ、ローザ、アルベ、ヴァイオレット、そして女の5人が辛うじて乗れる狭さだ。

「そういえばおねーさんの名前、なに?」
アルベがふいにそう尋ねると、
女は少し躊躇いながら、間を空けてこう答えた。

「んん・・そうだな、ネペ、とでも呼んでくれ。」

「ネペ!うん名前があると呼びやす〜い」
天使たちも改めてネペと名乗った女に名前を告げた。

「そうか、アルベ・・・に、そっちがローザ、うん、覚えておくよ。」

ネペは一番多く話しかけてくれたアルベの名を最初に覚えてくれたが、
ダンテとヴァイオレットについては何度か名前を失念した。


一行は小型ボートを完成させ、川を下っていく。

ネペの先導のもと、洞窟のあった地点からボートに使う材料を集めながら山を下っていき、
ある程度川の流れが穏やかになったところでボートを拵えた。

ネペが言うには、川の上流は流れがあまりに急すぎるうえ、大きな岩がそこかしこにあり、ボートが破損する危険が高いのだという。

一行は川に浮かべたボートに乗り、ネペとダンテがパドルを持った。

「いいか?ここでもまだ激流だから、私の指示があれば素早く棒を動かして岩を避けるんだ。」

ダンテが黙って頷く。

アルベは暇そうにボートから身を乗り出して川底の魚を眺めている。
ローザは少し緊張気味だ。


「アルベ・・だったな。川に落ちても知らないぞ。」
ネペが一応注意した。

アルベは一瞬身を引っ込めたものの、またしばらくすると、退屈して川にちょっかいを出している。

「・・・よし、ロープを切り離すぞ。」
ネペがボートを岸につなぎ止めていたロープをゆっくり解いた。

そしてボートが動き出す。

「えああっっ!!?」
アルベの変な奇声とともに、ボートがものすごいスピードで川を下り始めた。




「今だ、君の棒を漕いでくれ!」

女の指示でダンテがパドルを目一杯漕ぎ、ボートが左側へ進路を変える。

岩を辛うじて避けられた。

「まただ、君、もう一回!こんどは多めに漕ぐんだ。」
ダンテは力一杯パドルを動かす。
ボートが勢いよく旋回する。
アルベの目が輝いていた。

ローザがボートの上で立とうとするアルベを押さえる。

「もう、アルベったら、こんな大変な時に。りんごとソッテを探すの忘れてない?」

「探すってば〜立った方が探しやすいし〜?」

「んもっアルベまで川に落ちたら助けてあげられないわよ!」
ローザとアルベの会話の横でネペとダンテはボートのコントロールに必死だ。


途中、何度か岩に当たりかけたり、少し衝突したものの、なんとか沈没せずに川の中域まで来られた。

大分長い距離、川を下って来たので、辺りは少し赤みかけている。

「・・・よ、ようやく・・・森を出られたのか。」
ダンテがボートの上で力尽きていた。

ネペも同様に疲労の色が見える。


それとは対照的に、アルベはとても楽しそうだ。

「・・あれー、りんごたちいなかったね、もっかい下ってみる?」

アルベはあの川下りのスリルをもう一度味わいたいみたいだ。
そんなアルベの横で、ローザは浮かない顔をしている。

「・・・・あれ?ローザ?」
アルベがローザの暗い顔に気付いた。


「ここまで川の下流に来たのに、ソッテもりんごもいなかったわ・・。」
「う・・うん・・・。」
「もしかして兵士に連れて行かれたのかしら、それともどこかで・・・」


「良いか君たち、よく聞け。このままホウス川を下るとイピとロンバヌの国境に出られる、が、このままのこのこと川を下っていたらイピの兵とロンバヌの兵両方から攻撃を受けかねない。
よって、もうしばらく下ったら国境沿いの川に合流する前にボートを撤収する。」

「えーーー」
ネペの正論にアルベが意義を唱えている。
アルベは歩くのがお嫌なんだそうだ。

「よし・・・このあたりだな。」
ネペの指示でボートを岸に着け、ボートを撤去する。

「せっかく作ったボート壊すの!?」
アルベがまた意義を唱えた。

「完全に壊すのではない、ただこんなところにボートを放置していたら怪しまれかねないだろ。」
ネペはそういうと、ボートを分解し、近くの雑木林にボートを隠した。

「いずれにせよこのボート、誰かのせいでそこかしこぶつけたからあまり長くはもたんだろう。」
ダンテはアルベを見ながら言う。
アルベはそっと、目を背けた。

「ここからは歩きだ。ロンバヌの最南東端の村があったはずだ。」

「あ゛ー歩き・・・・・。」
アルベがぐだぐだし始めた。

ネペを先頭にダンテとローザ、ヴァイオレットが続く。
置いてかれているのに気づき、慌てて後を追うアルベ。

一行が村に着いた頃には、すっかり夜になっていた。

ネペは村に近づくとフードを被り、先頭をダンテに任せた。
ネペは何か顔が割れると困ることがあるのかもしれない。

ダンテ一行は宿屋の戸を叩く。
夜も更けているにも関わらず、宿屋の主は部屋を提供してくれた。
少し足下を見られて割高な宿泊料を取られはしたが。

それでもダンテたちにとっては、いつぶりのベッドだろう。

固い地面以外のところで寝られる至福を味わっていた。

アルベとローザが部屋で荷物の整理をしていると、ダンテが緊迫した顔で入ってきた。

「さっき、ロンバヌ兵を見かけた。」

ダンテは小声でそう言った。

「・・・ロンバヌ兵?それはそうだ。ここは国境に近い村だから、国境警備隊の休憩所にもなっている。」
ネペが冷静に答えた。

「はぁー前途多難・・ですなぁ〜」
アルベが脱力しながら言う。

「今はもう夜も遅い、早く休んで明日策を考えよう。」
ネペの促しで、とりあえず今夜は休むことになった。


ー翌朝、騒がしい声で睡眠が解かれた。

"イピとヤンゴンの戦争が始まったぞー!”

村の人もロンバヌ兵の動きも慌ただしい。

"ヤンゴン、ってあの近頃最強不死軍団がいるってうわさの?"

"ロンバヌはどうなるんだ!?"

人々が口々に騒いでいる。


「・・始まったか。好都合かもしれないな。」
ネペがぼそりと呟く。

「イピ・・?と、ヤンゴン!?が戦争って、あたしたちイピにいけなくなったってことー?」
アルベが取り乱している。

「いや、むしろ混乱に乗じてイピに入国しやすくなったかもしれないぞ。」
横で荷支度を整えていたダンテが言う。

「戦争し始めたのってイピとヤンゴンでしょ?
なのにさっきからずっとすごい量のロンバヌ兵がうろうろしてない?」
窓を眺めながらローザが言った。

「この機に乗じてロンバヌも動くのかもしれないな・・。」
ネペは髪を結い直していた。

「・・んーーつまり、あたしたちイピにいけるの?いけないの?」
アルベは相変わらず混乱状態だ。

「・・しばらく様子を見てみるか。」
ダンテの提案にネペも同意した。

ローザはソッテとりんごのことが気にかかっているようだった。
アルベは疲れがたまってそれどころではない様子だ。

村でロンバヌ兵がうろうろしていたこともあり、一行は大人しく宿で数日過ごした。

「・・・はぁ・・・これで、4日目だが、ずっとここにいるわけにもいくまい。
俺の懐もそろそろ厳しいぞ。」

「あー、せめてお金を稼げたら〜〜」

「ロンバヌ兵がずっとうろうろしてるものね。」

「・・・つかぬことを聞くが、君たちはロンバヌで、何かやらかしたのか?」

ずっとロンバヌ兵を避けている様子のダンテたちを見て、ネペがそう聞いてきた。

「えっとそのぉーーー」
アルベが言いにくそうにしている。
「冤罪をかけられて脱走してきた。お前こそ何故ロンバヌ兵を避けているんだ?」
ダンテが質問する。

ネペはしばらく黙っていたが、やがて重い口を開いた。

「・・・私はイピにいたんだが・・・、その、ロンバヌに来て情勢が変わり、ロンバヌにそのまま取り残されてしまった。
ロンバヌ兵には顔が割れていてな、あまり表だって行動出来ないんだ。」

「みんなロンバヌ兵に見つかるとまずい身ってことね。」
ローザが話をまとめた。

宿に引きこもって数日すると、こんな会話が窓の外から聞こえてきた。

「最近タイヘンだねぇ・・イピがヤンゴンに攻め入ったと思ったら、今度はロンバヌがイピに侵攻するとは。」
「やっぱあの停戦協定、はなっから破るつもりだったわけか。」
「んでもロンバヌの王妃さんイピの出身じゃなかったかー?
悪女で名高い王妃さんも、今度ばかりは肩身が狭いんでねえのー?」
「んまあ俺に政治のことなんぞわかんねえが、
そもそもなんで王妃はオッレム枢機卿を暗殺してヤンゴンとの戦争を止めたんだ?」
「ロンバヌを守るためじゃねえのかよー?
ヤンゴンの不死身の戦隊と戦ったらロンバヌが壊滅すんだろー?」
「・・でもよ、今イピとヤンゴンが戦ってんだろ、んでロンバヌもイピに攻め入った。
ならイピがやばいんじゃねえか?あの王妃が黙って故郷が滅びるのを見てると思うか?」
「・・じゃあどうするってんだ?」
「・・さあね、んなの庶民の俺がわかるかよ。」
「なんだ、わかんねえのかよ。」
「俺たちにわかるのは今稼ぎ時ってことだけだ、武器と食料大量に売り込むぞ!」
「なははは!戦に巻き込まれて死んでも弔ってやんねえぞ!!」
「がははは!余計なお世話だっ!!」

一部始終を黙って聞いていた天使たちとネペ。

どうやらイピは今、ダンテたちのいるロンバヌと南西にあるヤンゴンの2国と交戦中のようだ。

そういえばこの村をうろうろしていたロンバヌ兵も、今朝から姿を見ていない。
皆イピに攻め入ったのだろうか?

「・・・よし、兵も見あたらないし、少し国境付近に偵察に行ってみるか。」
ネペの提案に皆同意した。

天使たちはロンバヌ兵のいなくなった村で食料と武器と道具を買い込み、国境付近へと向かった。

村から数日かけて、ようやく国境が見えてくる。

こんなに遠いなら、ホウス川をボートで下って行った方が早かったのではとアルベが言うと、
川付近は戦地になりやすいから避けた方がいいとネペが答えた。

ネペの言うことはある意味当たっていたことが、国境付近に出てわかった。

ロンバヌ兵が川の流れを利用して物資を運んでいたのだ。

もう少し川を下るのが遅ければ、このロンバヌ兵らとはち合わせていたかもしれなかった。

ローザたちは胸をなで下ろすと共に、ソッテとりんごのことが余計に心配になった。

しかしネペの言うとおりなら、崖付近にりんごたちはいなかったようだし、川を下りながらアルベとローザでりんごたちを探してみたが、それらしき姿は見当たらなかった。


アルベたちはソッテやりんごのことが気にかかってはいたものの、ほかに探す当てもなく、定期的にネペの魔法で居場所を探ってもらったが居場所も生死のほどもわからなかった。

そして、遂にイピに渡る決断を下すことになった。


アルベはまだ納得がいっていない様子だったが、ほかに手だてが見つからなかった。
ローザも同じような心境だ。

「夜を待って川を渡ろう。今このまたとない好機を逃すわけにはいかない。」
ネペがアルベたちを諭すように言う。

「・・ああ、ここまで来たら・・・行くしかない。」

ダンテもネペに同調する。

ローザとアルベだけが暗い顔をしていた。

ヴァイオレットは、相変わらずいるのかいないのかわからないほど、一言も喋ることはなかった。


・・・そして、夜。


一行は出発した。雲で月が隠れている真っ暗な夜、一行は再び簡易ボートを作り、夜の川を横断し始めた。

予め、兵士が横断する川の位置は昼間の偵察で把握済みだ。

兵士たちに鉢合わないよう、兵の横断場所から大分距離をとった地点を横断している。


・・・静かだ、水の音以外何も聞こえない。


こんな静けさはかえって不安を誘う。


今、どこで交戦中なのかもわからない。
闇雲に動いて戦場にはちあわせては危険だ。

また残党狩りに遭うのも避けなければならない。


それにダンテたちは、イピの地理に詳しくない。
素性すら確かでないネペの先導のみに頼るのは危険だが、今はそれしか方法がなかった。




先日の村でイピの詳しい地図を探してみたのだが、見当たらなかった。

もしかしたらロンバヌの兵が買い占めた可能性もある。


増大していく不安を振り払いながら、ダンテたちはボートを漕ぐ。

しばらくして、向こう岸が見えてきた。
見た限り人らしき影は見当たらない。

正直暗くてあまりわからないのだが。

こちらが暗くてわからないのなら、もし人がいたとしても向こうからもこちらの姿がわからないということだ。



コトン、と小さな音を立て、無事ボートが岸に接地した。

一行は辺りを見回す。

状況も地理も、何もかもわからない。

「・・こっちだ。」
ネペがいつものように先導し、ダンテたちはそれについていく。

ロンバヌがイピを攻めるとすれば、まず国境付近にある要所サプザを落とさなければならないから、サプザへの道を西に大回りして避けてアズロス村を目指すとネペに説明された。




