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ダンテの苦悩(仮)

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それに、今口を開けば相手を攻撃してしまいそうだった。



攻撃すること。自分がえぐった傷口を眺め、満足する。



それがダンテにとってのコミュニケーションだった。

考えるより先にいつもその手順を踏んでいて、だから、
相手よりまず圧倒的に有利に立っていることを思い知らせ、犬にするように、
横面を叩いて自尊心を傷つけるのだ。



そう、引き裂くように、滅茶苦茶にだ。




 大体、今の時点で、人間の相手が自分を相手にしないのが、ダンテにはまず我慢がならなかった。









飛行機ごと破壊してやりたい、





と彼は思った。


そうだ、とダンテは思った。



そうしよう。

この飛行機をハイジャックして、全員に極楽地獄について訊くのだ。

知っていても知らなくても、この飛行機は落ちる。
自分は翼があるからいつでも逃げられる。



 しかし、人間を無為に殺すことは天界で大罪だった。

追放されたとはいえ、追手がくるようなことは避けたい。

 やはりこの隣の人間と会話するしかなさそうである。







ダンテはどうやって自然に極楽地獄について訊くべきか考えた。
 やはりそれには下地となる会話が必要だった。


  お互いが最低限打ち解けたと了解できるラインに届かなければならないだろう。
それにはやはり相手について聞かなければならない。





ダンテは軽く咳払いした。


「……旅行ですか?」



「まあ、そのようなものです」


 相手は少し考えるそぶりを見せた。

「私は美術商をやっていまして、その買い付けにいっていたんです」




 その若さでなれる職業なのだろうか、とダンテは驚いた。


相手はあらぬ方向を眺めて、ほとんどダンテに注意を払っていないように見えた。



「歳は?」

「何歳に見えますか。」

 ダンテは気づいた。

相手は全く自分と関わる気がない。

自分に興味がないのだ。それは屈辱的な事実だった。

相手の注意を引く必要がある。どうすればいいのだろう。



「極楽地獄を知っていますか?」



 気がつくとダンテはそう問いかけていた。


はっとして口をつぐむ。


相手は、じっとダンテを見つめている。




「それを聞いたのは久しぶりですね。
いえ、貴方が言っているものとは、違うかもしれませんが」


 相手はネットブックを開いた。
軽やかに起動して、お気に入りのページからあるページに飛ぶ。





 すると白いホームページが表れた。
赤い字体で極楽地獄、と書かれている。


「一時期友人の間ではやっていたホームページです」

 ダンテは落胆した。
ホームページなど、星の数ほどあるではないか。
勿論そんな名前のホームページだってあるだろう。







自分が聞いているのは、おそらくそんなにありふれたことではない。

具体的にどんなことかと聞かれれば、答えに窮してしまうが。




「私が聞いているのは、そんなことではない。目障りだ」


 騒々しい音を立てて、ダンテは手を伸ばしネットブックを閉じた。


相手は怒るでもなくそれを鞄に仕舞う。


ダンテはひどくいらいらした。


何故この東洋人は腹を立てないのだろう。
何者かも分からない西洋人風の男に、先ほどからいいようにされているというのに。






「私が言っているのは、そんなくだらない低俗なものではない。
私は、それに呼ばれたんだ」





 相手は黙っている。


これは人の形をしたハリボテではないかとダンテはいらいらし始めた。




「何とか言え、私を呼んだのが何か、答えろ……!!」



 憤ってダンテは声を荒げる。




細い白い指がすっと薄い唇に添えられる。


 ふわりと清涼な香りが髪を揺らす。

ダンテは相手が自分の耳に囁いたのだと、一瞬分からなかった。

それは空のグラスを震わせたような澄んだ声。



 てんし。



 彼はそう囁いた。


作り物のような薄く開いた唇から、濡れた赤い舌が見えた。


ダンテは天界で名も知らない天使と繋がったことを思い出した。

繋がれて引きずり回されたような、不愉快な記憶だ。







 兄は見ていた。ドアの間から、 貴方、嗤っていたよね、兄さん。

私も追い詰められていたことが分かって。
それとも私がやっていることが滑稽で?

