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[4]天と地の迫間

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天と地の迫間 《もくじ》
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・・・傷つけないで?そういえばジルメリアの生死を確かめに魔界に行ったら、
もしかしたら僕は取り返しの出来ないくらいに、傷ついてしまうんだろうか・・?

でもどうして僕に迷いはないんだろう。
僕は迷いなく、ジルメリアに会いに、ジルメリアのいる魔界に行きたいと思っている。
可能ならばジルメリアを助けたい。生きていて欲しい。生死を確かめずにはいられない。

どうしてなんだ・・。
天界には行きたくなくて、でも関係も切りたくない、でもジルメリアに関しては、魔界に行きたいと思ってて、迷いなんて無い。
・・・変だな、僕って。僕っていつもヘンなんだ。


・・・・バッジの力で魔界ゲートを開けられるなら、開けてみたい。
でもどうやって・・?こいつに聞いてみる?・・・でもなぁ・・。。



「さっきから逡巡しちゃってなんなのさぁ、こっちを見なって。僕見て。いっしょに天界ゲート行こ。」
「パトリ、天界ゲートは破壊しません。魔界ゲートを開くだけです。やり方を教えないなら僕は天界から直接魔界に行きますから。」
「はぁ?ナニソレきったなぁ〜い!僕人間界に置いてく気?あんなにいいコト教えてやったのにさ〜ぁ!」

・・・天界から直接魔界に行くなんて嘘だ。ぼくはしばらく天界には帰れないし、帰りたくも無いんだ。
でも悪魔にはこれくらいは言わないと対等に渡り合えない。流石の正直者な僕でも、悪魔相手には嘘はつく。

「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・片羽ちゃんさ、ほんとに天界に帰れるの?」
少し沈黙した後、パトリはヴァイオレットの言葉を疑い、顔を覗きこんだ。さすがにこんなはハッタリぐらい、悪魔はお見通しだった。

「僕は待ってれば、いずれすぐ帰れます。それより自分の心配をしたらどうですか、パトリ。」
うーー、という声を上げ、大げさに塀の上を大きく足を振りながら歩いて悩んでみせるパトリ。
・・そういえばいつの間にか霧が晴れていた。そして辺りがうっすらと明るみを帯びてきている。
・・どうやら朝が近づいているようだ。

「・・・・・・んま、いいや。片羽ちゃん、」
「なんですか。」
「明日の0時にこの近くの魔界ゲートで待ち合わせね☆」
「この近く?」
「えー、知らない?あ、人間界から魔界ゲート通って直接魔界に行ったこと無いもしかして?」
「あんまり使わないですよ、最近は。」


人間界にある魔界ゲートは使いたくはない。
何故ならゲートを通る度に、そのゲートは強固な道となって、世界との間の距離が縮まる。
人間界にある魔界ゲートを使うということは、それを使う度に、人間界と魔界との距離を縮めていることに他ならない。
だからやむを得ない時しか使わなくなったのだ。
逆に人間界から天界へいくゲートは使いまくっているのだが。


「ははーん、なるほど、"最近は"、ねぇ?それって天界側にいようと決意するまでは使いまくってたってことだよね?」
やはり悪魔だ、察しが鋭い。

「なんのことだか。それより魔界ゲートの場所、教えないなら帰ります。」
悪魔はとかく誰かに絡むのが好きなので、これくらいそっけない態度を取った方がちょうどいい。

「あー、はいはい、魔界ゲートはこっから北西、いっぱい人が死んだ場所。」

・・人が死んだ?それもたくさん?何のことを言っているのだろうこの悪魔は。

考えたくない悪い想像が一気に膨らむ。
この悪魔は何かやらかしてしまったのか、何かとんでもないことを・・。

緊張が体を貫き、何かを尋ねることを躊躇わせた。

「あ、まだ知らないよね?だって今日の話だもん。」
無邪気に上半身を傾けて、後ろに手を回す格好をして上目遣いでこちらを覗く。
パトリのつぶらな薄い水色の瞳。まだあどけない瞳のはずなのに、どこか残酷で、でも魅力的で。

「そうさ、ぼくが殺ったよ。」
目付きを豹変させて、彼はニタァっと笑った。
薄気味悪くてゾクゾクする。命の危険を感じるとても残酷な、残酷な笑顔。
これが悪魔というものなのか。酷く扱いにくい獣のような獰猛さを秘めたその笑顔。怖い。

