title:『

うばわれたもの。


文字数:29045文字(29045)
行数:1836行・段落:570
原稿用紙:73枚分(400文字詰)
1章:VV   ★2章:帆翔   ★3章:産声   ★4章:迫間   ★5章:緩歩   ★6章:墜地   ★7章:うばう   ★8章:狂想   ★9章:二つは一つ   ☆→writing

うばわれたもの。:第七部

第六部:墜地の果てへ←          →第八部:狂想ドデカフォニーへ

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うばわれたもの。 《もくじ》
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ーーーはじめそれは、ぼくを消しにきたと思った。
でも違ったんだ。最もむごたらしいことを奴らはしていった。

奴らはぼくの、いちばんだいじなものを奪っていった。
それは、ぼくの唯一の生きる意味。


希望。





大きな翼を持った者たちが、何人も、
あるとき突然あらわれた。


ぼくはひどくあわてて、おびえた。

ぼくはそれまでも、ひどく敏感だった。
風が戸を弄ぶ音でさえ、だれかがぼくを殺しに来たと思い込み、鳥を絞め殺すような妙な叫び声をあげて逃げ出した。
またある時は獣が立てた物音に、恐怖で正気を失った。
気がつけばまた・・・あの時のように、
あの恐ろしい、魔王になりかけた時のように・・。
暴れて・・・・何もかも、めちゃくちゃにしていた。

ぼくが傷だらけなのはもういいんだ。
どれだけ血が出ても、傷が痛んでも、アザが出来ても。
でも、横でずっと悲しそうにみててくれる、

ごんべえにまで危害を加えるなんて、自分が許せなかった。

でももう今のぼくはコントロールなんて・・・とっくにきかなくなってた。


悲しい・・・憎い・・・・こわい・・・のろわしい。



生まれてきたことが呪わしい。生きてることが呪わしい。


なんど誓ったって。何度、生きようと思ったって、

結局はここに堕ちてくるんだ。



たくさんの勇気を、導きを、ごんべえや、元魔王とかいう人がくれた。



でも、何も変わらないぼくを、変わりそうだって一瞬思って、またここに堕ちてきたぼくを、

力無い目で僕自身が見つめるんだ。


どうせそうだろうさ。ぼくなんて、お前なんて・・・。





ほんの少しのことで、1日に、1時間に、1分に、数秒のわずかな間にも・・・・
沢山のうんざりするほどの地獄と悪魔たちに毎秒出会って、ひきずりこまれそうになって、
こんどこそダメだって思って、

気がついたら奇跡的にぼくはここにいた。

こわくてたまらない。
誰かを殺すこと。誰かに殺されること。


たくさんの天使を、無我夢中で八つ裂きにして、
そしてどれほどの悲しみがそこで生まれて、
どれほどの天使が鬼の形相で、ぼくをおそってくるんだろう。
どれほど多くの天使が、ぼくを本気で殺したいと思っただろう。

いままでだって、実はぼくに消えて欲しいと思ってる天使は沢山いたはずだ。
でも、そんなもの比べものにならないくらいの憎悪と悲しみと嘆きと、殺意を、ぼくはすぐ後ろでいつも感じてるんだ。
きっと今にも天使が大群でぼくを殺しにくる。今にも。

・・・・地面を這うアリでさえ、ぼくを殺したいんじゃないかと思えてくる。
アリがこちらを見ると、その瞳が憎悪で発狂した目に見えてくるんだ。
かつてぼくがそうだったように。

かつてそれでぼくが多くの天使を・・・・消してしまった時のように。ぼくも同じようにされる気がする。

ぼくもいつかああやって殺される。


殺されるんだ・・・・・。



自分が悪い。ぼくがやったことじゃないか。
ぜんぶ自分が・・・・。
自分が・・・・・。
でもほんとうは・・・本当に悪いのは、
ぼくをここまでにしてしまった・・・・
・・神様、じゃないの?



毎日毎日毎日、うんざりするほどの恐怖と、発狂。
もう何がなんだか記憶も散り散りだ。
何度ぼく自身と、隣にいるごんべえを傷つけたか、もうわかりもしない。

これは悪夢なのだろうか。夢なら覚めて欲しい。
そう思うが、苦しみのあまり尖った石を左足に捻り込むと鈍い激痛が走る。

半天使だった頃とはちがう、人間くさい痛み。
ぼくは今のぼくが人間なのかどうかすらわからない。
翼も広げられないし、力の使い方も忘れてしまった。


きっと今のぼくは、人間のなり損ないなんだろう。



こんな悪夢の中の悪夢のような毎日なのに、ぼくはどうしてだか再び魔王にならずにすんでいる。

あんなものには2度となりたくない。

その強い意志だろうか、それとも、

本当はぼくの意志なんてこれっぽっちの価値もなくて、
ごんべえがあれ以来つきっきりでぼくのそばにいてくれた、
そのおかげなのかな。


ずっとかけてくれた励まし。希望に満ちた言葉。
そこからわずかにだけ見えた、愛。未来。光。



あの一瞬だけが、毎回ぼくを辛うじて人間のなり損ないにとどめてくれる。
いつなるとも知れない悪魔・・・魔王。もうあんなものにはなりたくもない。

でも、あの負の力には、もうぼくは逆らえる気力が残ってない。
再びあの負の力に囚われてしまったら、もう今度こそ、ぼくは、本当の意味で、
・・・・おしまいだ。


正気を失って、もう今のぼくに戻ってこれないほどの罪を犯して、犯して、犯して・・・・・・
そして最後には、天使に殺される。
大勢の天使を殺しながら、大勢の天使に殺されるんだ。



それくらいしか、ぼくの未来には、なにも残ってない。
そうなにも。


・・・・それなのに、どうしてごんべえは、いつも希望に満ちた力強い言葉をくれたのだろう。

どうしてこんな、ヒトカケラの価値もないぼくに・・・・ずっとついててくれたんだろう。





団子虫のようにまんまる縮こまった小さな影が、はっと小さな小屋の隅で我に返った。




「そう、そうだ・・・、うずくまってる場合じゃなかった。
ごんべえがしてくれてた、食料調達ってのをしなきゃ・・・それから・・・。」


「この畑に水をやればいいのかな・・。
よくわからない袋がいくつかあるけど・・・なんだろうこれ。」


ごんべえは、人間のなり損ないになったぼくが、空腹で困らないように、どこで仕入れたのかわからない食材を沢山蓄えてくれており、
小屋の奥には小さな畑もこしらえてあった。


ああ・・・ここを、ぼくは何も知らずにむちゃくちゃに荒らしてたのか。怖かったとはいえ・・・ぼくってサイテーだ。

きれいに植え直された畑を見て、過去の思い出から罪悪感にかられる。

ごんべえがいなくなって初めて気づく。

ここも、あそこも、こっちも。


ごんべえの思いやりで辺りは溢れていた。


改めてじーんとくる。知らなかった。ぼくは何も見てなかった。今だって何にも見えてない気がするけど。


そういえばこの食料、毎回どこから手に入れて来てくれてたんだろう・・。
こっちも、・・・こんな道具、わざわざ作ってたのかな。
こっちは・・・ぼくが壊した履き物がきれいに直してある・・・・。



ヴァイオレットはごんべえが修復した履き物を両手でぎゅっと握りしめてうずくまっていた。

苦しくて気づかなかった。なにもかも。
ぼくはいったい、どうやって食べて、どうやって生きてきたのか。

ごんべえがたぶん、食事を用意してくれてたに違いないんだ。

ぼくは食べることなんて考えられなかったし、
何日も食べずに空腹で半餓死状態になったことも何度かあったから。
自分で食料を調達するだなんてできるはずもなかった。

こわくて何もかもがうろ覚えだけど、
きっとぼくはごんべえが持ってきてくれた食料のおかげで、今まで生きて来られたんだ。

半天使の時とは違うんだ。食べなきゃ死ぬんだ・・。


死んでも、どうでもよかったけど、でも・・・

ごんべえが今まで生かしてくれてたんだ・・・。





あのとき、見たこともない大きな翼の天使が、3体姿を現した。

神々しい光。ぼくは一瞬、神様が来て、ぼくを罰しに来たかもしれないと思った。

3体の天使の中央で、何かうごめくものを見た。



見たこともない強烈な光だった。空が強烈な光で色を失った。
天使の中央にいた何かが、語りかけてたみたいだったけど、
ぼくには何を言ってるのかさっぱりわからなかった。

でもその言葉に、ごんべえだけが、反応した。


すごく真剣な横顔だった。ごんべえでもこんな顔するんだ・・・いつもにこにこ柔らかい爽やかな笑顔なのに。


ごんべえの瞳が一瞬、悲しみに曇った。

ごんべえと、あの天使たちの中央にいるものが、何かの言語で会話してるのだろうか。

ぼくには聞こえない音で。


「わたしは守りたいのです。」



あれ?さっきぼくにも聞こえた、ごんべえの声が・・。




きりっとした強い意志を秘めたごんべえの瞳。
何かに、立ち向かっている時のよう。
「私は、護りたいのです。天でなく、私は彼らと共に居ます。」



「・・・・哀れな子よ。無力なお前に何が出来よう。
やがてすぐに時期が終わり、我の懐に戻るのみぞ。」



もう一人の方の声も聞こえてきた。
なんか・・・気に食わない声。侮ってる感じ。


少し問答をしていたが、やがてすぐ、天使がごんべえを取り囲む。

ごんべえはしばらく説得している風だったが、諦めたのか、さっとぼくのほうを見た。

声は聞こえなかったが、申し訳なさそうに頭を深く下げ、そして、ごんべえの瞳がこちらをずっと見ていた。
さいごは優しそうな笑顔で、ぼくを見つめ続けながら、ごんべえは天使たちに連れて行かれた。



