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[1]ヴァイオレットエンジェル

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 宮崎愁は、買い物にきていた。

 この前までアルバイトをしていた彼。だが、わけあって彼はここ数ヶ月仕事を持っていなかった。

 それもこれも…………。

 宮崎愁は、目深に被った明るい色のぼうし、サングラス、
 Tシャツにカーゴパンツという全身をわなわなと震わせて、きっと後ろを振り返った。

 彼の目には見えていた。不審そうに自分を見るほかの買い物客の背後に、
 きゃっといわんばかりに隠れた鳥のような羽の持ち主たち……。

「見えてるんだよ……」

 どくろが描かれたTシャツを陳列棚に戻して、愁はつかつかと喫茶店に向かった。

 先ほど彼の元にはメールが届いていた。同居人の篠原和実からだ。

 今日の夕食の件だ。喫茶店にはピンク色のワンピースを着た篠原和実がメロンソーダを飲んでいた。

 携帯をいじっている。自分にメールが来るかもしれない、と思って愁は自分の携帯を見た。
 だが携帯はメールの受信を知らせなかった。別ごとをしているらしい。

 篠原和実は男だが、好んで女性の格好をする。男の格好もする。

 和実は愁に気付くとひらひらと白い手を振って、にっこりと微笑んだ。

 和実は愁が席に座ると、喫茶店の入り口にちらりと目をやって、また視線を戻した。

「今日の夕飯……何にしよう」

「今日の当番は部長でしょ。部長が決めてよ」

 愁は和実が作っていた天体観測研究部という部の部員だった。
 だから今でも、彼のことを部長と呼ぶ。

「冷蔵庫に何があるか忘れちゃったんだよ……やきそばでいいかな」

「またやきそば!?ぼくいやになっちゃう」

 和実はメロンソーダをすすってピンク色に塗った唇をむっとさせた。

「それにしても……」

「ん?」

「最近愁外でないね。どうしたの」

「部長こそ……」

 沈黙が二人の下に訪れた。いらっしゃいませー。ありがとうございましたー。
 単調な決まり文句が喫茶店の中に響く。

「今日は珍しく外に出たと思ったら、何その格好……」

 びっと和実が愁の格好をきれいな指で指さす。べっつにぃ〜〜〜?
 愁はそういってきょろりとあらぬ方向を見る。

「ご注文お決まりですかー?」

 ウエイターが愁のもとに注文を聞きにくる。にこにことメモ帳にペンを走らせる。

「えっと、コーヒー……ホットで」

「私はあんみつ追加」

「かしこまりました」

 ウエイターは踵を返して、ぼそりと呟いた。

「見えてやがる……」

「え?」

「部長なんかいった?」

「何にも……」

 二人はきょろきょろする。二人はそれからそれぞれ携帯をいじりはじめたが、
 待てども待てどもコーヒーとあんみつは運ばれてこなかった。

「出ようか」

「そだね」

 愁と和実はそれからやきそばの材料を買って帰路についた。

 家では水野弘樹がタンクトップに短パンでアイスを食べていた。もう夏も近い。

「おかえりー」

 弘樹が大きな瞳を瞬かせてにやっと笑う。和実がさっとエプロンに着替えて台所に立った。

「弘樹、今日も家にいたの?仕事は?」

 愁がぼうしを脱ぎながら弘樹に尋ねる。弘樹はアイスから口を離して、おお、まあな、といった。

「あれだ。モライモノってやつだな」

「……モラトリアム?」

「そうそれ!」

 ははは。

 弘樹が笑って足をぴしゃぴしゃ叩く。上機嫌だ。

「香夜と繭は?」

 愁が尋ねる。

「今日も部屋にいるぜ」

「ひきこもってるんだよね」

 同居人のあと二人も、ここ数週間は特に家にいた。
 そのことを、なんとなく愁は気にしていた。

 ピンポーン。

「はーい」

 愁はなんだろ、といいながら外に出た。外にはぼうしを目深に被った郵便配達人が立っていた。

「お届け物です」

「はいはい」

 愁はサインを書こうとした。が、郵便配達人は箱をぐいっと差し出すとくるりと踵を返してすたすた去っていった。

「変な人……」

 愁が箱を持って台所に入っていくと、なんだそれ、といって弘樹が寄ってきた。愁がさあ、といって二階に声をかける。

「ねえ、誰かなんか頼んだーー!?」

 しばらくしてがたがたと二階から物音がして、香夜と繭が降りてきた。
 二人とも部屋着でなんとも情けない。

 繭ははたから見れば外着と変わらないが、黒いコーデュロイのパンツに
 柔らかい生地のコットンのシャツ、という装いは部屋着であることを、同居人の四人だけが知っている。

