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[1]ヴァイオレットエンジェル

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ヴァイオレットエンジェル 《もくじ》
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 帰ろう……。

 僕のいるべき、あの場所へ。

 僕は白い霧の立ちこめる天上で、ローザのことを考えた。

 ローザはあのけがをどうしただろう。気がつくと僕はローザのことばかり考えていた。
 地上での暮らしが、嫌になったのかもしれない。
 人間と関わっていくことに、うんざりしたのかも。

 僕はローザの家を訪ねた。ローザは、年老いた祖父と一緒に暮らしている。
 老いて、縮んで、ベッドと同化しそうなほどにくたびれた老人と。

 ドアを二、三度叩いても、返事はなかった。僕はそっとドアノブを回してみた。
 白い、他の家と変わらない四角い建物は抵抗もなく僕の侵入を許した。

 簡素なキッチン、白い廊下。
 僕はローザの姿を探して、白いカーテンが入り乱れる家の中を、カーテンをかきわけながら進んだ。
天蓋つきのローザのベッド。薄い花びらが投影されたかのような……。
 花弁のようなレースを開くと、薄紅色のローザの姿が見えた。
 姿見に映し出された彼女の姿。白い長いローブ。胸に落ちた髪を梳く白い手。光沢を放ちながら揺れる髪。
鏡越しに僕らの視線が合う。彼女の目は一度僕を捉えて、ふっと足元に落ちた。

 ローザ。

 ローザ。

 僕は喉がひきつれるほど、彼女の名を呼びたくてたまらなかった。
 でも、その言葉の響きに滲む恋慕が怖くて、何も言い出せない。

 代わりに、ローザは僕の名を呼んだ。僕は返事をした。

「怪我の具合はどう……?」

 ごめんね。

 それはローザに聞こえたかどうかはわからなかった。

「ルーミ様に治してもらっちゃった。回復魔法で」

 負傷したはずの肩を軽くすくめてみせ、ローザは舌を出した。

 ローザはこちらを振り返って、手を髪にからませたまま……微笑んだ。

「どう、あの人たちとは……?」

「ローザ、駄目だよ、僕……」

 僕は結局、人間界から逃げ出したいきさつを話した。だんだん顔が赤らんでくるのもわかった。
なんて、青臭いことをしてしまったんだろう。ローザはくすりと笑った。

「すごく、よくしてもらったのね」

「え?」

「だって皆でわざわざ貴方の服を選んでくれたんでしょう?その人たち、十分いいことをしたと思うわ」

「…………」

 じゃあ、あの篠原和実って人は?

 僕は小さな声で言った。

 ローザはゆっくりと近づいてきて、ぎゅっと小さな手で、僕の手を握った。同じ高さで、交差する視線。

「人間のいいところを引き出すのが、天使の仕事でしょ……?」

「僕は天使じゃないですよ」

 悪魔の部分もあるから、彼の悪い部分を引き出した?

 僕らは、黙りあった。

 ローザがゆっくりと眉をひそめる。

「私には分かるの。彼、きっと傷ついてるのよ」

「ローザ先輩……?」

「傷ついてるから、過剰に防衛してしまう。傷つけてしまう」

 何を根拠にそんなことを言うんだろう。

 彼の、側に立つなんて。

「ローザ先輩はあの人間の何を知っているんですか」

「人間の外側にいるから、分かることもあるわ。貴方は分からない?」

 傷ついた獣は、よけい凶暴になるわ。

 ひどく、獰猛な感じがする。

 響きの、言葉だった。

「でも、だったら、どうすればいいんでしょう」

 どうやって彼のきれいな部分をすくいだせば?

 ローザは人差し指を僕の前に持ってきて、つん、と鼻にあてた。

「注意深く観察して……そして、自分でうんと考えることね」

 私が手伝ってあげられるのはここまで。

 ローザは目を閉じた。

「さあ、行って。貴方ならきっとできるわ」

「……はい!」

 僕は人差し指を頭上に上げて、くるん、とまわした。その途端、僕はあの家の居間にいた。
 台所の机の上には、皆が僕のために選んでくれた服が置いてある。
 中を覗き込むと、ヴァイオっちへ、と書かれた紙が入っていた。



 ヴァイオっちへ。



 人の親切は素直に受け取るべきだぞ。

 それと、香夜りんのことは気にするな!