その大変なことが行われている時、ずっとぼくは、ぴくりとも動けなかった。
動くことを忘れていたのか、それとも動けなかったのか、
それすらわからない。

ごんべえが天使たちに連れ去られた後ですら、ぼくはしばらく呆然とするしかなかった。


・・・だって、


見たこともない光の量。そして、見たこともない翼の天使。
そして、圧倒的な、力。

そのどれもがケタ違いだった。

ぼくなんて、足下にも及ばないことは、直接争わなくったってわかってしまう、むしろ身震いがするほどだ。


ぼくはあの間ずっと頭が真っ白だったんだ。
何かを理性的に考えることすら出来なかった。

とんでもない奇跡を全身で体験しているような圧倒感だった。


超巨大スクリーンで、見たこともないような壮大な映画を見せられているようだった。


もうことばも出なかった。



何日か経って、お腹がとてつもなく減ってきたり、いつものようにとなりにごんべえがいない、
そこで初めて、気づいた。
少しずつ絶望がぼくを襲ってきた。
大変な事態になったことに気づき始めた。

夢見心地な気分から、一気に現実に引き戻され始めたんだ。


そう、ぼくは、ごんべえを、ぼくの唯一の希望の光を、

ーーーうばわれたんだ。




次第に不安が膨らみ始めた。恐怖が増大する。
一人でどうやって・・・・なにをどうやっていけばいいのか・・・・・ぼく一人じゃなにも・・・わからない。


だんだん混乱してきた、何もかもこわい、あの自分がむっくり顔を出す。

しばらくずっと、ごんべえと暮らした小屋の奥でぶるぶるふるえていた。
ここが一番安心するんだ。
ごんべえの残り香が感じられるようで。守られているようで・・。

でもお腹が減ってきて・・・とてつもなく、お腹の辺りが、ぐるぐると音を立てて何かを欲している。なんとかしなきゃと思うようになる。

ここが一番、半天使だった頃と違うとこ。

おずおずと極めて重い足取りで、小屋のドアをうっすら開けてみる。
・・・・物音はしない。光が射した。罪深いぼくの目を焼き貫こうとする光。
・・・・でも、大丈夫そう。誰も、いない。


おそるおそる、お尻から外に出てみる。へんなポーズ。
辺りを見渡す。うん・・・やっぱ、誰もいない。

・・・・バサバサバサ!

ぎゃああああああーーーーー!!!!

あわてて叫んで地面に突っ伏した。
天使の羽の音かと思った。錯乱して地面に顔を叩きつけていた。顔と両手は泥だらけになっていた。

ふたたびしん、としたのでおそるおそる上を見上げてみる。

・・・・梅の木にウグイスが止まっている。

・・・鳥、ただの鳥だ・・・。鳥に化けた天使じゃない。

ぼくはまた、命拾いした状態みたいだ。


ゆっくりゆっくり、老人のような頼りなくガタついた足取りで、小屋の奥の畑へと向かう。

畑の一部に小さな実がなりかけていた。でもまだ食べられそうにない。

ただの骨折り損になってしまったようだ。

再び小屋に戻って食べられそうなものを探す。
どれも中途半端にかじりついた跡がある干物や果物たち。
餓死しかけて無意識のうちにむさぼったのだろう。
それにしても・・汚い。

いつかじったのかさえわからないこれを、食べるほかないらしい。


ぼくは何日も起きあがれず、そのへんのものを貪り食い、またうずくまったままになる。そんな生活が続いた。

やがて食料も尽きてきた頃、焦燥感にかられ再び畑を見に行ってみることにした。
ほんの数メートル先の畑に行くことさえ、身が八つ裂きになる覚悟が居る。ごんべえがいないから尚更だ。

守ってくれるものが、何もない。こんなに、恐ろしいことはなかった。

ぼくはもうダメかもしれないと、絶望感に支配されて、自分自身を殺してしまおうと思ったことは数え切れない。
でも、いざ、自分の体に手をかけようとすると、自分のこの手は、足は、首は、これらひとつひとつが、ごんべえが生かしてくれたものなんだと、そういう時に限ってその感覚がよぎるんだ。

それにしては、自分の体を傷つけすぎてしまっているけど。
手足も、古傷やアザでいっぱいだ。
恐怖で、無我夢中で隣にまとわりついている悪魔をふりほどくのに必死だった。
そして戦い疲れて意識を失うんだ。意識を失って夢の中でも、また悪魔や天使がぼくを襲ってくる。
もううんざりだ。
生きていても夢の中でも、悪夢には違いなかった。

でも稀にそれらから解放されて、ほんの一筋の幻想の光が見えた気がした時があった。


ルーミネイト様や、ごんべえや、ローザやダンテが浮かんできた。ほんの一瞬だったけど。ぼくはその一瞬の1%のお陰で、99%の地獄を生き延びられたのかも知れない。


何日も食べないこともあった。するとふつうは栄養不足で体が鉛のように重くて引きずるのがやっとなのに、
たまに、夢を見た後、不思議な気持ちで目覚めると、
体は干からびて擦り切れた紙切れのようにカラカラでボロボロなのに、なぜか力が湧いてくる、そんな時がほんとうに稀にあったりした。

まるで、餓死状態を通り越して、なにか別の・・・超人にでもなった気分。栄養は抜けきって体中カラカラなのに、なんだか神聖なものに覆われて、体中がきれいに浄化されて、心で体のエネルギーを補ってるような、すごく不思議な感じだった。

そんな時は、やっと奇跡的に動けるようになったから、畑に実っているわずかな食料をとってきて、ゆっくりゆっくり味わって食べた。

ゆっくり、ものすごくゆっくり食べると、久しぶりに食べても吐きにくいし、それに体にじわじわ来るんだ。
ほんの少しの食料なのに、体が満足してくれる。
だから絶対に飲み込まずに、じっくりじっくり口の中で何時間もかけて食べるんだ。


でも良いことばかりじゃない。
畑の食料を当てにしてたら、何も実ってないこともかなりあったし、それどころか、虫に食べられて腐ってたこともあって・・・ぼくは命からがらなのに、虫を殺してやろうかと思ってしまったりした。

そして仕方なく食べたその辺の葉っぱや草の一部に毒があったらしく、その夜、一晩中腹痛に襲われて苦しんだことも何度かあったけど、それ以来、もうさすがに懲りて、
本当にどうしようもない時以外は、なるべくわけのわからない草や葉っぱは食べたらダメだと思った。


やがて、餓死しかける頻度が、徐々に減っていった気がした。
気がしたって言うのは、最近減ってきてるかもと思った瞬間、ひどい地獄を見て餓死しかけることが多いから、ぼくとしては気が抜けなかった。

でもだいぶ経って自分を見てみると、やっぱり餓死しかける回数は、ちゃんと減ってる気がする。

ある時、小屋の壁をぼーっとみていたら、何かメモのようなものが貼ってあることに気づいた。

・・・ごんべえの書き置きかもしれない!

急に飛び起きて、それを見に行くと、なにやら畑に植えた植物の栽培法がかかれてあるらしかった。

その後も、たまに、ごんべえのメモが見つかることがあった。
中には、もっと早く知っていれば、というような情報も・・。

毒草の代表と食べられる植物に関して書かれてあったメモがそのひとつだ。
丁寧なことに、そんなにうまくない植物のスケッチまで添えてある。
毒草の代表例の中に、ぼくがかつて食べてしまった植物もでっかく書かれてあった。

もっとこれを早く見つけてさえいれば、ぼくは一晩中腹や胃を押さえて苦しい思いをせずにすんだのだ。

そんなものがあるとは夢にも思っていなかったから、探すこともしなかった。すぐそこにあったのに。
壁のメモも、見ようと思えば見られるくらい身近なところにあった。
この机の上にあったメモも。どうしてぼくは今まで気づかなかったんだろう。
探すことも、見ることも、ぼくはあれだけの年月をここで過ごしていながら、本当に何もしていなかったんだ。



ある時、ふと、小屋や畑がある敷地の外には何があるのか気になった。

ふと外の方に目をやろうとするぼくがいた。でも咄嗟にそれを抑止した。
いや、やめておこう、今よりももっと酷い目にでもあったら、ぼくはそれこそ耐えられない。
そう思って、気にはなりつつ、目をずっとそらしていた。
たまらなく怖かった。一歩外に出た瞬間、天使に見つかって殺されるかもしれない。

そうやって気になる度何度も、自分を抑止して引き返した。
だがある時、恐怖が和らいだ瞬間があった。
黄色いきれいな蝶が光に照らされて目映いばかりに光輝いていた。
それはぼくを誘うかのように、敷地の外の方へ行って消えた。
全部ぼくの思いこみだったかもしれない。
蝶なんてその辺にいくらでもいるし、消えたっていうのも、単にぼくがぼーっとしていて見失っただけ。
蝶は単にそちらの方に密の香りがしたから行っただけで、見失ったのは、どこかの花の中に入って花びらでその姿が覆い隠されてしまっただけかもしれなかった。

