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ダンテの苦悩(仮)

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耽溺せよ、その、世界に。










天界を指して、父はそう言った。




酒に溺れるように耽り、女に堕ちるように愛し、怠惰にまみれるように、その世界に咽びかえれ。
そう、愛に、女に、怠惰に、溺れるように、神聖と偽りに身を焦がせ。



神聖でありながら、その総てが偽りで、毎日がそれら総てに、溺れ、奢った、まるで酒池肉林。




永遠の宴のような。



弟は、そんな世界の権化のような存在だった。

生まれたときから純潔の天使。父の違う存在で、そう、母は別の天使と関係を持ったということだ。






弟、ダンテ(仮 はそんな母を呪った。

彼自身名も知らない父を呪い、悪魔の血が流れる、天使と悪魔のハーフである僕を、
呪い、憎んで、幼いときから、殺してやる、と繰り返していた。


目をえぐり臓物を引き裂きそれを家畜に食わせ、骨を砕き拷問して拷問して爪を剥がして、
それでも発狂させずずっと苦しませてあげる。
と、笑顔で言うのだ。それが自分の愛情だといわんばかりに。


ひっくり返し続けた憎悪は、奇妙にも愛情の皮をかぶっているようにさえ、僕には見えた。
それは僕がそう望んでいたせいかもしれないし、だが、そんな弟とも、もう会うこともあまりない。



弟は自分というガラスの瓶に聖水を満たそうとするようにただ神聖さだけを求め、神を、出生を、
やはり憎悪しながらも愛し、そう、彼は耽溺している。憎悪と、
憎悪が反転した愛情に、神聖に?満たされ、溺れ、もがき、それは多分、僕も同じだった。



僕は溺れていた。彼と同じで、もがいていた。

神聖という名の霧にむせいで、息もできない、ここは息苦しい。

だから、理由なんてどうでもよかった。




ある日僕は、弟のドアの隙間から、彼が見知らぬ天使と繋がっているのを見た。

相手の顔は見えなかった。だらりと垂れ下がった弟の顔、目が、僕を捕らえた。

僕らは、その時はじめて心を通わせあった。僕も彼も、もう我慢がならなかった。

憎みあいながらも惹かれあい、手に手を取って逃げ出すのは今しかなかった。

弟は天使と通じたことで咎を受け、投獄された。









そして、彼は追放された。天界において地位ある天使同士が通じることは重罪だった。

それは下々の者の悦しみとされていたのだ。

弟は房から出ると、まず私を罵った。いつも通り、殺してやりたい、と叫んだ。




「行こう」



弟は掠れた声で尋ねた。どこへ、と。



「ここじゃないどこかへさ。どうせお前は追放されたんだから」



僕らは無言で天界を出た。厳密には僕は追放されていなかったし、仕事もあったが、
正直言ってもうどうでもよかった。僕は本当のところ弟を愛していたし、
彼がどんなに僕を憎もうと、彼は、血を分け合った肉親だ。




だから弟とどこまでも行こうと思った。エリートでなくなったこと、
結局、天界に耐え切れなかったこと、そのことは僕らをずたずたにした。
人一倍プライドの高い弟は、特にそうだったと思う。




一言も言葉を交わさず、僕らは人間界に降りた。地獄に行くことはできなかった。
天界を追放されて間もない純潔の彼は、悪魔たちに八つ裂きにされるだろう。





「地獄に行こうかな」
 弟はぽつりと言った。



  「僕らがいるところ、そこが地獄だよ」



 
 どこにいこうと。






「でも、もうお前は自由なんだ。好きなところにいくといい。鳥のようにね」



「……嫌だ。鳥なんて、薄汚れて、人間に食われて、クズみたいだ。あんたみたいに」



「じゃあ、これからどうするんだ?」



 しばらく弟は考えるそぶりを見せた。



 

人間になる。




正直僕は、彼がなんと言ったのか分からなかった。


「卑劣で、傲慢で、この世で最も醜い生き物。



この世の総てを憎悪している僕にとって、おあつらえ向きだろう?」



 










 それ以来、弟には会っていない。彼が今どこで何をしているのか、僕は、知らない。
 しかしこれでいいような気もする。彼が僕を殺す前に離れられて、よかったのかもしれない。


 僕はといえば、天界と地獄と人間界を行ったりきたりして、過ごしている。

たまに弟のことを思い出して、少し泣く。失くした僕の一部、僕の弟。








 それは、ヴァイオレットが弟と別れて長い時間が経ってからのことだった。

 ダンテはその長い間、様々な国を放浪した。エジプトには長く滞在し、ひたすらピラミッドを眺めて過ごした。

 それに飽きるとヨーロッパに向かった。美術館や演奏会に足を運び、彼は人間界について学んだ。

 南極にもいった。天界に似ていると彼は思った。しばらく彼はそこに留まった。
 次に彼はアメリカに向かった。肌に合わず、三日と留まらなかった。

 アフリカのジャングルにも彼は向かった。そこで彼は繭になって、深い眠りについた。








 長い、長い年月、彼は永眠にも似た眠りを貪った。


 目覚めるのを拒否しているような、あるいは必要がそうさせたような、眠り。








 空白、空白、空白の後、彼は目覚めた。





 



とても長い時間が過ぎていた。



 10年、50年、100年。或いはそれ以上、同時に、そのどれでもない。



 一瞬だったのかもしれない。



 とにかく、彼は呼ばれて目が覚めたのだった。





     突然ひらめいて自分を覚醒へいざなった言葉を咀嚼する。







    極楽地獄が呼んでるよ







 それは意味のわからない言葉だった。




   ダンテはわけがわからないまま、日本に向かった。
 何故日本だったかというと、ひらめいた言葉が日本語だったからだ。

   彼は途中フランスに寄り、それから日本行きの飛行機に乗った。

 彼はもう長い間飛んでいなかった。
飛行機の隣には若い東洋人の男性が座っていた。
 黒づくめで、ダンテが搭乗したときには、既に大きなアイマスクをして横になっていた。