「あれ?この言葉を期待してたんだと思った。なんで無反応?・・まさか、怯えてるとか?ハハッ!」
固まってしまったヴァイオレットを見て、パトリは拍子抜けしたといった風だ。
もっと面白い反応を期待していたらしい。

「あのバスの運転手ってば馬鹿みたいだ。浮気するならもうちょっと上手にやればいいのに。
職場にバレちゃってやけ酒なんて飲んじゃうから事故るんだよ!」

悪魔にとっては最高の敬意のこもった、侮蔑と侮辱と嘲笑の声で、パトリは喋り出した。
そう、これは悪魔にとっての敬意なのだ。天使にとっては、いや人間にとっても理解し難い感情かもしれないが。

「パトリ、あなたが・・やったんですか?」
「だからそう言ったじゃない!お前の耳は腐ってんの?」
いつになくキツイ言葉。悪魔はテンションが上がるとえげつない言葉遣いになっていく。らしい。
「なんでそんなこと・・」
天界では常に異端でありどこか悪魔らしく、暴力的な面を持つヴァイオレットだが、パトリと対峙すると、極めて紳士的に見える。

「あーーーー、ウザ、なんでそんなふつうなことしか訊かないの?何人殺した?どんな死に方?どういう風に殺った?
悪魔が聞くとこってそこでしょーーー!!」
「僕は天使として生きてるんです。だから天界側についたんです。」
「嘘つけ、常に天界から離反しようと考えてんだろ。」
「な・・んですかそれ。」
一瞬ドキッとした。その狼狽えをパトリは見逃さなかった。
「やっぱ天界に帰れるなんて嘘だねー?追放されたのがホントで、君はそれを信じたくないから、今ここでウジウジしてるわけねー。」
ズバリ、言い当てられてしまった。やはり悪魔の洞察力はすごい。でも真実ほど言われたくないことは無いのだ。

僕はものすごく、心のどこか奥の方がズッキリと傷んで軋むのが感じられた。
とっても鈍くて、感じたくなかった金属音のような心の音。

「天界のやつらも甘ったるいと思ってたけど、片羽ちんもけっこー甘ったるいよね。なんでそんなわかりやすいわけ?よくそれで生きてるね。」
相変わらず毎回痛いとこを突いてくる。

「・・僕のことはどうでもいいことでしょ。僕はなんで殺したのか訊いてるんです!」
「そりゃあ、面白・・あぅんと、・・ここの魔界ゲート、開かせるために。」
わざと言い間違えて、相手の表情の変化を読み取る。悪魔が使う常套手段。
「・・・もういいです、わかりました、明日の0時ですね。」
「わおうっ!本気で来るんだー!一緒に世界をブッ壊そー!!」
冗談なのか本気なのか、いつも付け加えのようにさらっと怖いことを言う。

「そういえば・・」
ヴァイオレットは何かを聞こうとしてパトリの方を見る・・が・・、
「・・・あれ?」

もうそこにパトリの姿は無かった。如何にも身軽そうな彼は、用が済んだ途端、そそくさと何処かへ行ってしまったらしい。
散々人を振り回して、掻き乱しておいて、それは無いんじゃないか。

ヴァイオレットはなんだか拍子抜けする。それと同時に、全身の緊張が一気に解けた。
気づかないうちに、ものすごく体が強ばっていたようだ。彼の、パトリが秘める悪魔的で、残酷で、獰猛な何かが、
ヴァイオレットにとてつもない命の危険を、本能的な、気づかないところで感じさせていたのかもしれない。

ヴァイオレットは思わずその場にへたり込んでしまった。もう立つ気もおきない。心身ともに、疲弊させられた気分だ。
なるべくならああいう質の悪い悪魔とは関わり合いたくない。
でも明日会う約束をしてしまっているんだ。


はぁ・・・、と思わず溜息が出る。
「会いたくない・・」
天界にも会いたくない天使はたくさんいるが、魔界にいる悪魔もそれはそれで厄介だと改めて認識するヴァイオレット。
さっきのパトリとのやり取りで、一体何度冷や汗をかかされたことか。