でもぼくは、それがチャンスだと勝手に思ってしまった。
ほんの少しの好奇心と沢山の不安とで、ついに、敷地の外を覗いてみた。

ぼくは・・・・それを見た瞬間青ざめた。

何体もの天使がすぐそこに迫ってきていたなんて。

ぼくは本当に何も知らなかった。

心臓がドキドキしてる。恐怖とかそんなものではなかった。
なにか、とんでもないことが起こってしまった。
どう対処していいのかわからない。
ぼくは殺されるのか、どうすればいいのか、しばらく考えた。
手先はふるえ、まともな考えは浮かばない。
足先はふわついていて、感覚が感じられない。


逃げようか・・・自首しようか・・・・どうすれば逃げられるだろう。
ただの人間のなり損ないのぼくが、天使から逃げる?
そんなのどうやって・・・・・。
ばくばくばくばく・・・高鳴る心臓の鼓動の中で、考えに考えた。

でもやがて、その生殺し状態に耐えられなくなって、再び様子を見に行ってみることにした。
こういう時のぼくは何故だかいつもより積極的に行動できるもんだ。


そこに・・・天使の姿はなかった。全身の力が抜けた。その場にへたりこんだ。

やはり外に出るべきでは無かったんだ。天使はすぐそこまで迫ってきていた。

大体、あれだけの罪を犯しておきながら、今までの長い期間、1人の天使にも出会わなかったなんて、そっちの方が奇跡だったんだ。

・・・そういえば悪魔にも出会ってない。
悪魔にずっと取り憑かれていた気はするけど。
実体を持った個体の悪魔には出会っていなかった。

なんだか妙なことばかりだが、とりあえずそんなことを考えているゆとりはぼくには無かった。

天使を見てからというもの、しばらくは大人しく小屋に引き篭もるしかなかった。
だって、畑に出ただけで天使たちに見つかるかも知れない。
本当はそれでも不思議だった。
なぜって・・・天使たちの捜索網は、ぼくが小屋に引き篭もってるくらいでは、かいくぐれないほどに卓越していたから。

・・そもそも人間のぼくが、天使や悪魔相手に太刀打ちできるはずもない・・・。

・・・・そもそも・・・・。


そうだ、そもそも、ぼくはさっき、天使が見えた。
ああいう捜索をしている時の天使は決まって姿を見えなくしているので、人間の目からは特に見えないはずなのに、
それなのに、人間のなりそこないの今のぼくにも見えた・・。


よくわからないことばかりだ。

ぼくはどのへんがふつうの人間と違って、
そもそもふつうの人間ってのはどういうもので、
今のぼくは何を失ったのだろう。

少なくとも羽はない。

どっちの羽も、翼を広げられそうな感覚すらない。

そんでもって、お腹が空く。
これも以前は無かった感覚。


あれ、ぼくって、一度、記憶を消されなかったっけ。


あまり思い出したくない記憶。
そうだ、ぼんやりしているけどものすごく苦しかった。
今とどちらが苦しいのかわからなくらい、あの時も苦しかった。
確か記憶を消されて、変な術をかけられたんだった。
無理矢理苦しいものにふたをされたみたいな感覚で、余計にむずむずして、イライラしたけど、その時は原因がわからずにただもがいていたような気がする。

人間になってから・・・・一度死んで、冥界を通って魔界に行ったのかな。
それで、この絶望と苦しみが死してもなお続くんだってことにまた絶望して、魔王への道を歩んでいったような・・・。

天使に消された記憶は結構よみがえってきてる。
でもそれとは別に、今まで思い出せてたことが思い出せなかったりしてる・・。

ぼくの記憶、かなり錯乱してる気がする。


ぼくは魔王になったのかな。でもあの元魔王さんに言われたっけ。
一時的に魔王のようなものになっただけで、魔王になったうちには入らない。って。

魔王になるにはもっとはっきりしたエネルギー体と、魔界を形成するものだとかなんとか・・・。


ぼくは魔王にもなれなかったのかな、でもあんな苦しくて惨たらしいのはもうたくさん。
どれだけ落ちたとしても、もうアレにはなりたくないなぁ・・。


でも、それなら、なぜあの元魔王さんはあんなに明るくて元気いっぱいなんだろう。魔王なのに。
魔王ってもっと怖くて恐ろしいものなんだと思ってた。

半天使で、半悪魔だったぼくは、魔界の魔王には当然お目にかかれなかったけど、ぼくが天界と魔界を行き来していた頃は、あの元魔王ってヒトが魔王をやってたんだろうか・・。

そういえば、ぼくは魔王というものを全然知らない。
いつも魔界にいくと、その辺の下級、中級悪魔にボコボコにされていじめまわられるから、そんなすごい悪魔と知り合うこともなくて。


・・・・ジルメリア。そうだ。ジルメリアは博識だった。
魔界の色んなことを教えてくれて、その代わり、魔界以外の色んなことを聞いてきた。
天界にさえ興味を示していたと思う。

結局、自分のことに必死で、大切な存在だったジルメリアの生死すらわからない。

ジルメリアは天使に殺されたってパトリは言っていた。
本当か、ずっと確かめたかったのに、結局悪魔は素直に答えてくれないし、
質問しても、代わりに天使を1匹よこせとか、ぼくの天使の部分をよこせとか、冗談にもならないことを言ってくるし、それに、その通りにしたってなにも教えてくれはしないことぐらい、ぼくだって長い魔界生活でわかっているんだ。

魔界をあきらめて、人間界に来てみたものの、案の定ジルメリアに関する情報は全くなくて・・・。

ぼくはあれっきりジルメリアの捜索が出来ないでいた。


そもそもぼくははじめ、天界と魔界を行き来するような任務を任されていたんだ。
その後人間の悪行と善行を記録したり、極楽地獄とかいうwebサイトに関して調べたり、色々な任務をこなしてきたつもりだ。
あの時は、どこか光があった。
ローザ先輩やダンテや、イコン、モカがいてくれた。
あの時のぼくは自分のことをそんなに幸せだとは思っていなかったけど。
いつも一人で落ち込んでいたし、天界に味方はほとんどいなかったし、つらいことばかり、我慢することばっかりだった。でも、今思えばある意味あの時は幸せだったかもしれない。やるべきこともあって、天使になるぞ、天界にとけ込むぞ、ちょっとでも、後ろ指を指されないように、天使らしくなってやるぞって、すごく意気込んでた。
ものすごく頑張っていた。
あの頃のぼくには実は光が、目標があったんだ。今になってわかる。
時々懐かしくなる。あの光が恋しくなる。もう今はどう頑張ったって手に入らなくなってしまった光。

どうしてこうなってしまったんだろう。
そう・・・・そうだった、ルーミネイト様にある時突然言われたんだ。天界にいちゃいけないって、その言葉がなによりも、誰よりも頑張ってる僕にはとてつもなくショックだった。
信じたい、でも・・・もしかしたらぼくは、もう用済みなのかも、人間界に、厄介払いとして追放されちゃったのかも・・・天界から見捨てられたのかも・・・そんな絶望と不安と悲しみが奥底にずっとうずいていた。

あまりにそれが苦しくて、ぼくにとって重い足枷みたいだったから、しばらく、思い出したくなくて、面倒を見てくれてたノルディさんのもとを離れようと思った。
天界から追放された事実から逃げたかったんだ、少しでも。認めたくなかったんだ・・とにかく。

そうしたらパトリと出会った。パトリは魔界ゲートを開けるよう唆してきて、結局魔界ゲートは開いちゃった。
・・・でも、そこでかけがえのない人と出会った。
ごんべえ。いつの間にか、ぼくの心の奥底の支えになってた存在。
彼といろんなところを旅した。彼といるとどんなことをしていても穏やかで楽しくて不思議だった。
魔界が魔界じゃないみたいに感じられたし、人間界でも穏やかな楽しい気分でいられるのは変わりなかった。
彼といるとあまりに心地良いから、自分には天界じゃない、もっと理想の場所があるんじゃないかって思えてきたんだ。
天界に戻らないわけでも、戻りたくないわけでもなかったけど、でも今は、今だけは、ごんべえと一緒にいろんなところをまわってみたかった。あの頃の自分は、理想郷を探すっていいながら、本当はごんべえの横に居場所を感じていたんだろうな。


でも、それも、突然終わりを迎えた、ごんべえが突然いなくなって、ぼくは目の前が真っ暗になって、絶望した。
ごんべえまでぼくを捨てたと思った。
ぼくはもう、今まで我慢してきたものが、不安が、恐怖が、怒りが、膨大な力の渦となって内から飛び出していくのを感じたんだ。
それで、どうしようもないことをした。
もうここからは何も思い出したくない。
ぼくの、ほんとうの、暗黒時代。



昔のぼくが暗黒の中にいなかったとはいわないよ。
無理をして、我慢をして、それが報われるって必死に信じて、疑わずに、バカみたいに。ひたすら健気に、踏みつけられても、貶められても、無視されても、邪険にされても頑張ってきたんだもん。
相当惨めだった。だからこそ、ごんべえがいなくなったのをきっかけに、我慢してきた悪いものが、今までされてきた沢山のひどい仕打ちが全部、悪の渦となって流れ出たんだから。


でも・・・でもね、今のぼくみたいに、ここまで
何も見えなくて、毎日発狂しそうな恐怖におびえて、人ですらなく、悪魔でも天使でもなく、味方もいない。
それに天使はいつぼくを殺しにくるかわからない。
ぼくにはもう魔法が使えず以前のぼくよりもっと虫けらみたいな弱い存在。

毎日が悪夢とか地獄絵図のようで、そう、地獄にいる時、いつ止むともしれない悪魔たちの暴力に耐えている時みたいに。
でもある意味あれよりひどい。
あの時は使命感とか目的があった、ローザ先輩に会いたい、会える、そういうものがあった。
でも今は違う。滅びと、絶望と恐怖と、今日殺されるだろうか、明日殺されるのかな、毎日そんな気が狂いそうな恐怖の中で生きている。
何の力も使えない。

以前のぼくよりもさらにひどい。

ぼくはどこまで落ちていくんだろう。



こんな地獄のような日々は初めてだよ・・。






ぼくはあと、何を奪われて、どれほど苦しめば終わるのかな。











ダハーカ様!ダハーカ様!

