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[8]狂想ドデカフォニー(page1)

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狂想ドデカフォニー 《もくじ》
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俺は天界の命令で異界に来ていた。
ここでは天使の力が思うように行使出来ず、取り乱すことばかりだ。
傷ついても、いつもの治癒能力が働かないようで、どこか治りが遅い。

あろうことかこの俺が、この世界ではもう既に傷だらけになっていた。

鏡に映してみても、どことなく情けない。
いつもの自信もどこかへ消えてしまっていた。

俺は天界の任務で、天界から消失した安定装置を見つけて持ち帰らねばならない。
天界は極楽地獄とかいうサイトの影響からか、時折不安定さを見せて、
以前より多く、異界に繋がるようになっていた。
そしてその拍子に異界から妙な物が落ちてきたり、逆のことも起こっていた。


これもまた極楽地獄と関連があるのかは定かでは無いが、
近頃、神界からの光が一定ではなく、局所化している。
そして、光そのものが弱まってもいるようだ。

そんな理由もあり、今の天界にとって、安定装置により天界全体にまんべんなく
エネルギーを行き渡らせることは天界の住人全体に関わる重要なことだった。


俺の他に天使たちが5人同行していたが、どの天使も慣れない状況に苦戦しているようだった。

俺は、上級天使のアスタネイトから予め治癒の力が込められた羽を持たされていた。
どれほどの効き目かは知らないが、上級天使がくれたものだ、恐らくすごい代物なのだと推測できる。

治癒の羽は俺たち6人分、何故か俺が代表して所持している。
ようやくアスタネイトも俺の存在を認めつつあるということなのか。

ダンテは薄ら笑いを浮かべたまま、他の5人の天使を後ろの方から追いかける。
5人とは、赤髪の女性の姿をした天使、アルベ。
青髪の男性の姿をした天使、ソッテ。

そして半天使ヴァイオレットと、歌天使のりんご。

りんごは自ら手伝いを志願し、ヴァイオレットはダンテと兄弟という理由からか、同行させられている。

おまけに部門違いのローザの姿まである。

天界、ティラ・イストーナ・セルミューネのダンテの居る階層では、
幾つかに別れた部門のどれかに所属し、上司からの命令を受けて天使としての仕事をしている。

人間界を保護・観察する部門では、守護天使として多くの天使が人間界に派遣されていたり、
誕生や死を司る部門では、予定になかった不審な死が無いか、天界に戻らず魔界に堕ちていないかなどを調べている。

ローザは人間界部門、俺は審判や所々の調査を行う部門に所属している。



ただし、アイツだけは違う。

そう、あの、半天使。


奴は、天界の厄介者だ。天界の殆どの惨事はコイツが原因だと言っても過言でない。
少なくとも皆そう思っている。

そんな奴が何故こんな重要な任務に加わることになったのか。

その事に皆違和感や疑念を持っているだろうが、
誰もそのことに触れようとも、関わろうともしない。

俺も奴の周りに蠢く胡散臭い思惑や闇には関わりたくはない。
というより、多かれ少なかれ奴がこの天界に存在することで、
俺の地位を大きく脅かすことになるだろう。

天界に居たいというのなら、せめて大人しくしていて欲しいものだ。



そんなことを考えながら、小石と砂まじりの硬くて冷たい地面の上を慣れない足取りで踏みしめる。

天使がどうして空を飛ばすに歩いているのか。

それは天使が異界に来た時の掟。
異界では異界の風習に染まること。
目立ってはならない。秩序を乱してもならない。
大きな歴史に関わることに関与してもならない。

・・・そういうことだ。


しかも、運悪く安定装置が物質化してこの世界に直接的な影響を及ぼしている可能性が高く、
天使たちは秩序に則り、人間のような肉体によって天使としてではなく、
1人の人間として異世界に関与せねばならなかった。




先ほどから回収すべき装置についての情報収集をしているが、一向に収穫がない。


天使たちの顔には僅かに疲れの色が見え隠れする。
ふと辺りを見渡すと、あばら屋が何軒か立ち並んでいる。
古い街道をまっすぐ進んでいたところ、どうやら小さな村に辿り着いたらしい。

黒く湿った木材が年月を経て歪みを覚え、その隙間から中の様子がちらりと見える。
麻のような布を巻いた人々、植物で染めた文様が独特だが、既に使い古されその文様も鮮やかさを失っている。