パトリとの対話は、まるで命の駆け引きでもしているかのようだった。
それぐらい、パトリという悪魔には、常に殺意と狂気と残忍さが感じられたのかもしれない。

「・・はぁーー、こういう時は深呼吸です。すーーはーーーすーーーはーーーー・・・」
・・・・・少し落ち着いた。そして落ち着いてみて少しわかった。

自分の、僕の心が、天界を恋しく思っていることが。

「なんだ・・ぼく、恋しいんじゃないか。」
そっか、ぼくは・・・やっぱり天界が好きなんだな。

あぁ、ローザ先輩に会いたい。あの蜂蜜のような甘くて、芳しくて、可愛らしい匂い。
ローザ先輩の匂いを感じていたい。

・・あれ?これってけっこー変態発言?いいや、発言してないから変態発言じゃないです。
ヴァイオレットは自分の頭の中でなんだかわけの分からない問答を繰り広げてから、ふと、明るくなってきた景色に目をやった。

「あ・・・れ?あれは・・・」

先ほどの緊張が一気に体に戻ってきた。
それは事故現場の光景だった。
まだ生々しさが幾分か残っている。
気持ち悪い、ひどく悪趣味な光景。こんなものを、悪魔は好むのか。

僕の中の天使の部分がそれらをひどく嫌悪しているのがわかる。
それと同時に、ちょっとワクワクしている悪魔の部分の自分を必死で否定して抑え込む。
光って残酷だ。僕の見たくない本心にも光を当てて、そしてこの惨たらしい事故現場を僕に見せるんだ。

今までは暗闇の中で全然気づかなかったのに・・。
ビリビリ来る。ここで嘆き苦しんだ人たちの想いが、地面に、この場所に張り付いて離れない。
血と渦巻く怨念・・気持ち悪い。天使の部分の僕が拒絶反応を起こしたせいで、酷く頭がクラクラする。
事故現場、たぶんこれだと結構な時間が経ってるはずなのに、まだこんなにも生々しいんだ。うっ。

パトリ、なんてことをしたんだ。面白いから殺ったって・・言いかけた、あれは本気なんだろうか?僕をかき乱すため?
朝の7時ぐらいだろうか、本格的に陽が射してきて、自己現場のむごたらしさを誇張し始めた。

しかしそれと同時に、パラパラと、人がやってきている。弔いに来た人だろうか、花束を持っている。
その花の優しい香りが、この場での唯一の救いのように思えた。


祈り・・、数人の人たちが祈っている。愛していると、そしてとても悲しいと、でもどうか、幸せに、
天国に行って、幸せにと、そう祈っている。

僕達天使の重みを、彼らの祈りの強さを受けて、感じられずにはいられない。

他でもないぼくら天使が、彼らの祈りを届けないと・・そして・・助けないと。
僕はもっとしっかりしないといけない。パトリの企ては止めなければいけない。


それにしても・・・・。何なんだろうさっきから発せ始められたこの願いは。
・・・・なんて大きい愛なんだろう、
大きくて、強い想いなんだろう・・。

遺族の人なのだろうか、ものすごく強い願いが発せられている。

彼らの祈りが一度は地獄と化したであろう、ひどく低俗なところに貶められてしまったこの地を浄化している。
人の力というのは偉大だ。天使が助けなくても、人間とはかくも偉大なものなのか。


彼らが事故現場で祈る姿を見て、人間たちに圧倒されているヴァイオレットの姿がそこにはあった。
彼らは、悪魔が地獄の地にしようと企てた場所を、逆に聖地に変えようとしているのか?

そんなふうにすら思えるほど、彼らの想いは、揺るぎなく強かった。
死んでいった人間が、どれだけ強く、強く想われていたかが彼らの祈りから伝わってくる。
僕らがサポートし、導き、助けなければいけないと思っていた人間、そんな人間に教えられることはすごくたくさんあるみたいだ。

天使は力が強くて、魔法が使えて、空も飛べて、空間も行き来できて、でも人間はすぐに死んでしまいそうな弱い肉体の中で、
とても制限された中で行き、制限された情報から選択し、行動する。

遥かにちっぽけで、可哀想にも思える人間なのに、でも、時々、とてつもなく強い存在に見えることがある。今なんてまさにそう。
必ずしも力が使え、自由である僕らが人間より上の存在では無いのだということを、人間界を見ているとよく感じる。

