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[6]墜地の果て(page7)

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墜地の果て 《もくじ》
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そう言おうとしていきなり白い渦に呑み込まれた。
四肢の感覚が曖昧になり、視界も真っ白。
何かが、ぼくに触れては消えてゆく。とても儚い命のように・・。
白い炎がまばゆく光り、ぼくに触れ、ぼくに何かを伝わらせていく。


やがて漂ってきたひどく懐かしい香り。ぼくはこれを、求めていた。


帰りたい・・・帰りたい・・・・・・、



帰りたい・・・・・・・。





気がつけば涙があふれ、ぼくは地面に突っ伏していた。
そこには見覚えのある湿気を帯び黒ずんだ木板と、辺りに散乱した食べ物、壊された家具。
ぼくが人間にされて死んだオンボロ小屋が、さらに傷だらけにされて、そこにあった。まるで今のぼくみたいな姿だ。


辺りを見回すと、オンボロ小屋の出入り口付近で、
壁にもたれかかってすやすやと眠っている見慣れた姿があった。


・・・・ごんべえ!!!!!!


声にならない声が、歓喜が、胸からあふれだしてくる。

ひどく懐かしい。
ごんべえはいつものように、優しく穏やかな表情で眠っていた。

懐かしさと嬉しさのあまり声をかけようかと思ったが、一瞬たじろいだ。

拒絶されることの恐怖がじわりと沸いて出た。

ぼくが・・・何をしたのか知ったら・・・・ごんべえはぼくのことをどう思うだろう。

とんでもなく恐ろしくなった。
自分のしてきたことの方が遙かに恐ろしいことなのに、
今はごんべえの信頼が絶たれることの方がずっと恐ろしく感じる。


しばらくの間、硬直して、ごんべえを見ているしかなかった。
静寂の空間の中で、オンボロ小屋に2人。
ヴァイオレットは大きな葛藤で動けぬままだった。



コト、と物音がして、黒猫が近くを走り去った。
その音で眠りが浅くなったのか、ごんべえは左腕が膝からずり落ちた拍子に

うすく目を開けた。

そのことに気づきヴァイオレットははっと息を呑む。


普段と違う気配に気づき、ごんべえはゆっくりと、ヴァイオレットの方を見た。
その瞬間、ごんべえの目はまんまるに大きく見開き、瞳はすぐに水気を帯びた。


ごんべえは、何かを言おうとして口を開くも、何も言わずずっとヴァイオレットの方を見つめている。

その眼差しは、あまりに熱く、あたたかく、そしてこの上なく優しかった・・。



2人は言葉も交わさず、ただただ見つめ合っていた。

言葉にならない言葉が、感激が、二人の目を伝って行き来する。



そう、ことばも、動作も、そこにはなにもなかった。

ただ2人が見つめ合っていただけだった。
でも2人にはそれで十分だった。


彼らは彼らにしかわからない何かを、お互いに感じ取っていた。


ヴァイオレットの恐怖心は、ごんべえの眼差しを見た途端、一瞬にして消え去った。

杞憂だとわかった。

それはあまりにもあたたかかったのだ。

あつい、熱いものが、胸に流れ込んでくる。なんだろうこの熱い感情。とても熱い。

熱すぎて・・涙が止まらない。


誰かと誰かが本当に心を通わせたとき、そこに言葉はなく、動作も必要でなく、


ただただ、お互いがそこにいる、それだけで十分だったのだ。


2人は言葉にならない熱い感情を交わした後、ゆっくりとオンボロ小屋で眠りに就いた。
こんな安らかな気分は、いつ以来だろう。このまま眠れば・・・
きっと、天国へでもいけそうだ・・・。


ヴァイオレットは薄れゆく意識の中で、そんなことを考えながら、実に満足げな表情で天を仰ぐのだった。



ー翌日の朝の光。
天に昇りそうなその心地よさは引き裂かれ、現実に引き戻された。
化け物から少年の姿のヴァイオレットに返った直後には、必死すぎて気づかなかった現実・・。

そう、ぼくは両羽を失っていた・・・。
人間であり、人間ですら無くなった。
ぼくは魔王になってそれから・・。


羽を開こうとしても両羽はとっくにもがれて消えていた。

悪魔の力も天使の力も使えなかった。

ヴァイオレットはようやく、自分の置かれた現実を悟った。


今の自分は、本当に何もできない、ただの、ぼく。


ヴァイオレットは混乱していた。
頭を抱えながら自問自答するようにつぶやいた。
「な・・なにがどうなって・・・ぼくはいったい何者なんですか?ぼくはどうすれば・・・?
ぼくは力が使えないんですか??ぼくは天使でも、悪魔でもなくなっちゃったんですか!!?」

ごんべえはそんな混乱したヴァイオレットを冷静に見つめていた。

「貴方は今、何者でもない。それならば、なりたい自分を好きに選べますな!」

「・・・え?」

「天使という存在に振り回されることも、悪魔という存在に振り回されることももう無くなったのですな!
なんと自由なことよ!」

ごんべえが満面の笑みでこちらを見てくるが、ヴァイオレットは複雑だった。


「ぼくは天界には帰れないのかな・・?」


ふと放ったヴァイオレットの突飛な一言。

彼は未だに、天界に自分の居場所を求めているのだろうか・・。

しかしごんべえに驚いた様子はなかった。


「貴方が天界に帰りたいと願うなら帰れるでしょう。」


ごんべえの意外すぎる言葉、あまりに現実とかけ離れた言葉にヴァイオレットは驚きを隠せない。

だって、ヴァイオレットは今、天界から最も遠い存在。そして天界から最も疎まれる存在なのだ。
どうひっくり返ったって、天界に戻りたいなどとはふつうは考えないし、それが到底不可能だということは、
誰が見ても明白だ。

だからこそ、ヴァイオレットはごんべえの意図を掴みかねていた。



「どういうことですか・・?ぼくは天界にとって抹殺したい相手のはずです・・。」


「よいですか、私も、貴方も、何者にでもなれるのです。それを信じ、願い続けてさえいれば。」

「そんなこと・・・・。」

「今の貴方からは天界は最も遠い存在かもしれません。ですが、本当にそこに帰りたいと願うならば、必ず叶います。」


ぼくにはわからない。まったく。何故ごんべえが自信に満ちた顔でそんな突拍子もないことを言い切れるのか。
まったく理解できないよ・・。


「最も願うこと。一番の痛切な願いというのは、大抵叶うまでに時間がかかる。
だから気を楽にしていることですな!あまり真剣に思わず、いつかは叶うと信じることです。」




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