壁の隙間から見えた少女と目が合ったが、恐怖を一瞬宿した後すぐに顔を逸らしどこかへ行ってしまった。

俺達の姿がこの世界に紛れきれていないのだろうか。
それとも何か外敵に怯えているのだろうか。


外には割れた桶や何かの道具らしきものが放置されていた。

目に映る景色のどこからでも、"貧困"の2文字が見て取れた。


しかし先程の少女の瞳を通じて感じたことは、

貧困よりも更に深刻な"恐怖"が、彼らを強く支配しているということだ。



そういえばかなり前に立ち寄った町で、兵士たちによる略奪行為が横行していると耳にした。
兵士たちは皆戦争で国を失った者達だそうだ。

ここではそういう者たちが溢れ返っているらしい。

異界に着いてから、賢明に情報収集を試みてはいるものの、一向に収穫がない。
一方で天使たちは疲弊し、陽は傾き始めている。

俺自身も余裕がなくなってきており、自ずと口数が少なくなる。

ましてここは異界の地、慣れない環境と、ここの住人の警戒や拒絶で皆一様に元気を失っていた。


俺は地面に落ちた何かの破片に視線をやった。
その時、荒屋の物陰からコト・・と音がしたので、
俺は思わず音の方向に走り寄っていた。

日が暮れる前に、僅かな情報だけでも欲しい。
それに、ここは天界ではない。
安全に休める場所も自分たちで確保しなければならない。

天界のように、休息の時は自動的にその天使が最も調和し治癒出来る寝床へ
運んでくれるシステムではないのだ。



そこにいたのはさっきとは違う子供だった。
今度は男の子だ。焦げ茶の特徴的な巻き毛があった。
しかし血相を変えて飛んできた俺の顔を見て、
化け物でも見るかのような恐怖を帯びた目つきでこちらを見上げている。
近くには水を汲むための桶らしきものがあった。
桶の材木は年月を経て赤黒く歪み、その歪みによって隙間があちらこちらにある。

そしてその桶の中には衛生という概念すらないであろう妙な色をした汚水が僅かばかりある。

そのあまりの汚らしさに俺は思わず嫌悪の色を示しそうになった。
が、賢明に生きる目の前の命に非常に失礼だと思い、咄嗟に誤魔化す。


俺はとりあえず、相手の恐怖を少しでも和らげる為に、
出来るだけ腰を低くした姿勢で相手の目線より自分の目線が低くなるようにした。

そして精一杯、微笑んでみせた・・。


・・・・・。


だが、相手は無反応だった。

間もなくして突然姿が見えなくなった俺を探して、ローザがこちらへやってきた。

そして俺と目の前の少年の気まずい空気を瞬時に察知して、俺の間に割って入った。

「あそこにね、ちいさなお花が咲いてたの。
何て言う名前か知らない?」

ローザは不意に、俺たちの目的とは何の関係もない質問をその少年にした。

ローザはなかなか良くできた和やかな微笑みで訊いたが、少年の表情は強ばったままだ。

ローザは少年と同じ目線に立ち、自分たちが困っていて助けて欲しいこと、
自分たちが兵士ではなくただの旅人であることを少年に伝える。


少年はほんの少し、警戒を解いたようだった。


少年はとても小さな声で話をしてくれた。
少年は俺たちがここに来た目的である、安定装置の場所は知らないようだった。

ただ、この村が多くの略奪に遭ったこと、沢山の村人が死んだこと、
若者が奴隷として連れていかれたことなどを教えてくれた。

たくさんの、あまりに多くの残虐なものを見てきたのだろうか、
その少年の瞳はあまりに人を信用していなかった。

その証拠に、俺がいくら優しく聞いても少年は答えない。

ローザが他愛もない話を交えながら、楽しそうに話すのを聞いていて、
やっと少年もローザだけには少し話をしてくれる程度だった。しかも消え入りそうな小声でだ。


・・どうやら俺は、こういうのには向かないらしい。
人にモノを尋ねるときは、これからはローザに頼むのが賢明だな。


北へ少し行ったところに小屋があるそうで、そこなら泊めてもらえるかもしれないという情報も手に入った。
この村での宿泊は不可能なのかローザに聞いてもらったが、誰もこの村で余所者を泊める者などいないらしい。

しかし、先ほどの少年も、その前の少女も、まるで骨と皮だけのようにやせ細っていた。
しかもあの衛生環境。この村は・・いやこの世界は果たして真っ当なのか、疑念と不安だけが頭を支配する。


その後、8キロほど北へ進んだはずだが、話の小屋は見当たらず、
代わりに誰もいない1〜2人用の小さいテントがあった。

決して良い環境とはいえないが、辺りは薄暗い森で、
テントはずいぶん前に持ち主がいなくなったのか、人の気配がしない。




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