    和実除く、一同。



 僕はくすっと笑って、それをいただいておいた。
 ついでに向こうでへそだしの制服に着替えてきたので、今度着させてもらおうと思った。

 さて…………。

 僕は、そうっと二階に上がって、かずりんと書いてあるプレートの部屋の前まで移動した。

 ノックをするべきか否かと迷って、ええい、と、しかしあくまでもそうっとドアを開けた。
 篠原和実は、小さな机にうつぶせになってすやすや眠っていた。
 僕は物音を立てないように近づいて、顔を覗き込んでみた。

「ウフフ……やだなあ……大胆なんだから」

 くすくす……。

 なんだかいい夢を見ているらしかった。ちょっと気味が悪かったがほうっておくことにした。

 僕は部屋を見回した。男の子と女の子の要素が混在した部屋。
 くまの大きなぬいぐるみが置いてあるかと思えば、男物のジャケットが吊ってあったり、
 何故かマラカスが置いてあったり、フリルのついたティッシュボックスがあるかと思えば、
 男物の整髪料や香水が置いてあったり。

 むう……何かいいものはないものか。

 この鬼畜野郎……いやいや、そんなことを思ってはいけない。の、何かいいところ……。

 そうだ!他の人に聞けばいいんだ!!

 僕はぽんっと手を打った。

 どうして気がつかなかったんだ!

 同居人がいるんだからいくらでも引き出せるじゃないか!!

 というわけで、僕は篠原和実の部屋を出た。さて、誰に聞こう。
 玄関の靴を見てみたけれど、どれが誰のものかわからなかったので、適当にドアを叩いていくことにした。

 まず水野弘樹の部屋だ。

 ドアを叩くと、おーーー……と、頼りない声がする。
 ちょっとドアを開けると、なんだよ愁……といいながら、ごろりとベッドで寝返りを打った。

「ヴァイオです」

「へ……?ああ……飯?」

 むにゃむにゃと枕にしがみつきながら、薄目を開ける。
 仔犬のような黒目ばっかりの目をきょろりと僕のほうに向けて、おお、ヴァイオ。
 とちょっぴり目覚めた。

 けれどおきてくれない。
 目をぱちぱちさせながら五分丈のパンツの足を閉じたり開いたりと無意味な動作を繰り返す。

「あれ、気に入ったか?」

「あ、ええ……」

 僕は笑った。

「敬語なんかで話さなくていいぜ。っと、ちょっと言うのがおせえな」

 もうぼちぼち終わりだしな。

 水野弘樹はつまらないことを言った。

 目を閉じて、また眠りの世界にいってしまいそうな弘樹の服の袖をついついとひっぱる。
 それでもうとうとしているので、耳元でわっ!!と叫んだ。

「なんだよ!?何すんだよ!!」

「篠原和実のいいところってどこですか!?」

「はあ!?」

「ぼくは人のいいところを探さなくちゃいけないんです!!」

 そういや善行がどうとか言ってたな……。

 水野弘樹はベッドに腰掛けて唸った。

「でもそれちょー難しいぜヴァイオっち……」

「何でですか?」

「何でって、お前見てて気付かなかったのか?部長はあの性格だぜ」

「別に地獄行きでもぼかぁいいですよー」

「そんなこと言うな!!」

 あ、そうそう。

 僕はひらん、と人差し指を振った。

「これ、お返しします」

 Tシャツを差し出す。

 水野弘樹はいつでもよかったのに、といって、それをぽい、と床に放った。

「マイナス10点!」

 びしっと指差す。

「何が!?」

「せっかく片付けたのに!!」

「別にいいだろ俺の部屋なんだから!」

「片付けたのは三人です!」

「っつーかこれだけで10点ってひどくね!?」

 どういう単位!?

 水野弘樹がくちびるを尖らせて、こまどりみたいな顔になった。

「まさか……これだけで俺の善行……」

「マイナス10です」

 水野弘樹がぷるぷると顎を震わせて、Tシャツを拾った。
 クローゼットに仕舞って、それで、と言った。

「部長の善行……いいところ?」

「そうです」

「外見とか」

「それは、皆さん同じくらいいいと思いますよ」

「そうか?」

 水野弘樹が腕を組んだ。

「繭に聞いたほうがいいかもな」

 繭は部長と幼馴染だから。

「へえ、そうなんですか。じゃあちょっと聞いてきますね」

 それにしても何故皆揃いも揃って寝ているのだろう……。

 僕はちょっと不思議に思った。

 本橋繭の部屋をノックする。返事はなかった。
 ちょっとドアを開けてみて、パソコンに向かいあっている本橋繭を発見する。

「あの、今ちょっといいですか?」

 返事はない。何かに熱中しているようだ。読めない人だ。

 ベッドに座って、本橋繭の様子を観察する。
 篠原和実以外の4人はサーチ済みだ。改めて観察するまでもない。
 僕はベッドにごろりと横になった。デジャ・ヴ。僕はちょっとうとうとした。