道の途中、アルベが定期的に愚痴るのをローザがなんとかフォローしながら、だいぶ長い距離を歩いた。

小さな丘をいくつか越え、砂利道を下り、峠を4つほど越えた。

途中賊に襲われたが、腕の立つネペとダンテの力があれば余裕で勝てた。

ネペは思いの外強かった。

素早い動きと身のこなし、戦いに慣れていた。



「はぁ・・・まあ、あの雑草だらけでかゆかゆ〜〜〜〜い山道よりマシかぁ〜」
アルベはロンバヌ城脱出の後逃げ込んだ山道がよほど堪えていたようだ。

ネペとダンテの歩行スピードはとても速い上淡々としすぎていて、ローザとアルベはついていくのも大変だった。

特に長旅に慣れているのか、ネペの脚力は異常だった。
時折ローブからネペの赤黒い足が垣間見えるが、男顔負けの筋肉量だ。

疲労によって言葉数が減った中、ダンテは突然こんなことを言った。
「ネペ、お前・・・軍人だな?」
「・・・・なぜそう思う?」
ネペは足を止めて、ダンテを見返した。

「・・・気配を察知する敏感さ、素早さ、手練れた戦闘、
そして妙なまでに地勢と情勢に詳しい。判断力も人一倍優れている。」

「・・はは、それだけで軍人とは。」
「・・・・違うのか?」

ネペは黙ってダンテを見た後、再び歩き始めた。

「この坂を越えればアズロス村だ。私はここで失礼するよ。」

「えっ・・・ネペ一緒に来ないのー?」
アルベの引き留めに、ネペは振り返らずこう言った。

「君たちと旅が出来て楽しかった。また会おう。」

アルベはそのままどこかへ行ってしまった。


「・・・へんな人・・。」

「あまり深追いしない方がいいだろ。」
寂しがるアルベと裏腹に、ダンテの顔は険しかった。
アルベが何故かと問う。

「見ただろ、あの人並み外れた戦闘力、持久力、忍耐力、判断力、そして土地勘。情勢の知識。」

「ふふふ、ネペすごい人だったね、お陰でアルベは楽出来ておたすかりーーー♪」

「俺が思うに、あいつはイピがロンバヌに送り込んだ諜報員だ。
何らかの事情でイピと連絡が取れなくなったか、イピに帰国出来なくなったんだろ。」

「・・・だから、魔力の強そうな私たちを利用したのね。」

ローザも冷静だ。アルベだけが変な顔をしている。
ヴァイオレットはそもそも無関心そうだ。

「いずれにせよ、気を許すと危険な相手だ、わかったなアルベ?」

「・・・んな、なんでアルベだけ・・・。」

この世界に来てからというもの、油断したら騙されて、浚われて、拷問されて、信じるなと言われ、警戒を怠るなと言われ、ずっと殺伐としている。

どこにも気の休まる場所がない。


あたりは戦乱の気運に満ち、混乱と荒廃と暴虐の痕がある。

喜びや活気、信頼を力の糧とする天使たちにはとてつもなくきつい世界だ。

なによりこんな世界では力が思うように出せない。


来る日も来る日も歩き続け、逃げて、警戒して。

泣き言をまともに言う暇すらなかった。

りんごやソッテのことを心から心配し、捜索するゆとりすらなかった。


天使たちは諦めと妥協を強いられ、この世界に慣れるにつれて、知らず知らずのうちに、光が失われていった。

それとともに、天使たちが本来持っていたはずの、強大な力もどんどん失われていく。

天使たちは、自分たちが本来どれほど偉大で、崇高な力を持っていたかも忘れ始めていた。



「・・・あたしたち、何のために旅してるんだろ。」
アルベがぽつんとそう呟く。

「安定装置を取り戻す為だ。あれがあれば俺たちも天界へ帰れる。」

「そっか・・・天界へ・・・・帰れるんだ。」

アルベに僅かに希望の光が宿る。

「・・・じゃあ、ソッテとりんごは?」
ローザが低い声で尋ねた。

その瞬間、アルベがまたもとの暗いアルベに戻る。

「エネルギーが完全に失われてなければ、天使たちが復活を試みてくれるだろう。
いずれにせよ俺たちが早く帰らねば、それすらも不可能になる。」

ダンテがそういうと、アルベは黙ってしまった。

しばらくして、アルベが一番前へ飛び出して、先を急ぐよう急かした。

そうこうしているうちに、アズロスの村が見えてきた。

少し活気が無いが、一応宿屋もあり、食事も出来るようだ。
何日も歩き続けた天使たちは、一晩ここで宿をとることにした。

「あーーーーー!!もうイヤ!帰りたい!!」
アルベが騒ぎ始める。
臭いシーツ、体中がちくちくして、虫に刺された痕がいくつもある。
食べ物はいつも粗末で、毎日毎日歩き続け、何も楽しいことがない。

野宿は過酷で、見張りの交代によって夜中でも起こされる。
森の野宿はもっと過酷で、いつも獣の声に怯えながら寝なければならない。

何が楽しくてこんな旅を続けなければならないのか。

ストレスが日に日に蓄積され、誰一人楽しそうな顔をしていない。

皆、無意識のうちに俯きがちだ。

久しぶりのまともなご飯すら、風土や文化の違いのせいで口に合わなかったり、質素すぎたりして、美味しくない。

食べられるだけでもありがたいと思うときも勿論ある。
だが何か、心のエネルギー源が明らかに枯渇しているのが、天使たちもわかっていた。


「あたしこのままだったら装置取り戻す前にくたばっちゃいそうー」
ぼけーーとしながらアルベがそう言う。

「・・・・・・・。」
ダンテは黙ってそれを聞いている。

ローザも黙ってはいるが、顔がひどく窶れている。

ヴァイオレットも窶れてはいるが、何も喋らないので何もわからない。

さっきから黙っていたダンテだったが、何かに気付いて、口を開いた。
「俺には治癒の羽が6人分渡されているんだ。」

「・・・治癒の羽?」

「あの安定装置に勝るとも劣らないすごい光を秘めた結晶体のことね。」
アルベの疑問にローザが答える。

「・・・そう、そして、1枚目をそこの半天使に使った。残りは5枚だ。」

「あ、じゃあそれをあたしたちに使えば、あたしたち元気イッパイなカンジ〜♪になれるの?」

「・・・さあな、元気一杯になったかどうかはそこの半天使に聞いてくれ。」

アルベとダンテとローザの視線が一斉にヴァイオレットを指す。

ヴァイオレットは初めて顔を上げた。

でも黙ったままだ。


そんなヴァイオレットを一同が見つめている。

「ねえ・・ヴァイオレット、ずっと喋らないのは、まだ拷問の傷が癒えていないからじゃない?」

ローザが心配そうに尋ねる。

ヴァイオレットはローザから目を逸らした。

ずっと沈黙が続いたままだが、ローザはまだ諦めない。

「・・・ねえ、ヴァイオレット、何か話してくれない?
私に、何か出来ることはない?」

ヴァイオレットは拒絶するように余計に俯いてしまった。

そのヴァイオレットの痛々しい姿をみて、ローザは会話を試みることを諦めた。

「・・・ごめんなさい。でも、いつでも何でも言ってね。あなたが言いたくなった時でいいの。」


ヴァイオレットは反応しない。


アルベも困ったような顔で黙ってローザのやりとりを見ていた。


「・・まあ、この治癒の羽は、完全に死んでしまうと使えない。僅かでも息のあるうちに使うんだ。
お前たちが各自使い時をよく考えて使えばいい。」
そう言って、ダンテはそれぞれに治癒の羽を渡した。

ヴァイオレット、ローザ、アルベにそれぞれ羽を一枚ず渡し、ダンテの元に羽が2枚残った。

その2枚は・・・りんごとソッテの為に使うべきものだった。

ダンテは静かにその2枚の羽を握りしめる。


「俺は安定装置を取り戻せる見込みが出来た時、この羽を使う。それまでは温存しておくつもりだ。
たとえ道中どれだけ疲労困憊してもだ。」
ダンテの言葉に、アルベは頷き決意を固めたようだ。
ローザも自分の羽を見つめながら考えている。

「・・・もう、前へ進むしかないのかもしれないわね。」
ローザはそう小さく呟いた。


「・・・でも、次どこに行けばいいのかなー?」
アルベが疑問を呈した。

「とりあえず不死身の戦隊がいるヤンゴンだろ。イピとの交戦中なら不死身の戦隊をこの目で拝めるかもしれない。」
ダンテの言葉に、アルベは顔を顰めた。

「それ危なくないーー?不死身の兵隊さんが襲ってきたらアルベどうしてよいのやら。」

アルベに余裕が戻ったのか、おどけて両肩を竦めて見せる。

「安定装置に近づけば、そういうことも増える。むしろそれを覚悟で向かうしか装置を回収する手だてはないだろ。」
ダンテの言葉をアルベは言い返さず聞いていた。

そして、次の目的地はヤンゴン、そのためここから西へ向かうことになる。


一行は翌朝身支度を整え、宿屋の扉を開いた。


だがその時・・・・。


ガチャッッ・・・


鋭利な刃物の先端が、一斉に天使たちの首付近に突きつけられる。

そこにはフードを被った何人もの人。・・そして。




「・・・やあ、また会ったな。」


背後にネペがいた。

「・・・・どういうつもりだ。」
ダンテがネペを睨みつける。

ネペはそれに答えない。少し微笑み、こう告げた。

「私と来てくれないか。悪いようにはしない。」

「・・・断ったら?」

「・・わかっているだろ?」

ネペとダンテの睨み合いが続く。
ダンテはアルベの背中をトン、と叩く。

アルベはそれに気づき、ダンテの方をちらっと見た。

ローザもその気配に気づく。

「いけっっ!!」
ダンテがとびっきりの大魔法を出し右半分を取り囲んでいた敵の体勢を崩す。

同時にアルベも魔法で左半分を蹴散らした。


・・・・・はずだった。


「・・・んなあっっ・・!!!!?」
アルベが叫んだ先には、無傷のローブ集団が。
彼らは素早く不気味にゆらりと体勢を立て直した。


「こいつら何〜〜〜!?」

「魔法・・そうだった、イピは魔術に長けた国・・。」

ならばと、ダンテは腰に携えていた剣を取り出し、ローブの集団に切りかかる。

彼らの素早く紡ぐ魔法をローザが後ろから無効化してくれている。

そのお陰もあって、何撃かローブの人物に命中した。

突然始まった戦闘を見て、村の人が囁く。

「・・・なんだ、あれ!?」
「見てみなよあの模様。イピの精鋭兵だって。」
「精鋭?なんでそんなのがここに・・精鋭兵はみなヤンゴンに行ってるんじゃないのか?」
「知らないわよ、あの兵が取り囲んでる人たち、見慣れない肌の色だし、他国の人じゃない?ヤンゴンの兵士とかかも。」
「なるほど・・・」


村の人の情報を聞き、ダンテは間合いを取った。

「イピ精鋭兵だと?それが俺たちに何の用なんだ?」
ネペがすっと左手を挙げると、精鋭兵が攻撃を中断する。

「・・・ここで話すのははばかられる。村の外へ移動するのはどうだ?」
ネペの提案にダンテは皮肉めいた笑いで答える。
「人目のつかないところなら、何をするのも自由だからな。」

ダンテはそう言いつつも、ネペの提案に応じた。


村からだいぶ外れたところで、ネペと兵士たち、天使たちは足を止めた。

「お前たちイピの兵は民の目がある以上非道なことは出来ないだろうが、ここなら自由だ。さあ答えてもらおうか。」
ダンテはそう切り出した。

ネペは不気味に笑い声をあげてから、ゆっくりと口を開いた。

「君たちはロンバヌに拉致されたという天使とかいう種族だな。」

ネペの驚くべき指摘に、天使たちは目を丸くしたまま言葉を返せない。

「やたらと魔力の高い輩がいるから念のため同行してみたら、なんとお宝発見、というわけだな。」
ネペは不気味に笑みを浮かべていた。

ネペがアズロス村の手前で姿を消したのは、味方の兵を呼びに行くためだったのだと、ダンテは今頃気づいた。

そして天使はネペの案内のまま、まんまとアズロスへ赴き、しかも宿で一泊した。

ネペの罠にまんまと填められたのだ。

警戒していたつもりが、そこまで考えが及ばなかった。

ダンテは悔しそうに、ネペを睨みつけていた。

「おっと、そう熱り立つな。別に取って食おうってんじゃない。」
ネペは余裕の表情で、両手をあげ、敵対心が無い素振りをした。

天使たちは臨戦態勢のまま、姿勢を崩さない。


「・・・・不死身の軍団を・・・知っているな?」
ネペはゆっくりと、そう言った。

天使たちは息をのんだ。


「イピはあれが欲しいんだ。わかるだろ?不死身の軍団さ。

・・・君たちはアレについて、何か・・・知っているだろ?」

ネペは思わせぶりに、ゆっくりと言葉を作る。

天使たちは顔を歪めたまま黙っている。

「まあ、そういうことだから、一緒に来てもらおう。」
ネペがそう言うと、7〜8名だったローブの集団の背後から、さらに多くのローブの人物が姿を現した。

「援軍到着しました。」
ローブの一人が言う。

「・・・ご苦労。」
ネペが改まってダンテたちの顔を見る。

「・・・さて、どうする、大人しく同行してくれるか?それとも反抗してみるかな?」
ネペは余裕の表情だ。
彼女は少しの間でも天使たちと同行した身、天使たちの実力は把握しているはずだ。

そのネペがこんなにも余裕を見せるというのは即ち、ネペは勝利を確信しているということだ。
そうダンテは思った。


どうせ殺されるならここで反抗するのも手段のひとつではあったが、先ほど魔法をあっさり防御されたうえ、数がゆうに50を越えていた。


ダンテは武器を地面に置いた。
アルベは納得いかなそうに臨戦態勢を崩さない。
ローザは戸惑っている。
ヴァイオレットは・・・よくわからない。

「ありがとう、助かるよ。」
ネペがそう言うが早いか、ローブの集団に一斉に魔法を放たれ天使たちは眠らされてしまった。

ローザが防御壁を作り、アルベが応戦したものの、数の力で瞬時に決着がついてしまった。

次に気がついた時には冷たい地面の上にいた。

「あーーーん!!ここ覚えがあるぅ〜〜!!」
目覚めた瞬間、アルベが思い切り叫びながら嘆いている。
その大声で、ダンテが目覚めた。
アルベがすかさず、ダンテを責め立てる。
「なんで、な〜〜〜〜ん〜〜〜で〜〜〜武器捨てたの〜〜〜???戦いやめちゃったのおおお〜〜〜??
アルベたちがロンバヌで捕まって、どんなにひどい目に遭ったか知らないでしょ〜〜〜??」
アルベがすごく怒りながらダンテを小突く。