けたたましい声で悪魔が叫ぶ。

その切迫感とは裏腹に、呼ばれた悪魔は従容としてポリポリ頭を掻いている。

ヴォルニート様!

別の悪魔がまくしたてるように呼びかける。


むっくりと、デカい図体を起こし始めるダハーカ。
そのあまりの大きさに、少し動くだけで周りの悪魔たちが一斉によける。

「あの小僧の様子はどうだ?」
「それより大変です!奴が動きました・・!」
「・・・ん?」
悪魔がダハーカの近くに寄って何かをこそこそと話している。

しばしダハーカは考え込んだ。
大きな左手でデカい顔を覆い隠し、人差し指をとんとんと動かしている。
そしてダハーカは背中から黒い枝状のものを延ばし、それを地面に勢いよく突き刺した。

しばらくして緋色の扉が開き、悪魔がやってくる。

その容姿は幼さの残る女性のようで、紺桔梗に染まったネグリジェのようなものを纏っている。
そして右手と思われる部分には黒ずんだ大きな怪物が融合していた。

彼女はとても・・・気だるそうだ。

「・・・呼んだ?起こすならもうちょっと丁寧にしてくれない?」
「ネボラ、あの悪魔どもが暴れているらしい。なんとかしてやれ。」

ネボラと呼ばれた女性は、不機嫌そうに顔をくしゃりと歪ませた。
「・・・・叩き起こしていきなり言う言葉?」
「今回の騒動の黒幕は大物らしいぞ。」
「・・・・・・。そういえば私が靡くとでも・・」
ダハーカは黙って白いものを突き出した。
ふわふわして白い、そう・・・天使の羽のようだ。

それを見て目の色を変えた悪魔は、挨拶代わりに軽くダハーカを睨みつけて、そそくさと出ていった。






一方、天界の奥の貯蔵宝物庫あたりで2つの声が聞こえてくる。
「天使どもが魔界に?」
「そう、最近、悪魔たちのちょっかいが増してきてるでしょ?」
はっきりとした勢いのある強い声、そして、穏やかで落ち着いた少し可愛らしくもある声。
声の主はダンテとイコンだった。

「・・・それで、わざわざ魔界に出向いたのか?」
「親玉の悪魔に直訴するらしいよ、無謀だよね。」
「・・・・うむ・・。」
・・・・それを聞いて、少し考え込むダンテ。
ダンテは事あるごとにイコンを頼って天界貯蔵図書館に足を運ぶのだが、今回の本当の目的は、いつもとは違っていた。


イコンに気づかれないよう、ちらっと一瞬イコンの方を窺うダンテ。

ーーやはりだ。

以前から気になっていた。
イコンの存在が・・・・。"希薄"に感じる。


天使は力が弱まると存在が希薄になる。存在する力が保てなくなると、分散して消えてしまう。

それが、天使としての、ひとつの「死」。


ダンテはここ最近のイコンの様子がとくにいつもと違っており、それに強い不安を感じ任務どころではなかったのだ。


ー理由を聞きたかった。どうしたのかと、尋ねたかった。
・・・だがどうしてか、イコンを前にした途端、口から出ようとした声は消えていった。


でもその煮えきらない態度のダンテを見てイコンが感づかないはずはなく・・・。


「ねえ、どうしたの。」
「・・・・んっ・・?」

「何か言いたいことがあるんでしょ?」

・・・ついにイコンの方から尋ねられてしまう。
一瞬思考が停止し、口ごもるダンテ。
・・・どうしたのか?と・・、
・・・素直に尋ねて良いものだろうか・・・。


「・・・ぼくのこと、何か、疑ってる?」
「いや・・・そんなことは!」
何か誤解を生じさせてしまった気がしたダンテは、慌てて取り繕い、口から出任せの言い訳をしてみた。

「・・・・ふぅん、ま、いいや。」
イコンは何となくそっぽを向いて適当に会話をした後、ダンテと別れた。

ダンテがその場を立ち去った瞬間・・・、
イコンの瞳の色が変わる。

なにも言わず、イコンの表情は硬直していた。
心の中で泣いているのか、イコンの悲しみは表情からは読みとれない。

ただ僅かすらも動かないまま、体も、顔も、静止していた。


あまりに長い間暗がりで静止しているイコンを見かねた上司のトマスファリが、ついに声をかけた。

「あのさ、そんなにつらいかい?」

トマスファリがテレパシーのようなもので、イコンに直接声を送ったのだが、イコンはやはりしばらく静止していた。

だいぶ遅れて、イコンの瞳がふと我にかえった。

「いつかはそのときが来る。もう君も解き放たれて良い頃だ。」

「無用な慰めはいらないよ。
ぼくはこのままここで、存在をかき消されて、
誰にも気づかれないまま消えることになるよ。」

「No〜ノ〜、未来はいつでも、誰にもわからない。」

イコンはなにも言わず、ちょっと馬鹿にしたように、背中で笑った。
天界がそんなことを許してくれるはずもない。そうだろ?
そういわんばかりの抗議の目で、イコンはトマスファリがいるであろう天井を睨んだ。

トマスファリは知っていた。
未来はいつでも、想像だにしないことが待っていることを。

イコンもまた知っていた。
運命や境遇はそんなに簡単には変わらないことを。



・・・・・ただ、その時は、刻一刻と近づいていた。
その新たな運命の到来は、足音もないくらい静寂で、誰も気づくことはない。
それがすぐそこまで迫って来ていても。
明るみに出るまでは。誰一人として気づかない。




今、天界では密かに大きな計画が練られていた。
最近天界の周りで起こる不祥事や惨事に、悪魔たちが関わっていることは火を見るより明らかで、
天界は多くの天使を使い黒幕を探っていた。

天使たちはその調査の一環として天界側に協力的な堕天使を使ったり、時には天使自ら魔界に赴いたりもしてきた。

魔界で悪魔に襲撃され命を落とした天使もいる。

やがて天使たちの長きにわたる忍耐の末、ついに黒幕らしき上級悪魔が浮かび上がってきた。


上級悪魔ガハブ。彼を討伐せよという命令が、ある朝、ついに天使たちに下されることとなった。

その任務には、多くの天使が動員された。
その中に・・・・
「俺もですか?」
「はい、そうですよ、」
ルーミネイトに代わって命令統括を務めていた大天使フェルメイにあっさりダンテの名も呼ばれてしまう。

魔界などという薄汚い場所には極力関わりたくないダンテは、必死にごねてみたものの、フェルメイに華麗に流されて、ダンテはそのまま討伐部隊に加わることになってしまった。

大天使の呼び出しが終わり、天界城を後にしたダンテは、重苦しい足取りで天界をふらついていた。

そのさまよえる翼は、やはりいつものように、イコンのところへと自然に引き寄せられる

「・・・なぜこうも、大天使というのは、俺の話を華麗にスルーするのが上手いんだ!!くそっ・・」
少しでも汚れた場所を嫌悪するダンテにとって、魔界とはまさに"史上最悪の場所"なのだ。

ダンテはぶつくさ文句を言いながら、いつものようにゲートをくぐり、天界貯蔵図書館の入り口に立った。
入り口に手を当て振動を送り、自分の来訪を伝えるが、中から反応がない。

「・・・・イコン?いないのか?」

そう言ってはみたものの、イコンがこの中にいないはずがないのだ。
なぜなら・・・イコンはここから一歩も、外へ出られないのだから。

なぜ出られないのか、具体的な理由は聞いていない。
詳しく聞いてもはぐらかされるか、沈黙されるだけだ。


イコンは時々、とても深刻な面もちで、ダンテに何かを話そうとしたことがあった。
だがすぐに、にこやかな笑顔でごまかされて、そこで終わりになってしまった。


今思えばもう少し深く尋ねてみてもよかったと思う。
イコンの様子が最近ずっとおかしかったし、存在も希薄になっていた。


ダンテはこの時以降、イコンのところを尋ねても、イコンに会えることはなかった。

胸がざわつき、ひどく不安になり呼吸が乱れたが、
ダンテにはどうすることもできない。
イコンの安否を確かめることも出来ない。

なにしろイコンは、天界の者たちとは交流をほとんどしない為、ほかの天使からイコンの情報を聞くことは殆ど不可能なのだ。



そもそも天界貯蔵図書館へは、ある特殊な任務の一環で出入り出来ることとなった。

ダンテは色んなことを調査できる特別な権限が与えられていた為に、日頃から沢山の情報にアクセスすることは可能だった。
だがある特殊な任務の際、通常の天界で閲覧出来る情報では、任務の遂行が困難だと判明し、ルーミネイトに相談しにいったことがあった。

ルーミネイトはある天使を紹介し、彼に導かれて天界貯蔵図書館へと向かった。
そこでイコンと出会うことになったのだが、そこへ行けたのはダンテに特別な任務があったからだった。
その任務を遂行し終えると、再びそこへ赴くことはなかった。
だがやがて、困難な任務をいくつも成功させたダンテは信用を勝ち取り、やがてイコンとの恒常的な接触を許可された。
但し任務上、必要な時のみという条件付きで。


