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[6]墜地の果て(page1)

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墜地の果て 《もくじ》
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―――――ぼくは両羽を失った。
あれから何があったかだなんて?
・・・・そんなの、語りたくもない。

見窄らしい姿。全ての力を無くしたただのゴミクズ。
こんな惨めな姿を、ローザ先輩にも、ダンテにも・・・皆に見られて、
ぼくは恥辱の余りどうしていいのかわからなかった。
こんな、今までで一番クズみたいなぼくを、よりによって天界の人たちに見られるだなんて…。



発端はあの出来事だった。
ごんべえが、いなくなったんだ。突然。
すごく胸のあたりに圧迫感を覚えた。怖かった。どれだけ怖いかなんて言い表しようがないくらい。
ぼくの心の支えが、一気に崩れて、真実をつきつけられたかのような。
ぼくの居場所探しごっこは突然ばたりと、そこで終わったんだ。
だって希望が、ぼくから消え去ったんだもん。
ごんべえはぼくを捨てた。ぼくがあまりにしょうもない半天使だから。
いつまでも進歩することもなく、前を向くことも出来ない、誰かを救うことすら出来ないグズ天使だから。
一番怖かったことなんだ。誰かに捨てられるって。ぼくから、誰かがいなくなって、
また、一人ぼっちになる。すごくこれを恐れてきたんだ。

だから必死に頑張った。
天界で、どんなに惨めな想いをさせられても耐えてきたんだ!
朝晩何時間も続く拷問のような浄化作業。ぼくが天使で居るために、天界で生きるために必要な悪魔の封印作業。
ぼくは天界側の秩序の中で生きるために必死だった!
なんでもやった、信頼をつかむために、皆がぼくを白い目で見る眼差しが少しでも和らがないかと、ずっとそれだけを期待して!
激痛につぐ激痛に耐えてきたんだ。そう、なのに、天界もぼくを捨てた。
ごんべえも、ぼくを、捨てた・・・・。
もう耐えられないよ。もう、もういいよ。
結局捨てられたんじゃないか。誰からも。
なら、なら、今まで頑張ってきたことは何だったの?
あの拷問のような浄化作業、天界で起こる事件は全部ぼくのせいにされた、あの疑いと避難の数々。
もう、ぼく、・・・。


・・・・・天使で居なくてもいいよね?


プツッと何かが引きちぎれる音がした。
もう何もかもが、限界だった。
その瞬間・・・・・・・!
・・・・・・ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!
とてつもない地響きのような低い低い音が彼の中から発せられ、空間が畝る。
何か黒いものが、ヴァイオレットを取り囲み、彼に吸い込まれていく。
辺りからものすごい勢いで悪という悪がより集まってくる。
悍ましい、夥しい数の、大きな、大きな悪。
じっとこらえて耐えてきた、彼の中の希望が善意が、聖なるものが、最後の最後に、潰えた瞬間だった。

抗うことをやめたヴァイオレットに、ものすごい負のエネルギーが集結していく。
今までの怨念のようなものが、ヴァイオレットをより強い悪に変えていく。
過去の悲惨で非情な出来事が次々とそこに現れ始める。


−冤罪の記憶。
「誰かに疑われるって、こんなにも、心が壊れるものなの?」
何度言っても、誰に言っても、何を言っても!誰も信じてくれはしない。
必死になればなるほど、自分が惨めになっていく。
なにかどうにかすれば信じてもらえるんじゃないか、信じて!
そんな心が壊れていく・・。
ぼくはやっていないのに。疑われるはずなんてないのに。
神様なら知っているでしょ?ぼくはやっていないのに。ぼくだって知ってるのに!
事実は明白なのに!明らかなことなのに!!
どうして誰も、1人も信じてくれないの?ぼくを疑うの?
言動が怪しいとか、ウソをついてるとか、目つきがおかしいとか、有る事無い事言われて、
一生懸命言えば、きっと誰か1人ぐらいは、僕のことをまともに聴いてくれると信じてたんだ・・。
・・・ぼくは、そこまで、誰も信じてもらえないほどのことを過去にした?
ぼくは、これほどまで、ここに必要のない、信じるに値しない天使だった?
ぼくは・・・!ぼくは・・・・ぼくは・・・・・・・。
「・・・・・・・・・・ぼくが・・・・やりました。」

−拒絶の記憶。
「いやっ!こないでっ!!」
さっきまで普通に楽しくお喋りしてた天使が、僕だけに見せる、青ざめた表情。
その豹変ぷりに、ぼくは恐ろしさを感じていた。
僕だけに、そう、僕だけに。
僕は拒絶されていた。あの目つきが忘れられない。
瞳いっぱいに広がる恐怖と嫌悪の感情。ぼくはそこまで、嫌な存在だったの?
ぼくは君を傷つけたことなんて一度もないのに?
ぼくは拒絶される度に、ぼくの醜さを確信して行くんだ・・・。
僕の中の、僕という存在が、どんどんどんどん、醜さを増していく。
最後にはきっと、誰からも直視できないような大きな怪物になるんだ。


・・・そうさ、ぼくは害しかもたらさない。
だからこんなに、恐れられ、嫌がられ、唾を吐きかけられて来たんだ。
なら望み通りのものになってやる。ああそうだよ、もう、我慢することなんて無いんだ。
頑張って頑張って善なる天使を演じてきた結果、誰からも捨てられたんじゃないか!
ならばなってやる、もうぼくを阻むものなんてどこにも無いんだから!
ウゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ・・・・!!!!!!!!