「・・・そうね・・。」
ローザはとても悲しそうだ。

そう、ダンテにはわからないのだ、兵士に捕まり、拷問を受けた苦しみがどれほどのものかなど。

だからこそダンテだけが、簡単に武器を置いた。
ほかの天使は、また拷問を受けるくらいならあの場で刺し違えようとしていたかもしれないのに。


でもそんなアルベやローザの気持ちが、ダンテにはわからなかった。


そして明らかにヴァイオレットの様子がおかしかった。

その異変に気づいたローザがヴァイオレットに駆け寄る。

「大丈夫!?しっかりしてヴァイオレット!」

ヴァイオレットの体は小刻みに震え、波を描くように揺れていた。

「大丈夫、大丈夫だから、今度は私が守るから!もうヴァイオレットだけに辛い思いさせたりしないわ!」

だが、そんなローザの言葉も、ヴァイオレットには届かないようだった。

ヴァイオレットはしばらく痙攣し、何か奇声を発し始めた。

「や・・・やばい、やばいよ・・・!」
あまりに異様な状況にアルベが冷静さを失っている。

「オエッ・・・!ガハッッ・・・・!!」

それは見るも無惨な光景だった。

ヴァイオレットは奇声を発し暴れに暴れ、嘔吐した。

ヴァイオレットの獣のような悪霊ののたうち回るような光景に、天使たちは恐怖の色を隠せない。


「・・・あっ・・・ア・・・ア・・ア・アアアア・・・ア・ア・・・・・ア・ア・ア・………亜」

また変な声がヴァイオレットから聞こえる。

その光景を見て、アルベが牢の隅で怯えている。


ローザはヴァイオレットの背中を撫でたり声をかけたりしているが、効果があるようには思えない。


「うぎゃーーーーーーーーーーああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


ヴァイオレットの地鳴りするような狂った断末魔に、アルベは必死で耳を押さえて縮こまっている。



そんなヴァイオレットに、ゆっくりと影がさす。
「・・・ダンテ?」
ヴァイオレットの横にいたローザが、ダンテを見上げる。

ダンテは黙って、ヴァイオレットの胸ぐらを掴んだ。

その時、一瞬ヴァイオレットの目を見てしまった。

我を失いかけたダンテは必死で自分を制し、ヴァイオレットに一撃を入れる。

「げはっっっっっ・・・・・・・・」


ヴァイオレットは力無く地面に伏した。


「・・・・な、何・・・何をしたの・・!??」
ローザが悲鳴に近い声色で、ヴァイオレットに駆け寄った。


「・・・気絶させただけ・・だ。・・・うっ・・」

ダンテは左手で顔を覆い、賢明に首を振っている。

「・・・ちょっとダンテ?ダンテまでどうしちゃったの?」

「・・・・・。あいつのあの目。見たこともない目つきだった。俺としたことが、魔に・・・呑まれそうになった。」

そう言って両手で顔を覆うダンテ。
今度はダンテが苦しみ始めた。

何度も顔を横に振っている。必死で何かを振り解こうとしているようだ。


「ヴァイオレットはあの時、確かに死のうとした。きっととんでもないことが拷問の時行われたのよ・・・!
私でさえ思い出したくもない出来事だもの。」

ローザは悲しげに訴えた。

アルベは牢屋の隅で、両耳を押さえたまま縮こまって動かない。

光を力の源とし、光を運び、導く天使たちが、今やこの様だ。

天使の光の力もどんどん失われている。


この暗闇の世界で、天使とはかくも無力だったのだろうか。






「おい、何があった?」
ヴァイオレットの奇声で、ネペが牢屋の前に駆けつけていた。

「・・ねえ、お願い、彼だけ解放してあげて。ロンバヌで拷問をうけて、心身を病んでいるの。まともな状態じゃないの。それに喋れないのよ!」
ローザの必死の懇願に、ネペは淡々と答えた。

「私も拷問はよくやるが、気がおかしくなって自殺する奴は多い。元々繊細な奴は特にな。
案外お前みたいな一見弱そうな奴の方がしぶとく生き残ったりするんだよ。」
ネペはそう言って笑っていた。
ローザの必死の訴えと、あまりの温度差があった。

ネペはそもそもこういうことに慣れていて、心身を病もうが、人が死のうが、そんなことで感情を動かされることなどないのだろうか。

ローザは辛そうに口を堅く結んで押し黙った。

そもそも、光の中で生きてきた天使にこの闇が多すぎる世界はきつすぎたのだ。


天使たちに闇が広がっていく。

「ネペ、すごく良い人だと思ったのに。こんな人だったなんて。」
アルベが小声で言った。

それを受けて、ネペが返す。
「・・ふん、良い人?私は良い人さ。悪いようにはしないという言葉通り、君たちに拷問を加えていないだろ?」

ネペだけが笑っていた。天使たちは青ざめた顔のまま、ネペの姿を見ていた。



「隊長!見つかりました!例のモノだと思われます!」
ローブの兵が慌ただしく入って来てそう告げた。

「・・・ん・・・これは。ちょうど良いタイミングじゃないか。勝利の神がイピに微笑んだな。」

「勝利の神?」
アルベがねっとりとつっかかった。

「・・・なんだ?」
ネペが少し振り向く。

「神様は誰かにだけ肩入れもしないし人を大勢殺す手助けなんて絶対にしないんだよっべーーーー!!!!!」
アルベの渾身の叫びが牢屋に木霊する。
とびっきりの大声だった。

ネペは肩で笑っていた。そのまま背を向けて何も言わず行ってしまった。


天使たちに再び暗い雰囲気が漂う。

「かみさま・・・そう、かみさま。」
ローザが何かぽつり、ぽつりと呟いている。


「私たちは、神さまとともに在って、神さまの代行者として地上に光をもたらす存在。」

ローザが独り言のように言葉を続けている。

「神さまがいつも光をくれるから、アルベは生きて、力が使える。アルベが楽しいと、神さまと同調して、よりたくさんの光をもらえる。」
アルベがローザに続いた。

「神・・・?神か。天使でいる時は当たり前のように共にいるような存在だったが、この世に来て神から切り離されたように感じていた。」
ダンテもそれに続く。

「あたしたちは天使〜天使なんだよ!」

「天使、神、ひどく懐かしい言葉に思えるな。」

アルベは無理矢理力を取り戻そうと頑張っていた。

ダンテも、力無く俯きながらも、何か自分に言い聞かせようといている。

「じゃ、アルベから行きまーす!
アルベは弓矢と飛行の天使、みんなを楽しく、円満に、たくさん笑顔にする天使〜!
アルベがいれば、出来ないことも出来る。
どんな困難な道だって開ける。アルベの魔法は光の魔法。アルベの力は命を生かす力。」

「俺は・・・。
俺は高潔にして至高の純天使。ルーミネイト様のようになる。心に潜む小さな悪を焼き付くし、昇華する。
完全なる美と英知で、魔界行きの大罪人も天に昇らせる。」

「私・・・。
私は・・・・、ローザ。慈悲の天使。どんな罪を犯しても、私はすべて許すわ。そして過ちを気づかせる。
どんな悪も慈愛の前には無力なの。だって慈悲の心はすべてを包み込むんだもの。
悪は小さな子供。慈悲はどんな子供も包み込んで癒して素晴らしいものに変えるのよ。」


それぞれの天使が自分の中の光を口にしたことで、天使たちが輝きだした。
プラスの言葉はプラスを呼び、天使たちにどんどん希望が戻ってくる。

天使たちは自分たちが天使だということを忘れかけていた。

しかしそう、私たちは他でもない天使。
あの冷徹なネペも、こんな荒廃した世界も、過去何千、何万もの人の過ちと営みを見てきた。支えてきた。癒してきた。

そう私たちは天使。

不可能など無い。

私たちは神から無限の力と英知を与えられた天使なのだから。

天使たちが自分を取り戻すにつれて、どんどん光が強くなっていく。

「ねえ、こわそう、この牢屋、今なら出来るよ。」
アルベがそう言う。

「そうね、私もそう思う。」

「やろう。絶対に、生きて帰るぞ!!」

3人のパワーが重なりあった。

それはこの異界に来て初めて見る、天使たちの神々しい光だった。

牢屋の扉は優しく光になって消えてゆく。

「これからは、もっと光の強い言葉を唱えよう。天使たちの力が強まるように!」
アルベの提案にローザとダンテが力強く頷いた。

ふと、隅に横たわったままのヴァイオレットに気づく。
「・・・・ふぅ、しかたない。俺が背負うか。」
「そっりゃ〜ダンテが気絶させたんだから〜」

アルベが楽しそうにくるっと回って言った。
いつものアルベが戻ってきた。

「みんなで安定装置を取り戻して、天界へ帰りましょ!」
ローザが力強くそう言う。

「おーーーーー!!」
天使たちは意気投合した。


「・・・・それにしても、ここがどこだかわかんないね。」
アルベがあちらこちらを行ったり来たりして、窓を探している。

「というか、さっきから若干揺れてないか?」
「船とか、何か乗り物の中なのかも・・・」
「船じゃないよー揺れが小刻みすぎるからーー車みたいなのだ!きっと!」

アルベがちょこちょこと当たりを探ってつっついている。


「・・・ん?これナニかなーー??」
アルベが壁にある取っ手のようなものを回した。

・・・すると、


ガシャン・・・。真っ暗な牢屋があった部屋に、急に光が射し込む。

「・・・あ!窓はっけーーーーん!お主、すごいぞよ!んーー!それほどでもん♪」
アルベは完全に調子を取り戻していた。

ダンテとローザが近寄ると、窓から外が見える。

どうやら本当に移動しているようだ。しかも窓を見る限り、ここはなかなかの高さがあるようだ。


「あー、元気でてきた。げんきげんき〜〜〜ぃ♪
天界にいるのとあんま変わんないくらい元気かもぉ〜?」
アルベがふざけて踊っている。

「でも・・そうね、なんか天界の香りがするような・・」
ローザが不思議そうに言った。


「天使の力を取り戻したから天界のエネルギーが近くに感じられているのか?」

「・・そんな気もするけど・・・そうじゃないような・・・?」
ダンテの問いにローザもよくわからないといった風だ。


「・・・でも移動中なら、どうやって逃げる?そもそもこれ、どこへ向かってるのかしら・・?」
ローザがダンテに尋ねた。

ダンテは胸の内ポケットに入れていた小袋からコンパスを取り出す。

「・・・・西だ。西へ向かってる。」
「方角じゃなくて〜位置が知りたいの〜だよ!わっはっは!」
アルベが無駄に元気になり、ローザはくすくすと笑った。

「でもイピの西っていったら、私たちの目的地、ヤンゴンに近づいてるってことじゃない?」

「わ〜〜お!!助かる〜〜〜楽だ楽〜〜〜らくだ〜〜〜〜ぴゃおんっ!にはっははは〜!」
「・・・なんだそれは。」
「ラクダのモノマネさー見てわかんないかね?・・・ぴゃおんっ」
「・・・・ふぅ。」
アルベの無駄なギャグは颯爽と無視された。


「・・・もしかして、牢屋を壊さずに、大人しく捕まったフリをしてれば、ヤンゴンの近くまで連れて行ってもらえたかも・・・」
ローザが言いにくそうにダンテの方を見ている。

「・・・・まあ、壊してしまったものは仕方がない。とりあえずしばらく様子を見て、敵が来たら伸しておくか。」

「え〜〜、逃げなくていいのかネ〜んーーでもらくちんはサイコウネーーーー♪♪」
アルベが無駄にくるくる回っている。

あれから数時間は経ったと思うが、特にダンテたちのいる部屋に兵が来ることは無かった。


「・・・な、なんかつよい・・・つよい。神様の力・・!つよくなってる!」
アルベが電波でも捉えたかのように、何かに敏感に反応している。

「・・・そうね、私も感じるわ。さっきより強くなってる。」

「・・・まさか、安定装置か?安定装置に近づいてるんじゃないのか?」
その言葉でアルベとローザの視線がダンテに集まる。

「そーーうか!安定装置!なんと!安定装置行きのバスがあったなんてアルベってばらくち〜〜〜〜ん。」

「でも、安定装置はヤンゴンが持ってるんじゃ・・」
ローザが不安そうに言う。
「ヤンゴンとイピの戦闘の最前線に向かっているのかもしれないな。」
ダンテは窓から進行方向を眺めた。

ガタッ。

突然、部屋の外からの物音で、天使たちは一気に緊張する。

見たところ、この部屋の出口は一カ所で、そのほかは顔が出せない程のこの小さな小窓くらいしか見当たらない。



何度か物音がした後、部屋の扉がゆっくりと開いた。
中からは数人のローブの兵とネペが姿を現す。


「・・これはこれは。」
ネペは牢屋から脱出している天使たちを見て少し驚いたようだった。
「ふふ、相手をしてやれなくてすまない。少し手が放せなくてな。」

相変わらずネペからは余裕の色が見える。

「あたしたち、どこに向かってんのー?ネペネエさん?」
アルベが両手を頭の後ろで組みながら目線を下げて聞いた。

「ヤンゴン兵との交戦地だよ。君たちならあのヤンゴン共から無敵になった兵士の力の源を取り戻せるんじゃないか?」

「・・・力の源?・・・何のことだ?」
ダンテがネペに鎌を掛ける。

「情報は全部、イピの諜報兵から入手済みだよ。しらばっくれる必要なんてないさ。・・・安定装置、と言ったかな?」

もしかしてヴァイオレットが拷問でロンバヌ兵に話したことがイピの諜報員に漏れたのだろうか?

