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[5]緩歩のあしあと(page4)

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緩歩のあしあと 《もくじ》
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「・・・まずいっ・・!!」
咄嗟にダンテが何かを察知して、ローザを引き連れ隠れた。
「・・・まずいぞ、中級天使、俺達より格上だ。」
「・・・ねぇ、見て、あれ。」
アーシャがいるはずの場所には、大勢の天使たちが群がっている。
「・・・・まさか・・・!」
ダンテたちは考えたくない想像をするしかなかった。
「あいつらがいるということは、アーシャは・・」
「天使たちに捕まったの?どうしてアーシャが??」
「本をアーシャが持っていることがバレたんだ。・・いつだ?解術作業の時か?」
ダンテは指先を頻りに細かく動かしている。焦っている時にやってしまうダンテの癖だ。
「落ち着いて、ダンテ、今はとにかく、逃げないと・・!」
「ダメだ!」
「何がダメなのよ。」
「本が、奴らに奪われる。」
「もう奪われた後よ!今行っても遅いわ!大体ダンテ、今魔法が使えないんでしょ?」
「ああ、それがな、攻撃魔法は封じられているが、防御魔法なら使える!」
「だ・・だからなんだって言うのよ、どちらにせよ無理じゃない。」
「無理なものか!せっかくの手がかりだぞ・・!せっかく俺達があんなに必死で・・!・・ああっ!くそっ!」
ダンテもローザもわかっていた。もうとっくに手遅れで、本が天使たちに回収されてしまったこと。
そして、アーシャが、捕まってしまったであろうことも。
「ローザ、お前の知り合いの中で、一番信頼出来て、口が堅い奴は誰だ?」
「何よいきなり?」
「もしかしたら歌魔法の時に俺とローザと、あのりんごとかいう天使、3人とも顔が割れてしまったかもしれない。」
「・・だから?」
「俺らと無関係な第三者であるお前の知り合いが、あそこを調査して、何か手掛かりが残ってないか調べさせ」
「ダメよ!」
ローザが勢いのある口調で反対した。
さすがのダンテも普段見せないローザの厳しい態度に言葉を途切れさせた。
「いーい?私の友だちはね、ただの都合の良いだけの存在じゃないの。
私の大切な人たちに、どうしてそんなキケンなことがさせられるっていうの?」
ローザはなんとなく怒っているようにも見えた。
ローザはみんなを、多くの天使を、大切にしていた。
それと比べるとダンテの場合、仲良くしているようでもドライな関係が多く、
ローザの友達ほどに信頼のおける関係の者は、とても少ないだろう。
ローザの言いたいことが伝わったらしく、ダンテは前髪を軽く掻き上げながら俯き、
少し自省するような態度をとって深く溜息をついた。
暫くの間俯いていたかと思うと、クルッとローザの方を向き、一言。
「・・すまなかった。俺のせいでアーシャを巻き込んでしまった。だが必ず、償いはする。」
ダンテはまっすぐとローザを見つめて最後にそう言い放ち、どこか遠くへ飛び立っていった。
ダンテの後ろ姿は、どことなく寂しげで、しかし強い決意を背負っているように見えた。
ローザの目にはそれがとても危なっかしく思えて、咄嗟に追いかけようとしたが、
ダンテの目がそれを拒絶していたため思い留まった。
「ダンテ・・ダンテも、ヴァイオレットも・・・どうしてあんなに、悲しそうな後ろ姿なの?」
ローザは心を痛めながら、ただ2人の兄弟の行く末を、無事を祈るしかなかった。







くせのある縮れた黒髪が、病室の白すぎる枕の上でばらけている。
男は眠っていた。窓の外は東雲の空で満ちようとしており、
男の手にうっすらと光が当たる。
男は夢を見ていた。
「ここは入り口なのだよ。だから、お前の汚れたものを全て洗い落として、
真の自分を見つけ出さねばな。
あの2つの塔で、全てを思い出してお行き。」

塔にのぼる。ひとつ、ひとつ、自分自身と向き合わされる。
歪められた記憶。叶わなかった思い。屈折させられた感情。
苦しみと葛藤と暗闇が、忘れていたものが、そこにはたくさん存在した。
そして失っていた、自分の心が、感情が、自分のほんとうの想いが、そこにはあった。
偽りのない、自分のストレートな感情が、胸の奥に、ぐっと強く強く入ってくる。
いままで真実だと思ってきたものには、たくさんの誤解があった。
自分の記憶は、ほんとうは沢山の歪みによって生まれたものだった。
黒い自分、白い自分。悲しみの自分、怒りの自分、喜びの自分、侘しい自分、そして・・
すべてを見た先にたどり着いたそこにあったのは・・
まばゆい、壮絶な熱量の金の光。
熱く、激しく、心地よく、暖かく、やわらかい。壮絶な光。
その眩しすぎる金の光に触れて――――