 香夜は黒いワンピース姿だが、ずっと同じ姿勢でいたのかやや皺が寄っている。

「なんだ?」

「何?」

 二人はいささか不機嫌だった。まるで今まで何かに熱中してたのを邪魔されたかのようだった。

「郵便物がきた。誰か通販で何か頼んだ?」

 二人は否定した。

 誰にも身に覚えがない郵便物。

「開けない方がいい」

 という繭の制止も意に介さず、四人は面白そうだから開けようといいだした。

「せめて差出人を見たほうがいい」

 冷静な口調で繭は言った。愁が書いてないよう、と応じる。

 和実がカッターナイフをもってきて豪快にばりばりと箱を開けた。

 愁はうわあ、と声をあげた。

「ちょ……これ……」

 なんと、中には喫茶店で注文したコーヒーとあんみつが入っていた。
 コーヒーはスターバックスのそれのように密封されていて、あんみつは透明な容器に入っている。

「なにこれ」

 香夜が不審そうに黒い瞳をくるりと回すので和実と愁は
 今日喫茶店でコーヒーとあんみつを注文したが結局来なかったことを三人に説明した。

「どういうことだ?」

 弘樹が頭をかく。

 繭が某探偵のように口元に手をあて、ようするに、といった。

「そのウエイターと配達人は同一人物だったのではないか?」

「それがどうしたんだよ。来なかったら言えばいいじゃねえか」

 ひっかかることがあったら黙っておけない弘樹がむっとした口調でいう。

「だって……どうでもよかったんだもん」

 愁が眉を寄せる。

「大体同一人物って時点でおかしいでしょ」と香夜。

「これを今!届けるって時点でおかしいんだよ!」と愁。

 五人は箱を取り囲んで沈黙した。

「どうでもいいじゃん。ご飯にしようよ」

 和実がエプロンをほどきながら言った。

「ちょっと待て……」

 繭が額に手を当てて考え込みながら言う。

 繭はこの中では一番の年長者だ。といってもまだ21だが。
 彼らは高校時代からの付き合いで、繭は一番成績が悪かったが、一番冷静で思慮深い。
 なのに何故テストの点はとれないのかと、繭とは昔からの幼馴染である和実は思う。

 数秒間、四人は繭の意見を仰ぐために待った。しかし繭はん?と顔をあげて四つの顔を見回す。

「いや……立ちくらみがな……」

「もー繭!?ふざけないでよ」

 和実がぷりぷりしながらやきそばをよそいはじめる。全員なんだ、という表情で椅子に座った。

 やきそばをよそい終わった和実が無防備にあんみつに手を伸ばすので、
 さすがにそれはやめておいたほうがいいと繭が止めた。

「そんなに神経質にならなくても大丈夫だって」

 和実があんみつを食べ始めると、全員黙ってやきそばを食べ始めた。

 繭はひとくちやきそばを食べただけで黙ってお茶を飲み始めた。多分、と繭がいう。

「おそらく、その人物はまた俺たちに接触してくると思う」

「だったら、外に出なきゃいいんだよ」

 愁が冷めた声で言う。

「そういうわけにはいかねえだろ。食べ物だって買いに行かなきゃならねえし」

 弘樹が口元のソースを拭う。

「大体、何が目的なのかしらね」

 香夜が背もたれにもたれる。

「普通に考えると、俺たちに用がある、ということだな」

「全然普通じゃないよ」

 和実が言う。

「なあ……」

 弘樹がやきそばを食べ終わって煙草に火をつけかけ、繭のほうを見てやめる。

 繭は身体が弱いからだ。

「いっそこっちからいくってのはどうだ?」

 誰も何もいわない。

「何で俺たちがこそこそしなきゃならねんだよ。そいつ喫茶店にいるんだろ?
こっちから話つけにいこうぜ」

「いこうぜ」

 愁が弘樹の口調を真似て失笑を買う。弘樹が顔を紅くして愁の頭を叩いた。

「どうよ、繭」和実が繭におうかがいを立てる。

「危険がなければな」

「何、危険って」

 香夜が繭のほうを向く。

「…………。」

 繭は何もいわなかった。

 結局、その場はそれでお開きになった。



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