そういえば、ロンバヌ兵に捕まったのも、イピの諜報員を疑われたからに他ならない。
恐らくロンバヌも自国の情報がイピに流れていることを察知していたのだ。


「まぁ戦地に着くまで気楽にしているといい。それと、逃げようなどとは努々思わないことだな。」

そういうと、ネペは袋から何か紅いものと青いものを取り出して、目の前でばら撒いて見せた。

一番近くでそれを見たダンテの目が凍り付く。

ネペはそのまま部屋を出て行ってしまった。
ローブの兵もそれに続く。

扉の音が閉まったのを確認し、天使たちが話しはじめた。

「・・・え?さっきの・・って、なに?」
窓の近くにいたアルベがネペがばらまいたものを確認する為に近寄っていく。

「・・・・・・・。」
ダンテは黙っている。ローザも言葉が出ない。

「うん・・・?これって・・・・髪の毛じゃ・・・・。」

「りんごとソッテのだわ・・、イピ軍に何かされたんじゃ・・・」
ローザの目に恐怖が宿る。





ダンテは黙って思案していた。
この髪の毛は、間違いなくりんごとソッテのものだろうが、
問題は、あいつらが生きているのか死んでいるのか・・。

ネペには誰かを捜す魔法が使えた。それを使って奴らを捜し出したのかもしれない。

奴らが生きているのなら一刻も助け出さねばならないが、そうでないなら・・・。

「ソッテとりんごを助けなきゃ!」
アルベがダンテの前へずいと乗りだしダンテを真っ直ぐ見つめて訴えている。

・・・・どちらにせよこいつらが言うことを聞くわけがないか。

「・・・でも、どこにいるのかが問題よねぇ・・。」
ローザが窓から外を見回している。

「今なら探したい人の髪の毛があるし〜ローザと力を合わせれば、この建物内にいるかどうかくらいはわかるかも。」
「うふ、やってみる?」

ローザとアルベは手をつないで、ソッテとりんごの髪の毛を取り囲んだ。

髪の毛から出る天使の波動が彼らの居場所を捜すのに大いに役立つ。

意識を建物の色んな場所へ飛ばしてみるものの、髪の毛と同じ波動は見つからない。

それでもローザとアルベは根気よく探す。

やがて集中力が切れてアルベとローザはへたり込んだ。

「あーー、いないようー。」
「・・・見つからないわね・・・。」

そもそも既にこの世に存在しないなら、いくら探してもどこにも居場所など感知出来ないと思うが・・・。

一瞬そう言おうとして、ダンテは口を噤んだ。

そういえば、ネペらはどうやってソッテとりんごを探し出したのか。
俺たち天使の波動を辿って見つけたのなら、ソッテとりんごは生きている可能性が高いし、手当たり次第に捜索して物理的に探し出したのだとしたら、生きていない可能性も拭えない。
もしくはまた別の方法で、ネペは死んだ者も探し出せるという可能性だってある。

「・・・おーーーーい!」

気が付くとアルベが無駄にダンテの目の前で手をばたばたさせていた。


ダンテがウザそうにしかめっ面をしながら瞬時に下がってアルベの手を避ける。

「どうする?ソッテとりんご、探しに行く?」
アルベがダンテの顔を覗き込んで尋ねる。

「ソッテとりんごが人質として捕らえられてるんなら、下手に動くと殺されかねないと思うが。」
ダンテは腕組みして忙しなく動き回るアルベの前に壁を作る。

「・・そうよねぇ〜〜、そこが問題よねぇ〜」
ローザも左手を顔に当てて顔を傾げている。

「でもさーーぁ、このままじっとしてていいの〜?今よりマズい状況になったりしたら、ソッテたち助けにいけなくなるかも〜」

「そうねえ・・・」

3人の結論が出ないまま時間だけが過ぎてゆく。

アルベは部屋でじっとしているのが退屈で焦れったくなったようだ。
しきりに部屋の中を探したり、部屋に1つしかない扉を開こうとしたり、窓を覗き込んで情報を得ようとしている。

が、窓は小さいうえ部屋の位置がわるいのか、あまり景色が見えない。

わかるのは、今いる建物の下に木の板らしきものが見え、そしてさらに外側に地面がのぞく。
地面からの高さからして、今いる部屋はけっこう高い位置にあるということだけだ。

後方は建物が障害物となって思うように見えないし、前方は、何か妙な武器が設置してあるせいで、こちらもあまり見えない。

ダンテたちはこれといった行動が出来ないまま、何日か日が過ぎてしまう。

途中、ダンテたちに食事を提供するためロープの兵が何度か部屋を訪れた。
アルベがこのロープ兵を倒して外に出ようとするが、ダンテはそれを制止するし、ローザも迷っていて、結局行動には移せなかった。

あの後、ヴァイオレットは目を覚まし、再び錯乱しそうになったのを、天使3人が天使の光を送り続けてどうにかこうにか落ち着かせた。
それ以降、ヴァイオレットは再び大人しくなったが、やはり一言も喋らなかった。



何日かが流れるように過ぎ、ずっとテンポよく続いていた振動がある日急に止まった。

「・・・なんだ?」
「・・ヤンゴンとイピの交戦地に着いたのかしら・・?」
「んーー??」
天使3人が窓の方へ駆け寄る。
ヴァイオレットは部屋の隅で寝ている。

程なくしてネペがローブ兵とともに姿を現した。

「さあ、着いたぞ。お手並み拝見といこうか。」
天使たちは有無を言わさず、外へ放り出された。

外に出て初めてわかったことだが、
ダンテたちが護送されていた乗り物は、巨大なゾウに似た生き物が運んでいた。

オンクという生き物だそうだ。兵たちがそう口にしていた。
オンクは巨大で、1日に長距離を移動できる優れもので、オンクの上に船のような建物を括りつけて移動していたようだ。

オンクの上の建造物から梯子を伝い地上に降りると、そこには死体が転がっていた。


「・・ひっ!!」
アルベが目を背けたその先にもまた死体が転がっている。
そこはまさに戦地。
天使たちにはキツい場所だ。


「・・・それにしても不可解だな。」
ダンテは死体をまじまじと見ながら首を捻った。

「ちょーもう無理かえりたーーーい!!」
「・・・・何が不可解なの?」
アルベは泣き言を言い、ローザは死体を直視しないようにしている。

「安定装置の力を持ってすれば、こいつらだって死なずに済んだんじゃないか?
そもそもヤンゴンの不死身の兵というが、安定装置に敵味方の区別など出来ない。
ヤンゴンだけじゃなくロンバヌ側の兵も不死身になって然るべきだ。」

「・・・そうねぇ、ここで亡くなってるのは皆ヤンゴン以外の兵士さんかしら・・。」
「この死体はイピの兵だろ。ネペと一緒にいたローブの兵と同じ紋章がついてる。」
ローザとダンテが話している横で、アルベは神に祈っていた。

その場でじっとしている天使たちの様子を見かねて、ネペが背後からやってきた。
「やあ、君たち。安定装置はヤンゴン兵が持っている。今から君たちをヤンゴン陣地へ飛ばそう。」

ネペがそう言って右手を挙げると、とても巨大な装置をイピ兵が運んでくる。

「・・・飛ばす?まさか転送魔法?!」
ダンテが敏感に反応した。

「ふふ、そうか、転送魔法。そうとも言えるな。
私がロンバヌにいる間にまさかこのランドローマが完成しているとは思わなかったよ。」

ネペ兵が運んできた巨大装置はとてつもなく大がかりで、兵士50人以上が力を合わせて滑車の上に乗せて運んできた。

「日暮れまでに安定装置を奪取して戻らなかった場合、君たちの仲間は処刑されると思っていい。」

「待て!俺たちの仲間が生きているという証拠は?」
ダンテの訴えにネペは目を閉じたまま取り合わない。

そして・・、天使たちは装置の上へ乗せられ、大勢のロープ兵が魔法を発動させる。

ーーーその時だった。

兵士に引きずられるようにして現れた、ソッテとりんごの姿が遠くに見えた。・・・見えた気がした。

ソッテは俯いて、ダンテたちに気付かない。
りんごは足を引きずりながら顔を上げようとしている。

もう少しで目が合う。いや、こちらから叫べばいい。
違う!今すぐこいつらをけちらしてソッテとりんごを助けに・・・・!!

そう思った瞬間だった。

空間が一瞬にして歪み、気付けば全く別の場所にいた。

ダンテたちはイピ軍の転送装置によって、その場から飛ばされてしまったのだ。


「あともう少しでソッテとりんごを助けられたのに!」
アルベとローザはやりきれない。

「わざと・・・、わざとだ。転送が完了するぎりぎりになって、しかも遠くのほうにソッテとりんごの姿を見せた。
俺たちがすぐさま救出出来ないように。叫ぶ時間さえ与えないように。
すべて計算尽くだ。」

ダンテも悔しさを隠しきれない。

「相手のほうがいつも上手ね・・・。」
ローザは力無くうなだれている。

「今から助けに行けば良んじゃない!」
そう言ってアルベが勢いよくどこかへ行きかけて、すぐに戻って来た。
「・・・えっと、りんごとソッテはどっちかな?」

ソッテとりんごがどこにいて、ダンテたちが今どこに立っているのか、誰にも見当がつかない。


この辺の地理もわからなければ、地図すらも持っていない。
そして髪の毛もないので、ソッテとりんごの居場所も探れない。

天使たちはいきなり行き詰まった。


「やはははははは!」

いきなり大声が聞こえてきて、天使たちはびくつきながら戦闘態勢をとる。

「何?さっきの・・・」
「声だな・・・・、向こうからだ。」
「とりあえず行ってみる?」

一行は警戒しながらなるべく静かに声の方へ向かった。

大勢の男たちの笑い声が聞こえる。
とても賑やかだ。
まるで祝杯でもあげているみたいな声だ。

「イピの馬鹿ども!本当にケッサクだったぜ!俺たちの勇姿に震え上がって声も出ねえ!!」
「相手の兵が散り散りに逃げていく様は痛快だったなー」
「んでもイピの兵もしぶといよな。妙な魔法ばっか使うし、いくらあの力があっても、あんな魔法に何度もやられるのはゴメンだぜ。」
「だけどこの守護石のお陰で、あんま痛み感じねえだろ?」
「まあ。それはそうなんだがよ。」


守護石、という言葉に最初に反応したのはダンテだった。
だがアルベとローザも何となく、それが安定装置の一部ではないかと感じていた。

「ねえ・・・もしかして、安定装置砕かれてる?」
ローザの指摘に、ダンテは頭を抱える。
「・・・まずいな。安定装置の力が分散すると、回収が面倒になるぞ。」
「でも、安定装置の欠片をヤンゴン兵1人1人が持ってるとしたら、もう手遅れかも・・・」


「めんどくさいのはなーーーいやだなーー」
アルベが人差し指をこめかみに当てて唸っている。

ダンテたちは、声の方向に近づいて様子を窺ってみることにした。
ヤンゴン兵とおぼしき大勢の男たちが、酒を酌み交わして
祝杯をあげていた。
見ただけでも数は優に千を越えそうだ。

「・・・んあ!あれっ・・・!!!!」

男たちが祝杯をあげている先に、何か見覚えのあるものが見える。

「あれは・・・安定装置じゃないのか!?」

アルベとダンテは思わず大きな声を出してしまい、ふと口を噤んだ。

・・・しかし男たちは宴会に夢中で先ほどの声に気付かれなかった。


2人はほっと肩を撫で下ろし、再び安定装置の方を見る。

「・・・さきっちょしか見えな〜い」
アルベがめいっぱい背伸びしてみるが、安定装置とおぼしきものの先端がちらっと木々の隙間から見えるだけだ。

ダンテたちはヤンゴン兵を避けつつ、安定装置が見える方向を目指す。

この地域は乾燥していてところどころ地面に草の固まりが生えていて、道中アルベが何度も足を引っかけた。

前方には小さな森林があり、ロンバヌとはまた違った種類の木が生えていた。
ロンバヌに比べて葉が大きく、個性的な形のものが多い。

森林に入ると所々に兵士がいる。
何度か危うく見つかりそうになりながらも、兵士を避けて安定装置のもとへ向かうが、
ある程度歩いたところで兵士の集団がぐるっと安定装置を取り囲んでおり、それ以上は近づけない。


「・・・・どうする?」
ダンテは左手を口に当てて考えている。
ローザとアルベも兵士の方を窺いながら、何か策がないか考える。

兵士の数はこちら側にいるのが約20人くらいだろうか。
大事な安定装置を守る兵の割に、思ったより人数は少ない。
そのうえ兵士全体に緊張感が無く、欠伸をしたり、談笑している兵士もいる。

「チョロくな〜い?あれなら勝てるよ!たぶん。」
アルベが元気そうに息巻いている。
「そうだな、だが、このまま突っ込んで安定装置に触れられても、安定装置とアクセスして回収する間、時間稼ぎが必要だぞ。」
「じゃあダンテがアクセスすればいいわ。私たちはがんばって兵士を抑えるから。」
ローザの提案にダンテは慎重だ。
「いくら兵士の士気が弛んでいるとはいえ、あの数相手に抑え切れるか?応援を呼ばれたらひとたまりもないぞ。
またあの森での時みたいに逃げる羽目に・・」

そう言いかけたダンテの前で、ローザが人差し指を口に当てて、大丈夫、という風に示して見せる。

「今は安定装置がそばにあるんだもの、勝てるわ!」
ローザはにっこり微笑んでそう言った。

その優しく力強い笑みを見て、ダンテも少し表情を緩めた。

ローザが念のため、ダンテとアルベ、ヴァイオレットに保護魔法をかける。

そして・・・。

「・・・いくぞ!」




天使たちは一斉に安定装置に向かって突撃した。
一番兵の少なそうなところを狙って。
士気の弛んでいた兵士たちは、ダンテたちの存在に気づくのも遅かった。
兵に気づかれてもすぐ気絶させることができた。
だが安定装置の周りをぐるっと兵が取り囲んでいるので、近くにいた兵がそれに気づきこっちにやってきて、さらに奥にいた兵も異変に気づきこちらへ。

