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[2]天使の帆翔

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天使の帆翔
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――白く舞い上がる光の粒が無数に空間を漂う。


それは命で出来ているのかもしれない。

ぼくらはそれが何かということを知らない。
気にしたこともない。


僕が知っていることはただ一つ。


それが天界という所―――





紫の暗い、悲しみと嘆きを帯びた象徴のようなこの髪、
異端と背徳を思わせる、ギラギラした金色の瞳

夜になると一際この瞳が輝いてしまう、獲物を狩りに行く獣のように。

誰もいないところで、誰の目にも留まらない場所で、影となって、そのまま存在を消してしまいたい。
何度そんなことを考えたことだろう。

でもぼくの存在は、その場にいるだけで、好奇と侮蔑の目に晒された。


ヴァイオレット――、誰がつけたか、ぼくはそう呼ばれている。

親がいるのか、いないのかも、いるのだとすれば、どんな天使・・いや悪魔なのかも知れない。


ぼくは以前、ルーミネイト様から極楽地獄の調査を命じられた。
極楽地獄・・・、それは僕の存在を象徴するが如くネット世界に無数に存在するサイトの1つであった。








「落ち着かないみたいだね。」





悶々とやり場の無い虚しさを抱えていた僕に、
くりっとした目つきの天使が穏やかにその空気を転変させた。





「ぼく、もうしばらくは人間界での調査はいいって、そう言われたんです。
どうしてでしょう? ぼくが無能だから・・?」

険しい表情で目の前の黒光りする机と睨めっ子しながら、僕は自分を責め立ててみせた。




横にいた天使は、何も言わずことり、と、爽やかなミントのような香りのする、
丸い、装飾の施された明かりを置いた。



そのランプのようなものは、ジジジ・・と小さな音を立て、何かを燃やしているようだった。

光が、赤、橙、と色を映ろわせながら心地良い香りと共に温かい光を放つ。





そのランプに照らされて出来た僕の陰が、僕の半身である悪魔の羽を映し出してしまった。
そのことに気づき、綻びかけていた感情がはっと現実に引き戻される。



その拍子に、座っていた椅子がガタッと音を立てて床に倒れた。





「・・・どしたの、大丈夫?ヴァイオレット。」
側にいた天使がまんまるの瞳をさらに丸くして僕に近寄った。






「イコン、今人間界はどうなってるんでしょう、どうして僕は任務から外されたんでしょう。」




イコン・・、

そう、彼はそう呼ばれている。


丸い愛らしげのある赤い瞳、
そしてふんわりしたペットの毛並みのようなブロンドの髪。

髪の毛一本一本がふさふさで、とても柔らかい。




そこにちょこんと、小さなピン止めみないなものをいつもつけている。

いつも僕のことをくりっとした目つきで捉え、
そして穏やかに、可愛らしげのあるその容姿で微笑んでくる。




彼は書物庫からあまり出ない。

引き篭もりなんだ。

或いは何か理由があるのか、でも僕はあまりその辺の話を彼としたことがなかった。




彼は柔らかなその髪を、僕に近づけて、そっと後ろから囁いた。





「行ってみればいいじゃない、いま、人間界がどうなっているのか。」




人間界・・



その名も響きも、ひどく懐かしく思える。

気にならなくはない、でも、遠ざかっていた、

どこか、触ってはいけない腫れ物のような存在で、

触れたくない、しばらくは・・、
そう思い続けていると
気づけばしばらく時が流れてしまっていた。





「・・・見に行こうか。今の、人間界の様子・・
・・・極楽地獄・・あれは一体何なのか・・。」





――極楽地獄というHPに魔法がかけられている、
そして、それのどこかに一定以上の書き込みをした者は、天使が見える――






そう、昔、教えられた。

でも僕は実のところあのサイトのことをまるで知らないままだ。

僕はイコンに別れを告げた。
彼は僕のことをどうしてか、眩しそうな目で微笑みながら最後まで見つめていた・・・。










―――人間界への嘗て閉ざされていたゲート。








天使たちが人間との交流を断絶した時代があった。
