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[4]天と地の迫間

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天と地の迫間 《もくじ》
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カタカタカタカタ・・・、トットットットット・・、規則正しい音が柔らかい光の中で鳴り響く。
混濁した意識の中で、太陽の光のようなその優しく柔らかな煙のような物体に包まれている自分を認識する。

「無茶をしたねぇ」

男の声だ。人間で言うと、30〜40代ぐらいの声だろうか。細めで優しいちょっとガラガラした声質。
柔らかい煙の中に、天使は包まれていた。天使は傷だらけで、治療のために煙状のカプセルみたいなものに入っている。

「・・・あなたは。」

天使がか細い声を鳴らした。
「どうしてあんな無茶をしたんだい、ダンテ。」

ダンテ、そう、傷だらけの天使とはダンテだった。
無茶・・の一言を聞いて何かを思い出したのか、ダンテの目が急に開かれる。

「あ・・!」
ダンテは咄嗟に起き上がろうとするが、煙状のカプセルの上から丸い光のようなものが幾つも光っていて、
その丸い光がダンテの動作を妨害した。

「・・駄目だよ、今は治療中だから。」
男はか細い両手を開いてダンテの方に向け、手先で繊細な動作を行なっている。
どうやらこれが天界の治療方法らしい。
丸いものが光ってその大きさをミリ秒単位で変化させ、ダンテの体部位に直接何かを作用させている。

「トッヘル!」
男はトッヘルと呼ばれた。このトッヘルニッセ・ヘッシエーダはダンテの叔父で幼いダンテを育てた人物でもあった。

「俺をもとのところへ!」
ダンテの表情には焦りの色が見え、しきりに男に何かを訴えようとしている。
しかしトッヘルはゆったり落ち着いた目で治療をしながら、沈黙を保っている。ダンテの方を見る様子はない。
「聞いているんですか!」
トッヘルは手先の微細な動作をしばらくしてから止めて、こちらを向いた。

「聞いているよ、永凍宮の、保管所に足を踏み入れたと。
監視天使たちを何人も傷つけての侵入だとも聞いているよ。正気の沙汰ではないねぇ。」

事の重大さとは裏腹に極めて柔らかい声で話すトッヘル、いつも温厚な彼の口調からは感情の起伏というものが読み取れない。
「あなたも俺のことをおかしくなったと思いますか?」
ダンテのよく見せる目つき、相手を少し牽制するようにぐっと真っ直ぐ大きく目を見開いて目の前の者を見上げるのだ。

「いいや。だがどうしてかな。」
今度は人差し指と中指を交互に動かしながら、何かを巻き取るような動作をしているトッヘル。
「ルーミネイト様にお会いしたい。いえ、それより前に・・。」
ダンテは彼女のことばを思い起こす。



死神と自称した無垢な少女。レナシー。彼女は確か、こう囁いていた。


―――――こっちに来れば良い。
―――空間を超え、次元を超え、世界を超え、全ての秩序を破って、こちらに来ればいいの。
――――たのめばいい。両方の存在を持つものに。



両方の存在を持つもの。誰のことだ?
両方・・か。
非常に癪ながら、一番に思い当たるのがヴァイオレットというのが解せないが。

両方の存在・・・もうひとつ思い当たるのは・・ホドン。ホドンローグ。
あの物体は陰陽2つの相反する物体をその内に秘めていると聞く。

どちらにせよ、ヴァイオレットは今天界から追放中だろうから、俺が会いに行けるわけもない。
それなら俺とヴァイオレットに関する記憶を・・永凍宮から探し出すのが最も有力。
ホドンに関する情報もそこにあるかもしれないし、もしくは・・・天界貯蔵図書館か。

あそこは厄介だな。下手するとイコンと戦うハメになる。それだけは避けたい。
数少ない俺の側についてる天使を今回のことで敵に回してはならないからな。
まだまだ先は長い。味方は多いほうがいいんだ。