そういえば昔、天使は人間より遥かに上の存在だと言い張って、結局堕天した天使がいた気がする・・。
何が上で、何が下なのか、今の僕にはよくわからない。
今の天界では、天使たちの方が人間たちより優れているだとか、高貴だとか、高潔だとか、思っている天使も多いみたいだけど、
でもそんなの、誰がわかるっていうんだろう。一体誰が比べるんだ?そんなの誰にもわかんないよ。
上とか下とか、誰が偉いだとか、優れているとか劣っているとかって、一体何なんだろう。本当にそんなもの存在するのかな。
絶対的な何かがあるなら見てみたい。でもそんなもの本当は無いんだ、だから天使たちがケンカしてる。
人間と天使とではどっちが偉いだとか、なんとか言って。



事故現場をぼうっと眺めているうちに、人の数はみるみる増えていった。そして手向けられる花の数も、祈りの強さも増幅していく。

祈りなんて誰にも届かない?
・・ううん、そんなことない。僕にははっきりと聞こえる。

その祈りは確実の地獄になったここの不穏な空気を打ち消して・・浄化している。
僕にはハッキリと見える。

人の願いはとても強い。その力もすごく強い。
でもそれらの願いがアッサリと踏みにじられて、人々が絶望の顔色に変わって、
そしてその場に絶望を振りまくことを悪魔たちは何より望んでいるんだ。

地獄を増やしたい。地獄の領域を増やしたいから。
地獄の領域が増えると悪魔の領域も増えて、振るえる力も増すから。

悪魔がいちばん望んでいるものは、そう、絶望。
人間に絶望して欲しいんだ。そして叫んでほしい。
神なんてどこにもいないって。

そして光との縁を永遠に断ち切って、僕達のところにおいでよって誘う。
人間は晴れて悪魔たちの奴隷になる。
光を失った人間は、途端に自暴自棄になって、人も自分も、みんな全部殺しまくる。
そうなって欲しい。

破壊と殺戮が悪魔が手を下さずとも生まれて、そしてその悪は広がっていく。


悪魔の悪っていうのは、悪いことをする行為のことなんかじゃない。
人の絶望と、絶望がこの世にもたらす地獄のことなんだ。

ある程度自暴自棄になってくれたなら、もう後戻りなんて出来ない。
犯した罪に足元を引っ張られて、ますます抜け出せなくなってしまう。

これでもう、悪魔たちの罠にかかったのとおんなじ。
人間は自分のことを罪深いと思い、自分を罪人という存在にして、その罪悪感によってますます悪人になる。
罪の意識を植えつければ人は上には上がれない。光と結び付けなくさせる絶好の方法なんだ。

罪っていうのは本当は粛清のためにある概念じゃなくって、悪魔が人を支配するために作ったまぼろし。
でも僕達は表裏一体で、天使と悪魔は表と裏。
良いことが何なのか認識したら、悪いことが何なのかもわかってしまう。
天使たちが教え導く良いこと、善いことは・・同時に人の心に、その裏にある悪いことも教えてるってこと。

そしてもし悪いことをしてしまったら、自分は何かから外れてしまったのだと、人はそう思ってしまうみたいだ。
疎外感に苛まれて、道を外れ出す。
一度そうなったらなかなかもとには戻れない。

そして道から外れてしまった疎外感を罪っていう大きい背徳のものにすり替えて、もっと大きくして、人を貶めるのが悪魔なんだ。

僕だって半分悪魔だ。
人が落ちていく様を見ていると、悲しくなるのに、ちょっとワクワクしている。

ほうら見ろ!人が落ちていくぞ!って。
目がギラギラ輝いて、もっと落ちろ、落ちろ、どこまでも落ちて、もう這い上がれなくなるまで無茶苦茶になればいい!・・って。
そう、パトリと同じようなことを、僕もどこかで思ってしまっている。
心の奥の奥の、深いところで・・・。

僕の中はいつも複雑で、気持ち悪くって、怖いんだ。
ルーミネイト様からもらったこの紋章。

これで地獄のゲートを開くなんて、そんなことをして・・僕は・・・許されるのかな?天使でいられるかな?
再びまた、あの天界の地に、帰れるのかな・・・?

ヴァイオレットは、そのいかにも悪魔らしい紫の髪と金の目の姿を野に晒して事故現場を眺めていた。
自分の存在と自分の行動の善悪を問い続けながら。




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