でも今天使たちは、血の涙を流しながらも、人間との共存の道を選んだ。


人を支援し、導き、サポートすることを決めた。
その証の象徴として、このゲートが使えるようになったのだろう。




人間たちはここ(天界)へ来る時、このゲートは通らない。
天界の地下深くにある、夜の海のような、船着場へ、ゴンドラに導かれてやってくる。




地平線が曖昧で、あそこにいくと永遠の幻想に囚われてしまいそうな、
天使にとってはそんなに居心地のいい場所ではない。




死と黄泉の世界が限りなく続くようなところ。





一歩外に足を踏み出せば、そこは限りなく続く幻想の迷宮が待っていそうで。

そして人の心を惑わせるように、甘い香りが脳をくらくらさせる。

自分が地上にいるのか地下にいるのか、生きているのか、死んでいるのか・・
何者であるのかすら考えることを虚しく、無意味にさせる世界・・・。


普通の天使は立ち入ってはいけない場所だけれど、
僕は何者にもなれない自分を悟ったときいつも、その場所に行ってみたくなる。








そんなことを考えているうち、天界のゲートが僕を人間界へと誘った。

ここを通るとすごく力が安定している。
天使の魔法も行使しやすい。




今回は無断で人間界に来てしまったので、ちょっと気まずいけれど。



ダンテ―‥、僕の弟にでも見つかれば、大変なことになりそう。
彼は僕のことを目の敵にしているみたいだから・・。



コソコソと物陰に隠れながら歩いていると、
何かにどんっ、と思い切りぶつかった。

変な声が前方から聞こえた。少しキツめの言葉で怒鳴られる。
あまり関わるとマズいタイプの人にぶつかってしまったらしい。



「・・・・て、なんだぁ、ヴァイオ・・、
・・アナタ確か、ヴァイオレットじゃなかったかな!?」

突然自分の名を呼ばれ、ギョッとしながら相手の顔を確かめた。

N・・・、そう、彼女はルーミネイト様のところにいた・・
・・・天使だ。


豊満なバストがひときわ目立つような、
・・そう、水着姿で彼女は住宅街のど真ん中に立っていた。

「・・・なっ・・・なにしてるんですか・・っ!!?」

そのやけに露出度の高い格好や、
いきなり天使に出くわしてしまったことに混乱したヴァイオレットは、
思わず発した声が上ずってしまう。


「あなたこそ・・、あっ、もしかして状況報告を聞きに来たの?」



そう言われて、思わずうなずいてしまった。



「なかなかわかってきたわよ、あの極楽地獄というサイトと人間界とのことが・・。」

「えっ、え、そうなんですか!?」



Nと呼ばれる天使はペロッと小悪魔的に舌を出したと思うと、
唐突にヴァイオレットの制服の首もとをつかみ、路地裏に引っ張り込んだ。
まるで拉致されんばかりの勢いだ。

連れ込まれた先は、人がもう何十年も住んでいないであろう、崩れかけた廃屋の中であった。



「こここ・・こわいんですけどここ。」
今にも落ちてきそうな天井、腐って、カビの生えた木製の柱・・。
辺りは陳臭い鼻をつく臭いが立ち込めていた。



「うわ・・この木、腐ってますよ・・キノコが生えてます!!」
そんなヴァイオレットの様子をよそ目に、
Nはそこの少し広い空間がある場所に立って、両手で長方形を描いた。




ウヴゥーイィーー‥ン……




電子的な低い音がしたかと思うと、そこに光りで出来た画面が現れた。

わっ、とヴァイオレットが飛ぶように駆け寄った。
「…なんですか、それ。」

「ん‥、極楽地獄のことが知りたいんでしょう、ならまず、ネットにアクセスしなきゃね。
ここってけっこー良い無料のアクセスポイントになってるのよ。」

はぁ・・と、よくわかっていないヴァイオレットの生返事を気にも留めず、Nは続けた。

「まず、あたしは人間界で天使の見える人間ってのを探しまわってたわけ、
でねっ、その天使が見える人間を調査しているうちに、
たった1人だけ、極楽地獄を見たって人がいたのよね。」

「・・・極楽地獄・・を、見た、ですか? あれはHPだから、みんな見てるんじゃ・・」

「そういう意味じゃないわよ、極楽地獄の・・
正体っていうか、本体っていうか? そういうものだと思うわ。」

「・・わ、って、ていうか近づかないでくださいっ」
意図が掴めないでいるヴァイオレットにじれったく思ったNは、ヴァイオレットに言い寄った。
ローザには無かったNの豊満な胸を近づけられ、ほんのわずかに拒絶を覚える。

