前作へ   ★1ページ   ★2ページ   ★3ページ   ★4ページ   ★5ページ   ★6ページ   ☆次回作へ   ◇→writing

[2]天使の帆翔

3ページ目

拍手する
天使の帆翔 《もくじ》
[1ページ目] [2ページ目] [3ページ目] [4ページ目] [5ページ目] [6ページ目]




「あっ、ここは・・。つ、着きましたね。」



そこは地獄界の中の人間たちが住まう場所。
止むことのない狂気の声で、安眠など永遠に訪れない。


「・・人間の声って、悪魔と違って、ちょっとマトモですね。」
そんな冷静そうなことを言って、緊張と混乱を治めようとする。


しかし人間の悲鳴は、
天使の部分のヴァイオレットにとって耐え難いものであることを、

振り払っても拭っても、その悲鳴の声が
耳の奥の奥にまで残ってしまう事実が告げていた。



「・・痛い、なんか、耳鳴りがする、
なんだろうコレ。グラグラしてくる・・・。」

拒絶感が、吐き気となり、四肢の麻痺となって、神経を堕落させていく。


「・・え・・・・と、男の人、Nさんの言ってた人を、見つけなくちゃ・・」



ゴツッ・・・、

鈍い音がした。

ヴァイオレットの足が、杖のようなもので、踏みつけにされた音だった。

――見上げると、
いかめしい顔つきで見下げる堕天使たちが一斉にこちらを向いている。



「・・・・・なんだ、お前。」





天界で聞いたことがある。

天界に忠誠を誓って自ら堕天した者たち。

魔界で任務を全うするために、
かつて、多くの上級天使たちが、
魔界に送り込まれ、そこでその身を保つため、

生き抜くため堕天したと。




無秩序な魔界では、魔界送りにされた人間たちは、
ひとたまりもなく悪魔どもの餌食になってしまう。

だから、天界は、人間たちを監視し、支配し、
そして守護するという名目で、彼ら堕天使たちを配置しているのだと・・。




堕天しても天界に絶対の忠誠を誓っているだけあって、

いかにも・・その、なんていうか・・・・




「・・・頭が堅そう。」




「ん!? なんか言ったか!?」

「あっ、いえこっちの話です。」



素直にここを通してはもらえなさそうなので、
とりあえず僕は、Nが言っていた柴谷朋弥とかいう人間がいるか聞いてみた。

それでも相変わらずとり合ってくれなさそうなので、
今度はルーミネイト様にもらった紋章を見せてみる。


その途端、複数の堕天使の目つきが変わる。




どうやら調べてくれるみたいだ、でもあくまで僕は、
この中には入れてもらえないらしい。





複数の天使が行ったり来たり、しばらく何やら話をしてみたり、
書類のようなものをパラパラ捲ったりしていた。


その間中僕は、さっきからずっと目の前にいて、いかにも無愛想で、

僕を初めて見た時からたった一言も喋らないこの寡黙天使と一緒に
ずっと沈黙を続けていなければならなかった。




・・・何なんだろうな、さっきからずっと僕のこと見てるよ・・。



僕はこの無愛想天使に目を合わせるのがちょっと気まずく思えて、
ずっと自分の足の先を見つめていた。



時折ちらっと目の前に居る天使の顔をうかがってみるものの、
相変わらず岩のように表情を変えず、
ずっと僕のことを見ているようだった。



・・・もうホントに何だろ、気まずいなぁ・・、
早く誰か、この変な空気を破って欲しい・・。



もしかしたらその天使はただ
前を向いて見張っているだけかも知れない、



でも僕にはその天使が、
じりじりと僕の方へ寄ってきて、

何か僕のことを悪く思わないだろうかとか、
僕が半分悪魔であることを非難されないだろうかとか、
ずっとぐるぐるそんな思考ばかりが過ぎってしまう。



・・・・早く終わってくれないかな。もう逃げてしまおうか。


そんな時に、ふとあることに気づく。







人間の悲鳴が聞こえなくなっている。


耳を突くあの音、耳障りで、
あの残響感が僕の天使の部分を蝕んで行く、

あの感覚が、今は無かった。