・・・・・・・・。

「あ。」
イメージが一瞬途切れたかと思うと、ふぅ・・っと目に入ってきたのは、病室の景色。
「またあの夢か、ふふ、困ったな。」
柴谷朋弥は笑っていた。何がそんなに楽しいのかというくらい、
いつも生き生きしていて、いつも笑っていた。

彼のベッドの向かい側で、女の子が体をまぁるくして寝ていた。彼女の白い布団はもうくしゃくしゃだ。

「ぷふふ、風邪引くのにな。」
朋弥は体をくねらせてベッドから軽快に飛び降りた。
女の子のくしゃくしゃになった布団をやさしく直し、女の子の上へ被せる。
ついでにベッドから落ちかけていたアヒルのぬいぐるみを枕元に置き直す。

――――以前の柴谷朋弥はこうでは無かった。
他人には極力関わらないのが普通で、
もしこんな風に、物好きにも他人の布団を直してやるような奴を見かけようものなら、心底馬鹿にしていただろう。
それどころか、不機嫌な時は他人をいじめたりもしていた。
気の弱そうな奴がいれば脅したり嘲笑してみたり、思いつめた表情で線路に飛び降りようとする老人がいれば、
「さっさとやれよ!」と強い口調で唆した。
とにかく彼は常にイラついていた。
何もかもが気に食わなかったし、何もかもが腹立たしくてしょうがなかった。
休日交差点を歩いていると、人混みの鬱陶しさから、
「こいつら死ねばいいのに。」
と、そんな自分勝手なことを考えていた。

そんな朋弥が世の中で最もキライな人間、それが、正義感ぶった人間、偽善者だった。
人間はみんな心の底は黒いものだと、醜いものだと彼は考えていた。
自分のようなものなのだと。
だから、所詮人類なんて大した価値もないし、絶滅したっていいんじゃないかぐらいに考えていた。
彼にとって世の中すべてがくだらなかった。
だからといって、世の中を変えようとか、そんなことは露ほども考えなかった。
彼は、ただでさえくだらなくつまらない世の中を、より良く生きるために、"刺激"を求めた。

過激な映画や漫画やドラマを好んで見、その極端な世界を楽しんでいた。
グロテスクなものも、ホラーも大好物で、でもなぜか、見てる瞬間は楽しいのに、
見終わった後になると、途方も無い虚無感が彼を襲った。
「ああ、くっだらねえ!」
これが彼の口癖だった。

人の不幸は蜜の味、これこそまさに彼の座右の銘とでもいえそうな生き方を彼はしていた。
中途半端に志を持った人間を潰すのが楽しくて、
素人が一生懸命技を磨いていたり、夢を追っていたりするところをみると、
これでもかというくらいに、罵倒した。
朋弥の強い批判に晒され続け、夢を諦めたものも、心を閉ざし人間不信になったものも沢山いた。
朋弥にとっては、そんな弱い人間の姿を見るのがそれなりに愉快で楽しかったのだ。
気に食わない奴や、調子に乗っていそうな人間を見つけると、弱点を必ず見つけ出してボロクソに言ってやる。
そうすると、人間というのはものすごい顔をした後、さっきとは打って変わって弱くなるもので、
どんなに強そうにしている人間も、どんなに横行闊歩している人間も、
攻撃を受けた瞬間ダンゴ虫のように、急に弱くなって縮こまり、丸くなるのだ。
そんな弱い人間の姿をあざ笑うのが結構楽しい。
どんなに強そうにしている人間でも、うまいこと攻撃してやれば、簡単に弱くなる、
そんな姿を見ていて、朋弥はまるで、自分が強い人間になったような錯覚を覚えたのかもしれない。

本人はただ楽しくてやっているだけなのだが、彼は実に多くの人間の志を挫き、夢を潰してきた。
彼にとっては出来もしないくせにおめでたい思考回路で、お幸せな夢を持って頑張っている人間が嫌いだった。

