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[1]ヴァイオレットエンジェル

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「……………」

「……………」

 かたかた、かたかたとタイプを打つ音が響く。

 ヴァイオレットはごろんとベッドに寝転がった。

「ねーねー」

「……………」

 灰色のベッド。清涼なニオイのする部屋にヴァイオレットは鼻をひくひくさせた。

「ねーおにーさん。何してるのー?」

「………………」

「この部屋すっごくこう、爽やかな匂いがしますね……」

「………………」

「人間の男の人の部屋ってもっとこうむさくるしいって聞いてたけど…………」

 ヴァイオレットはちらっと青色のカーテンや黒い椅子、
 何も飾っていない棚やクラシックのCDが並ぶ壁に視線をやった。

「ここってなんかこう、高尚な……爽やかなかんじがするなあ……」

 ヴァイオレットはむくっと起き上がってぴょこんと繭の背中からパソコン画面を覗き込んだ。

 じっ……とモニターを見て、ずばり、とヴァイオレットはいった。

「おにーさん、好きな人がいるでしょ」

「………………」

「フフフ…………隠さなくてもいいよ」

 ヴァイオレットは部屋をうろうろと歩き回りながら、それにしても塵一つ落ちてないなー、とか、
うわ、すごい難しそうな本、とか言いながら呟いた。

「で、なんかいいことしないの?」

「………………」

「ねーーねーー、あくまで無視するの?僕がせっかく親しげに話しかけてるのにさー」

「………………」

「知ってる!それ極楽地獄っていうんでしょ!?」

 繭にぽんっとのしかかってぐいーっと前に前屈した。
 重い……繭はそう思った。ヴァイオレットは小柄なほうだが、思いっきり体重をかけると勿論重い。

 繭は横目にさらさらと紫色の髪が零れてくるのを見て、むっとした。
 繭はとても神経質だ。基本的に身体的な接触を嫌う。

「ねー、何かいいことしたほうがいいよー。僕がばっちり記録してあげるからー」

「…………………」

 ぎしぎしと椅子が鳴る。ヴァイオレットはまるで駄々っこみたいに繭の首に手をまわしてむーーん、と唸った。

「ねーねーおにーさんなんか喋ってよー。さっきは結構喋ってたのにさー」

「…………………」

 ヴァイオレットはモニターを見つめた。昨日の午後五時、天使、の書き込みがある。
 ヴァイオレットはにやりと笑った。

「それ、書き込んだの僕だよー」

「……何?」

 ヴァイオレットはにっこりした。

「ほんと♪」

「これは誰の記録だ?」

「秘密」

 僕とお喋りしたら分かるかもよ?

 ヴァイオレットはにこにこする。繭は長い脚を組んでヴァイオレットを見据えた。

 沈黙。

 繭は黙って床を見ている。ヴァイオレットはむー、と唸ってえーと、といった。

「何で外に出ないの?」

「君の言う、天使がいるからだ」

「見られるのは不愉快?」

「なんとなく身の危険を感じる」

「外に出て、いいことしたら?」

「君の言う善行、を定義せよ」

「うーん……おばあさんの荷物を持ったりとか……困ってる迷子に道を教えたりとか」

 繭は不審そうな顔をした。

「同居人を思いやるってのでもいいと思うよ♪」

 繭は腕を組んだ。

「おいしい料理を作ってあげてびっくりさせるとか」

「料理はするなと言われている」

「何で?」

 繭は肩をすくめた。

「あまり、一般的じゃないんだろう」

「ふうん……じゃあさ、えっと、花を飾ってみたりとか」

「アレルギーだ」

「……………」

「他には?」

 えっと……。

 ヴァイオレットは首を傾げた。

「そうだなあ……おにーさんが好きな子に、優しくしてあげるとか」

「普段からしてる」

「えー」

 やらしー。ヴァイオレットはちょっと恥ずかしそうにした。
 そしてメモ帳にかりかりと何か書き込んだ。

「名前は?」

「名前?本橋繭だ」

「おにーさんのじゃなくて、相手の」

「それは…………」

 ふっ。

 肩をすくめて繭はそっぽを向いた。

「あ、秘密?やっぱりぃ……」

「いや、君には刺激が強そうだから……」

「えー、何それ何それ」

 ぶーぶー。

 ヴァイオレットは不満そうな顔をした。

「同居人にも隠してある」

「そうなんだ……じゃーいいや」

 ぱたんとメモ帳を閉じてヴァイオレットはベッドを降りた。

「……何故あんなものを届けた?」

「あんなものって?」

「コーヒーとあんみつだ」

「何かおかしかった?」

 ヴァイオレットはきょとんとした。

 繭はしばらく黙って床を見つめて、そうか。といった。

「君にとってはおかしくはないわけだ」

「そうだよ……だってあの二人が注文したんだもの」

 ヴァイオレットはにこにこした。

 そのとき、ヴッと壁に魔方陣が飛び出して、ヴァイオレットはそちらを向いた。

「呼んでる……」

 ヴァイオレットはふっとその中に飛び込んで、部屋から消えた。

 繭は肩をすくめて再びパソコンの前に座った。




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