貴方が嗤っているのが分かって、私も、なんだか可笑しかったよ。

まあ、馬鹿なあんたは自分が嗤っていたのなんて、知らないんだろうね。







「滑稽だよ……」



 ダンテは腹が痙攣するのが分かった。

場違いなおかしさに身もだえしそうだ。


もう相手は何事もなかったかのように席に座って前を向いている。
ああ、さっきのは自分の幻聴だったんだ、とダンテは思った。


 この東洋人から何か聞きだそうと思ったことも、会話したことも、天使だと見破られたことも、
ただの夢なんだろう。







 それから、その東洋人と会話することなく、飛行機は日本に着陸した。


隣の東洋人は眠っていた。

ダンテは、席につけてあるモニターで映画を観た。つまらない映画だった。


 飛行機から降りると、ふわっと生暖かい風が頬に触れた。

6月。嫌な季節だ。

 空港の椅子に座り、これからどこに向かおう、と考えを巡らせる。



「行きますよ」



 声をかけられて、ダンテは顔を上げた。


気がつくと先ほどの東洋人が自分を見下ろしている。


「家の者が迎えに来てます。天使でも疲れるんですか?」


 ダンテはぽかんと口をあけた。


もう相手はすたすたと背を向けて歩き始めている。


「恐るべし、日本男児だな」


 思わずわけのわからない言葉を口にする。


相手の隣に並び、相手も意外に背が高いのだと気づく。




 二人はつかつかと競歩のように進んで空港を出、黒いリムジンに乗り込んだ。

 座席に座ると東洋人は名刺を差し出す。
     





 本橋グループ取締役補佐 本橋 繭    






 ダンテは皮肉な思いがした。
ついこの間まで自分が繭になっていたというのに、
日本に来て繭という名前の人間に導かれることになろうとは。


「何故私が天使だと分かった?」

 車が滑らかに発車する。

大体、こいつは何者だ、とダンテは思った。


飛行機のビジネス席に乗っていたかと思えば、高級車に出迎えれるとは。

「貴様、一体何者だ」


「随分哲学的な質問ですね。前に会った天使は、もっと平凡な感じでしたが」


 繭はまたネットブックを開いた。


「このホームページの掲示板に一定以上書き込みすると、天使が見えるようになるらしいです。
人間に扮していてもそうと分かる。
俺を含む友人数人が、そういう体質になっています」


「馬鹿な。そんな話聞いたことがない」


「信じないんですか?」


「信じられるわけないだろう。私はホームページに呼ばれたのか?」

 繭は否定した。

「俺の家に来てください。そうすれば、貴方が何に呼ばれたのか分かるでしょう」

 ダンテは何か言うべきことがあるような気がした。

車内は静かだ。

このぶっ飛んだ会話を運転手も聞いているのだろうか、と彼はぼんやり思う。



「以前にも天使に会ったといったな」

 繭は肯定した。

 しかし、ダンテは何も言わなかった。

彼は天界と縁を切って久しい。
他の天使の情報などどうしようと言うのだろう。





 しばらく黙っていると、繭は質問した。
「何故天使なのに飛行機に乗っていたのですか」



「私は長いこと人間として生活している。もう翼も長いこと使ってないんだ」



 繭は頷いた。



それから会話は途切れた。
ダンテは頭が混乱していて、何を言うべきかずっと迷っていた。

何故繭が飛行機に乗っていたのかとなんとなく尋ねた。


彼は自家用機が壊れたのだと説明した。
それで、ビジネス席しか空いてなかったのだと。





 しばらく走って着いた豪邸にダンテは少し驚いた。
かなり裕福で、地位のある人間なのだと理解する。


黒服のSPらしき人物がトランシーバーを片手に何事か呟いているのがちらほら見えた。
 車を降りて邸宅の中に招き入れられると、
茶色い髪を長く垂らしたワンピース姿の少し垂れ目の女性が出迎えた。