時間が経てば経つほど状況は明らかに天使たちに不利になってゆく。

だが幸いにも、安定装置の近くにいるせいか、天使たちの力が何倍にも増大していた。

ローザが10人ほどの兵を一気に眠らせ、アルベも同じくらいの数を一気に倒すことが出来た。

あまりの力に、天使たち自身も驚いていた。


ダンテは順調に、安定装置のもとへ歩みを進める。

そして・・・・。


ダンテの右手がそっと安定装置に触れた。

ダンテが安定装置の内部へアクセスする。


「なんだコイツら!?めちゃくちゃ強いぞ!?」
「この生命石があるからだ!くそっ、応援を呼ぶぞ!!」
後方にいたヤンゴン兵たちが逃げるようにどこかへ行ってしまった。
あわててローザとアルベが追いかけようとしたが、距離が離れていて逃亡を阻止することが出来なかった。

「・・・ダンテっ!まだっ!?応援を呼ばれたわ!早くしてっ・・・!」
ローザの叫びに、ダンテは何も答えない。

ダンテは一生懸命安定装置にコネクトしていた。
なぜだかダンテの眉間に皺が寄っている。

「・・・ダンテ?」
ローザがダンテの異変に気づいた。

ヤンゴン兵はろくに戦いもせず逃げてしまったようなので、ローザとアルベは手が空いていた。
2人はダンテのもとへ駆け寄る。

ヴァイオレットは遠くでダンテたちを見ている。

「・・・おかしい、なぜ?なぜ起動しない?応えない?」

ダンテは目を閉じたまま、何度も何度も安定装置にアクセスを試みていた。

アルベとローザも安定装置に触れ、それぞれアクセスを試みる。


だが、安定装置は沈黙したまま動かない。

遠くから兵士たちの足音が聞こえてきた。

「・・・まずいぞ!応援が来た。」
「とりあえず逃げましょ!」
「安定装置が目の前にあるのに・・・っ!?」
アルベは納得がいかなかったが、ダンテとローザがアルベとヴァイオレットを連れて、無理矢理退却した。


そのまま走って、走って、安定装置が見えなくなるくらい遠くまで逃げてきた。


天使たちは喋れないくらい息を切らして座り込んだりしゃがみ込んだりしている。

「・・・・すごい数の足音が聞こえたわ。」
「近くで宴会をやっていたしな。」
「あのまま逃げなきゃいけなかったの!?」
・・アルベだけがまだ納得がいっていないようだった。

ダンテとローザはゆっくりとアルベの方を向いた。
2人とも深刻そうな顔をしている。

「だって安定装置にアクセス出来ないのよ・・・。
いったいどうしてなの?」

「・・・・・・。」
ローザの問いに、ダンテも何も答えられない。

沈黙を破ったのはアルベだった。

「この世界が汚すぎるからだよ・・!
あたしたちも、もともとはすごい光と力を持ってたはずなのに、ここに来て力が出せなくなっちゃったし、いつしか天使だってことも忘れちゃった。

安定装置もきっと、ここにきてほとんどの力を封印されちゃったんだ。」

アルベの力説に、ダンテとローザも圧倒される。
その横で、彼が急に重い口を開いた。

「・・・・・死の臭い。絶望と、虐殺。血と、肉と、腐りきった心。」
ヴァイオレットは何かぶつぶつと言っている。

アルベたちはヴァイオレットの言葉の意味を捉えようと聞き耳を立てる。

「まとわりついた。もう離れない。人が死んだ。天使もしんだ。みんなしんだ。苦しい。楽しんだ。狂って、腐った。悪魔。ぼくも悪魔だった。そうだから。・・・・・。


僕を殺しに来たんだぁあああああああああああああああああああああああアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!!!!!!」


ヴァイオレットの突然の奇声に天使一同耳を塞ぐ。
ローザが慌ててヴァイオレットに近づこうとするが、ヴァイオレットの魔法で跳ね返された。

「殺してやるコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロスコロスコロスコロスコロスコロス殺す殺す殺すうあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


ヴァイオレットの声が地鳴りのように響いた。
その瞬間彼から悪魔の波動が爆発するように飛び出た。


「怖い、このヒト、いかれてる・・」
アルベはあまりの深い闇の波動に震えが止まらない。

「こんなところで・・・だから半天使を連れてくるなど反対だったんだ。
半天使というのは半分は悪魔だということだぞ?
なぜ天界は・・・・」
ダンテは一生懸命魔法を発動させて、周囲への被害を食い止めていた。

ローザも同じく保護魔法を展開し、天使たちを守っている。

それと同時にヴァイオレットに光を送ろうとするが、跳ね返されて届かない。

「ヴァイオレット、お前は悪魔だ!!あの時、塔の上から大人しく死んでいればよかった。そうだろ・・?」
ダンテがヴァイオレットにあらがう為目一杯の魔力をヴァイオレットにぶつける。

「・・・ぼくが死なずに、ダンテが死んだらいいじゃない。」
ヴァイオレットは冷たい無機質な目でダンテに容赦なく攻撃する。
ダンテがむざむざとヴァイオレットの猛攻撃をくらい、血だらけになった。

「・・いつもいつも、殺されるのはぼくだ。
治癒の羽を心臓に当てられて、ぼくがどれだけ苦しんだかわかる?」

ヴァイオレットの攻撃は止まらない。
ダンテがヴァイオレットの攻撃でボコボコにされていく・・。


「・・・ゲホッッガッッッッ・・・!」
ダンテが口から血を吐いてうずくまる。

「もうやめてっ!!」
ローザが駆け寄ってダンテを治癒する。
アルベは自分の攻撃でヴァイオレットの攻撃を相殺する。

「・・・苦しんだ・・だと?俺はお前を助けようと・・・・」

ダンテはその場に這い蹲って、必死に体を起こそうとしている。

「・・・・。まだわからないんですか、ぼくに天の光を当てるということは、もう半分のぼくを処刑台にかけたのと同じなんですよ・・


いつもいつもいつも、浄化と称してぼくを殺し続けて、満足ですか?」

ヴァイオレットの顔が、不気味に歪む。
次の瞬間、凄まじい攻撃がダンテたちを襲う。

ふつうなら天使たちが全滅してもおかしくないような、とてつもない攻撃だった。

・・・だが、安定装置が近くにあるお陰か、ローザのシールドは辛うじて保たれ、そしてダンテの傷も徐々に治っていく・・。

それを見て、ヴァイオレットの表情が鬼のように揺らめいた。
「死ねば良かったのはダンテの方だ!!ダンテが死ねばよかった!!
ダンテさえいなくなれば!!!!ぼくの全てを奪った、お前こそが悪魔だろう!!!!」

囂々と赤い光がヴァイオレットの後ろに集結し始める。

「や・・やばいよ、なんかすごい力が・・・防ぎきれないよ・・・!」
天使たちは死を意識した。

ローザがヴァイオレットに向かって力一杯叫ぶ。

「ねえヴァイオレット!聞いて!ダンテはヴァイオレットのこと、本当は大切に思っているの!
私にとっても大切よ!あなたが気付いていないだけで、本当はたくさん、あなたの味方はいるのよ・・!!」

しかし、その言葉がヴァイオレットをさらに逆上させた。
ヴァイオレットは自分を逆上させた言葉の主・・・ローザへと魔法の矢を放った。

・・・そして。

矢はローザを引き裂いた。







ダンテも、アルベも、為す術が無かった。

悪の力は強大で荒れ狂っていて、とてつもない大きさだった。

「ローザーーっっっっ!!!!!!!!」
ダンテの叫び声が辺りに響き木霊した。

その瞬間・・・。


ヴァイオレットの目が、人の目に戻った。
だが・・・。

ヴァイオレットは目の前の光景を見た。
引き裂かれたローザ。辺りには夥しい血。
アルベは泣いて突っ伏している。
ダンテは必死にローザの名を叫んでいる。

・・・・なんだ・・・これ。

誰が・・・・・・・。



だれがやったの・・・・・・・?


いったいだれが・・・・・。





ヴァイオレットは放心状態になって枯れ木のように立っていた。



・・・・・・・・。

しばらく頭が真っ白だったヴァイオレットに、意識が戻っていく。
残酷な現実を突きつける為の意識が。



「ぼくが、ローザを、・・・・ころした。」


ぽつっと、そう低く呟いた声を、誰も聞いてはいなかった。

ヴァイオレットはそのまま行方をくらました。


しかしそのことも、天使たちは気付かない。

ただ目の前に横たわるローザを生かそうと、必死に慣れない治癒魔法をかけ続けた。


皆の為に必死で尽くすローザのことは、必死で皆が救おうとする。

・・でも誰も、ヴァイオレットのことは助けない。誰も、ヴァイオレットのことを、助けられない。

誰も、ヴァイオレットを、助けようとはしなくなった。


こうしてヴァイオレットを憎む者が増えていく、偏見は偏見を増大させ、彼をより深い闇へつき落としていく。

誰もヴァイオレットのことを理解できない。
そして彼の罪がひとつ、ふたつ、みっつ、百、千、億・・・・。どんどん刻まれ、彼を殺していく。

闇の渦は闇を生み、光はそこに届かない。

ローザがヴァイオレットを助けようとして発したはずの言葉も、ヴァイオレットにとってはより闇へ突き落とす言葉でしかなかったように、
光は、闇へはとどかない。

もう何の救いも、そこへは届かない。


そしてダンテの憎しみと不信も、爆発的に膨れ上がった。

この循環を、誰も止める者はいなかった。


ヴァイオレットの放った闇が、天使たち皆に闇を伝染させていく。

それは大きな呪いとなって天使たちの心を蝕み、
そして天使たちの憎しみが、ヴァイオレットへそのまま返る。


闇の連鎖は無尽蔵に膨れ上がっていく。

誰もこの鎖を断ち切れない。


誰も彼を救えない。

彼は、奈落の底の底の底へ・・・。


「・・・う・・。」

少女の口から声が漏れた。

ダンテとテッペは電光石火の早さで顔を覗き込んだ。
ローザは目を閉じたまま、苦しそうにしている。

「・・・アルベ!治癒魔法だ!引き続き全力でやるぞ!!」
「もうやってるってー!!」
アルベとダンテは引き続き全力で治癒魔法をかけ続ける。

治癒魔法など本来使えないはずのダンテが必死で魔法を発動させているが、果たしてちゃんと治癒魔法として働いているのかはわからない。

アルベは多少補助魔法が使えるのでそれを応用してローザの回復を促している。

数時間経ったが、ローザは目を開かない。

「・・・どして・・・安定装置も近くにあるし・・・・ずっと2人がかりで治癒魔法をかけてるのに・・・」
アルベに段々疲れの色が見え始めた。
安定装置のお陰か長時間全力で治癒魔法をかけ続けられていたが、それにも限界が近づいているようだ。

「・・・はぁ・・・っ、・・・・、黙って治療しろ・・・」
ダンテも頬を引きつって苦しそうにしている。

数時間後・・・2人はついに、魔力を出せなくなった。
ローザは眠ったままだ。

2人はその場に倒れ込んでいる。
そのまま2人とも、疲れ切っていつの間にか寝てしまい、
日が傾き始めた。


最初に目覚めたのはダンテだった。

ふと瞼を開き身を起こしたが、自分が何をして、どこにいたのか一瞬わからなくなった。

あまりの出来事に、体も心もついて行っていなかった。

数分してダンテはようやく、今までの出来事を思い出し始める。
慌ててヴァイオレットの姿を探したが、どこにも見当たらない。
諦めて振り返ると、横たわるローザの姿が目に飛び込む。
ダンテはまた慌ててローザの生死を確かめた。

僅かに脈があった。・・・生きている!
ダンテは安堵のあまり、両手で顔を覆って長ーい溜息をつく。

そして再び顔を上げると、そこにはアルベが大の字になって熟睡している姿があった。


ダンテは柄にもなく、笑ってしまった。

ずっと緊張していた旅で、初めて心を緩めることが出来た瞬間だった。

その笑顔は、屈託無く、爽やかで大人びていた。

夕日がダンテの姿を赤く照らす。
優しく心地よい夕日に照らされて、ダンテは天を仰ぎ見た。

・・・・それを思い出したのはアルベが目覚めてからだった。

アルベの指摘で、ダンテは青ざめた。
ネペの言葉を思い出したのだ。


"日暮れまでに安定装置を奪取して戻らなかった場合、君たちの仲間は処刑されると思っていい"


安定装置・・・・。安定装置にアクセスさえ出来れば・・・。

今のダンテとアルベに為す術は無い。
大体、ネペはたったの1日で安定装置を取り戻せると思っているのか?
ヤンゴン兵もうじゃうじゃいる中、俺たちは実質たった3人なんだぞ・・?!


しかも・・・目の前のローザも目覚めない。


ダンテは無様に言い訳を考えることしか出来ずにいた。

「・・・ねー、ダンテ・・・。」
気がつくとアルベがダンテの顔を覗き込んでいた。
ダンテは我に返り、さっとアルベと距離を置く。
相手が天使とはいえ無断で自分の距離内に入られるのは心地良いものではない。


あからさまに避けられたアルベは、ダンテの左肩にデコピンならぬ肩ピンをお見舞いする。

「・・・なんだ。」
ダンテはアルベに背を向けたまま不機嫌そうに言葉を発した。
「あ・・・なんだっけ。」
アルベがすっかり言いたいことを忘れてしまったのを見て、ダンテがギロリとアルベを睨む。

「・・・あーーー、そうそう・・・えーーーーっと・・・・・・。
・・・・えーーーっと?」
頑張って間をつないでその隙に思い出そうとするアルベ。

「あっ、そう、安定装置。あれに強い光を当てれば安定装置起動するんじゃない?」

「・・・強い・・・光?」
ダンテがやっと体をアルベの方へ向けた。

「うんそーーーだな・・・。治癒の羽とか!」
「・・・治癒の羽・・・。」

ヴァイオレットが行方不明の今、治癒の羽は俺が所持している2枚と、アルベのが1枚、そして今横たわって目覚めないローザのものが1枚。

・・・・。しかし、
意識が戻らないローザを置いて、治癒の羽を使用しても良いものだろうか・・・?