ダンテが知っている限り、イコンのところへは数人の天使が出入りしているようで、天使ローザもその1人みたいだ。
だがダンテはローザがどういう理由でイコンとの接触を許可されているかまでは知らない。

ただ一つ言えることは、天界城にいる天使どもは、基本的に厳密で厳格な為、イコンと会うことに関してもそれなりの理由が必要だが、

一旦イコンとの接触を許可された後は、
多少必要もないのにイコンと会っていても案外何も言われないのだ。

それは天界城の天使どもが目をつぶっているというよりは、
おそらくイコンの上司のトマスファリが厳格ではないのだと推測する。



ダンテは魔界へ赴くことになるまでの間、なるべくイコンに会っておきたくて、何度も天界貯蔵図書館を訪れてみたが、遂に会うことは叶わなかった。

今回の任務はかつてないくらいに大きなもので、
まして目的は上級悪魔討伐。
無事に帰って来られる保証もない。

ヴァイオレットが魔界に墜ちたという一大ニュースが飛び交ってからというもの、天界は少し焦っているのかもしれない。
これ以上魔界によって、天界の勢力を削がれたくないのだろう。
あの大事件が起こってから、悪魔による天界への攻撃が多発している。
表だった攻撃だけならまだいいのだが、
一番天界が恐れているのは、悪魔による誘惑でヴァイオレットに続き、多くの天使が堕天してしまうことだ。
ただでさえ、半天使ヴァイオレットのせいで、天界から魔界へ続く転落への道筋が大きく生じてしまっている。
つまり天使たちが悪魔たちの口車に乗って堕天しやすくなっているのだ。
天界側はこの非常事態を静観しているわけにもいかないので、今回わざわざ、魔界に赴いてまで、上級悪魔を討伐するなんていう無謀にも思える命令をしたのだろう。

魔界という天使のフィールドでない場所に赴くということは、天使にとって圧倒的不利なのだ。
そこに居るだけで、力を削がれてしまう、魔界は天使にとっては長居してはならない場所なのだ。



第一部隊は西方へまわり、援護にそなえよ、第三部隊は・・、
耳に触る甲高い声で、作戦を何度も聞かされる。
どちらかというと個人で戦うことを好むダンテは、こういう集団行動が苦手な方だ。
入念な準備の後、よくわからない指令で、あちらこちらへと移動させられる。

ダンテは全く乗り気になれない。出来ればいち早く帰りたい。
イコンのことも気がかりでならないし。


ため息が自然と幾度もダンテの口から流れ出る。


「戦闘が始まったーーーー!!!!!」

かなり向こうの方から張りつめた声が聞こえた。天使の声だ。
最前線で交戦が始まったようだ。
ダンテもいよいよ、やる気が出ないなどと言ってられなくなってきた。

天使の戦闘スタイルは様々で、ダンテは細い、サーベルのようなものを使い戦闘するのを好む。
もちろん、どんな攻撃の仕方も可能なので、攻撃らしい動作をせずじっとしたまま戦うという一見すると突飛な戦闘方法も見られる。


前線での攻撃が始まった後も、ダンテのいる部隊にしばらく出番はなく、このまま順調に運ぶかに思われた。

・・・・が、突然、魔界の闇にけたたましい奇声がひびきわたった。
かと思うと、悪魔の大軍団が上空を瞬時に覆った。

上空を照らし多くの天使たちを保護していた空中部隊の天使たちがかき消されるようにして黒の悪魔たちに飲み込まれる。

上空の光は一瞬にして闇に変わった。

大勢の天使たちに緊張と恐怖と不安が過る。


そんな中、カローという部隊長の天使が状況を変革させる。
彼は数十の精鋭部隊をつれて上空の悪魔集団と健闘していた。



徐々に混乱が大きくなる中、ダンテの部隊にも多くの悪魔が押し寄せ、ダンテも必死に戦っていた。

だが、どこか力がでない。なにか、むなしい。

あの人が居ないからだろうか。

ルーミネイト様。あの天使の為ならば、どんな激務でも熱意をもってこなせたというのに・・。


戦いの中にも波があり、勢いの中にも波があった。
激しく交戦した後、しばらくにらみ合いとなったり、ほかの部隊の応援に駆けつけたりと、当初練られた作戦はまるで意味を成さなかった。

ダンテは戦場となった魔界を駆けずり回った。
”薄汚い”のが大嫌いなダンテも、戦場を駆け巡り、何度も激戦を繰り広げ、気づけばボロボロになっていた。

これが天界ならば、天界の空間がもたらす治癒力で天使たちはたちまち力を回復することが出来たのだが、
ここ、魔界ではそうもいかない。

薄汚れた兄、ヴァイオレットのことを、俺はいつも鼻で笑っていたな・・。

ふとそんなことが脳裏を過る。

するとどうだろうか、目の前の悪魔たちの集団の中に、奴(ヴァイオレット)らしき姿が見えた!

あっ・・・・と声が出そうになったその瞬間・・!


ザシュッ・・・・。



むごたらしい無慈悲な音とともに、その悪魔は天使に消されてしまった。


・・・・普段、慈愛に満ちた天使が、とても残酷に感じられた。
敵とみなし、戦う、とは・・・・、こういうことなのか。


天使が、天使でなく、悪魔とも見間違えそうで、ダンテはなんだか少し怖くなった。


天界を守るため。そう、目的は、愛する天使と人間を守るため。それが目的だったはず。

守るため・・・。そうして、目の前の悪魔は無慈悲に殺された。
それが正義なのか・・。


あれは、ヴァイオレット・・・だったのだろうか。
いいや、ほかの、他人のそら似だったかもしれない。


だがもしヴァイオレットだったとしたら俺は・・・。


ヴァイオレットは魔界で最後に目撃されて以来生存自体が確認されていない。

もしかしたら魔界のどこかに・・・・。




ダンテの中に走る恐怖と不安。揺らぐ信頼感。

なんなんだ、このもやもやした感じは・・。
俺は天使で・・・天界に忠誠を・・・・・

バシュッ!ーーーーーっっ!!?


狼狽していたダンテを悪魔たちは見逃さなかった。
数体の悪魔がダンテの背後から攻撃を仕掛け・・・ダンテは不意打ちを食らった。


視界が震え、かすんでいく。
先ほど無慈悲だと感じた天使がダンテを庇って悪魔の攻撃を受けた。

その天使は間もなく複数の悪魔に攻撃を受け、殺された・・。


ダンテは薄れゆく意識の中でその光景を目の当たりにした。

もう何もかもが揺らいでいた。
ダンテが一心に信じてきたものが、ガタガタと崩れさっていくような気がした。





ーーーー何が、正義で、何が、慈悲なんだ。





魔界の世界は天界と皮肉にも似ており、何層にも重なって世界が存在している。
層が深ければ深いほど闇が深く光は届かない。
ブラックホールのように吸収されて、どこにも光は放たれない。
一番深い層の魔界が、俗に言う無限地獄。なのだろう。

そこまで行けば、天使も人間も助からない。そこに行く前に存在が消えて、別のものになる。
それはただの骸か、それとも悪魔か、化け物か。


天使たちが入り込めるのは一番浅い層から数えて3つめくらいまでだ。
それ以上深い魔界に突入すれば、急激に存在のエネルギーを吸い取られて消失してしまうだろう。

それではもはや戦いすらままならない。

だが、困ったことに上級悪魔とかいう連中は魔界の下の方、深い闇の層に居ることが殆どだ。

そのため今回の戦いでは、目的の上級悪魔を如何にして上の浅い層までおびき寄せるかがカギだった。


幸い、作戦は半ば成功しつつあり、
中級悪魔どもが群を成してすぐそこまで来ていた。
・・・・のだが、肝心の上級悪魔が一向に現れない。

上級悪魔にとって、同じく上級の天使を狩ることは最高のスイーツだと天使側は考え、いくつもの囮を用意していた。


魔界という極めて劣悪な環境で、天使部隊はみるみる疲弊していった。
なのに・・・一向に上級悪魔は、現れる気配すらない。



この作戦には無理があったと、多くの部隊長が考え始めていた。

時間がかかればかかるほど、戦況は天使側に不利に働く。


しかも、天界と魔界を行き来し、魔界での戦況を天界に報告していた何人もの天使がいつの間にか姿を消してしまっていた。

戦いの中で、悪魔たちにやられてしまったのだろうか。

これでは、天界側の援軍も見込めない。

この劣勢に感づいて天界が自発的に天使たちを新たに遣わしてくれれば状況も少しは改善するかもしれないが、
どちらにせよ上級悪魔が現れないことには、何の意味も成さない。