   ダンテは、彼が日本人であればいいのに、と思った。
 日本にいくことを決めたものの、全く当てがなかったし、別にホテル暮らしでもいいのだが、
 極楽地獄、がなんなのか日本人に聞かなければならかった。 



   否、それはもっと抽象的な意味のような気が、ダンテはしていた。
 日本人に関わらなければ、日本人に限らず人に関わらなければ、
 この言葉の意味を知ることはできないような気がしていた。

 とにかく、ダンテは隣の東洋人が起きるのを待った。




    しかし、そもそもダンテは人間について詳しくない。
  人間界に降りてきてからも、人間にはあまり関わらなかったのだ。



     髪が黒く直毛だから、なんとなく東洋人だと判断したのだが、
  よく見るとその人物は手足が長くほっそりとしていて、アイマスクから覗く肌も白い。


  ひょっとしたら日系の欧米人かもしれない、とダンテは色々と想像した。


  

 離陸するのでシートベルトを締めてください、と添乗員が言いに来て、ようやくその人物は身体を起こした。





 アイマスクを取って、軽く目を擦る。ダンテは思わず言葉を失った。

 その人物は彫刻のように美しい顔立ちをしていた。

 瞳が黒真珠のようで、睫は繊細に長い。

 自分の美貌に自信をもっているダンテでさえ、思わず見とれてしまうほどだった。




   しかし真っ黒なさらさらの髪と黒い瞳で、やはり彼は東洋人だとダンテは納得した。




   その東洋人は、一瞬ダンテの顔を見て、すぐに興味を失ったようにシートベルトを締めた。

 機体は離陸した。ダンテはどうやって相手とコミュニケーションをとろうと考えた。
 彼は人間に限らず生きとし生けるもの総てと相性が悪かった。

 相手が天使の直感で男性だと分かったものの――相手は長身とはいえ際どい人物だった。



   何せかなりの美貌である。
 ダンテは相手が話しかけてくれるのを期待した。うまく会話にもっていきたい。


 しかしあろうことかその人物は本を取り出して読み始めた。日本語の本だ。
 どうやら日本人らしい。しめた、とダンテは思った。


 本のタイトルは、絵画に関するものだった。

 ミュシャについての項を開き、無表情にその美麗な絵を眺めている。



 流動的な布のライン、淡い配色、ポスター独特の太い線でありながら美術的な魅力に溢れた絵だ。


「どうも好きになれませんね」


 相手は顔をあげた。ダンテは鼻で笑う。


「女性を神聖化しすぎている。どうもそういうものは好きになれない」




 相手は黙っている。無表情で、言葉の続きを待っているのか無視しているのか、よく分からない。



「美術作品は、常に何かを神聖化している。


さながらその画家は、女性ばかりを描き、女性という性を宗教だとでも思っているんだ」


 ダンテは自分の考えを述べることができて満足した。相手の注意を引くことができたことにも。


 そして、過去にそれが友好的なものであったためしがないのだ。


 相手の男性はそうですか、とだけ言った。そしてまた本に目を落とした。
 あろうことかウォークマンまでとりだして耳にあてようとする。

 ダンテはむっとした。



 何故相手が自分と会話しようとしないのか不思議でしょうがない。
 ダンテは添乗員が勧めるコーヒーを受け取り、わざと床に落とした。

 コーヒーの飛沫が相手のパンツに跳ねた。ダンテはバカにした口調で言った。

「どうもすいません。クリーニング代は支払いますよ」



 相手は自分の服の具合を確かめもせず、ダンテにハンカチを渡した。

 ダンテは面くらってハンカチを思わず受け取った。


  見ると、相手が膝においていた本もコーヒーで汚れてしまっている。


  おかげでパンツの上のほうは無事だったといえるが。
 しかし相手は別に気にした様子もなくかばんに本を仕舞っている。


 ダンテは小さな声で礼を言った。

 添乗員が床を掃除し、昼食に魚か肉がいいかと尋ねられると、二人とも魚を注文した。
 ダンテは今度こそ何か話しかけられるかと身構えたが、相手は何も言わなかった。


 過去に呼んだ書物を頭の中で紐解き、ダンテはまともな会話を思い浮かべた。



「日本人ですよね?」



 相手は最初自分に言われたのが分からなかったらしく、数秒遅れてええ、と言った。




 しかしダンテはそこでもう何を言ったらいいのかわからなくなった。
 二人はまた沈黙した。料理が運ばれてきても二人とも手を付けなかった。

「食べないんですか?」


 ダンテは尋ねた。正直そんなことはどうでもよかったのだが。


「機内食は苦手なんです」

 相手はまたアイマスクを取り出した。


まずい、寝る気だ。



 ダンテはプライドを捨てて、ここ数十年で一番自分らしくない言葉を吐いた。


「実は退屈していてね。日本につくまで話し相手になってもらえたら助かるのですが」



 その東洋人は無表情にダンテを見て、わかりました、と言った。





 しかし、彼は無口だった。

 無表情に椅子の背に取り付けてあるモニターを眺めたまま一言も喋らない。

 ダンテは極楽地獄について尋ねようかと考えた。

 しかしほとんど会話していないのに、それを尋ねるのは奇妙なように思えた。

 それに、今口を開けば相手を攻撃してしまいそうだった。







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