しかし彼はあるとき、いつものように気に食わない奴を罵倒していると、こんな言葉を言い返された。
「じゃあお前はなんか頑張ってんのか?なんか努力してるのか?なんにもしてない人間にだけはとやかく言われたくない。
だいたい、お前のように偉そうに上からものを言って批判するのは頑張ってない奴のすることなんだよ。
お前、一度でもなんか真剣に取り組んだことあんのか?!命かけてさ!」
それは小学校の頃の同級生からの言葉だった。
咄嗟になんかムカついて、殴ってしまっていた。
しかも間の悪いことに、周りにいた他の同級生に見られていた。
何があったんだよ?と聞かれたが、朋弥も朋弥に言い返した同級生も、何も言わなかった。

朋弥は、大して成績が悪いわけでもなく、何かに困っていたわけでも悩んでいたわけでもない。
家はそれなりに裕福だったし、志望していた私立の学校にも通えた。
家庭も、何の問題もないように思えた。
ならば何が、朋弥を、こういう人間にさせてしまったのか?
彼は、母親との関係が、少しばかり希薄だった。特に幼少時代は。
親からああしろ、こうしろなんて言われたことはほとんど無い。
放ったらかしで、結構自由にさせてもらえた。
だけどひとつ、欠けていたものがあった。
彼は、人生とか夢とかについて、親に何かを教わったこともなかったし、
親が朋弥のそういったものに関心を向けることも無かった。
朋弥の親にとっては仕事が大事だったし、朋弥も自分たちのように、好きに人生を歩めばいいと思っていた。
朋弥は親が自分に対して無関心なことを、肌で感じてわかっていた。
そのことに対して疑問は持たなかったが、どこかいつも心に虚しさがあった。

「自分を見てほしい」
いつしか心の奥底でそんな感情がゆらめいていた。
でもそんな心の奥の叫びに朋弥が気づくことは無かった。

何をしてみたって、親の関心が、誰かの関心が自分に行くことは無かった。
ちょっと悪いことをしてみたって、怒られて、それで終わり。
淡白で形式的な怒られ方。何か大切なモノがいつも欠けていて、いつも何かが得られない。
じれったい、もどかしい、むなしい・・。

世の中なんて、つまらない。生きるなんて、くだらない。

俺が死んでも、誰も泣かないし、お前が死んでも、俺にはどうだっていい。

―――――俺は、事故に遭った。

入院した。右足が動かなくなった。親が、知り合いが、親戚が、見舞いに来た。
親が、仕事を休んで俺のもとに来てくれた。嬉しかった。
人生で、初めて、仕事より俺を優先してくれた。
でもしばらくして、俺が命に別状がないとわかると、親どもは仕事に戻りやがった。
俺を放って。

俺は再び虚しさに苛まれた。怒りも覚えた。
リハビリをしなきゃならないとかで、動かない右足を無理やり動かさされた。痛かった。
苦痛この上なかった。なのに俺のもとにはもう誰もいなかった。

事故に遭ったっていうと、最初だけこぞって見舞いに来て、花束やらお見舞金やらを持ってきてたくせに、
しばらくして落ち着くと、誰もやって来ない。
たまに夜遅くになってから親が来て、俺の着替えを持ってくる程度。

この親は、俺の衣食住はきちんと整えるくせして、俺の感情とかにかまってくれた試しが無い。
見てくれはいいんだ。近所でもいい親だとか、理想の親だとか、きちんとしてるだとか、出来る人間だと評判で。
確かに家が散らかってるとこも見たこと無いし、外食もしない。
仕事にしか目がないわりに、なぜか食事はそれなりに整ってる。
いつもテキパキしていて、いつもわりと急かされる。
何やっても手早いし、身なりもいつも綺麗だ。
・・でも、俺はこの親どもがいい親だとは思わない。
なんかこいつらはとにかく自分が大切で、自分のためだけに生きてる気がする。

俺のことなんて、たぶん世間体を良くするためのなんかのオマケ、付属品なだけなんじゃないかとも思う。

俺はそんな中で、こんな苦痛に満ちたリハビリをするのが馬鹿らしくなった。
俺はリハビリをやめて、一日中病院のベッドで寝っ転がるようになっていた。
世界がますますくだらなく見えてきた。
俺自身の存在も途方もなくくだらない存在に思えてきた。
―――寝ることが多くなった。
何日寝たかわからない日も多くなっていった。

それから病気にかかった。
もう何もかもがどうでもよかったから、運動もしなかったし、体も弱っていて、病気になりやすかったんだろう。
その後、俺は意識不明になったんだ。




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