当初の任務に逆らって早期撤退するか、最後まで粘り強く戦い抜くのか、天使たちの間では意見が真っ二つに分かれていた。

そのうえ、増大する不安と恐怖の中、天使たちの信頼感が一気に揺らいでいた。
この不安の心は悪魔にとって格好の餌食となった。

悪魔はいつでも心の隙に付け入るチャンスを窺っている。
そしてそのチャンスを逃しはしない。

悪魔たちの狡猾な誘い込みにより、不安を増大させた天使たちは、内側から崩れ、悪魔の餌食となってしまった。

一旦形勢が不利に働くと、その勢いはとどまるところを知らない。

マイナスのうねりは、内側と外側の両方から天使たちを一気に追いつめていった。


やがて天使の部隊は編成することも出来なくなり、散り散りになった。


小さな集団を作り、逃げ隠れしながら、天使たちは戦い、天界を目指してさまよった。


ある天使が、SOSの魔法を、天界へ向けて放つ。

それを見たほかの天使も、SOSを魔界の空に向けて放った。
それらを見ていた生き残った天使がたくさんのSOSを、空へ投げつけた。

途中で魔界に阻まれ、そのSOSは届かなかったかもしれない。だがもう、ほかに手段は思いつかなかった。

戦う力も残りわずか。必死で逃げ隠れしつつ戦いを避けられるだけ避けた。


ーーーーそんな中、ダンテはどうなったのだろう。


ダンテは、地中に埋まっていた。
沢山の、死体に守られて、かすかに命を留めていた。
これが、彼の求めていた、ほんとうの慈愛の姿なのかもしれない。
もう物言わぬ天使たちが、骸となってまでも、ダンテを守ってくれていた。


しかしダンテは目覚め、この惨状を目の当たりにしたとき、一体どう思うだろうか。

生き残った者が幸せなのか、死んだ者が幸せなのか。


そんな残酷な選択肢が、悪魔の望む世界なのだ。
天使で居るために、いつも、気を配っていなくてはいけない。
悪魔たちの意図に乗せられてはいけない。
それが、悪魔たちの意図するものだと気づいたら、いち早く、そこから抜け出さなくては、簡単に魔界に引きずり込まれてしまう。
よおく、自分の思考を観察するんだ、
それが魔界に属する思考の産物か、天界のものなのかを、
よおく、見ておくんだよ。


叔父のトッヘルが、ダンテに言い聞かせていた言葉のひとつだ。

彼は聡明だった。昔はすごかったとも、風の噂で聞いている。
今ではへにゃりとした、覇気のなさそうな、人の良さそうな初老の天使ではあるが。

ダンテはトッヘルに格別に世話になっていた。
天界では必ずしも親子関係や親戚関係というものが存在しない中、トッヘルは多少過保護気味だったが、ダンテに多くのことを教えてくれた。

そしていつも口を酸っぱくして言っていたことがもうひとつ・・・。


ーーーーヴァイオレットを許してあげなさい。彼の存在を許して、そしてダンテ、自分の存在をもっと楽にしてあげなさい。

誰かを許すということは、自分を楽にすることだ。光の中に解放してあげることなんだよ、ダンテ。

君はもっと、軽くなってもいい。楽しんで良い。

両親の業なんていう、わけのわからない、目には見えない不確実なものに囚われ続ける必要なんてどこにもないんだ。

そんなものはどこかへ捨ててしまって、君がもっと自由に振る舞える生き方をすればいい。
それの方がずっとダンテらしいと、私は思うよ。



ダンテは意識を失った中で、そんなトッヘルの言葉を、思い出していたのかもしれない。

だが、そうしているうちにも戦況は見る見る悪くなっていく。




1人、また1人と・・・・天使はやられていった。


あと、何人、魔界で生き残っている天使がいることだろう。

誰も、その状況を把握できている天使はいない。


ダンテが埋もれた死体の山に、数匹の悪魔たちが近づいてきた。

「ココカラ・・・ニオイガスル。」
「確かニ・・・・生キた、・・・・天使ノ・・・匂イ!」



多くの生き残った天使たちはダンテの存在に気づく余裕もなく、すでに上の階層にあがってしまっている。

ダンテは取り残されたのだ。魔界の闇の中に。
いくら力の強いダンテといえど、たった一人、しかも天使が魔界の中で居続ければたちまち悪魔たちの餌食となる。

ヴァイオレットが魔界でたった一人生き残れたのは、特別強力な天使の魔法で守られた紋章をつけていたことと、彼が半分悪魔だったお陰なのだ。

そのうえ、ヴァイオレットは、天界に昇る時は悪魔を殺す作業に近い浄化というものを受け、逆に、魔界に降りる時は、悪魔たちに少しでも紛れる為に、逆浄化作業を受ける、これは天使の部分を殺すことに近い。
どちらも激痛を伴い、心が半分死んだようになる。

彼、ヴァイオレットは今まで、そんな甚振りに近い激痛を受けさせられても天界に留まっていた。
彼にとっては自分の居場所を失うことが一番怖かったのだろうか。
誰が見ても、ヴァイオレットは厄介者扱いを受け、天界に必死でしがみつく理由など無いように思えた。
しかも、そんな激痛を伴う作業を経て魔界と天界を行き来させられる。守護してくれる天使もいなければ導いてくれる堕天使も居ない。
ふつうの天使が魔界に赴く時とは雲泥の差だ。
ダンテは薄々感づいていた。あわよくば、厄介者の半天使ヴァイオレットが魔界で死んでくれはしないかと天界側は思っているのではないかと。
死ななければそれはそれで利用価値があるので、誰もやりたがらない劣悪な任務を押しつけておけばいいのだと。


ダンテはそんな状況を他人事のように見ていた。
心のどこかでは、天界のやり方に賛同すらしていたのかもしれない。

ただ1人の天使だけは、違っていた。


大天使ルーミネイトは彼ヴァイオレットに高い守りの力を持つ大天使の紋章を与え、彼が単身魔界に赴いても死なないように配慮してくれた。

そして天界で何か問題が起きればたちまちヴァイオレットに矛先が向く事態に対しても、冷静に原因を究明するよう取り計らってくれた。



天界に存在する小さな光、味方。
半天使ヴァイオレットが天界にしがみついていられる理由はそこにあったのかもしれない。




ガリッ・・・・!
激痛とともに意識に流れ込む悍ましい気配。
ダンテは瞬時に目を覚ました。
気づけばダンテの四肢は串刺しにされ、動きを封じられていた。
ガリっというさっきの鈍く生々しい音は、ダンテの体がえぐられる音だった。
ダンテは悪魔に食されようとしていたのだ。

しかも、いつのまにか、ダンテの生きた天使の気配を嗅ぎ付けて、沢山の悪魔が寄り集まっているではないか。

その上、呼び寄せても、呼び寄せても一向に来る気配の無かった上級悪魔、ガハトが、悪魔たちの中央を陣取っていた。


「呼んでも来ないくせに・・・・こんな時になって・・・

悪魔というのはつくづく・・・・、」

ダンテは文句をつぶやくように吐いて、目を閉じた。

死ぬときは潔く。そういうことなのだろうか。

・・・・・・・ザシュッッ・・・。

鈍い音。妙に吐き気を催す悪臭。気分が悪い。


「死ぬというのはこれほど、心地の悪い・・・・」


そのとき、なにかけたたましい音がした。そしてまた一段強い悪臭が漂う。

・・・なんだ?死の感覚にしては・・・。

ダンテは何か違和感を感じ、うっすら、目を開けてみた。



「鬼」・・・!?


そこに居たのは何か得体の知れないもので、ものすごい気配を放っていた。悪魔の気配とはまた違う何か強大なものが、そこに居た。

体は赤く、赤く、業火のような怒気を帯び、目玉は剥き出しで、視線を合わせれば瞬時に死が待ち構えていることは疑いようもない。

図体はでかく、人間を何体もかっ喰らった後のように、そこら中に血のようなものが付着している。
それは計り知れない化け物で、悍ましい、悪魔とは全く違った悍ましさがあった。

何かに怒り、人を殺し、それでも怒りが収まらず、多くのものを惨殺してきた。
そんな惨たらしい惨状を見ても、ほんの僅かすらも心が動かない。
凍りついた心と、凄まじい憎悪。目を覆いたくなるほどのことを平気でやってのける。
それでも人か?悪魔か?
悪魔であろうともここまでの酷たらしいことが何の躊躇もなくやってのけられるだろうか。
こんな大きな怪物に至るまで、一体どれだけのえげつない罪を犯してきたのだろう。
・・・そう思いたくなるようなものを、この鬼は持っていた。

そして辺りには、鬼が惨殺したであろう、普通に殺された時より何十倍も醜い姿の死体が散在していた。

その鬼は、ゆっ・・くりと、自らの大きな影を引き連れて、その辺の死体を引きずり散らし、こちらへ向かってくる。

影で覆い隠されてはいたがうっすら垣間見える壮絶な体験をしてきたであろう、
修羅のような歪んだ顔つきが、徐ろにこちらへ方向を定めた。


ダンテは身震いをしたあと、体が硬直し動けなくなる。
それはこっちに近づいてくる。
ーーーー食べられるのか?煮て焼かれるのか?
もう何も文句は言うまい、どうせ悪魔どもに殺されかけたこの命・・・・。

覚悟を決めたダンテだった。

・・・が、それは、徐々に姿を変えていった。

鬼、と見紛うものから、ダンテのよく見知った姿のものに・・・・。


・・・・・・。


ダンテはその姿を見て、言葉を失った。

なにも、わからなくなった。


なぜなら目の前に居たのは、先ほど鬼であったものは・・・


「・・・・イコン。」



搾り取るような声で、ダンテが問うように囁く。



「おまえ・・・・・なのか。」




まだ少し震えている。目の前の鬼は、明らかにふつうでは無かった。
あの異常なまでの気迫に、ダンテは本能からの怯えを感じていた。


そして信じたくなかった。目の前のものは幻想だ。
俺は死を間際に、変な夢でも見ている。


そう、思いたかった。



・・・・なのに。



「・・・・・ごめん。」

目の前の鬼だったものは、そう小さく呟いた。


気づけば鬼の気配はなく、小さな小さな、可愛らしい図体と、マスコットのようなふわふわした髪の毛、そしてくりくりした愛らしい瞳、
その容姿はそっくり、そのままイコンだった。


ダンテは何がなんだかわからなくなっていた。

ただただ悲しそうに下を向いているイコンを見つめるしかない。

理由すらも聞けない。何が起こったのか。なぜイコンがここ、魔界にいるのか。
先ほどの姿は何なのか。

俺が知っているイコンは、一体どこへ・・行ってしまったのか。


俺がよく見知っていると思っていたイコンは、もしかすると・・・・。



不安と、不信感が、そして悲しみが、体中にぐるぐると渦を巻き、吹き出しそうだ。
過去の記憶が、次々と脳裏を過る。

あれも、これも、実は全て偽りだったのか。

あの出来事も、この出来事も・・・・・!