ダンテをちらっと見て、誰?と尋ねる。


「失礼、名前を尋ねていませんでしたね」

「ダンテだ」

「ダンテさん、こちらフィアンセの篠原和実です」

 繭がしれっと紹介する。
和実が真っ赤になって首を振った。


ダンテは、別にその情報は要らないな、と思った。




「違う。だから無理だって。法的に無理なんだって」

 そして天使の直感で気づいた。
篠原和実という人物が男性であると。

 汚らわしいと思ったものの、今のダンテはそれどころではなかった。





苛立っているダンテに気づいたのか、繭は先陣を切って屋敷の中を歩き始めた。

「繭、ひょっとして愁に会わせる気?」

 繭がどこに向かっているかを察した和実が慌てたように言う。
繭は頷いてダンテに説明した。



「ダンテさん。天使が見えるようになった俺を含む友人数名は一緒に住んでいました。
ですが適切な時期が来て、ばらばらに住むようになりました。

ある者は天使が見えなくなり、俺の場合は、今も天使が見えている」


 和実が驚いたようにダンテを見る。
ダンテは和実と目を合わせようともしない。

 ある部屋の前に来て繭は立ち止まった。
ドアノブに手をかけて、ダンテを見る。




「今から極楽地獄に会わせます」




 何?とダンテが問いかけるより先に、繭がドアを開いた。

 白い、殺風景な小さな部屋だった。

簡素なベッドが壁際に置かれている他は何もない。
 ベッドには白い大きな塊があって、それがシーツをかぶった人間だと、
それに焦点を合わせたダンテは気づいた。


「彼は俺たちと一緒に住んでいた、宮崎愁といいます、そして」

 繭は言葉を切った。




「今は極楽地獄の入れ物です」




「入れ物……?」


 シーツをかぶった人物は、血走った目をしていて、髪が顔に覆い被さっていた。

柔らかそうなひげが生えていて、じっと一点を凝視している。





「極楽地獄は、不定形な世界そのものです。
ホームページに繋がることもあるし、彼の頭に潜むのも、極楽地獄の形のひとつです」


 愁、と繭は声をかける。











「俺は入り口に立っている」





「黒い門がある」







 感情を欠いた声で愁が言う。


「中に入った」





「カラスが鳴いた。城が見える。足元には巨大な芋虫がいる」


「歩いて、その城に向かおう」





「道では三人の子供が歌っている。白い服を着て、はだしだ」




「どんな歌?」





 干からびた声で愁が歌いだした。

それはダンテの知るどんな言語でもなかった。

ダンテは叫んだ。




「やめろ!!こんな狂人のたわ事を信じているのか!」





「三人の子供は歌うのをやめた。貴方を見ている」




「私を?」



「三人の子供は笑っている。嗤っている。わらっている……」

 ダンテは後ずさった。また愁は歌い出した。






否、歌っているのは三人の子供。

 腰を抜かしたダンテに繭が囁いた。





「どうします。城に向かいますか。俺もまだ行ったことないんです。
城の周りは探索したんですがね」




「狂ってるよ、あんた。私はこんなものに呼ばれて来たんじゃない!!」




「道の向こうから、誰かが歩いてくる」
 突然愁は言った。






「城の方角から歩いてくる。今は、影しか見えない。こちらに歩いてくる。

大分、遠い。三人の子供が叫んでいる。魔王だ!ぼくを浚いに来た!」







 愁が無表情に笑い出した。あははははは。笑い声はだんだん遠くなる。
子供たちが遠ざかっていく。








愁は笑うのをやめた。




「少し近づいてきた。まだ陰になっていて見えない。道は曲がりくねっている。近づいてくる……」

「人に会うのははじめてだ」

 ダンテは口元を押さえて壁にもたれた。








何かがせりあがってくる感じがした。
本能が危険を知らせている。






「貴方に会いにくるんだ」


 ドアに手を伸ばそうとしたダンテの手を繭は掴んだ。




「逃げるのか?ダンテ。あんたは極楽地獄に会うためにこんなところまで来たんだろう」









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