「ちょっとぉ、そんな向こうに遠ざからなくてもいいじゃない。」

ぷりぷりした顔で怪訝そうにNが言う。
穏やかで気さくな茶目っ気のあるローザとは全く違ったタイプのNに、
ヴァイオレットは戸惑いの色を隠せずにいた。






「ホラ見て、これ。」


Nが画面を指さした。図・・グラフのようなものが色とりどりに、いくつも表示されている。


「‥これ何ですか?」


「天使が見える人間の極楽地獄へのアクセス履歴よ。」


「・・う−ん、見てもよくわかんないんですけど・・。」



大量のデータと文字と数字、そして変な記号が画面のあちらこちらに配置されている。
そのデータの膨大さは、Nがこれまでどれだけ熱心に多くの調査を行って来たかがうかがえる。




「ほら、ここ見てみてよ、天使が見えてる人間とそうでない人間、
明らかに違うところがあるのがわかるでしょ?」




「え・・、な、なんでしょう・・。」


「もうニブちんね、見てこのアクセスした曜日・・。」
「・・・曜日?」
グラフを見ると、そこには、


「火曜、水曜、金曜・・、土曜、火曜、金曜、日曜・・・ってなんですかこれ?」


「天使が見えてる人間のアクセスした曜日に、一定の規則性がみられるのよねー。
しかもその規則性から外れた人間は、徐々に天使が見えなくなる。」



「ええっ、ほんとですか!?」

「これでもだいぶ調査したのよ、当たってると思うわ。」





‥僕はグラフと数字と曜日をじっと見つめてみた。

・・・・暗号?何かの暗号だろうか?







極楽地獄にアクセスするための、パスワード・・?







「それでね、行ってみたの。」
唐突にNが話を切り出す。



「・・どこにです?」


「・・唯一、極楽地獄を見たって人間のところ。」

「えっっ! ‥そ、それで、どうだったんですか‥?」


Nはふと黙った。ほこりにまみれ、ヒビの入った古いガラスの窓の向こうを見つめる。
どんよりと曇った空・・。

積乱雲が渦を巻いて荒々しく蠢き、今にも雨が降り出しそうだ。



「なにか来そうですね。」
ヴァイオレットの言葉でふと我に返り、Nが続きを話し出した。




「いなかったのよ、どこにも。」

「・・・え?」



「極楽地獄を見たって人間、ある日突然どこにもいなくなっていた。」

「ええええっ・・ちょ・・っとなんかこわいんですけど・・。」

「・・あんた男のくせにビビりなのね。」

そう言われてちょっとムッとするヴァイオレット。

Nのことばは率直で飾り気がない。
それ故時折すっと芯をつくように入ってくるものがあった。




「あの子、極楽地獄を見たって人間、元々重い病気だったのに、
死を迎えても、天界には来なかったの。」



「・・地獄に行ったんですか?」



「あんたの弟、ダンテが人間の裁きに関わってるのは知ってる?」

「え・・あまり、ダンテの仕事のことは教えてくれないから…。」



「人間が天国へ行くか地獄へいくかは天界側が管轄している領域なの、
天界側が把握しないまま直接地獄へ行くなんてありえない。悪魔に取り憑かれてでもなきゃ。」

悪魔・・・そう聞いてふと、自分の影を見つめてしまう僕がいた。





「あんた、ヴァイオレット君なら魔界にも行けるんでしょ?
なら調べてきてくれない?
魔界に極楽地獄を見た人間がいるかどうか!」

他人ごとと思ってただ何となく聞いていた話の内容が、
唐突に自分の方に降りかかり、ヴァイオレットは反応に困った。



「・・ねぇ、どうなのよ、調べてきてくれないの?」

Nに畳みかけられるように言い寄られる。



「いっ・・・行きます。」

「ほんとね?」


「・・は・・はい。」

頼りなく、限りなく小さな呟きにも近い弱々しい返事。
ヴァイオレットはNの気迫の前に、ただ頷くしかなかった。





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