いや、安定装置が起動しさえすれば、ローザの傷も一瞬にして癒える。きっと目覚めるはずだ・・・!

ダンテはそう結論を出し、治癒の羽を取り出した。
アルベが横で頷く。

ダンテとアルベはローザを安全そうな岩陰に隠して、安定装置のもとへ向かった。

・・・今度こそ失敗は許されない。

そう、今度こそ、何が何でもやるんだ。

もう後がない、ここで失敗すれば、ローザも、ソッテもりんごも、そしていずれ俺たちも、みんな死ぬ・・。



ダンテは四面楚歌の覚悟で安定装置のあった場所へ向かった。
だいぶ走って逃げてきたので、距離がなかなか遠い。

なんとか日暮れに間に合わせなければ。

安定装置さえ起動してくれれば、俺やアルベも含めて安定装置ごと一気に瞬間移動することだって出来るはずだ・・!


ダンテはアルベと全力で走った。安定装置のあった森林へ入り、安定装置の気配を辿る。

アルベのいう安定装置が放つ"神さまのにおい"を頼りに焦りながら全力で進んでいった。

・・・しかし、そこには・・・。


「あれ?あれ何?なんで・・・・」
アルベが困惑してダンテの方を見た。

それもそのはず。そこにいたのはヤンゴン兵でなくイピ兵だったのだ。

そしてその中央には・・・・。

「ねっ!あそこ・・・!ネペがいる!!ネペのうしろに安定装置がある・・・!!」

イピ兵はヤンゴン兵を押さえ、この地と安全装置を奪取したようだった。

「・・・まずいぞ・・・!」

安定装置がイピに渡ったのなら、人質であるソッテとりんごの存在価値が無くなる。

彼らが殺されてしまう・・!


そう思った瞬間だった・・・。

ダンテたちはイピのローブ兵に取り囲まれていた。
うまく隠れていたつもりだったのだが、
ネペがダンテたちの魔力に感づき、密かにイピ兵を差し向けていたのだ。

ダンテとアルベはどうして良いかわからぬまま、ネペの元へ連れて来られた。

「今から安定装置を取り返しお前の元へ戻るはずだったんだ・・・それなのになぜお前がここにいる・・?!」
ロープ兵に取り押さえられたダンテがネペを睨みつけている。

「そうか、ご苦労だったな。でももう必要なくなった。」
ネペは冷たく笑ってそう言った。

「ソッテとりんごはどこだ!!?」
ダンテが再び叫ぶ。

「さあな、もう気にする必要もないさ。」
ネペはそう言い、顔をくいと上げた。
するとすぐさまイピのローブ兵がダンテたちをその場から退場させた。

そのままダンテたちはどこかへ連れていかれ、牢屋へとぶち込まれた。

「・・・くそっっ!!何なんだ!!!最初から俺たちのことなどアテにもしていなかったのか!!」
ダンテが牢屋の鉄格子を掴み、ガタガタと力任せに揺らしている。

アルベは隣で顔を伏している。

もうダンテとアルベに出来ることなど残されてはいなかった。
ソッテとりんごはどうなったのか、もう知る由もない・・・。


せめて・・・せめてここから出て・・・。




「・・・・ダンテさん。」

聞き覚えのある声が聞こえた気がして、ダンテは慌てて声の主を探す。

「あっちの方の牢からだ・・・!」
アルベがいつの間にか鉄格子に顔を挟み、左奥を指さして足をばたばたさせている。


「・・・ダンテさん・・ですか?・・・私です、りんごです。」
「俺もいるよ・・・。」

それは間違いなく、りんごとソッテの声だった。
この間もそうだったが、イピの牢屋には、兵がいない。
鉄格子ごしではあるものの、自由に話が出来そうだ。


「ソッテ!ソッテなんだ!りんご!りんご〜!」
アルベが泣きながらはしゃいでいる。

「ソッテ、りんご、無事か!?」
ダンテが声のする方向に向かって尋ねた。
「・・ええ、まあ。」
「りんごは崖から落ちる時、足を怪我して杖と義足無しじゃ歩けないんだ!」
「・・・すみません、防御するのが少し遅れてしまい、大きな岩に直撃して・・・。」

そういえば、転送する前見たりんごも足を引きずっていた。
そもそも俺があの時助けられていれば・・・。

「・・・ダンテ、あの半天使に使った時のような、すごい道具を持ってないか?りんごの足を治してあげたい。」
「そんな・・・私の不手際でそんなことは・・」

それを聞いて、ダンテがアルベを見る。
「・・・やるぞ。牢屋を壊す。」
「え・・でも・・・うん。」
アルベは若干不安そうだったが、ダンテと2人で力を集結させていく。
そして・・・、鉄格子へ向かって魔法を放った!

・・・2人の渾身の魔法は鉄格子に当たったものの、何故か鉄格子は壊れなかった。

「あれっ・・・何で・・・あの時は出来たのに・・!」
「きっと力が足りないんだ、あの時は天使の光が増大していたし、ローザもいた。」


「それだけじゃありません・・。」
アルベとソッテの話し声を聞いて状況を把握したりんごが遠くから語りかけてくる。
「鉄格子を壊そうとしたんだな?俺たちもやったよ。でも今度は魔法防壁の張られた牢屋に移動させられてさ・・。」
「この鉄格子も、私とソッテさんの力では壊せませんでした。」


「・・・これじゃりんごの足も治せないし牢からも出られない〜〜ん!!」
アルベがじたばたしながらぐるぐると回っている。


「4人の力を合わせましょう。」
「でも、距離が離れてるから・・・届くかな。」
りんごが、4人の魔法をリンクさせて、鉄格子を壊そうと提案してきた。
だが距離が離れていると、力が減衰する。
成功するかどうかは微妙だった。

「ねー、心をリンクさせる為にさ、あれやろ!」
アルベの提案で、前回牢屋を壊したときにやった、自己肯定の言葉をそれぞれ言うことにした。


アルベと、ダンテ、それに続いて、りんごとソッテが自分の天使としての存在を確認しながら言葉を口にしていく・・。

「・・・よし、じゃあ、やろう!」

天使たち4人が、ゆっくりとお互いを感じながら、力を集結させていく、すると・・・

バチッ・・・!

空間にプラズマのような光がいくつも出来始めた。

そして、4人の魔法が牢屋と牢屋を雷のように繋いだ。

「もうちょい!たぶんもうちょい!!」

4人が全力で力を込める・・・

4人を繋ぐ光がどんどん強くなっていく・・・。

・・・・バチバチッッッ!!!!!!

空間に妙な音が響きわたったかと思うと、すごい閃光で視界が覆われる。


粉塵が煙に混じって天使たちの鼻をつく。

光が収まり、徐々に視界が戻ってきた。

そうして、そこには・・・・。

ぽっかり穴の空いた鉄格子が目の前にあった。

だが・・・

その穴は徐々に自動修復しはじめた。

「マズイ、出るぞ!アルベ、りんご、ソッテ!!」

4人は慌てて牢屋から飛び出る。
程なくして牢屋の鉄格子が元に戻ってしまった。

「・・なんて魔力だ。兵が牢屋を見張らなくとも、逃亡させない自信があったんだな。」
ダンテは鉄格子をまじまじと見つめていた。

「でもこの魔力はどっから来てるのかな〜こんな強い魔法始めてみたー」
アルベもつんつんと鉄格子をつついて確かめている。

「・・・それは、ぼくたちの魔力が元になっているからです。」

突然の見知らぬ声に、慌てて天使たちは声の元を探す。
よくよく見れば、牢屋には何人もの人が収容されており、
声の主はダンテたちがいた牢屋の左隣の牢屋にいた。


青年の顔には大きな縫い目があり、四肢の中で左手だけが唯一存在していた。
その異様な姿に、アルベはぎょっとする。

「・・ああ怖いですか?そうですよね。戦争でこうなったのではないんです。生まれつきこうなんです。
兄は五体満足の至って健康な体なのに、どうしてぼくだけこうなのか自分でもわかりません。」

青年が話しかける横で、牢屋の人々がざわついていた。

その間、天使たちはりんごの足のことで揉めていた。
「・・・いりません、私の不手際などで大切な治癒の羽を使ってはなりません!」
「いや、りんごのせいじゃないだろ、そもそもあの川を無理矢理渡ろうって言ったアルベが・・・」
りんごとソッテの会話にアルベが入ってきた。
「アルベのせい〜!?だってあの崖渡らないと兵士たちに捕まってたよ!!」
「・・・いや、俺が悪い。りんごの足を治そう。」
一番後ろで冷静に低い声がした。ダンテの声だ。
しかしりんごは断固として拒否した。
「まだ牢屋からも逃げられていないのに、治癒の羽を使うのは早計です。私は義足をつけましたので、もう歩けますし走れます。」
りんごの固い意志に、ダンテとソッテは折れるしかなかった。
確かに、治癒の羽が無くなってしまっては危機に陥った時、完全にどうしようもなくなってしまう。

「そういえば、ローザに治癒の羽使えばよかった!」
アルベが突然飛び上がってダンテに叫んだ。
「・・・・・。」
ダンテは黙っている。
「治癒の羽使えばローザも元気になったかも〜忘れててくやし〜!!」

地団太踏むアルベをよそに、ダンテは沈黙を続けていた。
あんなに安定装置が近くにありながら、ローザは目覚めなかった。
治癒の羽を使わずとも安定装置の力で俺たちの回復魔法は治癒の羽並みに絶大だったはず・・・。

もしあの安定装置との距離で魔法をかけても目覚めないのなら、たとえ治癒の羽があっても・・・。

「ね、牢屋を抜け出したらローザのとこへ行って治癒の羽を使おう!今度こそ・・」
アルベの勢いある提案にダンテは生返事をした。
それを聞いていたりんごとソッテがローザについて尋ねてきたので、ローザが半天使によって瀕死状態になって岩陰で眠ったままだということをダンテが説明した。

天使がそうこうしているうちに、牢屋のざわめきが収まってきた。
囚人の一人が、天使がしたように魔力を集結させてここを出よう、と提案したのに対し、ほかの者の意見もそれで纏まったようだった。


収容者の脱出に天使たちの協力を求められ、ダンテ以外が了承した。

収容者と天使たちが力を合わせ、魔力が集結していく。
やがて牢屋の鉄格子があちこちで破壊された。
その鉄格子が修復される前に急いで逃げる収容者たち。

牢屋は鉄格子から抜け出た収容者でごった返していた。

天使たちもその収容者たちの渦の中にいる。
収容者の誰かが部屋の扉を力付くでこじ開けようとしたが、うまくいかず、何人もの魔力を集結させてついに部屋の扉までこじ開けることに成功した。

すぐそばにいたイピ兵が慌てて攻撃するも、収容者の方が数が多く、イピ兵は退却を余儀なくされた。


収容者たちは皆で力を合わせてイピ兵の援軍が来る前にここから逃げるということになった。


すでに脱獄者たちの大軍団が出来上がっており、天使たちが奮闘せずとも、流れに身を任せるだけですんなりと外まで出られてしまった。

・・・が、外に出た瞬間、脱獄者たちの2倍はいるであろうイピのローブ兵に取り囲まれた。

イピのローブ兵は魔法に卓越した兵士だが、青年によれば、あの牢に収容されていた人々も、高い魔力の持ち主らしく、それゆえにイピの動力源にされようとしていたのだとか。

「お前らーー!こっから逃げ出すぞー!いいか、一点突破だ。いけーーーーっっっっっ!!!!!」

収容者の一声で、皆が一斉に取り囲んだ兵士の中の一カ所を集中攻撃する。
あまりの勢いに、イピ兵は成す術無く倒されていく。

だが流石に兵士の数が多いため、天使たちも必死でイピ兵の攻撃をくい止めた。

「・・・穴が空いたぞ!!走れーーーー!!!!!」

大きな声とともに、一カ所だけぽっかり空いたイピ兵とイピ兵の間を収容者たちは攻防を繰り広げながら駆け抜ける。天使たちもそれに続く。

青年はカートのようなものに乗り、女性がそれを動かして逃げていた。
りんごは馴れない義足を賢明に動かし、転けそうになるのを杖で必死にカバーしながら走り抜ける。

収容者たちは息が切れてへとへとになっても限界まで走り続け、ようやくイピ兵から逃げきった。

一行は大きな岩が沢山あるところで隠れながら休憩していた。
ある人は見張りをしてくれ、ある人は食事の準備をしている、ある人は疲れて座り込み、ある人は楽しそうに雑談していた。

そんな中、天使たちは改めて、あの牢屋と収容者のことを聞いてみた。

「ぼくたちはイピや周辺の国々で拉致された者たちです。どの人も高い魔力を持っていて、いずれイピの兵器として活用するのだとイピの兵士さんが言っていました。」

アルベは興味津々に、青年の姿を見ている。

「こんな体で不便じゃない?」

「不便というか、生まれつきこの体なのでぼくはなんとも。ただほかの人を見ていると、
ぼくが出来ないことが沢山できて良いなとは思います。」
青年は楽しそうに取っ組み合いを始めた収容者たちを一瞥した。
「そっちの人は?」
アルベは少年をカートに乗せて運んでいた女性に目をやった。
「・・・その方は会話が出来ません。代わりにぼくが話しますので・・。」