ダンテはそう思案した後、彼にとって最も損害が少ないと判断した永凍宮に乗り込んだのだった。




「ルーミネイト様・・?どうしてまた・・。」
トッヘルの言葉でダンテは我に返った。

「あ・・・いや、それよりトッヘル、あなたは俺達の育ての親のようなものだ。
だから何か、俺達が生まれた時のことについて、何か知ってるだろ?」
まっすぐダンテを見つめていた眼差しは、再び手元に戻り、相変わらずトッヘルは手先を動かしダンテの治療を続けている。

「何か・・?少なくともルーミネイト様の居場所ならわからないねぇ。書斎に篭るのも飽きてこっそりお出かけになられたんじゃないかい?」
「そんなことあるワケないだろう!大事な御役目と俺達を放っぽり出して・・」
ピピーッ。何か音がなって光の小さな細い光線がトッヘルに向かって放たれた。
それが目にあたって少しシワの入った小さめの目をパチクリするトッヘル。

「まあ、彼にも色々とあるんだろう。そんなことで部下が無茶をしたら悲しむんじゃないかい。」
糠に釘、暖簾に腕押し、まさに、ああ言ってもこう言われて、話の真髄に辿りつけない。
業を煮やしたダンテは、今まで天界で起こったことを話し始める。

隠居の身であるトッヘルは、天界の情勢に疎いのかもしれない。
ダンテが体験し、目の当たりにした天界で起こった危機を、トッヘルにも共有させる必要があった。
話を聞き出すにはそうするしかない。


「・・・ということなんだが、ちょっとは切羽詰まった状況だということ理解してくれたか?」
「・・はぁ、まあ、ダンテも色々大変そうだねぇ。」
やはり相変わらずな平和ボケ口調である。こんな調子のトッヘルに、ダンテの口からは思わず溜息が。
「あのな!だからトッヘル!ルーミネイト様を助けるためには第七層に行かなくちゃならない。」
「ほぅ、ダンテはもう第七なんかに行けるようになったのかい、すごいねぇ。」

違う・・・!そうじゃない・・!
全く何なんだこの・・どんなに真剣に話しても、吹き抜けていく風のように手応えがないこの反応は!
ダンテは若干苛立ち気味だ。
それを見てトッヘルがますます穏やかな調子でダンテを宥めようとするが、かえって逆効果だ。
こんな実のないやりとりがしばらく・・いや長い時間続いた。

ダンテはもう、ゲンナリした顔つきだ。一生懸命説き伏せるのをついに諦めたようだ。
「ハァ・・・だからだな・・・、その、なんだ、何を話してたんだった・・?」
「ダンテ、治療中なのに疲弊するなんて面白いねぇ。でも大人しくしてた方が良いんじゃないかな。」
「誰のせいだと・・!・・あそうだ、思い出したぞ、確か両方の存在の話をしてたんだ。」
「本当に根気がいいねぇダンテは。昔からの君の長所かな。」
「長所・・そもそも俺に短所などありませんよ。・・いやそうじゃなく!両方の存在が・・」
「あ、右手動かしちゃいけないな、まだここからここまで治療中。」
「あ、すみません・・。」
「・・この治癒薬、飲む?りんご味。」
「あ、はい、いただきます!」
「う〜ん、私が調合したんだが、中々いい具合だと思うよ。」
・・・すっかりトッヘルの調子に乗せられてしまうダンテ。
そんなこんなで、話の方向がダンテの意図するところに辿り着くまでにかなりの時間を要した。
「光が上りだした。もう夜ですね。」
「そうだね・・。」