俺が信頼していた数少ない天使、イコン。

事あるごとに相談しに赴いていた天使、イコン。

彼だけは信用に値すると、どこかでそう思いこんでいた、イコン。


あの笑顔は偽りで、今までの会話は偽りで、俺は一人、勝手に勘違いをして、信頼がおける数少ない天使だと、
そう思いこんで・・・・!


「おまえは、一体誰なんだ・・!!」


心が叫んでいた。悲しみで何かが埋もれてしまいそうだった。胸が張り裂けそうだった。悪魔に殺されるよりもあるいみ残酷な、最愛の友の裏切り。信頼の裏切り。

いままで何一つ、何一つだ、奴は、イコンは俺に打ち明けてすらくれなかったということなのか。俺は、奴に、何一つ信頼されて・・・・いなかったというわけか!!


近くて遠い2人の距離は、無言の空白となって、辺りに漂った。


ダンテがおそるおそるイコンの方を見ると、彼は・・・泣いていた。


そこから少しも動くことなく、ただただその赤い瞳はダンテを見つめ、瞳には沢山の悲しみや葛藤が見えた。


ダンテはその様子を見、悲しみがだんだんと怒りに変わってきた。

「なぜ泣いてる!答えろイコン!おまえがなぜ無く必要があるんだ!俺のことなど信用していなかったんだろ!
・・・なんなんだ!どうにか言え!」


雄犬のように吠えたてるダンテを見て、イコンは少し微笑んだ。

「変わってないね。いつものダンテ。ぼくね・・」

すこし辿々しいが、いつもの優しいイコンの口調。
その聞き慣れた声色に、ダンテは少し落ち着きを取り戻した。


「上級悪魔、倒してきたよ。」

イコンの衝撃的な一言。鬼の姿がイコンに重なって見える。

イコンではないイコン。俺の知っているイコンではないなにか。
恐ろしい、とてつもなく恐ろしいなにか。
そういえば先ほど大勢いた悪魔たちも、気づけば骸の山の一部となっている。

「やはりお前は・・・・。」



「ぼくが怖い?・・・きらいになっちゃった?」

化け物でも見るような目つきでイコンを見つめるダンテに、イコンは悲しそうに笑ってみせた。

「なぜ・・・お前みたいなのが天界にいる・・。お前は悪魔じゃないのか。」


ダンテの痛烈な一言に、イコンは笑顔のまま唇をきゅっと噛みしめた。

こういう時のダンテの冷淡さは結構なものだとイコンも重々承知だったが、いざそれを自分に向けられると、とても痛く感じられる。

ダンテは天使以外の存在のものにとても冷淡で、敵意を剥き出しにすることを、イコンはずっと知っていた。
そうずっと昔から、横で見ていたのだから。



きらいになったかなど、再度聞き返す必要もない。

今、ダンテとイコンの間に流れている空気は、とてつもなく冷えきっていた。
ダンテの目はお前を信用をしていない。そう訴えていたし、もう。何も言葉を交わす必要などなかった。

でもイコンはそれらを全部跳ね除けるようにして、再び尋ねた。


「・・・ぼく、ぼくといっしょに」

「お前は何者なんだ。」

弱々しい渾身の問いかけをしようとしたイコンの言葉を、冷たく、疑い深い魔女のような目つきと言葉でダンテは切り離す。


「・・・・・・・・・。」

再び2人の間に長い・・・・沈黙が流れる。



「ぼく、ダンテの目には、何に見えたの。」

力無く、少し怯えるような低い声で、イコンは尋ねた。


「・・・・鬼か、悪魔か、いずれも天界の住人とは似ても似つかない。」

ダンテは冷たく言葉を投げつけた。


再び長い沈黙。イコンの表情は、もうぐしゃぐしゃで読みとれない。必死に笑顔で繕おうとするが、複雑な感情が入り乱れ、顔は暗くこわばっていた。


ずっと長い時間が経って、イコンは小さくお辞儀をして、ダンテに背を向けた。


・・・と、その瞬間ダンテは重大な事実に気づく。

「あ・・・待て。その・・・、お前どこへ行く気だ・・。」

罰が悪そうにうわずった声でダンテはイコンに尋ねる。


「・・・・天界。でも大丈夫、もう2度と会うことはないよ。」

後ろを向いたまま振り返らずにそう呟いたイコンの小さな丸い背中を見て、ダンテはもうひとつ、重大なことを思い出す。


”ーー2度と・・・会わない。”

「・・・お前、そういえば存在が希薄になって・・・」


ダンテが言い終わらないうちに、イコンは強い閃光を放った。
その光に視界を眩まされたダンテ。
どうにか状況を確認しようと辺りを見回した時にはイコンの姿はどこにもなかった。


ダンテは少し不安になった。
・・そうだ、魔界に赴く前、イコンの存在は希薄になっていた。
イコンは放っておいても、もうすぐ死ぬということだったとしたら、天界がイコンに何かを施したせいで、イコンはあんな姿に・・・・。
いや、考え過ぎか、何なんだ、色々なことが腑に落ちない。
天界を疑うなど俺らしくもない。だが・・・・。

なんだ、この違和感は。

俺はまさか、あの鬼の姿のイコンを、まだ信じていたいのか・・・。



「いた、見つけた、まだ死んでない。」

油断をしていたダンテは、あっという間に背後をとられていた。

この気配は間違いなく・・・・!


「天使発見。あなたね。金髪、ありがちなウェーブ。
あのグズな半天使のみじめな弟サン♥
見つけたわ。」


「だ・・・・」

ダンテは素早く振り返り攻撃を仕掛けようとした。
気配から、敵はたった1体の悪魔だと推測できたからだ。
だが・・・



「はい、おわり。」

そのたった1体の悪魔から放たれた攻撃に、ダンテは一瞬で呑み込まれてしまう。

「ダハーカも乙なことするわ・・。」

悪魔はダンテを黒いもので呑み込んだ後、姿を消した。


後には、幾重にも折り重なった天使と悪魔の骸だけが、そこで起こった惨事の大きさを虚しく伝えていた。



魔界、どんな絶大なる光も闇に吸収される世界。
魔界、阿鼻叫喚と笑い声が木霊する世界。
この暗黒世界とは対照的な、光と慈愛満ちる天界で、
間もなく衝撃的な事実が伝えられようとしていた。





数名の天使が、多くの天使に介護されながら、天界城へ辿り着く。

その中にイコンの姿はなかった。

天界に、天使側が惨敗したことが伝えられた。
多くのその場にいた天使が落胆の色を見せた。
しかしその裏で、1人だけ、イコンの作戦の成功を伝えた天使がいた。


大天使アスタネイトは冷静な表情のままそれらを聞き、何事もなかったかのように、報告を済ませた天使たちを帰した。


「やはりあの囮では上級悪魔は出てこなかったそうだ。」
「・・・・・・・。アスタネイトは最初から懐疑的だったね。」
「そうは言ってもだな・・!」

上級天使たちのひみつの会議が、天界城で行われていた。
ダンテやローザのような中級天使は聞く機会さえない、ひみつの会議。

上級天使たちは今回の惨事に揉めているのだろうか。
それとも、期待通りの結果だと納得しているのだろうか。


いずれにせよ、命からがら帰還した天使たちの多くはもう、戦いに参加することは当分困難になってしまった。


任務は成功だったのか、それとも失敗だったのか。

ひとつ確実なことは、生き残った天使たちにあの戦いは、沢山の身体的傷と、深い心理的な傷を全員に負わせたということだろう。




時は流転し変化を及ぼす。時の概念があいまいな天界ですらもそれは起こっていた。

かつてあった、あたたかな空間。

半天使ヴァイオレットが多くの苦痛と雪辱を味わいながらもしがみついていたかった温かい空間は、今やどこにも存在しなくなっていた。


ダンテは未だ天界に戻らず、イコンの姿も見えない。
ヴァイオレットを保護してくれていたルーミネイトも未だ行方不明であり、ヴァイオレットが慕っていた天使の中でかつてのように天界で暮らしているのはローザぐらいのものだった。



時は何もかもを変えてしまう。ある瞬間、そこに居場所があったとしても、もう時を経ると、そんな場所はそこにはすっかり無くなっているのかもしれない。

そして、また別のどこかへ誘われる。そして万物は流転し、変化していく。時はその状態を永遠に変えながら、次へ、また次へと向かう。

新たな場所が、どんな場所だとしても。新たな変化がどれほど受け入れ難いものだとしても、時はいつでも進んでいく。



幸か不幸か、半天使ヴァイオレットも、もはや天界にはいない。
そして半天使ヴァイオレットが天界を去った後、悲劇が起き、ルーミネイトが姿を消した。
そして今回の惨事でダンテとイコンの所在がわからなくなった。
もし半天使ヴァイオレットが彼の微かな願い通り、未だに天界に居られたとしても、もはや彼を庇ってくれるルーミネイトはいない。やさしい言葉をかけてくれるイコンもいない。
どちらにせよ彼は、天界にいられなくなっていたかもしれない。