それを受けて、アルベが少し戸惑い気味に、青年に尋ねた。
「えっ・・なんで、会話出来ないの?」

「幼い頃に性的虐待を受けたのが影響しているんだと・・。下手に触れると殺されてしまいますよ。」

青年にさらっとそう言われて、言葉を失うアルベ。
青年はさらに続けた。

「ぼくが彼女の自殺を止めた頃は、辛うじて会話が出来ていたんですが・・。
ぼくの育った家に連れていき、ぼくの家族がこの上ない愛情を注いでくれたんですが、何年経っても彼女は悪くなる一方でした。
一度ひどい目に遭わされてしまったら、その時が過ぎても、傷は永遠に心を蝕んでいくんですね。」

青年は光を失った女性を悲しそうに見つめた。

「彼女の中では、夜が来る度強姦を繰り返しされるようで、夜になるといつも泣き叫んで暴れています。」

ダンテはまるでそれが、ヴァイオレットのようだと思った。
傷が彼を蝕み、どんどんと闇へ落ちていき、手が着けられなくなる。
やがて周りのものすべてを殺すまで彼の暴虐は止まらない。

ダンテはヴァイオレットのことを、やんわりと青年に話してみた。

「その方はよほど長期に渡って虐待を受けたんじゃないでしょうか。
そして本当の意味で彼の存在をわかったり認めたりしてくれる人が、彼にとっては1人もいなかった。」

「・・・治す方法はないのか?」

「・・・治す、方法ですか。
出来事は一瞬、傷は一生モノです。
罪を犯してしまった者がどれだけ償おうと元には戻らないのと同様、
傷を負ってしまった者にどれだけ愛情を注ごうとも本人の心に届かなければ同じことです。」

彼は嘲笑めいた口調で自分の左手を見つめた。
彼が唯一持つ左手も、心の傷の前ではどうすることも出来ない。

青年のあまりの暗い話にアルベが嘆きと怒りの表情を見せたので、青年はこう繕った。

「すべては闇が生んだものです。
戦争という抑圧と暴虐に晒されて、人々の心が病み、その暴力がより弱いものへと流れていくんです。
女性や子供、少数民族。そしてぼくのような障害者。

弱者はどんな時でも暴力の標的になります。
これは人々の精神が健康になり成熟を見せないと
いつの時代になっても止まることはないでしょう。

これは世界の悲鳴が具現化された現象のひとつなのですよ。
今の秩序が不自然で、人々にとって最適でないゆえに起こること。
皆恐怖とストレスを抱えながら毎日を過ごし、身近な人が戦争で亡くなり、そして故郷を追われる。

この社会全体のストレスのはけ口は、いつか誰かに出るんです。
それは必ず弱者なんです。」


天使たちは黙したままそれを聞いていた。
天使たちにはどうすることも出来ないものだった。

世界がどれだけ闇に包まれていようと、どれだけの人が虐げられていようと、天使たちは世界に直接介入することが許されていない。
ただより豊かで幸せな方向へ知らず知らずのうちに人々を導く、その権限しか与えられていない。

間違った方向に進む人々を直接止めることも諫めることも出来はしない。


「すみません、暗い話ばかり。ついでに何ですが、彼女にはくれぐれも触れないであげてくださいね。
誰かが振れてしまったら皮が剥けるまで触れたところを地面に擦りつけて綺麗にしようとするので。」

そういえば女性の体には至る所に傷があり、四肢のほとんどが布で巻かれて覆われている。

「この布は私がそうするようお願いしました。この布は必ずあなたを守ってくれる布だと言い聞かせて。」

布が・・守る、アルベがそれを聞いて不思議そうにしていると、青年は再び口を開いた。

「ことばは魔法です。毒にも薬にもなる。心に直接届く唯一のものが、ことばの魔法だと思うんです。
ずっと罵られると、それがさも本当のことのように思い始めるし、
ずっと賞賛されると、自分は賞賛されるにふさわしい人間だと思い始めるでしょう?」

「んー、アルベは褒められた方が元気でるかなー」
それを聞いて、青年は小さく笑った。
「ぼくも褒められるのは好きです。でもずっと褒められ続けたいとは思いません。人は簡単に自分を見失い自惚れる生き物ですから。」

「自惚れるとネペのように痛みも感じなくなるんじゃないか?」
ダンテは岩の上に腰掛け、皮肉めいて言った。

「・・・ネペ?」
青年が聞き返したので、ダンテはオンズトパス族でイピの精鋭部隊隊長だと説明した。

「あの人でしたか。・・・大きな力と心の闇が結びつくと人は誤動作を起こし始めます。あの人からもそれと似たようなものを感じますね。」

ネペの心の闇・・?
そういえばオンズトパス族は少数種族で虐殺された歴史があるとネペが言っていたが・・。


闇か、今の戦争を勃発させている源も、もとを辿れば心の闇が原因なんだろうか。

支配欲、出世欲、性欲、正見なき原始的な欲がこの世に闇をもたらし、人々を虐待し、戦争し、闇を生み続けているのだろうか。

闇の被害を受けた者はさらに闇を拡大させてしまう。



闇も光も連鎖する。一度その渦に入ってしまうと、容易には止められない。


「・・・お、おい!!すごい軍勢があっちから来た!!」

「なに!?こっちからもだぞ!?」




突然、見張りをしていた収容者たちがあちこちで叫びだした。
どうやらイピの軍勢が収容者を取り囲もうとしているらしい。
数も先ほどとは比べものにならない数で、既に四方から押し寄せて逃げ場もない。

「・・・いくら逃げても無駄だぞ!!君たちは貴重なイピの兵器なんだ。」

向こうの方からネペとおぼしき人の叫び声が聞こえた。

「イピの民でもないのにイピの兵器にされてたまっかよ!!」
収容者の1人が戦々恐々としながら言葉を漏らした。

「大人しくこちらに来れば手荒な真似はしないが、抵抗するなら容赦はしないぞ。」

そう言うが早いか、四方からイピ兵が近づいてくる。

脱獄者たちが慌てふためく中、アルベが重要なものを発見した。

「・・ねえ!あそこにあるの、安定装置!」

それは南側の兵士たちが運んでいた。

あれが近くにあれば、兵士も死なずにすむだろうが、こちらも死ぬことはない。
奴らはまだ安定装置の力の働きがわかってないと見える。

だからこそヤンゴン兵は、敵兵に影響しないほどの小さな安定装置の欠片を兵士に持たせて
ヤンゴン兵のみが生き続けられるようにしたのだ。
そして安定装置本体は敵陣からだいぶ距離をおいたところに隠していた。

「でも安定装置・・こっからだとだいぶ距離あるなぁ・・」

ソッテが頭をぽりぽり掻きながら安定装置を眺めている。

「安定装置があるなら、その力を使って天使の魔法を何万倍にも引き出せます!」

事情を知らないりんごが喜色を浮かべて言うが、ダンテはりんごに安定装置が起動しなかったこと、
それゆえに治癒の羽で安定装置にアクセスを試みようとしに戻ったがイピに捕らえられてしまったことを説明した。


「安定装置が起動しない・・それはこの戦乱の闇の衝撃で、一時的に安定装置が封印状態になったということかも。」

ソッテは青い髪を左手でいじりながら推測した。

「この距離でも届けられます。私の歌魔法を使って治癒の羽の光を安定装置に送りましょう。」

りんごはそう言いつつ準備を始めた。

巨大な陣を描き、天使たちは指示に従い、各々の位置に立つ。

天使たちが準備している間にも、兵士たちは押し寄せて来ていた。
脱獄者たちはその辺の岩や木から武器や道具を作り、罠を仕掛けていた。

脱獄者のリーダー格の人物の指示で、岩場を要塞に見立てて、守りを固めていく。


そうは言っても、実際にはただの岩場、どんなに守りを固めても、突破されるのは時間の問題だった。



りんごの歌魔法を安定装置に向かって放つには巨大な陣と手間のかかる準備、そしてほかの天使たちの協力が必要だった。


ローザの補助魔法無き今、りんごの歌魔法をソッテとダンテとアルベでカバーするしかない。

「兵士たちがすぐそこまで来た!守りを固めろォォォッーーー!!!」
「2度も捕らえられたら命は無いぞ。何が何でも生きて帰る!!」
脱獄者たちが各々に叫び声をあげて、その辺にある岩を転がして前線にいる兵士を切り崩しにかかる。

ダンテや脱獄者たちがいるこの岩場は高度が高いため、唯一有利なのが、高さなのだ。

そしてさすが魔力の高い脱獄者たちだけあって、転がした岩に魔法をかけて岩の位置エネルギーを何倍にも増幅させている。


脱獄者たちの必死の猛攻に手を拱いている前線のイピ兵を見て、
痺れを切らしたネペが、沢山の精鋭部隊を連れてこちらにやってくるではないか!


「よし、こっちは終わったぞ。」
ダンテが叫んだ。
「こっちはもうちょっと・・・」
アルベが必死に何かを並べながら魔法をかけている。
「こっちも完了だ!」
ソッテも準備が終わり、指定の位置についた。

「精鋭部隊とその隊長が来たぞーーー!!みんな注意しろーー!!!!」

脱獄者の1人がそう言い終わらないうちに、イピと精鋭部隊によって脱獄者たちが転がした岩が粉々に砕け散った!

「ウソだろ!?あんなデカい岩が!?」
「簡単に壊されないよう強化魔法もかけてたわよ・・・!?」
脱獄者たちが狼狽を始めた。

「・・・いきます。」
その後ろで、赤髪の少女は小さく呟いた。

次の瞬間、少女は思いきり両手を広げ、天を仰いだ。
魔法が大きく展開する。

”mil−−−−−to〜〜〜〜♪”


少女の前奏に合わせて、ダンテとソッテとアルベが魔法を調和させていく。

”i−−−−aaaaa、chos!”


魔法陣が少女を中心に大きく穏やかにゆっくりと広がっていく。


”biu−−−−−i−−−−o−−−−−−♪”



「ぎゃあああっっっっっ!!!」
「くっそ、なんて奴だ。精鋭部隊ってあんなに強いのかよ!?」
「攻撃は止めだ!!全員で防御壁を作れ!!」
歌の後ろでは壮絶な死闘が繰り広げられていたが、りんごを含む天使たちは完全に歌の流れに身を委ねていた。

むしろこの集中が途切れると、歌魔法が中断されてしまう。
集中の途切れは歌魔法の失敗に直結しかねないのだ。

一度失敗すると、この膨大な魔法の力を再構築するのにとても時間がかかってしまう。
その間に天使たちはネペたちにやられてしまうだろう。

絶対に集中を途切れさせるわけにはいかない。



”ruru〜〜〜〜jios−−−−−chadeapp♪
(ーーーーすべての愛しきものたちよ、私に応えてくださいーーーーーー私に力を貸してください・・・。)”


天使たちはそれぞれに治癒の羽を持ち、それを心臓に当てて作動させていく・・。
治癒の羽の力を解放し、その力をりんごに送り、りんごが歌魔法で遠くの安定装置にぶつける。


もうこれは、最後の手だった。




「捕まえろ!!!全員残らずな!!」
ネペの指示で前線にいた脱獄者たちがこれ見よがしに痛めつけられた後、捕らえられていく・・。

それは、人に対する扱いでは無かった。
モノ以下だった。

脱獄者たちは夥しいイピ兵の魔法によって防御壁が破られても破られても、また、次の防御壁を構築していく。

外側の防御壁が破られると前線にいた脱獄者がイピ兵にいたぶられて捕らえられ、
その隙に脱獄者が新たな防御壁を構築する。

まるでイタチごっこだ。

またしても業を煮やしたネペが、前線に立ち脱獄者たちにこう言い放った。


「お前たちがどれだけ無駄なことをしているかわかっているのか?
兵の数を見ろ!お前たちがどれだけ抵抗しても、最後は捕らえられる。本当はわかっているんだろう?」

先頭に出てきたネペに、カートに乗った青年が問いかけた。

「ネペさんとは貴方ですか?貴方はぼくたちを捕らえて兵器の原料にして、最後はどうしたいんですか?
イピは既に大きな国土と魔法技術、大勢の民を有しているではありませんか。」

青年の問いに、ネペはにやりと顔を歪ませた。

「もっと国土を増やすのさ。この大陸全土を支配する。その次は世界全土だ、わかりきった愚問はやめろ。」

ネペは大剣を突き立て雄々しく叫んだ。

「いえ、ですから、全てを支配してどうしたいのかとお聞きしたのです。
今の資源や国土では足りないと?」

「・・・足りない?そんなことはどうでもいい。
お前は何もわかっていないんだな。
小国は大国の奴隷だ。人間もそうだ、すべてが大国の捧げ物なんだ。
種族でも言えることだ。数が少ない種族は好きなとき、好きなだけ数の多い種族からなぶり殺される。
小さいものは大きいものの奴隷なんだよ。
お前のことは覚えているぞ、特徴的なその体。強靱な魔力。
イピの民だったろう。
イピが隣国にいつ攻め滅ぼされるともしれない立場で怯え苦しみ
ご機嫌伺いに捧げ物をするのが本当に良いことだとでも?」

「全世界を支配するまでに、いったいどれだけの血を流させるつもりですか。
貴方は少数種族故の迫害を受けてきたはずなのに、今度は暴力を行使する側にまわるつもりなのですか?」

「なんだ、いけないか?私は少数種族故に迫害されたさ。
でも迫害したやつらのことを恨んではいない。
6歳の時目の前でなぶり殺された父も言っていた。
強くならなければ殺されるしかないんだ。とな。
私は慰安婦として少数種族の虐殺から生き延びた。

いいか、よく見てみろ。今私はどこにいる?
イピの精鋭部隊の頂点だ。
誰が頭を下げてきたか知ってるか?

かつて私が生き延びる為に夜の相手をしたあの大臣様だよ!!
これほど滑稽なことがあるか?