天界の昼と夜。それは人間界のように太陽の動きで決まるものではない。
光がすべての構成物質である天界では、常にあらゆる光が循環し、結合し、移動し、変換されて相互に影響を及ぼし合っている。
そして天界がその形を保つための膨大なエネルギーは神界から降り注がれる。
天界城の最上階が神界にも繋がる神の居場所だと言われているが、ちょうどその辺りから光が降り注がれて、
天界全土を巡り、人間界で言う水のように、人間で言うと血のように、天界中にエネルギーを運ぶのだ。
そのエネルギーはもとのままでは認識することが難しいが、別の光のエネルギーに変換されて、
またはほかの光と結合して、その一部の光はやがて天使の誰もが認識できる光の粒となって、雪のように天界に降り注いでいるのだ。
しかしその光の粒は、一定期間天界に降り注ぐと今度は上昇を始める。

まるで天が、息を吸って吐くように、光の粒はある一定期間降り注がれると、今度は天に吸い込まれるように昇っていくのだ。
人間好きな天使たちが、人間界の真似をして、これを昼と夜と言うようになった。
これ以外にも、人間界の影響を受けた天使たちが、人間たちの概念を天界に取り入れたものは数多くあるらしい。
一部の天使たちはこの人間ちっくな概念や呼称を非常に面白がって楽しんで使っているが、
一部の天使たちは、天界を人間界のようにされてしまっていることが不快なようだ。

「光が上りだしたんだ、君も休息していなさい。」
 「あ・・はい・・。・・・・・・。・・・・ん?」
「これを飲むと良い、温まって浄化されるはずだからね。」
 「どうも・・なんか幼少の時代に戻ったみたいだ。」
「それはよかった。私も久しぶりにダンテの世話が出来てうれしいよ。」
ダンテはトッヘルに挨拶をして、眠りに就いた。
トッヘルはダンテを見つめ、目を細めながら羽でダンテの周りを覆った。
覆われた羽が取れると、そこには光の煙が出来て、ダンテを深い眠りと治癒へと誘った。

次に目覚めた時にダンテは気づく。
トッヘルに、大切なことを何一つ聞き出せなかったということを。
それどころか、自分は持っていた情報を殆どトッヘルに話してしまっている。

こんなのは対等じゃない。というより損した気分だ。
自分だけ貴重な情報を提供するだけ提供して、肝心のトッヘルからの情報が聞き出せなかった。
ダンテはトッヘルを探して、再びトッヘルから情報を引き出そうとしてみたが、
トッヘルは相変わらずの調子で、まるでまともな答えは返って来なかった。

天界の住人というのは中々こういう話の通じない独特の平和ボケオーラを持った奴が多いが、
ダンテの攻撃に対してまったく掠りもしなかったトッヘルの反応に、ダンテはやや違和感を覚えた。


・・・・・まさかとは思うが、わざとはぐらかしているのか?
はぐらかしているのかいないのかさえ判別しにくいトッヘルの反応だが、
これ以上の問答を続けても不毛に終わるということだけははっきりしている。
そういうわけで、ダンテは再び永凍宮を目指した・・いや、目指そうとした・・・。が。

何と言う用意周到さだろう。トッヘルはダンテが再び永凍宮を目指すことなどお見通しだったらしい。
トッヘルは治療と称し、ダンテに力封じと、ある一定の領域に近づけなくする魔法をかけていた。
力封じの魔法はとても強力なため、敏感なダンテなら気づくようなものだが、
長時間にわたって何重にもゆっくりと魔法をかけていたらしく、しかも恐らく眠りの魔法と併用してかけたのであろう。

手が込んでいるとしか言いようがない。そしてそんなトッヘルの策略に、ダンテはすっかり嵌ってしまったのだ。
ダンテは頭を抱えて項垂れるしか無かった。・・・なんて失態だ・・。育ての親だからと油断した・・・。

もちろんトッヘルに悪意などは全くないはずなのだが、ダンテとしては、前途を完全に挫かれてしまった。
力も行使できず、目的の永凍宮にも踏み入れることが出来ない。
こうなっては出来る事を探すほうが困難である。

途方に暮れた末、ダンテはいつもの習慣からか、自然と天界貯蔵図書館の方に足が運んでいた。




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