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[3]明日の産声

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明日の産声 《もくじ》
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・・・・バシィッ!

まるで思考を見透かしていたかのように、
Nが手に持っていたタオルでヴァイオレットを叩いた。
「い・・・痛いじゃないですか・・!?」
「なに何時までグジグジしてんの!鬱陶しい!」
「ローザ先輩ならそんなこと言わない・・・」
「何?!なんか言った!?」
思わず小声で本音を漏らしてしまったヴァイオレット、
咄嗟に繕ってみたが、Nにその小声はきちんと聞こえていたらしかった。
「いい!?何時までも手も届かないような女なんて追いかけてるんじゃないわよ!」
「べっ・・べつに・・追いかけてません・・・」
まるで説教部屋にいるみたいだ。
ヴァイオレットはNの強い口調に反論することもままならず、
段々涙目になってきた。

今にも泣き出しそうなヴァイオレットを見て、流石にNも埒が明かないと判断したのか、
一旦台所へ行き、何かを手に持って帰ってきた。
「はい・・これ、もうこれでも飲んで大人しくしてて。
・・・あっ、でも、グジるのは禁止!部屋の空気が暗くなるでしょ!
ここ、あたしの神聖な部屋なのよ?あんた居候なんだから迷惑かけるんじゃないわよ。」
黙りこんでしまっているヴァイオレットに、一方的に喋りかけるN。
ぶつーっとご機嫌斜めなヴァイオレットはNに目線をやろうともしない。
そんな態度を受けて、Nも彼と対峙することをやめた。
Nは視線を窓の外に移し、自分の緑色の髪を左手で弄り始めると、ふとこう言った。

「そう、あたし、ノルディって言うの。」
「え・・?」
むくれていたヴァイオレットが、予想していなかった話題転換に思わず声を漏らす。
「ノルディ、これからはそう呼んでいいわ。」
少し決まりが悪そうな声色で、ヴァイオレットと目を合わさないまま、
彼女は腕組してそう言った。
「ノルディ・・・・さん。」
「・・さん?」
ノルディがぱっとヴァイオレットの方を見る。
何かまた怒らせるようなことを言ってしまっただろうかと、ヴァイオレットはビクついた。
「・・まぁ、いいわ、なんか気色悪いけど。
あんたって"さん付け"なのね、他人行儀で余所余所しいけどまあ、それもいいわ。」
ノルディの態度はどこか、彼女なりに、必死にヴァイオレットを理解しようとしているように見えた。

ピピッ、ピピッ・・

「あ・・?」
二人の神妙な空気を打ち破ったのは、何かの電子音。
ノルディはその意味するところがわかったらしく、ヴァイオレットをちらっと見てから、
すぐさま部屋の奥へと引っ込んだ。
ヴァイオレットだけは状況が把握できずに、ただぼんやりと、
奇妙な装飾が沢山施されてある家具や備品を眺めていた。

しばらくしてノルディが戻ってくると、ヴァイオレットの前で着替えを始める。
「わっ・・!わっ、な、なにしてるんですか!?」
慌てふためいて、思わず部屋の隅に移動し、ノルディに背を向けてみたが、
ヴァイオレットは彼女の様子が気になって仕方がない。
「出かけるから。あたし。」
「え・・?」
「こっち見るんじゃないわよ!」
「ごごごめんなさい!」
・・・咄嗟に謝ってしまったが、よくよく考えてみれば、ノルディの方から着替え始めたのではないか。
どうして見るなと怒られるんだろう。
自分の立場に不服を感じたヴァイオレットが、反論の言葉を胸に秘めて、
意を決して言おうとする・・・・が、

バタン。

それは入り口の扉が閉まる音だった。
どうやらノルディは着替えを済ませてさっさと出ていってしまったらしい。
必死の決意が不発に終わり、一気に気が抜けるヴァイオレット。
「はぁ・・何なんだよもぉ。。」
ノルディの家に一人残されたヴァイオレットは、
静まり返ったその状況を見て、漸く自分の置かれた立場を認識した。




―――ノルディがいない。僕はここにただ一人。
彼は辺りを見渡す。
見たことの無い珍しいもの、天界によく置いてあるオブジェ、そして・・
「ん・・これなんだろう・・・」
それは石版のようだった。何かものすごく古びていて、この部屋には似つかわしくない物だ。
文字が書いてあるようだが、天使文字とも、悪魔文字とも違う、人間界のどの文字でもないようだ。
無意識にその文字を指でなぞってみる。