いまや大臣は私の言いなりだ。私が勝ったんだよ。そして私はこれからも勝ち続ける。
1度だって負けた奴に明日は無いからな。」
イピは皮肉めいた高笑いを木霊させていた。


「できました。」
脱獄者たちの背後でそれは密かに行われていた。
りんごの魔法は急速に収束を始めた。

「・・・これを、安定装置にぶつけます!!」

りんごは膨大な光をほかの天使たちから受け取り、
それを全身に媒介させる。

ーーーそして。


ズキュッッッッッッッッ・・・・


ものすごい空気を裂く破裂音とともにそれは安定装置へ向かった。

「・・・・なんだ!?」
その音に気づいたネペが、慌てて音のした方を見る。

安定装置はりんごの放った光の直撃を受けた。

ゆっくり・・・ゆっくりと、それは色を帯びてゆく・・・。

「あれ、見て!安定装置が輝きだして来た!!」

「起動したのか!?ついに・・・!?」

アルベとダンテが叫んだ。

四角錐を上下に重ねたようなその安定装置は、黒ずんだ色から徐々に金色へ輝き始め・・・・


「何をした!?お前ら一体何を!!?」
動揺を隠せないネペがいきり立って叫んでいる。

前線ではなおも脱獄者とイピ兵との攻防が続いていた。


シャン・・・・・。

綺麗な鈴の音のような音がして、安定装置はようやく金色に輝き始めた。

そして・・・。

ぶわっっっと辺りに大きく羽が広がる。

「きれい・・神様みたい!」
アルベが興奮している。

「あとは・・ローザ、ローザを助けないと!」
ソッテの指摘に我に返るダンテとアルベ。

「もう一踏ん張りです。安定装置にアクセスして同化します!!」
りんごの指揮のもと、ダンテたちは安定装置にアクセスを試みた。

距離が遠いが大丈夫だろうか・・・。

・・・・・4人の天使の波動が重なり合って、安定装置に向かう。

「おいーー!!もうダメだ!逃げろ!!!」
「俺・・・もう故郷には帰れねえんだな・・・」
「いっそここでみんなで自爆しよう!!」
「何言ってんだよ!!!」





天使たちの後ろで慌てふためきだす脱獄者たち。

天使たちが安定装置にアクセスを試みている間にも、脱獄兵は次々と捕まり、
防御壁を作っていた脱獄者の数がみるみる少なくなっていく。

後方では魔力を使い果たして失神した者、深手を負っている者が怯えながら死か捕らわれるかの選択に迫られていた。

「もう袋の鼠だ!!一気に捕らえろオーーー!!!!!」
ネペの雄叫びにイピ兵たちの勢いが一斉に増した。


「ーーーはやく、はやくしないと・・・みんなっ・・・!!!!」



「あれ、見て!安定装置が輝きだして来た!!」

「起動したのか!?ついに・・・!?」

アルベとダンテが叫んだ。

四角錐を上下に重ねたようなその安定装置は、黒ずんだ色から徐々に金色へ輝き始め・・・・


「何をした!?お前ら一体何を!!?」
動揺を隠せないネペがいきり立って叫んでいる。

前線ではなおも脱獄者とイピ兵との攻防が続いていた。


シャン・・・・・。

綺麗な鈴の音のような音がして、安定装置はようやく金色に輝き始めた。

そして・・・。

ぶわっっっと辺りに大きく羽が広がる。

「きれい・・神様みたい!」
アルベが興奮している。

「あとは・・ローザ、ローザを助けないと!」
ソッテの指摘に我に返るダンテとアルベ。

「もう一踏ん張りです。安定装置にアクセスして同化します!!」
りんごの指揮のもと、ダンテたちは安定装置にアクセスを試みた。

距離が遠いが大丈夫だろうか・・・。

・・・・・4人の天使の波動が重なり合って、安定装置に向かう。

「おいーー!!もうダメだ!逃げろ!!!」
「俺・・・もう故郷には帰れねえんだな・・・」
「いっそここでみんなで自爆しよう!!」
「何言ってんだよ!!!」
天使たちの後ろで慌てふためきだす脱獄者たち。

天使たちが安定装置にアクセスを試みている間にも、脱獄兵は次々と捕まり、
防御壁を作っていた脱獄者の数がみるみる少なくなっていく。

安定装置の力で脱獄者もイピ兵も双方魔力は尽きないが、数の力で圧倒的に脱獄者側が負けていた。

後方では女性や子供が怯えながら死か捕らわれるかの選択に迫られていた。

「もう袋の鼠だ!!一気に捕らえろオーーー!!!!!」
ネペの雄叫びにイピ兵たちの勢いが一斉に増した。


「ーーーはやく、はやくしないと・・・みんなっ・・・!!!!」

祈りにも近い天使たちの波動は、遙か遠くの安定装置へ渦を巻きながら移動した。

渦は波を描き、安定措置の出す天界の波動と折り重なる。

・・・だが、安定装置は綺麗に輝いたまま、動きを見せない。

「・・・あれ?やっぱり距離がありすぎたのかな・・」
アルベが落胆の色を見せ始める。

「いいえ・・きっと、きっと。応えてくれます。
戦いを望まない全ての者の祈りに応えて!!」


「・・・・・・」

天使たちは念じ続けていた。

安定装置は黙したままだ。

「破られたーーーーー!!!!」
「捕らえろーーーーーーーオオオオオオオ!!!!!」

悲鳴と叫びが同時に木霊した。

「壁が・・破られました・・・。」
青年の顔に悲壮の色が見えた。

片っ端から脱獄者たちが惨めったらしくいたぶられていく。

「・・・どうして、・・・どうして神は、存在しないのでしょうか。」
あまりの残酷な光景に、青年は絶望の色を滲ませながら瞳をゆっくりと閉じた。

「すみません。結局ぼくは、大きな魔力があっても、誰1人守れはしませんでした。」


青年の悲しみの波動を察知したのか、カートを押していた女性もゆっくりと目を閉じた。

2人とも死を覚悟した。


ドーーーーーーーーーーン。

ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーンン。


ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン。


ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン。


それは、神の審判が行われる鐘の音のようだった。


大きな音は、人々の時を止めた。

その場にいた1人1人から、
この世に生を受け、踏みにじられ、時に笑い、時に憤怒した人生の流れの全てが滲み出てくる。


それは、走馬燈のようだった。


沢山の人間の人生が色とりどりに空中に舞う。
多くの人の苦しみに満ちたはずの人生が、とても綺麗に輝いていた。


まるでそれは、すべてが光でできている、と言わんばかりの輝きだった。



どんな苦渋と辛酸だけの人生も、その人間から滲み出て、最後は光となって天高く吸い込まれていく。

それはとても綺麗な光景だった。




”ほら、みて、みんな光だった!この世は真っ暗闇で汚いって思ってたけど、最後はみんな光になってくよ!”

光の渦の中でアルベが囁いた。

”見ろ、あそこ、ローザだ!”

安定装置と一体化し、空に浮かぶ光の渦の一部となったダンテが遙か彼方の岩陰を指した。

ローザから光が出て、それが安定装置に向かってくる。


”ローザ!ローザの光がきたよ!!”

”・・・・あら?みんな・・・。どうしちゃったの?・・・これは一体・・・。”

ローザの光も安定装置と一体化した。

安定装置から光の振動が地上に幾重にも放たれ、
各地に散らばった安定装置の破片が共鳴して集まってくる。


大地の浄化は始まっていた。

苦しみと、悲しみの歴史。
血と死の折り重なった臭い。

でもそれは、全部光だった。

悲しみの中で人々は見いださねばならなかった。

私は、光だったのだと。


私は、もともと、光だったと。


大地は苦しみながらも優しくそれを待っていた。

人々が光を思い出してくれるその時を。
ずっとずっと、耐えながら待っていた。

どれだけ大地を踏みにじられても、森を伐採し地面を掘り起こされ、世界を根絶やしにされても、

それでも待っていた。

あなたたちが沢山の苦しみの果てに、


きっと思い出すことを。



どうすればよいのかを。

自分が誰なのかを。

何をすべきだったのかを。


ほんとうの世界はどんなに光に満ちているかを。


大地は人を愛し抜いた。
人は何度もそれを裏切り続けた。

大地はその度に滅んだ。砂漠化し、時に惑星ごと滅んだ。


それでも大地は信じていた。

それは愛の成せる技だった。


幾千年、幾億年、人々は大地の恩を仇で返し続けた。

何も気づけなかった。原始的な欲を道しるべにゾンビのようにさまよい、貪った。

それは人を殺し、惑星を殺し、さいごには自分を殺した。

己の欲で何度も自滅しておきながら、人々はまだ気づかない。

やはりまだ欲しい。上に立ちたい。何もかも欲しい。今より贅沢をしたい。

貪欲は、いま与えられている全てを無きものとみなした。

今手に入れているものを無価値同然とみなした。

そしてもっと手に入れなければとゾンビのように蠢いた。


そうして何度も文明が滅びた。

最後には彼らが彼らを自滅へと追い込んだ。


”いい加減、こんな馬鹿げた茶番は終わりにしないか”

そう誰かが囁いた。

大勢のなかのもっとも小さいものは、大切なことに気づいていた。

いつも弱者は世の真実と未来を見据えていた。

いつも強者だけが盲目に我欲のまま突っ走った。

中間層の者たちは強者たちの言うがままに踊らされていた。


こんな世界が、何万年と続いた。

天使たちは遙か上空でその光景を見てきた。

安定装置が天使たちとともに光を放って密かに姿を消した後、脱獄者たちは捕らえられた。

だが程なくしてあれだけ傍若無人に振る舞い勝ち誇っていたネペが暗殺された。

イピの迷走がはじまり、脱獄者たちは解放された。

それから64年の後イピ国は弱体化し、隣国のヤンゴンに討ち滅ぼされる。

そのヤンゴンもまた、内部分裂を繰り返し崩壊した。

145年経つと、かつて名を馳せていた大国のほとんどが、見る影なく滅びていた。


諸行無常。

どれだけの力を手に入れようと、時が変わればそれは露と消えて無くなる。

後に残ったのは争いと憎しみの負の遺産のみ。

そして徐々に人々に浸透してゆく争いの不毛さへの認識。


誰かがもう戦争はやめよう、と言い、多数の大国がそれに賛同し、小国も流れに身を任せた。

戦争のない世界が来た。

だが100年後。

人々はまた戦争を始めていた。
争いの不毛さは100年後の人類には伝わらなかった。

歴史は繰り返される。

同じことを何度も何度も繰り返す人々を、天使たちも大地も根気強く見守っていた。

たとえ自分が滅びても、それでも人々を愛し、信じ続けていた。

なんという懐の深い母性だろうか。

彼らは今か今かと、人間たちが命と世界、そして自分自身の本質に気づいてくれる時を待っている。


ダンテたちは安定装置と一体化し、天界へと帰還していた。

安定装置が振りまいた光で、ダンテたちの存在は世界からは無かったものとして扱われ、
そして世界はちょっとだけ浄化されていた。

「・・まさか治癒の羽を全部使っちゃったのかい?」
感情の読みとれぬ表情でルーミネイトがダンテたちに問うた。

「・・あ、す・・・すみません。あれがどれだけ貴重なものか認識していながら・・・。」
ダンテがおずおずと下を向いて答える。

アルベは両手を頭の後ろで組んで知らんぷりをしている。
ソッテは、薄目で苦笑いをしている。

りんごは真面目にルーミネイトを直視している。

ローザは穏やかにルーミネイトに微笑み返している。

「あの・・・・ヴァイオレットはどこに・・?」
ローザが心配そうに尋ねた。
安定装置と同化したローザが闇に染まったヴァイオレットを異世界から見つけだし、
光の繭でくるんで封印して連れ帰っていたのだ。

「安心しなさい。そやつは今緊急治療の空間で特殊浄化を受けている。」
ルーミネイトの横にいたアスタネイトがそれに答えた。


5人の天使の前には、ルーミネイト、アスタネイト、そのほかの上級天使が並んでいた。
ルーミネイトが長い睫をゆっくりと下降させて、小指を机の上でトンと鳴らして微笑んだ。


「・・・実はこれ、試験だったんだ。」



ルーミネイトは穏やかにそう言った。
それを聞いたダンテたちの顔色が一変する。

試験だって?・・・・まずい・・・。まずすぎる。

色々と言ってはならない本音ややってはいけない行動を・・・

ダンテを筆頭に天使たちの顔が一気に青ざめていく。

「ああ、心配しなくていいよ、試験内容である異世界での記憶は7つの瞬きのあと消えて無くなるからね。」


天使たちは驚きを隠せないまま、お互いの顔を確認し合っている。

今回の旅で培った経験や天使たちとの絆も、7つの瞬き後には忘れてしまうということだ。


まあ忘れたいくらい残酷な記憶も消し去ってくれるのはありがたいが。


「あの世界は過酷だから、キミたちの傷になるといけないしね・・。」

そう言ってルーミネイトは両手を重ね、ゆっくりと光を放った。

穏やかな光に包まれて、何もかもが粒となって消えてゆく。

悲しかったこと、嬉しかったこと、悔しかったこと・・・恐怖と絶望。死と殺戮。


しばらくして、気づけば皆それぞれの天界領域へ戻っていた。

ダンテとローザはりんごやソッテ、アルベのことを忘れていた。異界のことも、試験のことも、皆忘れていた。

ただ、何か大変な経験をしてきたということだけが、心の隅に残っていた。


天界はとても心地よいが、何かが足りない。
何かを助けなければ、浄化しなければ、守らなければ。
何日もの間、天使たちの心にそんな想いがこびりついて離れなかった。




安定装置は天界の特別浄化を終えた後、元の位置に戻された。
安定装置の輝きは一層力を増し、天界中に光を届ける。

天界は今日も歓喜に満ちていた。

End.



第七部:うばわれたもの。へ←          →第九部:2つが1つにもどる時へ

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