 椅子が軋む音ではっとする。気がつくと本橋繭がこちらを向いてじっと僕を観察していた。
 これも、前と同じ。用件は?と言わんばかりの態度。

「えっと……あのですね。篠原和美のいいところを教えてほしい、です」

「君はちょっと自分でものを考えたらどうだ」

 ぴしゃりと本橋繭は言い放った。僕はぎくっとした。

「でも、繭さんは篠原和実と幼馴染なんですよね。どこかいいところを知ってるんじゃないですか?」

「そんなものはいちいち考えない」

 本橋繭の様子は少し違っていた。極楽地獄から怪電波でもでているのかもしれない。

 しかし、僕は正直言って篠原和実にあまり関わりあいたくなかった。

 人間の、悪の素質に出会うとき。

 僕の悪魔の部分が、顔を出すのだ。

 それはどろりとしていて、ひどくひやりとしている。

 けれど、間違いなく、僕自身の、目を背けたい、けれどひどく愛おしい、僕の中の、僕自身なんだ。

「お時間をとらせてすみません。失礼します」

 僕は部屋を出た。ドアの外には水野弘樹が立っていて、僕がドアを開けると、うわっと言ってよろけた。

「悪い。うっかりしてた。繭ちょっと機嫌が悪いんだよ。体調が悪いのかも」

 それとも、部長のことかも。

 水野弘樹は言葉を濁した。

「でも俺手伝うぜ。部長のいいとこなんてわかんねえけど、探すぞ」

「ボクも手伝うっ」

 宮崎愁がぴょこっと現れた。ぴっかぴかの笑顔で何を?という。

「二人とも……僕に恩を売ろうとしてません?」

 ぎっくー!

 愁が口で言って胸を押さえた。

「俺は違うぜ!だってヴァイオっち、ダチじゃねーか!」

「何がダチだよ!そんなものこの世にはないね!」

 愁が鋭い口調で言う。水野弘樹がみるみるかなしそうな顔になった。

「だってボク、地獄行きなんて嫌だもん。普段悪い子だから、この機会にためておかないと!」

 水野弘樹が愁の両頬をがしっと掴んで左右にひっぱった。ちょっと涙目になっている。

「ひひゃいひひゃい!ひぇーーーーん」

 水野弘樹の手から逃れると、宮崎愁は頬を押さえた。

「でも部長もボクと同じこと考えてると思うな。きっと恩を売りにくると思うよ」

「地獄いきでもいいし、殺されてもいいとか言ってましたよ」

「あちゃー」

 宮崎愁はぺちんと額を叩いた。

 その時、人間で言う携帯……みたいなものが僕に知らせた。上司が僕を呼んでいる。

僕は三人に別れを告げて、天上界……天国に帰った。

 ルーミネイトはあっさりと僕に告げた。

「君に極楽地獄、の件から降りてもらおうと思う。もう君があれに関わる必要はない。

「そんな……僕のことはまだ見えてるみたいでしたよ?それにまだ何も……」

「時間がかかりすぎている。あれは他のものに任せようと思う」

「なっ……誰なんですかそれは!」

 僕は食い下がった。こんな中途半端なことは納得できない。

「それと君は、篠原和実に深入りしてはいけないよ」

「どうしてですか!?」

「彼は、危険なんだ」

 ルーミネイトはドアに目をやった。
 その瞬間、どーーん、と音がして、緑色の髪をなびかせた女の子が飛び込んできた。
 きらきらしたオレンジの睫、赤い瞳。ちょっぴりセクシーに胸元の開いた、光沢のある黒い服。
ふわっと髪がなびいて、僕ににっと笑いかける。

「N」

 かつかつとヒールを鳴らして、僕に近寄ってくる。

「N……。彼女が、新たに任務を担当することになる」

 適任だ。

 Nはじっと僕の顔を見つめ、ちゅっと頬にキスしてきた。

「よろしくね!」

 ぼくは頬を押さえてよろけた。ルーミネイトにも近寄っていって、ちゅっとキスをする。







僕の波乱は、まだまだ続きそうなのであった………。



The  END



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