そうなる前に、スムーズに次の居場所へ誘われる。それが時の流れの導きというものなのかもしれない。



多くの天使が沢山の争いの傷を癒していた、そんな頃・・。


外部から来た天使たちも今回の惨事を憂いていた。
「この天界では、まだ、天使と悪魔の争いがあるのですね。」
治癒魔法をかけながら、歌天使りんごが、同じく治癒魔法を施すローザに語りかけた。

すこし驚いたように、ローザはりんごの方を見た。

「ほかの天界では争いはないの?」

りんごは冷静に答える。

「光と闇が統合された地では、もはやこれほどの惨事は起こり得ません。
ですがまだレベルが低いと、小さな闇がいつでもそこにあり、ともすればその闇が広がって小さな魔界となる危険性はあります。」


「そう・・・。」

ローザはその言葉を聞いて、すっと横に向き直った。
横顔は少しばかり残念そうに見えた。

「あきらめないで。ここも、いずれはそうなります。」

ローザがその言葉でふとりんごの方を見ると、りんごの目は見開いていて、そこからはとても強い意志が感じられる。

ローザは力無く微笑んだ。りんごはその弱々しさを保護するかのように、この天界の外からも、沢山の助けがあることを力強く語った。

「それにしても・・・傷が、ぜんぜん、塞がらないわ・・。」

ローザは傷ついた天使に向き直り、真剣な面持ちで言葉をこぼす。

「悪魔の攻撃は残酷です。傷が簡単には塞がらずに、放っておいても徐々に命を奪うようになっているのです。

彼ら、天使自身が生きることを選択し、悪魔の呪いに打ち勝たなくては。」


りんごは、これらの治らない傷が呪いとなって天使たちの心の傷を痛めつけて拡大させ、存在するためのエネルギーをどんどん奪っているのだと伝えた。


その時のローザの目は宝石みたいに可憐で、か弱いながらも、とても強い決意を宿していた。
白くか細く弱々しいが、どこか奥底で強い意志の感じられるローザ。
そして、強い意志と屈強な精神を前面に感じられるのに、どこかで脆さを持ったりんご。

いつも器用に立ち回り、沢山の人と交流するローザ、
不器用でいつも一人でおり、言葉数も少なめなりんご。

水のようなしなやかなローザと、固い岩のようなりんご。


彼女たちはある意味対照的で、お互い不思議な存在に思えた。ふだんなら、あまり言葉を交わす機会もないような。
とてもぎこちない。けれど嫌いではない。不思議な感覚。


ただ、そんな2人に共通しているものがある。
そう、それは願い。
天界に少しでも早く、平和が訪れますように。
それは人間界にも、魔界にも。言えることだった。


天界の住人のほぼすべてが願っているであろうこと。
人間たちの多くが願って止まないであろうこと。



ーーーーーそれこそが、平和。そして、幸せ。




もう、奪われるのも、奪うのも、そんな世界はうんざりだ。戦って、殺されるのも、殺すのも、もうまっぴらごめんだ。
もううんざりなんだ。早く、そんな世界とはおさらばしたい。

もうどうでもいい。恨みはどこかへ流そう。それでこの殺しあいの世界から脱出できるのなら。

もううんざりなんだ。早く救われたい。こんな苦しい世界はごめんだ。



沢山の人間が、腹の底でこう呟いた。
ヴァイオレットも、苦しみの末、何度もそう、呟いた。
もう苦しくて、仕方がなかった。
逃れたかった。こんな世界はいやだった。

争いなんて、生きながらの地獄じゃないか。
腸が煮えくり返るような憎しみ、憤り。絶望。苦しみ。悲しみ。

いったいあと何度経験すれば、この争いの連鎖は終わるんだろう。

この苦しみの世界から抜け出せるんだ。


もううんざりだ。ぼくは、楽になりたい。



たくさんの心の声に折り重なるように、ヴァイオレットは世界の片隅で叫んでいた。




ーーーー夜明けはきっと近い。もう飽きたと、ウンザリだと感じられているのなら。その世界が、心底嫌いになれたのなら。
もうそこに戻る必要なんてない。君は、違う世界で生きられる切符を手に入れようとしているんだ。
強い意志のもと、その切符を自分のものにして。

沢山の悪魔に引きずりおろされても、自分の意志の力で這い上がって来られるように、
悪魔たちが囁いても、耳を傾けなくてすむように、

暴力を受けても、それを憎まなくてすむように、

それが、争いと阿鼻叫喚の世界から抜け出せる、たったひとつの方法。

さあ試してみよう。ダメもとで。今日もチャレンジ。今日だめでも、また明日もチャレンジ。救われるチャンスはいつでも君のそばで待機している。キミが来るのを今か今かと待ち望んでいる。

それはキミの意志ひとつ。

悲しんで、嘆いて、哀れんだ後、恨みは水に流そう。
他でもない、キミを自由にするために。
そんな苦しみの世界からは抜け出そう。
もうキミには必要のないものだ。光の中で生きたいと願うキミにはふさわしくない。
いつでもたくさんの幸せがキミを取り囲んでいるというのに、そんなものにしがみつくなんて、そこまで自分を貶める必要なんてどこにもない。

ああまた、この争いと憎しみの世界に戻ってきてしまった。でも一度でも抜け出せたなら、次も抜け出してみせる。

そう、その調子、やがてキミは気づくだろう。
恨みは自分への愛のために解放し、悲しみは自分への治癒の為に行うことに。
そうして1人、また1人と争いの世界から抜け出すうちに、本当に争いが減ってくる。
今の世界に嫌気が差したならそれは、次のステージへ昇格する、大チャンス。

もうそんな苦しみの世界にいなくていいんだ。十分経験したと思ったなら、
はやくあがっておいで。ねえヴァイオレット。



たまに、ごくたまに、その声は苦しみ藻掻くヴァイオレットにも届いていた。
誰の声だかもわからないけど、夢見が良いときに、たまに耳に残っている。
あのやさしい雰囲気、楽しそうな雰囲気。
いつも声は楽しくわくわくしている感じがした。
そしてその声はいつもヴァイオレットに、はやくこちらに来るように誘っていた。

声は、うれしくてたまらない、愛おしくてたまらない、そんな想いがはちきれそうだった。

はやくあがってきて、今のキミが想像だにしないような、
すごい世界を体験してみなよ。
エキサイティングで、わくわく、どきどきが止まらない。
そして楽しくて、面白すぎる。
今のように人生を捨てて寝ていることがとても勿体無いことのように感じられるよ。

はやくあがっておいでよ。今から楽しみで仕方がないんだ。
キミの未来は、いつでも無限大にすごいんだ。
はやく来てくれないかと、この喜びを共有してくれないかと、今からわくわくして止まらないんだ。

はやくおいでよ、ねえ、ヴァイオレット!



すごくテンションの高い力強い声は、ヴァイオレットの苦しみの世界に着いた頃には、蚊の鳴く声よりも微かなくらい減衰されて、頼りないものになっていた。


ヴァイオレットはその時、ただの幻聴だと思っていた。

あまりに苦しすぎて、自分は幻聴を聞くようになったんだと思った。そうして、現実の世界では、相変わらず同じように、毎日、毎日、苦しみ藻掻いていた。
そんなどん底の暗闇生活は、永遠に続きそうで、
実際彼に光が当てられることはなかった。
来る日も、来る日も、沢山の苦しみを、ヴァイオレットは味わい尽くしていた。
彼の暗闇の世界からの視点では、誰も彼を助けてくれるものは居なかった。
その暗闇に覆われた世界の外で、ほんとうは何が形作られ、次に何が起きようとしているかなど、彼は知る由もない。
ただただ彼は、永遠に続くであろう無限の苦しみに、今日もまた耐えていた。
ただ、魔王に戻りたくない、もう天使たちを殺したくない。たったそれだけの意志の力で。
彼が抱え込んでしまった大きすぎるマイナスのエネルギーを、もう二度と放出すまいと、
一人でずっと、ずっと、耐えていた。正気なんてとっくに失っていても。
それでも誰も助けは来なかった。


小さな努力と、大きな、時の流れの力。


小さな努力は、大きなうねりの前には、砂塵同然であった。
だが小さな意志の力は、一見砂塵のように儚く無力に見えて、後にその意志こそが、大きなうねりとなって返ってくることがある。


現実がそう容易く変わることはない。
だが、いつでも、未来は誰にもわからない。







天界の辺境の地で、とぼとぼ、小さな陰が見える。

力無く、今にも消えそうで、そしてその背中はとても悲しく見えた。

小さな陰を見つけた天使が駆け寄った。

その天使はずっと、帰りを待っていた。

帰ってくると、そう、願い続けて。

小さな2つの点は、近づき、重なった。

消えそうな天使は、もう、長くはなかった。

かつて天界で事件を起こし、目を付けられ、天界の辺境に閉じこめられた。

四肢の自由を奪われ、発言の自由を奪われ、行動も奪われた。

生きた死体。いまやかつての栄華の影は無い。

ーーーー彼の名はイオニス・ログ・ハディス。


大天使トマスファリに身を拘束された、
かつての英雄、そして、
・・・イコンと呼ばれた哀れな天使の
本当の名だ。




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うばわれたもの。 《もくじ》
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