拒絶、冤罪、否定、無視、暴行、拷問、恥辱、激苦・・・・・・・悪。

たくさんの、たくさんの夥しい悪の記憶。何千、何万、何億・・ずっとずっと溜め込んできた負の記憶。
負の感情。天使で居るときはずっと封じ込めてきた本当のもう一人のヴァイオレット。
負の感情たちは阻むものを失って荒れ狂うようにヴァイオレットから轟々と吹き出てくる。
あまりの強く、低い振動で辺りの地面がひび割れ始めた。

ぼくはずっと悲しかった。誰かに本当の僕のことを見て欲しかった。認めて欲しかった。
ただ一度だけでいい、ぼくのことを、ぼくの存在を肯定して欲しかった。
だから頑張ってきたんだぞ、こんな激苦に耐えてナァ!!よくもよくもよくも!!!!!
よくもよくもよくもよくも今まで僕にここまでの酷い仕打ちをしてきたナァ!!!!
悪魔は俺じゃない。お前たちの方だァぁああああ!!!!!!
俺が今から、お前たち全員、処刑してくれる。願っても、願っても、俺に絶望しか齎さなかったこの世界も、
神にも、全てに俺の憎しみと怒りを、屈辱を、どれだけの激痛を耐え抜いてきたのかを、
この暴行と虐待と理不尽さを、全てを味わわせてやるゥゥゥゥウウウウウウ!!!!!!!!!!!!!

只ならぬ負の集結の中、大きな大きな悪魔が誕生しようとしていました。
彼の中の希望と、信頼の強さが、そのまま絶望へと跳ね返り、
彼の耐え抜いてきた強さが、そのまま負へと逆転してしまった瞬間でした。
彼は強い存在でした。大きな大きな光でした。
半天使の身で有りながら、ここまで悪魔を打ち消し、天使でいられたことは、
常人の成せる技ではございません。
そう、全ては、彼の強さの表れなのです。彼は、よく、耐え抜きました。
彼はこれほどまでの負を溜め込みながら、これほどまでの常軌を逸した扱いを受けながら、
それでも天使で居続けることを選んできたのです。
希望を、手放さなかった。信じていたのです。何かを。奇跡を。

ここまでの負を、よくぞ溜めこんで、生きてきましたね。ヴァイオレット。



小さく柔らかな光が、そっと、ヴァイオレットに、触れた気がした。
―――――その瞬間。
「いたわ!あれよ!」
大勢のの天使たちがヴァイオレットを一気に取り囲む。
遠くのほうで、ローザとダンテの姿も見えた気がした。

天使たちが一斉にヴァイオレットに光を放つ!
「ヴアァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
・・・この痛み、覚えがある。
・・・そう、よく知ってる痛み。ずっと僕が耐え続けてきた、天使で居るための悪魔の封印作業。
よくも、よくもこんなことを僕にずっとしてきたな!!!!!!!!!
この痛みがお前たちにわかるのか!?一度でも味わったことがあるかァ!!!!
どれだけの激痛に耐えてきたのか、お前たちに、返してやろう。
俺のされてきたこと全部、お前たちに与えてやるゥゥゥゥゥゥウゥウウ!!!!!!!!


それから、ぼくは、何が起こったのか、全く覚えていない。
・・・・思い出してはいけない。とても、すごいことをした。ひどいことをした。
・・・人殺しどころではないことをした。
うんよく知ってる。ぼくは悪魔になったんだからね。
ぼくはそのとき、悪魔になるって、もう悪魔に自分を委ねるって、決めたんだ。
ううん・・・もう、諦めたんだ。天使でいる自分を。
天使を捨てたことは後悔してないよ。
ぼくが、これから天使たちに処刑されることになっても。
だって、はじめて自分でいられた気がしたんだ。
はじめて自分が思っていることを外に出せたんだ。
自分がされてきたことを、みんなにわからせてやりたかった。
どれだけ辛かったか、苦しかったか、どんな想いで生まれてから今までを耐えて耐えて耐えて来たのかってことを。
でも、ぼくは今、天使を失って、悪魔をもぎ取られて、今、何者でもない、存在になっちゃったんだ。
きっとこういうのをクズっていうんだ。
自分でよぉくわかるよ。
天使を捨てたことは何一つ後悔してない。自分をわかって欲しかったことも、負の感情に身を任せるしかなかったことも、後悔はしてない。
ただ・・・・どうしてだろう。ぼくがやってしまった出来事が、ぼくの記憶から離れない。
・・・怖いんだ。怖い。大勢の大勢の天使たちが八つ裂きになって、でも大勢の天使たちによって
ぼくの悪魔がもぎ取られて。僕の中に、聖も負も無くなった。
初めはザマァ見ろ!!と歓喜したのに。
どうして・・・・どうしてこんなにこわいんだろう。
ぼくは何をしたんだろう。何をしたかわかりたくないよ。
ぼくが傷つけられた分だけ、天使たちも傷ついたかな。ぼくの痛みをわかってくれた?
でも・・・でも・・・わかってくれたかどうか、もうわからない。
だれか1人でもいい、ぼくの存在を肯定して欲しかっただけなのに、何で・・・・・

「・・・・・何でこんなことになっちゃったの?」




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