「・・・あれ?この文字どこかで・・・」

ヴァイオレットがなぞる手を止めたのは、最後の文字に差し掛かった時だった。
角張ったその力強い文字は、二つの図形で構成されており、
見方によっては天使の羽にも悪魔の羽にも見える。

「・・・そう、この文字どこかで・・・」

一生懸命に記憶の糸を手繰り始めるが、どこだったか思い出せない。
「羽・・羽みたいだって思ったんだ。」
「僕の羽みたいだって・・・。どこで見たんだっけ・・。」
思い出そうとするうちに、ある光景が浮かぼうとして、急に、胸がキリキリ痛み始める。
「なにか確か嫌な出来事と一緒になっていたんだ、だから胸が苦しい・・。」
その後にヴァイオレットにとって嫌な出来事が起こった。
その為に、その文字を思い出すことも、困難になっていた。

・・・そこまでは思い出せたのだが・・・。
思い出そうとすると、嫌な記憶が次々に連想される。
さっきまで少しだけ忘れていた、自分が天界から追放されたんだという想いも、
僕はついに見捨てられたかもしれないという恐怖も鮮明に蘇ってきて、ヴァイオレットの前を大きく黒く覆う。

そんな苦しみの渦中に戻ったヴァイオレットは、無意識に手に取っていた石版を放り出し、風呂場に駆け込んでいた。
肌を萎縮させるような冷たいシャワーを浴びながら、彼は力なく座り込んでいた。
彼の服はノルディに水をかけられた時よりずっとびしょびしょで、ローザが繕ってくれた左側の内ポケットも、
ルーミネイトから貰った護身用のお守りも、冷水に打たれて沢山の雫を上から下に流す。
枯れてしまったヴァイオレットの涙に代わって、シャワーから零れ落ちる滴たちが、一生懸命に彼を癒そうとしているようだった。

―――それから幾時が経っただろう。
身も凍えるような冷たい水に打ち続けられているうちに、ようやく彼の思考が正常に働き出す。

僕はもう、このままじゃ一歩も動くことすら出来ない。
悲しみと憎しみと疑念で、本当の悪魔になってしまいそうだよ。




・・・もうどうでもいい。
天界のことも、他の天使たちのことも、もう忘れてしまおう。
僕が抱く疑念も恐怖も全部、もうどこかに捨て去ってしまおう。
ヴァイオレットは自分の中で『天界』の二文字を必死に抹消し始めた。
「・・・・そうだ。ここにもいちゃいけないよね。」
ノルディ、ここが彼女の家である以上、嫌でも天界と関わってしまう、
思い出したくない記憶や、天界に対する疑念を嫌でも抱き始めてしまう。


ぐっと、ヴァイオレットは唇を噛んだ。
「もう誰もいないところに行こう。何も思い出さなくていいように。」
―――彼はひと通り身支度を整えてから、ノルディの家の前に立った。
きっとこれが一番良い選択なんだ。
彼は祈るようにそう心のなかで唱え、そしてノルディの家から姿を消した。






そんなことを知る由もなかったノルディはその頃―――――


「ノルリン、ノルリンお帰り〜!」
「あ、うんただいま。」
「もぉそっけないなぁ、ハグしてよ、ぎゅ〜!ってね。」
「いたい。むさ苦しい。」
「ひど〜い、ヒスナのこと、恋しく無かったの?」
「昨日会ったばっかでしょ。」
「もう48時間も会ってなかったのよ〜!」
「人間界だともっと短いわよ。」
「そんなの知らな〜い!」
天界に帰還していたノルディは、ヒスナという天使の熱烈な歓迎を受けていた。
「あっ、ノルちゃんお帰り!」
別の天使がノルディに駆け寄る。
どうやら彼女、その妖艶な姿とは裏腹に、意外にも女の子たちから好かれているようだ。

「今から報告に行かないと」
ノルディは身なりを整え、浄化を済ませてから彼女たちに別れを告げようとする。
「え・・今は駄目よ。天界がさっきまですごいことになってたの知らない?」
「何のこと?」
「ヒスナてっきりノルリンはあたしたちのぴんちに駆けつけて帰ってくれたんだと思ったのに違うのー?」
ヒスナともう一人の天使が交互に話す。
「だから何のことよ。」
ヒスナたちはノルディに天界で起こっていた大事件。
少女が神に向けて攻撃を放ったこと、そして天界が崩壊しかけたことを話し始める。




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