沈黙・・・・、

そう、今あるのは沈黙だった。



ほかの雑音が、聞こえない。





目の前の天使に睨まれて、感覚が麻痺しちゃったのかも。


・・・そっと、自分の前の天使を、見あげてみる。

「ああ、そこの、…ヴァイオレット、とかいう奴だったか!」

と、突然奥から戻ってきた堕天使たちが大声でその沈黙を破る。




「そのような人間は、我らがこの魔界で人間たちを預かって以来、
史上1度もこちらには来ていない。」




ピシャッと正確で厳しそうな声のトーン。
でもとても信頼が置けそうな、そんな自信に満ちた声。





「1度も・・・ですか?」

「1度もだ。」

やはりキッパリと、寸分の迷いなく即答されてしまう。






「堕天使さんたちが気づかないうちに迷い込んだとかそういうのは・・」
「断じて無い。」

また、自信に満ちた即答、余説を話し合う余地は無さそう。



・・しょうがない、

帰るしか無さそうだ。



ぼくは堕天使たちの鋭い眼差しを背に受けながら踵を返した。
再び通って行く先ほど来た道。
しかし行きしとはその様相が異なり始めていた。



―そう、もうすぐ夜になるのだ。



魔界の夜は、半天使の僕が
平気で生きていられるほど安全な場所では無い。


夜に徘徊する悪魔に目をつけられたら、
ひとたまりも無いんだ。


一度、瀕死になって、上級天使様に助けだされたことがあった。

こんな言い方をするのもアレだけど、

昼間の地獄と違って、
夜の地獄はまさに




…地獄そのもの。



命がいくつあっても足りないし、
悪魔たちの狂喜乱舞する様は異常だった。


獰猛さも桁外れ、
夜に蠢くような悪魔は、また一段と、力を持っていた。






そろそろ帰ろう、本当に。
うん、Nさんにこのことを伝えて、僕は天界に帰らないと。


僕の中の血がざわめき始めていた。悪魔の血が、目覚め始めている。



・・・・危ない。


僕は何より、そう、どんな凶暴な悪魔より、
僕自身が怖いのかもしれない。



はやく、早く帰ろう、鼓動が、高くなって行く、
この高鳴りは、悪魔の目覚めへの第一歩、これを許すと、次は――



ゼエゼエ、と必死でもがきながら、
心臓を左手で握り締めるように押さえながら、ゲートに急ぐ。






「・・・・おぉ〜うい、えらく慌ててやがるな。」


ゲートの入り口には相変わらずあの悪魔がいる。
でも、構ってなんかいられない。






目が、血走ってきた。やばい。危ない。早く。・・・早く!




ドッ、

ドッ、

ドッ、

ドッ、ドッ

ドッドッドッ・・



急速に早くなって止まらない鼓動。


掻き消される理性の中で、必死に呪文を暗唱する。
手をかざす。




どうか、天使でいられるように。
天使で‥!


ローザ先輩と、

また普通に過ごせるように・・!



鼓動の高鳴りが急上昇していくのがわかった。

でももう僕には止められなかった。

魔界に夜の時がやってくる。

僕はどうなって行くのだろう。


もう、どうすることも、出来ない。

ただ目覚めたとき、天使であって欲しい。

願わくば、ローザ先輩の姿が・・・目の前に・・・・・














遠のいていく意識。






意識が遠のいていくのか、


理性を失ってしまったのか。









僕には判別がつかない。








黒い、

黒い、


悪魔の血。




おぞましい、汚らわしい、


そして心地良く愛おしい。

そう、黒いんだ、どうしようもなく、僕は黒い。






ああ、それでも、僕は愛されたい。




僕に、微笑みかけて欲しい。



僕を、疎ましい、




恐怖と拒絶の目で見ないで・・・










黒・・・・、黒が彩る世界。








ゴーーーン。








前のページへ    次のページへ

天使の帆翔 《もくじ》
[1ページ目] [2ページ目] [3ページ目] [4ページ目] [5ページ目] [6ページ目]


拍手する